Bonus Track 03 O-Mo-Chi


『タロちゃんセンセ、また来年ー!』『お年玉よろしくぅ!』とくっそ狭いスタッフルームいっぱいに受講生の声が響く。小学クラスは元気いっぱいなのよー。


 算数のテキストとチョークボックスをデスクに置いた俺はお茶のペットボトルの蓋を開ける。


「年越し精々楽しんでおくのねー。年明けは宿題ガシガシだしてやるのねー。ちゃおちゃお」


『やーだー』『バイなーらー』変声期をまだ迎えない笑い声はドアを閉める音と共に止む。年明けに中学受験を控えた受講生どもは親の車に乗ったりチャリに跨ったり、近くのコンビニで買い食いしたり帰路につく。


 俺が担当するB組は中高一貫で比較的偏差値低めの学校狙いなので受験におっとり構えている。塾長が担う御三家や偏差値ハイレベルの学校を照準としたA組とは雰囲気が全然違う。それでもたった勤続二年で受験クラスの一端を任せられるのは責任感じる。


 ジロちゃんと共に六原上野高校を出た春からこの進学塾でバイトしてる。


 塾講師のバイトは大学生が多い。高卒ホヤホヤはなかなか見かけない。高卒の俺がすんなり雇って貰えたのは、学生時代に全国統一模試の一位を守り続けていた事と東大医学部に現役合格したお陰。……『折角合格したのに何故進なかったのでしょう?』って聞かれたな。バンドで歌って暴れたいからって答えたら『ロックな生き方ですね!』って笑われたっけ。


 壁時計を見上げる。まだ七時二分か。お茶を呷り、デスクに着き日報を記していると携帯のライトが点滅する。デスクの下でフリップを開くとリッキーから『早く早く!』との画像付きメールが届いていた。


 添付画像を開く。プラ容器にラーメンを慌ただしそうに盛り付ける舞美さん、満面の笑みでデッカいチャーシューを齧るリッキー、リッキーの頬をつねり岡持ちを掲げるジロちゃんが写っていた。リッキーの自撮りかよってか……おまー、商品つまみ食いすんなや。いいなー。俺も早くそっち手伝いたーい。年越し蕎麦ならぬ年越しラーメンの出前やって舞美さんとラブラブしたい。


 フリップを閉じるとサブ画面がメール受信中に切り替わる。んもー。リッキーってば、用があるなら一度にまとめなさいよ。しょーがない子ねぇ。ちょっとだけよ? 


 フリップを開きメーラーを開く。新着メールはエッチ友達の松島からだった。……エッチの誘いかよ。勘弁してくれよ。言ったじゃん。この時期どんだけ性欲溜めようと受験開幕までは激務なのよ。マス掻く体力さえねーわ。なりゆきオナ禁でお肌艶々なのよー。


 ため息を吐くと向かいの教室から受講生どもの声が賑々しく響く。椅子を床に擦る音も聞こえる。漸く講義終了か。塾長が担当しているA組だ。終了時刻の七時から十五分が過ぎていた。気合が入ってるわねー。


 しかし終了しようとも誰一人生徒は出てこない。塾長に質問しているのだろう。たはーん。B組とは子供の熱意が全然違うのねー。


 書き終えた日報を塾長のデスクに置き、茶筒を開けて忙しい塾長の為に講義上がりの一杯を淹れる。すると受講生を置いて塾長が教室から出てきた。


「東條先生、上がって下さい」馬面紳士の塾長は俺を一瞥するとコピー機に向かい、解き方の書き込みだらけのテキストをコピーする。


「いえいえ。八時までの契約なんで居りますよん」湯気が立ち昇る鮨屋の湯呑みを塾長のデスクに置く。


 コピー機が複写の紙を吐き出す傍、塾長は本棚から参考書を取り出し忙しなくページを繰る。


「アルバイトなのに正月特訓参加して下さるのですから。年末くらい早く上がって下さい」


 そうなのよね。俺一応アルバイト。でも正社員並みに仕事任せられてるの。すんげぇ期待されてる。塾長も『バンド活動に困ったら是非正社員に』とまで言ってる。有難いけど複雑。タロちゃんはジロちゃんとロックに生きるって決めてるから。それに舞美さんとの約束もあるし……。でも出前に参加したいから助かるわ。この分だと新年度の正月特訓も参加させられそーう。いやーん。


『お言葉に甘えて失礼します。来年も宜しくお願いします』と軽く一礼する。デイパックに荷物を詰め原チャリのキーを取り出すと熱々の茶を呷った塾長が盛大に咽せた。




 玉砂利の駐車場に停まる舞美さんの愛原チャリ『パンダ号』の隣に原チャリを停める。去年故障して以来直してないのよねー。お年がお年だから引退させたらしい。でも亡き御亭主の吉嗣さんに買って貰った愛の記念品で手放せられないらしい。舞美さんってば硬派な一途さん。ハクいぜ!


 デイパックを担ぎ店舗の戸に手をかけようとすると岡持ちを提げたジロちゃんが中から出てきた。ブルゾンの袖に縫い付けられた蛍光グリーンのフラッシャーが夜目に眩しい。


 ジロちゃんはギョッとする。


「うおっ。驚いた。……早いな」


「塾長が早く上がらせてくれたのよー。着替える間、原チャリ使う? 今日の為にリアボックス付けたのよー」


 キーを掲げるがジロちゃんは『サンキュ。でも走った方が速い』と岡持ち片手に夜道を駆けて行った。


「んまー。流石元スプリンター。速いわねぇ」蛍光グリーンのフラッシャーはあっちゅー間に闇に消えた。車に気をつけてねー。


 ジロちゃんの背を見送り、引き戸を閉めると忙しない包丁の音と出汁の香り、そしてあったかい空気がお出迎え。懐かしい香りにキュンキュンする。タロちゃんてばこの香りに包まれて育ったのー。大晦日の本日はラーメンの出前のみの営業。厨房では額に汗を浮かべた舞美さんがネギを刻み、麺を茹で、ホールではサーファー体型のリッキーが大きな体を屈めながらラーメンの容器にプラ蓋を慎重に被せていた。飲み物汁物をこぼさずには居られない程に集中力が持たないリッキーは直ぐに俺に気付く。タトゥーに囲まれた目元をクシャッと綻ばせて胸に飛びついてきた。


「わーいっ! タロロだーっ! おかえりーっ!」


「こりゃ。リッキー、チャーシューつまみ食いすんなや。商品でしょーが」


「ええー? だってマミミンがくれたもん。『むっちゃ美味い! マミミン、神っ! めっちゃ崇め奉るっ!』って言ったらマミミンってば『いっぱい食べて?』って言ってくれたもん」眉を下げたリッキーは頬を膨らまし唇を尖らせる。脱色ブロンドのボブから覗く、どんぐりまなこが潤む。三つ年上で第一次南極観測隊(バンドね)のドラマーの癖にめっちゃ天然でガキっぽく人懐っこい。ドラマーってまとめ役お父さん立ち位置な奴が多い気がするけどリッキーは末っ子な感じ。その所為か結構モテる。すげぇお得な奴。


 舞美さんは一瞥もくれずに手許を動かす。


「おかえりなさい。タロちゃんも召し上がれ。お正月用に沢山仕込んだの。リッキーちゃん手放しで喜んで私もすごく嬉しいし、みんなにいっぱい食べて欲しいなって」


「あらー。そうだったの? 舞美さん相変わらず女神様なのねー」一転して得意げに鼻息を噴くリッキーを離すとデコを小突きまくる。こりゃ。『マミミン』呼ばわりか。羨ましいぞ。こりゃ。


『荷物上げて急いで出前行くのねー』とテーブルに原チャリの鍵を置き一階店舗と二階の住居を繋ぐ連絡階段を昇る。途中、舞美さんへのプレゼントとして花屋でチューリップの切り花を買った事を思い出す。そういやデイパックに入れたままだ。


 舞美さん忙しいからブーケで渡すよりも花瓶か何かに活けた方が良さそう。階段を駆け上がり、懐かしき家に上がるとキッチンからグラスを拝借して水切りしたオレンジのチューリップを挿した。……本当は定番な真っ赤なバラ買いたかったけど、大晦日の仕舞い際で切り花がチューリップしかなかったのよねー。可愛いけどオレンジって花言葉分からんな。色恋には不吉な黄色じゃないだけいいか。舞美さんごめんね。次はもっと種類ある時に求愛満々な赤バラ選ぶから。


