今年の夏、ハナが輝き君が舞う

 茜色の太陽に照らされて、僕らはゆっくりと人の流れに混ざって歩く。

 今年は浴衣を着てこなかった彼女だが、白を基調としたワンピースはとても似合っている。

 チラチラと視線を……彼女に向けられた視線を感じつつ、手を繋いで歩き続ける。

 彼女の手は少し冷たくて、それすら彼女らしく感じてしまうほどには僕らの仲は深まっていた。

 お互いの両親にも付き合っている事を伝えると、


「ふーん、まぁ仲良くね」


 と、どちらからも同じような事を言われた。

 あぁ、やっと? みたいな顔をされたので、僕らがコソコソと付き合っていた事はお見通しだったようだ。

 晴れて恋人同士となった訳だが、特別何かが変わるわけでもない。

 こうして昨年と同じように夏祭りに来ているし、変わった事と言えば彼女の思考がだんだんと読めるようになってきた事ぐらいだろう。

 彼女はただ奇行に走っている訳ではなく、しっかりとした目的を持っている。

 それが分かれば彼女の行動は理に適っているし、単純で読みやすい。


「ねぇねぇ、100円ちょうだい? 金魚掬いしたい!」


 ……読みやすいだけだ。


「分かった。一匹だけでも取れよー」


「舐めないでねー私、金魚掬い得意だよ」


「お手並み拝見といこうか」


 店主さんに100円を渡し、ポイを受け取った彼女は神妙な顔でそれを水に浸ける。

 そっと、大人しい金魚にポイを近づけ、勢い良く掬う。

 飛び上がった水飛沫と紅い金魚の落下地点にボウルを置く。

 綺麗な弧を描き、金魚が着水する。

 たったそれだけの光景だけど


「これが……祭り……」


 と、思わずそう呟いてしまうほどに全てが輝いていた。

 その後も2匹掬い、4匹目に近付けて行く途中で水の抵抗に負けてポイが破れた。


「あぁー破れちゃった。3匹だね。結構掬えたなー」


「上手かったけどやったことあったの?」


「ううん無いよ」


 そうだろうと思った。

 金魚掬いで金魚を飛ばす人なんてそうそういない。

 でも彼女は3匹とも飛び上がらせて掬っていたのだ。

 それでポイが破れなかったのは奇跡だが、彼女は初めて何かをするとき、プロ顔負けの奇跡的な技を使う。

 勿論、無意識に。

 そんな彼女を改めて尊敬しつつ、袋に入れてもらった金魚を眺めて笑う彼女を愛おしく思った。

 再び人の流れに身を任せ、どちらからともなく手を繋ぐ。

 その後もりんご飴を買ったり、射的で犬のぬいぐるみを取ったり。

 あっという間に日は暮れ、辺りは花火ムードに変わった。

 人の流れは河川敷へ。

 僕らは昨年通りあの丘へ。

 丘には今年も少年と少女がいたが、またすぐに帰るのだろうと思い気にしなかった。

 昨年よりもボロボロになったベンチに座り、夜空を眺めて開始を待つ。

 しかし、予想外の出来事が起こった。

 ベンチが崩れた……のではない。

 そんなドリフ大爆笑みたいな展開は起こっていない。

 では、何が起きたか。

 それは石碑に手を合わせていた少年達が話しかけてきたのだ。


「あの、去年もここに来ていましたよね?」


「うん? うん来てたけど……どうして?」


「いえ、今日ここに来るという事は彼女の知り合いかと思いまして」


「彼女というと……今君の隣にいる子かい?」


 彼の妹くらいの歳の少女を見る。


「いえ、あ、いや合ってる……? す、すみません。今から少し、思い出話に付き合って頂けますか?」


「うん、構わないよ。華、この子と遊んであげてて」


「分かったー」


「すみません。もうすぐ花火が始まってしまいますよね。手短にお話しします」


「ありがとう」


 彼は要所要所を端的に話してくれた。

 少し突飛な話ではあったが、彼の真剣な表情から信じられると判断した。

 纏めると、彼は2年前の今日、「彼女」こと月本陽奈乃さんとこの丘を訪れて流星群を見た。

 しかし彼女は幽霊の類だったと彼は言う。

 2年前の流星郡はこの街の人なら誰もが知っている噂話がある。

 その日の流星郡は異常なほどに輝いていた。

 その中に1つだけ、真っ直ぐに空を昇っていく星があった。

 この街から見れば東、隣町から見れば西、つまり今僕らがいる丘から昇ったとしか考えられず、それが誇張こちょうされて噂となった。

「流星郡が輝く時、人に紛れた神が世界を救う」と。

 ありがちな噂だが、みんながそれに縋った。

 しかしその昇った流れ星は月本さんだった。

 月本さんと別れた後、彼は何かの使命感に襲われて月本さんと出逢った交差点へ向かうと、そこに華と遊んでいる少女がいた。

 少女は自分は月本陽奈乃だと言った。

 何故か月本さんとの思い出を言い当てていく少女を、彼は月本さんだと確信したそうだ。

 そして今に至る、と。

 俄には信じ難い話だが、恐らく事実なのだろう。


「うーん、なるほどね。でも残念ながら僕は月本さんという人は知らないよ。ごめんね」


「いえ、こちらこそ時間を奪ってしまってすみませんでした。では、そろそろ行きますね」


「いや、ここで会ったのも何かの縁だろう。良かったら一緒に花火見ないか?」


「え? 良いのですか?」


「まぁこちらから誘ってるし、君たち次第だよ」


「では、恐れ多くも……」


 4人で並んでベンチに座る。

 ボロボロのベンチだが、意外と丈夫な様だ。


「そうだ、君の名前は?」


「僕はひなたと申します。太陽の陽です」


「そうか陽か。良い名前だな」


「ありがとうございます」


 その後他愛のない会話をしていると、花火が始まった。

 紅、蒼、翠と色とりどりの花火が夜空に咲く。

 チラと横目で盗み見ると、3人とも口を開いて花火に見入っていた。

 途中陽は誰かと会話していた様だが、その相手が誰かまでは分からなかった。

 かむろが打ち上げられ、大目玉のスターマインが打ち上がる。

 一際大きな音が空を破り、河川敷から拍手や歓声が起こった。

 暫く僕らは余韻に浸っていたのだが、陽が口を開いた。


「凄かったですね。なんだか夜空に絵の具を溢していくみたいでした」


 なんて詩的な感想だろう。

 陽の意外な一面に驚きつつ


「そうだな」


 と返しておく。

 僕らはそれぞれ違うことを考えながら、目に焼きついた花火を見る。


「そろそろ帰ろっか」


 そう声をかけて彼女を見ると、彼女の目から洟が溢れていて驚いた。

 そして袖でごしごしと洟を拭いた彼女は


「そうだね」


 と、呟いて立ち上がった。

 何を考えて泣いていたのか気になるところではあるが、聞いてしまうのは野暮だろう。

 4人で並んで丘を下る。

 彼女は相変わらず元気で、くるくると回って転んだりしていた。

 陽も陽奈乃も愉しげに笑っていたし、僕だって笑った。

 花火には、人を元気付ける力があるのだろうと思った。

 来年もこの4人で花火を見ようなと約束してそれぞれの家へ帰る。

 その夜2年ぶりに、満点の星空に真っ直ぐに昇る流れ星があった事は、誰も知らない。

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今年の夏、ハナが輝き君が舞う 鈴響聖夜 @seiya-writer

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