 チューリップのグラスを片手に階段を駆け降りる。リッキーの姿はなく、舞美さんも席を外していた。あちゃー。バッドタイミング。カウンターの隅にグラスを置くと、電話が鳴り響く。応対していると舞美さんが倉庫から出てきた。片手にもち米の袋を抱えている。明日使う米だ。


「助川のおっちゃんからオーダー六つなのよー。大家族ねぇ」受話器を置くとアルコール消毒する。


「了解。リッキーちゃんに頼むからタロちゃんはそれを福田さん家へお願い」袋をカウンターに置いた舞美さんはテーブルの岡持ちを見遣る。


「え。リッキー? 舞美さん、ヤバいよ。あいつキングオブおっちょこちょい」


「そうなの? 昨日ジロと一緒に出前常連の家を覚えに散歩したのよ? やる気満々よ?」舞美さんは手指をアルコール消毒してチャーシューを切り分ける。


「まぢか。盛り付けと餅つきの手伝いだけかと思ったら。昨日から泊まってんのー。羨ましいわねー」星柄のネクタイを外し、スーツのジャケットを椅子の背もたれに掛けてコーデュロイのスカジャンを羽織る。そして前掛を締めてテーブルに置いた原チャリの鍵を取ろうとするが……ない。


 慌てふためいていると厨房から舞美さんの声が響く。


「タロちゃんの原チャリ、リッキーちゃんが乗って行ったわよ?」


 酷くね? 鬼じゃね? 今日はバリバリ働いて舞美さんにいい所見せようとリアボックス搭載したのにぃ。許さんっ!


 歯軋りしてると手招きした舞美さんに『はい。あーん?』と一切れのチャーシューを口に入れて貰った。うんまーいのねーっ! 舞美さんの可愛い指まで食べちゃいたいのねーっ! リッキーめ……許す!




 岡持ち片手に福田のおっちゃん家を訪ねた。玄関では『よお、大将』と片手を挙げたおっちゃんを押し切って、横幅が広い嫁さんが応対してくれた。俺を見るなり『まあまあまあまあ! ぶったまげ! 噂以上のイケメン!』『大将じゃなくてアイドルじゃないの!』『まーあ。塾の先生だなんて思えないわぁ。背がとびきり高いモデルさんね! こんなイケメンが居るんじゃアンタが通い詰めたって女将さん靡かないわよぉー』と嫁さんはおっちゃんの背をバシバシ叩いた。いつも舞美さんに『第二夫人にならない?』と口説いては適当にあしらわれるおっちゃんは苦笑を浮かべて小さくなっていた。


 笑いを押し殺しつつ俺は岡持ちからプラ容器を取り出す。


「ども。小林中国餐厅チャイニーズレストランっす。今年もお世話になりましたー。ラーメン二丁で千円なのねー」


 プラ容器を差し出すと受け取った嫁さんに指が触れる。微笑んだ嫁さんは『きゃあきゃあうふふ』と乙女な反応しながら奥へ消えた。


「んまー。いつまでも女子高生ねぇ。可愛いこと」


「悪いな。以前から『イケメン大将見せろ』って聞かなくて」おっちゃんは俺に千円札を渡す。


「イケメンは兎も角、ラーメン楽しんでね。年越しスペシャルで価格据え置き、チャーシュー二倍だから」俺は千円を前掛けのポケットに仕舞った。


『んじゃ来年もご贔屓に。ちゃおちゃお』と踵を返すと『大将、ちょっと』とおっちゃんに引き止められた。


「何か妖怪?」


 おっちゃんは咳払いすると声を潜める。


「マメに店に帰りな。新たな男が女将にちょっかい出してる」


「いつもの事でしょー。優しい舞美さんは笑顔美人の女神様だものー。モテない訳がないのよー。おっちゃんだってふざけて口説いてるじゃないのー」


「ちょっと毛色が違うんだって。そいつ本気で口説いてる」


「あ? どこの馬の骨よ?」聞き捨てならない話にドスの利いた声が出る。


 おっちゃんは軽く引く。


「五〇のおっさんだよ。それが長野のワイナリーのオーナーなんだよ。始末に悪い事にちょい悪オヤジっぽい。ダンディでフェロモンムンムン」


「ああん? ちん毛コロンのムンムンジジイが舐めた真似しやがって」思わず舌打ちも出ちゃう。舞美のハアトも唇もセカンドバージンもタロちゃんの物なのねーっ! ちょっかい出すなや!


 おっちゃんはカラカラ笑った。


「んで、俺の舞美にどんな風にちょっかい出してんのよ?」


「今年の梅雨から店で見かけるようになってなー……半月に一度は店に通ってると思う。いつもカウンター席座って女将に話しかける。店が混んでバイトのねーちゃんじゃ手が回らなくなったらお運び手伝ってんのよな」


 ホールを手伝ってんのか。……舞美さんやバイトちゃんが楽になるなら有難いけど、いけすかないおっさんが俺の縄張りを荒らすのは面白くねぇな。……いやーん。俺ってば心が狭いっ! ジェラシージェラシー、くそジェラシー。


 眉間を揉んでると、奥から嫁さんが現れてお土産に自家製の煮豆を持たせてくれた。




 ラストまで注文をこなし、出前から戻ったのは除夜の鐘が鳴り響く一一時過ぎだった。


 店舗を施錠し家に上り、許可を頂いて舞美さんの部屋に入る。


 深呼吸して舞美さんの香りを胸いっぱいに吸った後、今は亡き、舞美さんの御亭主の吉嗣さんの遺影にご挨拶。手を合わせ、瞼を閉じ胸中で吉嗣に話しかける。『今年も一年、無事に過ごさせてくれてありがとね。ところで吉嗣的にはワイナリーのオーナーどうなの?』と。実は吉嗣ってば俺の相談相手。そりゃ言葉は返ってこないけど色々と話聞いて貰ってる。ジロちゃんが事故った時も俺が長い家出から戻った時も舞美さん泣かせた時も話を聞いて貰った。男前のジロちゃんに全く似てなくて鼻ぺちゃ垂れ目ちゃんなのに人懐っこい笑顔浮かべて何だか話し易いってか色々聞いて欲しくなるんだよな。だからいつも舞美さんの部屋に長居しちまう。


 来年の抱負もジロちゃんとスターになって舞美さんの旦那になる事だからね、と胸中で宣言していると舞美さんの声が響く。


「居間にいらっしゃいな。中華お節作ったの」


 瞼を開けるとドアを開けた舞美さんが入ってくる。


「今日は何をお話ししているの?」


「ひ・み・つ。男同士のお話しなのよー」


「あら。ずるい」


 微笑を浮かべた舞美さんは『リッキーちゃん待ちきれずに食べてるわよ』と踵を返した。


「ねぇ舞美さん」


「なあに?」舞美さんは足を止めると振り返った。


「……約束覚えてる?」


「約束?」


 忘れてるのか、とぼけているのか疑問系の語調がガラスのハートに突き刺さる。卒業して家を出る時に猛アタックの末に結んでくれた約束忘れちまったのかな。あれから二年も経ってるもんな……。バンドの傍、塾講師のバイトやって……今じゃそっちが本業っぽくなってきちまって人生にも愛にも焦ってるのに……。


 唇を硬く結んでいると舞美さんは微笑する。


「覚えているわ」


 胸を撫で下ろすと、舞美さんは『若くて可愛い男の子がデートしてって言ったんだから忘れないわ』と冗談っぽく笑った。……っちぇー。覚えてくれてるのは嬉しいけど完全に坊や扱いだぜ。


 舞美さんに連れられ居間へ向かうと、ジロちゃんとリッキーが大皿を突ついていた。小皿おてしょいっぱいに盛りつけたチャーシューとエビシュウマイを頬張るリッキーを『俺も食べるからね! 残しておいてね!』とジロちゃんは飲みかけのビールグラスを置いて窘める。


「こりゃ。舞美さんの分残しときなさいよ?」


 スコンと軽くデコピンを見舞うとリッキーは『だってーマミミンの手料理秀逸なんだもん』と唇を尖らせる。


「無くなったら作るから、タロちゃんもジロもいっぱい食べて?」席についた舞美さんは早速紹興酒の瓶を開栓する。俺はすかさず舞美さんから瓶を優しく取り上げ、お酌する。


「舞美さん働き過ぎよー? 俺達に気を遣わず寛いで? 釜戸の神様休ませないと」


「あら。神は私よ?」舞美さんはグラスの紹興酒を呷った。


 たはー。酔わなくても女王様。


 もりもりご馳走をかっこむリッキーを他所に俺とジロちゃんが『健在だな』『全くだ』と顔を見合わせていると舞美さんは微笑する。


「料理は私の生き甲斐だもの。楽しく作った物を皆んなに『美味い美味い』ってニコニコ食べて貰えるんだから最高のお仕事よ?」


 いやーん。笑顔が眩し過ぎっ! タロちゃんてば手料理も大好きだけど本当は舞美さんを美味しくいただきたいのー。


 ぐふぐふ一人笑んでいるとビールを呷ったジロちゃんが話を振る。


「そうそう谷口さんが『来年も宜しく』って。……谷口さんに猿喰さるばみさんとやらの話聞いたんだけど。よく店に来る男性だって?」


 男? 片眉を顰めて見遣ればジロちゃんは小さく頷いて俺を見返す。……きっとワイナリーのオーナーの話だ。あとで情報共有しようと思っていたのに谷口さんから聞いていたのね。流石谷口。タロちゃんがスパイとして(高校時代、家出した時の観察要員)見込んだだけある。


 舞美さんは大皿からエビチリやホタテのオイスターソース炒め、チャーシューを小皿おてしょによそうと俺に差し出す。


「谷口さんってば意外とお喋りね。猿喰樹さるばみいつきさん、チャルさんね。彼、半月に一度は来るかしら」


 ビンゴってか何それ。猿喰とやら、渾名で呼ばれてんの? 何それ何それ何それ何それ。


 小皿を受け取り、唇を思い切り富士の形にしているとジロちゃんは問う。


「どんな男性?」


「どんなって……よく食べてよく呑むおじさんよ。うちの客層としては珍しく、小綺麗な服装した人。専務の谷口さんよりもお洒落さんかもね」


 ジロちゃんは空のグラスを呷る。動揺してるな……。


「ふーん……。長野のワイナリーのオーナーなんでしょ? ずいぶん離れた場所に住んでるよね? だのに半月に一度は来るって。何処で会ったの?」


 いつになく食い下がるジロちゃんに舞美さんは眉を下げる。


「どうしたの? あなたらしくもない」


「あはー。ジロロってばヤキモチ妬いてるー」リッキーはジロちゃんの小皿から数の子の老酒漬けを箸で分獲る。


「うるさいな」


『心配なんだよ』とジロちゃんの唇が微かに動く。……分かる。心配。俺が留守にしてる間に盗られないか心配。今ばかりは『ジロちゃんてばママンだって女性なのよー?』とか軽口叩けない。


 手酌する舞美さんを前にジロちゃんと共にむっつり黙していると俺達を見遣ったリッキーが助け舟を出す。


「ねーマミミン。おいらも聞きたーい。おいら気になるー。だってマミミンってば料理上手で優しくて可愛いからモテモテだもーん。チャルルとは何処で出会ったのー? どんな感じの人ー?」


 上腕を突つくリッキーに舞美さんは困り笑いする。


「リッキーちゃんったら上手ね」


 リッキーは俺達を見遣るとちろり舌を出しお茶目笑いする。おまーはペコちゃんか。


「ねー、お願い。教えてよー? ね? 気になってご飯すすまなーい。世界一美味しいご飯がすすまなーい。おいら困っちゃーう」


 根負けした舞美さんは苦笑する。


「もう、リッキーちゃんてば本当に上手なんだから。チャルさんとはホテルのパン屋さんで知り合ったの」


『ホテル』にジロちゃんは眉を思いっクソ顰めた。……流石にラブホにパン屋はないと思うが。ジロちゃんってば可愛い彼女がハワイに留学して遠距離恋愛二年目だからかなりナーバスになってんのよね。


 そんな愛息子に舞美さんは苦笑を浮かべる。


「馬鹿ね。エッチな方じゃなくて帝都ホテルのパン屋さん」


 頬を染めたジロちゃんは外方を向く。


「……ンな事思ってないし。普段、六原上野から出ないお袋が都心の一流ホテルのパン屋さんに何の用だったんだよ?」


「パンの研究。テイクアウトやお土産にパン売ろうと思って」


「なんで?」


「フレンチで豚のリエットってあるじゃない? アレ、シュウマイの具に味が似てて。パンに塗って食べたら美味しくて。だったらシュウマイの具をパンに挟んでお土産に売ったら、お客さんの奥さん達にも喜んで貰えると思って。奥さん達お洒落なモノ好きじゃない?」


「ほへー。春のテイクアウトは兎も角、お土産って大変じゃん? 毎日作るんでしょ?」


「そりゃ手間掛かるけど、子育て終わっちゃうと暇なのよね。ジムも回数制限あるし、かと言って町内会とか出たくないし。暇潰しの商品開発よ。店に来ない人にも楽しんで欲しいなって」舞美さんは満面の笑みを浮かべる。


 なるほど。シュウマイパンは舞美さんなりの奥さん連中へのご機嫌取りなのね。おっさん客を相手にする舞美さんは若くて美人だからやっかまれ易いもの。『加齢臭漂う幼稚園』だの『オヤジ託児所』だの陰で言われてるもんな。福田のおっちゃんの嫁さんみたいに皆んなが皆んなサバサバしてる訳じゃない。


「で、何で長野県民が帝都ホテルのパン屋に?」俺は身を乗り出した。


「ホテルとワインの契約を結んだ後だったんですって。『用事があるから高速飛ばして帰る前に軽く物を腹に収めたい』って慌ててパン屋に寄ったんですって。それでトレーいっぱいにパンを積んだ私とぶつかって私がトレー落としちゃって……インターチェンジ近いからお詫びに車で送って貰ったの。その時お名刺と白ワイン数本頂いたの。これがとっても美味しくて、シュウマイパンに合いそうで。店に来る度にワインやブドウ、長野のお土産を下さるの。ぶつかっただけでここまでして下さるなんてなんだか申し訳ないわ」


 っかーっ! 車で送った? 男と女が出会っていきなり個室で二人きりとか、何考えてんだよクソ猿! チン毛コロンのエテ吉は考える事が違いますなぁ! あわよくば交尾する気満々じゃねぇか! 更には店に通ってマーキング怠らないとか! 俺のホールも汚してくれちゃって! 何それ何それ何それ何それ! 鶏冠にキた!


 嫉妬と憤怒でギリギリ歯軋りしていると『胸中察するけどタロも他人を悪く言えないからな』と眉間に皺を寄せたジロちゃんに釘を刺された。


 幸いにもシュウマイパンとワインについてご機嫌で話しまくる舞美さんにはその気はなさそうだ。愛息子が独立して寂しがっていた舞美さんが楽しそうなのは嬉しい。でも男の影がチラつくのはムカつく。


 複雑な想いを抱いて紹興酒を呑んでいると携帯電話が振動する。フリップを開くとリッキーからメールが届いていた。何よう。おセンチなのに。用があるなら直接言いなさいよう。


 顔を上げて睨む。するとフカヒレの姿煮を頬張っていたリッキーは噛まずに丸飲みすると『いいから読んで!』と唇を動かした。んもう。何よう。……ちょっとだけよ?


 メールを開封するとURLが添付されていた。ページに飛ぶとワイナリーのサイトが画面に現れる。猿喰ワイナリーと記されている。こめかみに血管を浮き上がらせページをスクロールしていると都内の一流ホテルにワインを納品している事やフランスの有名なワインのおっさんが『神様が認めたなんちゃら』と大絶賛してる事が記されていた。更にはページの末尾にオーナーの近影が載っていた。……っかーっ! イ・ケ・ス・カ・ナ・イッ! 白の綿シャツ着て『俺が育てた』とばかりにボトル抱っこしてお洒落口髭の下で微笑んでやがる! このエテ吉め! マダムキラー気取ってぶりっ子しやがって! これ息子棒で物考えてる時の笑顔! 棒を穴に突っ込もうってヤる気満々の粘ついた笑顔! タロちゃんは(ヤリチンだからこそ)知ってるのよーっ! 騎士の爽やか笑顔じゃないのねーっ!


 発情猿の微笑にギリギリと歯軋りしていると早速紹興酒を空にした舞美さんが新しいボトルを持ってきた。ラベルには二匹の猿が葡萄を取り巻くイラストがプリントされている。……クソ。エテ吉のワインかよ。


『とっても美味しいからタロちゃんも呑んでみて?』とニコニコの舞美さんに白ワインを注がれ、渋々呑む。……美味くて中華にマリアージュですげぇムカついた。




 短針と長針が一二で重なり、新年を迎える。舞美さんはシャワーを浴び、ご馳走で腹をパンパンに膨らませたリッキーは俺のベッドで眠り、俺とジロちゃんは昼の餅つきの仕込みをして初詣へ繰り出す。毎年二社お参りする。まずは隣の桜屋敷駅まで歩いてお稲荷さんを目指す。ジロちゃんの付き添いは今年で四年目か?


 裸の桜並木の中でひっそり建つ稲荷神社にいなり寿司を供え、新年のご挨拶をする。小さなお社でご挨拶するのはジロちゃんと俺くらい。……普段この時間のお社は閉まっているが管理人さんのご厚意で晦日から元日に掛けての深夜は扉が開いている。


 年が明けてまずこのお稲荷さんに参拝するのはジロちゃんの大切な決め事。ジロちゃんはお稲荷さんに助けられたらしい。なんでも幼少の頃、お遣いの帰りに迷子になり日が暮れ途方に暮れていた所、お稲荷さんのお供物を食べて凌ぎ、先代の管理人さんに発見されたそうな。以来、高校卒業するまで毎月一日(迷子になった日)は必ずお稲荷さんに参拝する。……地元を離れた今じゃ毎月は難しいので一年の計である元日オンリーだけどね。義理堅い男だよねジロちゃんって。俺好きだな。


 一社目の参拝を終え六原上野駅近くの大きな神社へと歩いていると、ウララを連れたビトーちゃんと遭遇した。二人とも湯気が立ち昇る甘酒のカップを持っていた。


「うわー。恥ずかしい所見つかっちゃったよ」白い息を吐いたビトーちゃんは頬を真っ赤に染める。


「ちょ、シチセー! 恥ずかしいとか酷くない?」ビトーちゃんの腕を組んでいたウララはガスタンク張りの巨乳を思い切り押し付ける。


「それが恥ずかしいんだって! おっさんを揶揄っちゃいけません!」困惑を装うもののビトーちゃんはニヤついている。


「二人っきりだと『もっと』とか言う癖に!」


 まーあ。初痴話喧嘩? アホらし。


『あけおめ。ことよろ。帰り?』と問うとビトーちゃんはこっくり頷いた。桜屋敷のアパートに住んでるので今でも平日週三で店に通ってくれる。有難いこった。


 ちんちんかもかもバカップルに居た堪れなくなったジロちゃんは外方を向いて問う。


「お、俺たちは今からご挨拶。……今年もアニキ、帰らなかったんだね」


「実家が北海道だと交通費馬鹿にならないからねー。でも漸く資金用意出来たし物件見つけられたし今年の秋にはオープンできそう」


「あちし、シチセーの店で働くんだー」ウララはビトーちゃんを見上げる。


「夏の国試、合格しなきゃな」ビトーちゃんはウララの頭に軽く手を置いた。まーあ、頭ポンなんてラブラブねぇ。


「任せなさーい。サクッと合格してカリスマ美容師になってやるっ!」


「店の名前決めた?」ジロちゃんは問う。


「『7 STAR’S ROCK』だよ」ビトーちゃんは照れ臭そうに笑った。


『夜の餅つき程々にしときなさいよ? 昼から駐車場で恒例のリアル餅つき大会やるから遊びに来てよ。ちゃおちゃお』と別れると、賑々しい露店に囲まれた参道でジロちゃんが深い溜息を吐いた。


「どったの?」


「いいなぁアニキ。彼女がいつも側に居るって……羨ましい」


「成人式で会えるじゃないのー」


「……毎日会いたい。羨ましい」


「俺はジロちゃんが羨ましいわ」


「何で?」


「コマっちゃんもジロちゃんに負けないほど愛してるじゃない? 舞美さんはタロちゃんなんてアウトオブ眼中だもの。一方通行なのよー」


「更には半年も前から猿喰とやらが付け狙ってるとか」ジロちゃんは眉間に皺を寄せた。


「……ジロちゃんも心中穏やかじゃないっしょ? 舞美さん気立て良くて美人だから」


「当然。息子の俺が言うのも何だけどお袋、顔整ってるし気立がいいからな。お袋に擦り寄る男は碌なのがいない。親父以外の男なんて気持ち悪い」


「……たはーん。それってタロちゃんもー?」


「猿喰にしろタロにしろ、俺はヤだね」


「キャインキャイン」


「猿喰はダントツで認めない。……フツー、知り合ったばかりの女を個室に突っ込むか? ってかお袋も下心丸出しの男の車にホイホイ乗るなよ。世間知らずのお前は子猫か」ジロちゃんは珍しく舌打ちした。普段穏やかな男がイラついてるんだから相当アレ。


 そうなのよねー。舞美さん危なっかしくて見てらんない。……でも襲われそうになっても相手蹴り殺しちゃいそう。去年の正月、ジムに通い始めた舞美さんに『レッグプレス何キロやってるの?』って聞いたら『一九〇だったかしら? まだ二〇〇ないわね』って答えたからなぁ(思わず飲んでた茶ぁ噴いちゃったよ)。ジロちゃんのベンチやらダンベルやらで宅トレしてたのは知ってるけど……上級者すぎだろ。結婚するまでは大分ビッとしてたらしいし……。『殺ろうと思えばいつでも殺れる』サバンナの王者スタンスだから下心知りつつ乗ったのかしら? それとも実は猿喰を憎からず思ってるとか……。だったらヤだなぁ。勝ち目ないじゃん。何せ有名ワイナリーのオーナーだもんな。超金持ち。一介のアルバイトじゃ太刀打ち出来ん。


 ……いやいやいやいや、新年早々弱気になってどーすんのよ! 舞美さん射止めた吉嗣見てみろ! 男ならハートで直球勝負だろ! 俺が舞美さんに捧げられるのは溢れ出す愛だけ! これだけはエテ吉に勝つる! あおーんっ!


 一人で悶々考え込んでいるとジロちゃんが救いの手を差しのべた。


「一人息子としてあの男だけは認めたくない。……利害は一致するだろ? 手を組もうぜ」




 同盟から一夜明けて、みんなで餅つきの準備をしていると事件は起こった。


 舞美さんとリッキーが駐車場の一角にビニールシートを敷き、ジロちゃんが長卓を用意し俺が臼に蒸し上がった餅米を入れた途端、通りから車の音がした。……おっさんとおばはんばかりの住宅街だ。元日の午前中なんて車を動かす奴なんざいない。通りを見やると真っ赤なアルファロメオが店の前に停まりウィンドウが開く。


「やあ、舞美さん」穏やかな低音ボイスが響く。顔を覗かせたのはお洒落口髭を蓄えたちょい悪オヤジ……そう、猿喰樹もといエテ吉だった。


 俺とジロちゃんに緊張が走る。クソ。新年早々殴り込みに来やがった! まだ具体的にどうやってエテ吉を阻むか相談してないのにぃ。


「あらチャルさん。本年もどうぞご贔屓に」舞美さんはにっこり笑顔を浮かべる。


 笑顔を返したエテ吉は駐車場を見渡す。俺と視線が合うと嫌な笑いを一瞬だけ浮かべるが直ぐに視線を舞美さんに戻す。


「今年も宜しく。……挨拶しようと飛ばして来たんだ。皆んなで餅つき? 俺も手伝っていいかな?」


 え。ヤだ。小林ファミリー&仲良しさん水入らずのイベントだからエテ吉は遠慮するのねー! 高校からの楽しいイベントなのに! 要らん奴は来るなっ! ギリギリと唇を噛む俺なんか知らずに舞美さんは頷く。


「ええ勿論。角曲がった所にコインパーキングあるの。悪いけど今日はそっちに停めてくれる?」


 猿喰は了解とばかりに片手を挙げると車をスタートさせた。


『早く突こうよー。おいら腹ペコリン』と喚くリッキーと『今年はウグイスも作れるから楽しみにしててね』とニコニコの舞美さんを他所に、ジロちゃんと俺がこめかみに血管を浮き立たせてムッツリする。するとビトーちゃんとウララがやって来た。『わぁい! ビトーっちだぁ!』とリッキーに抱きつかれたビトーちゃんとウララは舞美さんに頭を下げる。そして手に提げていた一升瓶と花びら餅の袋を舞美さんに差し出す。


「明けましておめでとう御座います。今年も世界一の餃子を沢山食べさせて下さい。これお年賀です……って、あの二人、妙に気圧低くありません?」


 俺達を見遣ったビトーちゃんに舞美さんは小さな溜息を吐く。


「そうなの。急に台風並みになっちゃって。いつものメンバーじゃない所為かしら?」


 ビトーちゃんはスクワットをこなすリッキーを見遣る。


「え。でも前回の餅つき、リッキーもシロと一緒に来てくれましたよね? 俺もウララちゃんも居たし。シロが今年不参加だから?」


「さっき常連さんのチャルさんが来てくれたの。車停める所ないからコインパーキングに行って貰って今はチャルさん待ち。……タロちゃんもジロも意外と人見知りなのね」


「チャルさん? 俺初めて知った。ええー、残念。俺が一番熱心なファンだと思ってたのに」


「あら、餃子のファンは武藤さんがダントツよ? ウララちゃんは二番手あたりかしら?そういえば武藤さんはチャルさんに会った事ないのよね。週末や華金によく来る常連さんなの。長野に住んでて東京の仕事のついでに寄って下さるの」


「長野から? わざわざ車で来るって相当なファンですね」


 再度俺達を見遣ったビトーちゃんは『なるほどね。そりゃこーなるか』とばかりに片眉を上げた。……付き合いが長いだけある、察しがいい。流石ビトーちゃん。


 すると車を停めて来たエテ吉が現れた。オリーブカラーのチェスターコートを冬風に靡かせ、細身の黒いジーンズで颯爽と登場する。そこら辺の店で買った物ではないだろう。ブランドのロゴはないが、遠目から見ても品がいい服だ。……クソ! センス、グンバツじゃねぇかよ! 更には一〇〇本あると思しき深紅のバラのブーケを片手に提げている。だーっ! それタロちゃんがやろうとしてた求愛なのにぃっ! パクられたっ! マジムカつくっ!


 俺とジロちゃんは狛犬宜しく即座に舞美さんの両脇を固めた。しかし身長一八〇センチ越えの電柱二人をものともせずにエテ吉は舞美さんに歩み寄る。


「舞美さん、今年も宜しく」エテ吉は白シャツの袖からパネライを覗かせ、バラのブーケを差し出す。


「ありがとう。……でも来て下さる度に申し訳ないわ。こんなに沢山、高いでしょうに。悪いわ」舞美さんは受け取るが唇がほんの僅かにピクと動く。……およ。ちょっぴりご機嫌斜め?


「俺の気持ちだから。いつも受け取って貰って嬉しいよ」


 エテ吉は軽く頭を掻くと漸く俺たちに気付く。


「うわ! 話伺ってたけど二人ともすっごく大きいな! 秋宮の狛犬かと思ったよ! ……男前の彼が紋次郎君でクオーターの彼が太朗君だったよね? 初めまして、猿喰です。舞美さんにはいつもお世話になってます」


 エテ吉は懐から取り出した黒い名刺をジロちゃんに差し出す。……『いつもお世話になってます』ってのがイケすかねぇな。牽制してんな。しかも名刺箔押しだし。ヤな奴。


「息子さんの紋次郎君の話もよく伺ってるけど、それ以上に太朗君の話はよく聞くよ」エテ吉は俺を見遣る。


「はあ」舞美さんが俺の話を? まーさかー俺ってば全然相手にされてないのにパチこくんじゃねぇよクソ猿。ワンワンっ!


「全国統一模試のチャンピオンだってね。その上理Ⅲに一発合格だとか。それ蹴って塾講師の傍、バンドやってるんだってね! いやぁ思い切りいいなぁ! 俺にはとても真似出来ないよ!」


「はあ」


 エテ吉は俺の上腕を軽く叩く。……褒めてるようで馬鹿にしてるな、これ。塾講師の傍らバンドやってんじゃなくて、俺にとっては今どっちも大切なんだよ。趣味じゃねぇっつの……しかし俺ばかりに絡む事を鑑みると俺を敵認定してるっぽい。まあ、俺もエテ吉を敵認定してるけど。


 しょっぱい顔を浮かべていると舞美さんがブーケをカサリ鳴らした。そーだったそーだった。いつまでも抱えさせちゃ餅つき出来ないのよね。餅つき大会は舞美さん主催の楽しいイベントだもの。


「舞美さんブーケ貸して。タロちゃんが着替えついでに綺麗に活けてきますよって。舞美さんはお餅つき楽しんで」


「ありがとう。助かるわ。厨房の下の棚にお古のジョッキが幾つかあるからそこにお願い。お店に置いといて貰えると嬉しいわ。余ったら取り敢えずそのままでいいわ。ジロ、手伝ってあげて」舞美さんは俺にブーケを差し出す。


 うお。一〇〇本もあればそこそこ重いな。


「いーのいーの。ジロちゃんは餅つき宜しくメカドッグ! こりゃ、リッキー着替えに行くのよー。おまー花屋さんでバイトしてたっしょ? 水切り手伝ってよ」


「あいさー!」スクワットしていたリッキーは瞬時に立ち上がるとビッと敬礼する。


「えー! 花屋さんでバイトしてたの? あちしにも水切り教えてー!」ビトーちゃんの腕から離れたウララも加わった。


『ありがとう。よろしくね』と微笑む舞美さんに微笑み返しジロちゃんとビトーちゃんに『暫く頼んだ。見張ってろよ』と目配せする。そして二人を引き連れて店に戻った。




 厨房に入ると三人で丁寧にブーケの包みを剥がし、一〇〇本のバラをバケツに浸けて水を吸わせる。その間、中華おせちの残りを頬張るウララをホールに置いて俺とリッキーは着替えに家に上がる。


「あの量のバラは大変だろうねー」住居に繋がる連絡階段を登り切ったリッキーは小さな溜息を吐く。


「やっぱり?」


「おいらはバイトだから面倒見られたけど、前触れもなく貰う方は大変だよねー。一回ならいいけどさ。アレが月二かー。キツいだろうなー」


「……たはー。花嫌いになってたらどうしよ。マズい事やっちまったな」


「なあにー? どうしたの?」


「いや、昨日舞美さんに切り花渡しそびれてさ、グラスに活けてこっそりカウンターに置いてたのよ。花嫌いになってたら悪い事したなーって」


「ひょっとしてマミミンルームのオレンジチューリップ?」


「……あんで知ってんのよ? ってか舞美さんの部屋にあるってマジ?」


 リッキーはペコちゃんよろしく舌をちろり覗かせる。


「ぬっふー。マジ沢マジ吉、マジむろマジすけだってば。今朝、『貸してー?』って断って化粧水借りに行ったらベッドサイドにあったんだよー。タロロの髪みたいに綺麗なオレンジ。ナイスカラー!」


 そっか……飾ってるんだ。嫌じゃないって事だよな。


 思わず溜息を漏らすとリッキーは歯を見せて笑う。


「ベッドサイドなんてめっちゃ気に入られてるじゃーん? 気がなけりゃ、靴箱の上とかテーブルとか無難な所に飾られちゃうもーん。めっちゃ愛されてるー!」


「ぐふーっ!」


 粘ついた笑みを浮かべているとリッキーに『ジロロ並みに愛されてるよね! マミミンには息子が二人ーっ!』と背中を叩かれた。……あ。やっぱり? たはーん。男として見られてないのねーん……。


 成人式を控えた正月……折角なのでリッキーと二人で赤フンに着替える。そして尻の割れ目に生地をめり込ませて鳥肌を立たせて厨房へ下りウララと三人でバラの水切りをする。作業中、ウララに幾度も『二人とも馬鹿じゃん?』『褌とか未開の部族の成人式かよ』『裸バンジーでもすんの?』『タロは兎も角リッキーとっくに成人してんじゃん』『自慢すんな! シチセーの方が大っきいから!』と辛辣な言葉を突きつけられるが左から右に受け流す。


 ジョッキ八杯分のバラをホールや家に飾り、残りのバラはバケツに浸け、赤フン&裸足の野郎二匹と生意気ギャル一匹で駐車場に繰り出す(ウララは五歩くらい離れて歩きやがった。可愛くねーの)。……厨房でもそうだったけど真冬に越中褌一丁はキツい。鳥肌は勿論、乳首がピンこ勃ち。……萎えるのは股間だけ。でも今年はこれで餅つきすんのよーっ! 舞美さんにカッコよくてセクシーな所見せたいっ!(ちんこ縮こまってるけど)


 無理して満面の笑みを浮かべて『アルマゲドン』ばりに英雄っぽく登場する。駐車場の玉砂利を踏み締め堂々と土俵入りなのよー。ジロも舞美さんもビトーちゃんもエテ吉も、俺とリッキーの勇姿に釘付けになる。……しかし怒られた。舞美さんにどちゃくそ怒られた。『おもちに陰毛入るでしょ! 服着なさいっ!』その一言でみんな大爆笑。……カッコいい所見せるつもりがダサいトコ見せちゃった。……まあ、よく考えりゃそうだよね。舞美さんは食い物屋の店主だし、隠毛の機動力って半端ないし。


 高校のジャージに着替え、リッキーと駐車場へ戻ると舞美さんとエテ吉が餅つきしていた。


 何よソレ! ちょっと! ちゃんと見張れっちゅーたやないの! 


 花びら餅を食べるビトーちゃんとウララの隣で渋い顔を浮かべるジロちゃんをジロリ睨む。ジロちゃんは『お得意を止められるかよ』と唇を動かした。んもー。なんだかんだでお人好しなんだからぁ。使えないわねー。……タロちゃんとしてはクッソ悔しいけど舞美さんが楽しいならいいか。自然体ニコニコ舞美さん世界一可愛いもの。俺、舞美さんの笑顔だぁい好き。


 再度、杵と臼を見遣る。両腕を捲ったエテ吉が餅をつき、杵が離れ瞬間に舞美さんが合いの手を入れる。しかし軽く息が上がったエテ吉の足下がフラつきかける。……ジムで鍛えただろう整った体してるとは言え五十路だもんなぁ。下手すると腰にクるわよ? ってか休んでよ。心配で見てらんない。


 舞美さんはエテ吉を見上げる。


「チャルさん、合いの手交代しましょうか? 私突きますよ?」


「いやいや。重労働を女性にやらせる訳にはいきませんよ」


 頬を染めて息を弾まるエテ吉に微笑を浮かべた舞美さんの唇は微かにピクリ動く。これは舞美さんの不満のサイン。お正月から不機嫌さんはあまり宜しくないのよー。


 ……エテちゃん、舞美さんはか弱い女性じゃないの。ハクい元ヤンで力持ちで中華料理屋の主人で力仕事が大好きな逞しくて可愛い女性なの。餅だって自分が突きたいから俺らを巻き込んでるだけのよー。重労働が大好きな女性もいるのよー。


 舞美さんは不満を噛み殺し、作り笑いを浮かべながらもエテ吉に合いの手を入れる。


 楽しみにしていた舞美さんも、舞美さんの気持ちを知らずにいい所見せようとするエテ吉も不憫だ。タロちゃんが助け舟出してやろうじゃないの。


「猿喰さん、交代しません? 俺、明日から仕事だからあまり長居出来ないのよー。手伝える時に手伝いたいなーって」


「大丈夫だよ」エテ吉は『素人は黙っとれ』とばかりに、にっこり笑う。


 こんにゃろ。本気で心配してやってんのによぉ。そんなに舞美さん盗られたくねぇかよ。そんなんじゃねぇっての。んもぅ。しょーがないわねぇ。


 俺はジロちゃんを横目で見遣る。


「ジロちゃんが『突けなきゃいやんいやん。リンダ困っちゃーう』って顔してんでそろそろ交代してやってくれませんかね?」


『おいおい』とばかりに頭を掻くジロちゃんを見遣ったエテ吉は『……交代しようか』と漸く折れた。そうよねー。舞美の愛息子が絡めば文句言えないわよねー。


 エテ吉は杵をジロちゃんに渡すと額の汗を拭う。俺は舞美さんと交代した。……本当は舞美さんとお餅つきしたかったけどねー。ベッドでのラブラブねっとりお餅つきなら尚更なのよー。でも我慢、我慢。


 ジロちゃんが杵を下ろして俺が濡れ手で餅を畳む。毎年恒例のペアワーク。高校時代から兄弟のようにつるんでるお蔭でコンビネーションがすげぇいい。サブロー(エレキ)弾いてるだけあってジロちゃんリズミカルだし(そりゃドラマーのリッキーには及ばないけど)、俺も乗りやすい。


 どっせいどっせい、声を掛けつつ餅を突いているとビトーちゃんは『相変わらず阿吽の呼吸だなぁ』と溜息を漏らしウララは『模範演技じゃん』と爆笑しリッキーは『わっしょいわっしょい! わっほいわっほい!』と興奮する。


 流石に数年前に陸上から引退した身。ジロちゃんの息が上がったので休憩。横目でちらり舞美さんを見遣ると丸椅子に座って中身が三分の一になった一升瓶を湯呑みに傾けている。……それビトーちゃんのお年賀じゃないのー。んまー、三〇分もしない内に自棄酒飲み切ろうだなんて相変わらず漢ねぇ。


 やれやれ、と息を吐くとリッキーに『次おいら突いちゃうもんねー! タロロ合いの手やってー!』と誘われ表情が凍りつく。リッキー相手にすんの怖いのよーマジで。そこそこ名の知れたサーファーだからジロちゃん以上に体が凄い。その上お茶目でうっかりさんな筋肉の塊が杵を振り下ろす訳だから一秒一秒が命懸けだわ。


「無理!」


「ぶー。タロロ合いの手、上手なのにー」リッキーは唇を尖らせる。


「ヤあよー。リッキーってばまじで洒落にならんもん」


「じゃービトーっちで我慢するーっ!」リッキーはワンカップに口をつけるビトーちゃんを指名した。


「マジかよっ!? 俺まだ死にたくないっ!」矛先が自分に向いたビトーちゃんは逃げる。


「ええー。やろうよー? めっちゃ楽しいよー?」リッキーはビトーちゃんを追いかける。


『手ぇ粉砕されたら飯の食い上げだよ!』『大丈夫! 痛くしないから!』『砕く気満々じゃん!』ビトーちゃんとリッキーがスラップスティックしてるのを眺めていると『相手してくれない?』とエテ吉に肩を叩かれた。


「マジもとマジトっすか?」ライバルなのに?


「だって、ねぇ?」水に浸かった杵を眺めつつ、つまらなそうに日本酒をぐいぐい呷る舞美さんをエテ吉は見遣る。


 あー……そう。男の勝負したいのね。あ、そう。あー、そう。受けて立とうじゃないの。……ごめん、舞美さん。ご機嫌斜めよね? 酔ってないのに目が据わってるもの。直ぐにでもガス抜きしてあげたい所だけどちょっと待ってて。


 不敵な笑みを浮かべて応えると『じゃあ合いの手やるから杵宜しく』とエテ吉に花形を譲られた。


 あらら? どったの? 舞美さんにいい所見せたいんじゃないの?


「え? 俺杵っすか? 猿喰さんじゃないの?」


「うん。太朗君の力量知りたいから。俺も君の得意なフィールド……合いの手やりたいし」エテ吉は粘ついた笑みを浮かべる。


 んまー。生意気ねぇ。歌って踊れる小鳥さんのタロちゃんってば結構タフなのよー? ってかエテ吉って負けず嫌い? そーゆーのタロちゃん、分かる。正々堂々勝負したいよな。強引だけど気持ちのいい男ではあるな。ちょいちょいムカつく奴だわ。


 杵を水の張ったポリバケツから杵を引き上げたエテ吉は俺に差し出す。杵の先から水滴がブルーシートへと滴り落ちる。


 おう。男なら仕掛けられた勝負だろうが罠だろうが踏み潰して蹴り飛ばして全力でブッ千切ってやろうじゃねぇの。


 顎をシャクレさせ歯を剥くとエテ吉から杵を受け取る。エテ吉も鼻を鳴らして笑った。

 エテ吉が盥に手を差し入れ俺が杵を構えた途端、舞美さんの声が響く。

「つまんなーいっ!」


 エテ吉と俺を始め、そしてスラップスティックに夢中になってたビトーちゃんとリッキー、花びら餅をもりもり食っていたウララ、自らの腰を叩いていたジロちゃんが一斉に舞美さんに注目する。舞美さんの駄々っ声は近所に響く。


「つまんないつまんないつまんないつまんないっ!」


「ちょ、お袋、しーっ! ご近所!」


 ジロちゃんが慌てて駆け寄るが唇を尖らせた頬を餅のように膨らませた舞美さんはしっし、と追い払う。手の振りが大きいので(ガスタンク・ウララには負けるが)大きなおっぱいがぷるんぷるん揺れる。んまー、セクシー駄々っ子ちゃん。


「ジロなんてあっち行けー。みんなニコニコなのに私だけへの字口ー。つまんなーいっ! 私もお餅突きたーいっ。お料理好きなのにーっ。小林の店主なのにーっ」


 あー……爆発しちゃった。雌雄決したら直ぐに舞美さんに突かせてあげようと思ったけど遅かったか……。


 お淑やかな舞美さんの変貌にエテ吉は面食らうが直ぐに微笑する。……分かるわー。可愛いもんなぁほろ酔い舞美さんの駄々っ子ちゃん。ちっちゃな女の子みたいで可愛いの。店のローンやお客の奥さんからの僻み、お客のセクハラ等々色々な問題で生じるストレスを抑え込んでるから無礼講だと爆発しやすいのよね。一〇代でジロちゃん産んで青春を置き去りにして御亭主の吉嗣さんに先立たれて店のローン返済に喘ぎながらもたった一人でジロちゃんを立派に育てて……数少ない楽しみが料理と筋トレだもの。そんな可憐で逞しい舞美さん眺めてると男としてニコニコに、幸せにしたくなっちゃう。……またエテ吉とペア組ませるのは全毛根死滅しそうな程に嫌だけど……舞美さんがニコニコなら俺、今回も涙飲んで我慢する。


 俺は瞳を潤ませる舞美さんに杵を差し出す。


「はい。どーぞ?」


 鼻を啜った舞美さんはこっくり頷く。


「……ありがと」


「どーいたしまして。お正月に泣いちゃダメよー? 舞美さんが悲しいとタロちゃんもクッソ悲しいのー。一緒にニコニコしましょーね?」


 微笑し、杵を渡すと駄々っ子舞美さんは満面の笑みを浮かべてくれる。


「タロちゃん、ありがとー」


「どーいたしまして。楽しんでね?」


 エテ吉にまたペアを譲る訳だし、舞美さんほろ酔いだしお正月だしこれくらい許されるよね? 調子に乗って舞美さんの頭をポンポンと叩くと、駄々っ子舞美さんは『ん』と笑みを咲かせる。もーホント、尻が三つに割れそうな程強烈に可愛い。ホント、二〇歳の息子を持つ母親かよ。元ヤン淑女かよ。可愛くて可愛くてお餅のような頬っぺたパクパク食べちゃいたいのよーっ!


 エテ吉が控える臼から遠ざかると舞美さんは俺の背に声を掛ける。


「タロちゃん合いの手やって?」


 驚いた俺が振り返ると舞美さんが杵を担いでいた。


「え? 俺? ……猿喰さん構えてるじゃないのー。折角長野からご挨拶に来たんだからお相手してあげて?」甘ーいお誘いにクッソ乗っかりたい所だけど、ここで乗ったらエテ吉のプライドがガラガラがっしゃんだもんな……。同じ女(ヒト)に求愛する男としてそんな酷い仕打ちはしたかねぇな。


「タロちゃんじゃなきゃ、ヤ」


 歩み寄る舞美さんは瞳を潤ませ俺を見上げる。


「タロちゃんじゃなきゃダメなの。……タロちゃんは私じゃ嫌? 私の事嫌い?」


 ああああああああ。そんな男殺しな事言わないでよ舞美さん。タロちゃんだって舞美さんじゃなきゃダメなのよー……。




 本当に俺じゃなきゃダメな案件だった。


 フラストレーションとストレスを溜めに溜めていた舞美さんが打ち下ろす杵は豪速球並み、且つ筋トレ上級者が繰り出す杵の打ち込みは怪獣映画の音響並みに重く腹に響いた。去年はそんな一〇〇トンハンマーじゃなかったのに……。テンポが速すぎて杵の先なんか追える暇がない。勘で合いの手入れるしかない。もうホンット、コンマ数秒でも噛み合わなければ俺の手粉砕されていた。リッキー以上にヤバい。リッキーの杵遣いが児戯に思える程。『お澄まし飽きちゃったし、ストレス発散したいなぁ。優しいタロちゃんだったら付き合ってくれるよね』ってスナック感覚でお誘いしてくれたんだろうなぁ……。たはーん。舞美さん、可愛いけどマッチョすぎるのよー。


 舞美さんのお相手した後はヘトヘトだった。息を切らし、エテ吉を見遣ると顔を真っ青にしていた。……うん。交代しといて良かったわ。あのまま舞美さんに付き合わせていたらお手手無くなる所だったのねー。


 杵先をバケツの水に浸け、スッキリした顔で額の汗を拭う舞美さんを見ると晴れやかな気持ちになれた。


 リッキーとビトーちゃんの餅つきをぼんやり眺めていると眠気が襲ってきた。うつらうつら舟を漕いでいるとジロちゃんに声を掛けられる。


「大丈夫か? ……って大丈夫じゃないよな」


「……んー。まあ大丈夫」出前こなして飲兵衛な舞美さんの相手して初詣行って舞美さんの餅つきの相手は流石にハードすぎるわ。……あれ? ハードなのって殆ど舞美さん成分じゃなぁい?


 ジロちゃんは男前な眉を下げる。


「あと良いようにやっとくからさ、寝てくれよ。……悪い。タロばかりに負担かけた。俺、しっかりするから」


「何言ってんのよー。緊急事態だったんだからって、確かにクソ眠いわ。……帰って寝るわ。明日から正月特訓だものー。タロちゃん先生しっかりしなきゃ」


 腰を上げ、ウララに餃子の作り方を教えている舞美さんに『明日あるから今日はこの辺でちゃおちゃお』と挨拶する。舞美さんは『遊んでくれてありがとう。タロちゃんが相方だと安心するの。お仕事頑張ってね』と微笑んでくれた。いやーん。そんな事言われたら元気になっちゃーうっ(息子棒が)。


 エテ吉にも軽く挨拶し、荷物を取りに家へ向かう。しかし足がもつれ転びそうになった。なはは、と笑っていると舞美さんに『原チャリは置いていきなさい。タクシー呼ぶから』と案じられる。


「大丈夫よー。通勤で使いたいし隣の区だものー」


「ダメ。心配させないで。タロちゃんまで事故に遭ったら私堪えられない。明日ジロに乗って行かせるから」舞美さんは瞳を潤ませた。


 ……んー。原チャリ置いて行くのはいいとして、タクシーは痛いなぁ。こーゆー時って舞美さん男気出すから坊やな俺に払わせてくれないし、俺が払えてもタクシー代はお財布に大打撃。


『じゃあ電車でゆっくり帰るわ』と口を開こうとした刹那、エテ吉の声が響く。


「送って行くよ」


 マジかよ。


 驚きのあまり口を開いているとエテ吉は椅子に掛けていたコートを掴み、別れを告げる。


「じゃあ舞美さん、また。顔見れて良かったよ」


 ちょっとちょっとちょっと。何それ何それ何それ。あり得んっ。だって俺はエテ吉の敵じゃん。犬猿の仲じゃなぁい? それにまだ舞美さんの側に居たいでしょーが。


『今年もいっぱい食べに来て下さいね』と微笑み手を振る舞美さんにエテ吉は軽く手を挙げる。笑い返してるものの目の奥が寂しそうだった。


 恋敵と言えども流石に気の毒になるってか、エテ吉にそこまで気を遣われる義理はないってか、おっさんの車の助手席に乗りたくない。おっさんと個室で二人っきりなんざ……タロちゃんにとって拷問なんだけど? 死人に鞭打たないでーってかオーバーキルじゃん。もう俺のライフはゼロよー。


「猿喰さん、お気遣いなく。いい大人っすから一人で帰れます」


 思いっきり苦笑いを浮かべるがエテ吉は『荷物纏めてきて。店の前に車つけるから』とコインパーキングへ姿を消す。


 げろげろげろげろ。嫌だって言ってんのに乗っけるなよ! ありがた迷惑よー! ……まあ舞美さんをまた助手席に乗せられるよりはマシだけど。


 自室に戻ると手早く荷物を纏め上げ、もう一度舞美さんの部屋へ入って吉嗣の遺影にご挨拶して店先へ降り立つ。既にツードアの真っ赤なアルファロメオが停まっていた。


 げろげろ。イケすかねぇ。シートに盛大にゲロってやりたい所だが他人の宝物をぞんざいにするのは良くねぇな。ここはぢっと我慢の子なのねー。


 ドアハンドルに優しく手を掛けるが思いっクソ開く。……流石土地が広いお国、イタリアのお車。思い切りがいい。……怖ぇよ。シートに乗り込みそろりドアを閉めるとエテ吉が車をスタートさせた。


 ピアノジャズが響く車内でシートベルトを掛けているとエテ吉が問う。


「家、何処?」


「東秋ノ宮っす」パチこいた。結構家から離れてるからバスで帰ろ。首都高の入り口だからエテ吉は中央道下って帰りやすいだろ。


「都合良すぎ。嘘吐くなよ。本当は?」


 んまー。イケすかねぇ。


「……じゃー、鴨場駅までおなしゃす」


「了解」


 通り過ぎゆく懐かしい景色をぼんやり眺めていると、エテ吉が話し掛ける。


「凄いね」


「……あー。舞美さんはお淑やかに見えておきゃんっすからね。何でも自分でやりたい人なの。お澄まし飽きちゃったんでしょ。時々ガス抜きしてあげないと今日みたいに爆発しますね」


「……違うよ」エテ吉は苦笑いする。


「あ?」


 ……やべ。思わず眉顰めちゃった。


 エテ吉は盛大に笑う。


「負けたよ。完敗だ!」


 何よ完敗って。餅つき勝負流れちゃってんじゃないのー。


「舞美さんに指名されちゃ勝ち目はないよ!」


 ……あー、そっち? 舞美さん、呼吸が合うから俺を指名しただけ。深い意味は全くない。……ま、敵に塩送りたくないし言う必要もないから黙っとこっと。


「……いやー、あんな元気な女性だとは思わなかったな。溌剌として可愛いくてセクシーだけど俺はもう歳だし着いていけないや。夜が大変そう」


 あら? 何それ。好色じゃないの?


 車窓を眺める振りをして横目でエテ吉を見遣る。エテ吉は寂しそうに笑っていた。……あー、諦めるのか。


 恋敵減った安堵も感じるが舞美さんが振られて複雑。ここは恋してやまない男としてカバーしないと。


「舞美さんはマッチョな乙女でそこら辺の三〇代と違いますからね。……それにジロちゃんがいるとは言え一人で歯ぁ食いしばって生きてきたから」


「本当にすごい女性だよ。幸せにしたくなるよ。半月に一度通ってもお手伝いしても花束渡しても食事に誘っても全然靡いてくれなくてさ」


「あー、そうらしいっすね」


「話聞いても二言目には『ジロが』『タロちゃんが』って。他の男の話ばっかり。悔しいよなー」


 居候で息子二号だった俺は兎も角ジロちゃんは愛息子だからね。舞美さんってば、なんだかんだで子離れできないのよねー。舞美さんに近づく男にジェラシー燃やしちゃうジロちゃんも親離れ出来ないし。……大丈夫なんかあの親子。


「それでどんな男なのか一度拝んでやろうって車飛ばして来た訳。……ケルベロスみたいな番犬……赤毛のジャーマンシェパードが控えてるんだもんなぁ。これが隣に並ぶ男前のハスキーよりも怖いのなんのって」


 ちょ。俺、犬っころかよ! しかもシェパードって……。どうせなら昭和基地な樺太犬が良かったのねー。


 ウィンカーをつけたエテ吉はハンドルを回す。


「よく気の付く番犬だよなー。舞美さんの痒い所に手が届く。涙を飲んで舞美さんの笑顔を優先するなんて。……空回ってた俺はあんな事出来ない。俺は俺がしたい事を舞美さんにしただけだから」


 あらー……。バラのブーケしかり力仕事しかり、ちゃんと反省してるのねぇ。


「……好きなら頑張ってよ。俺の分も」エテ吉は小さなため息を吐きつつ笑った。


 俺は唇を噛み締める。


 何それ。マジで諦めちゃうんかよ。お前の気持ちそんなもんかよ。……なんかムカつくわ。だってキラッキラのダイアモンドが目の前にあるんだぜ? 誰だって掴みたいと思うじゃねぇか。自分だけのモンにしたいと思うじゃねぇか。


「……エテ吉はそれで諦めちゃって良い訳?」


 ぽつり問うとエテ吉は笑い、黙す。しかし目の端で一瞬、俺をちらり見遣る。


「舞美さんはお猿さんよりも犬が好きみたいだからね。お猿さんは寂しくワイナリーに帰ります」




 中学受験が一段落した二月の半ばの日曜日、舞美さんにお呼ばれした俺は久しぶりに店を訪れた。ジロちゃんは鉄板焼き屋のバイトが入ってたからタロちゃんオンリー。数年ぶりに休みの舞美さんと二人っきりでラブラブなのよー、ヴァレンタインのチョコも貰っちゃうのよーと荒い鼻息吹いて店に入ったら、ホールにビトーちゃんとウララのバカップルがいて意気消沈。


「マジかー」


 がっくり項垂れて片手を挙げると、パンをもっさもさ頬張るウララの隣でビトーちゃんは眉を下げて『俺達もお呼ばれしてさ。悪い』と笑った。


「お帰りなさい、タロちゃん。受験大変だったわね。お疲れ様」明日の仕込みをしていた舞美さんが厨房から顔を出す。


「ただいま、舞美さん。受験は終わったけど直ぐに新受講生獲得戦に入るのよー。一瞬のお休みなのねー」


「あら大変。東條先生は息つく暇もないのね」


「そうでもないのよー。今日は舞美さんの笑顔に癒されに来たから」


 本心を言っても舞美さんは表情一つ変えずにネギを刻み続ける。俺なんてほんっとまったく相手にされない。舞美さんたらリップサービスの一つだと思ってんのよねー。……ガラスハートがちくちく痛むがこれくらいでめげたら舞美さんに振り向いて貰えない。


「そうそう、今日来て貰ったのはシュウマイパンを味見して欲しくて。武藤さん達と食べてくれない?」


 手許から顔を上げた舞美さんはホールを見遣る。視線の先にはビトーちゃんとウララが横並びで座るテーブル。シュウマイパンと三脚のコップが綺麗に並んでた。


「おいふぃー!」パンを頬張ったウララが咀嚼する度にガスタンク張りのデカパイが揺れる。……んまー。眼福ねぇ。


「とうとう商品化?」


 誰ともなく問うと舞美さんは微笑む。


「そのつもり。おしゃれな若者の武藤さんとウララちゃんにGOサイン貰ったの。あとは裏店主のタロちゃんが微笑んでくれれば直ぐにでも店に出したいなって」


「裏店主って。タロちゃんってばそんなご大層なモンじゃないのねー」


 照れ笑いを浮かべつつ、ビトーちゃんの対面に腰掛け、おしゃんなシュウマイパンを頬張る。……前回よりすげぇ美味い。柔らかめのシュウマイ餡にディルが添えられ、香りが豊かになっている。フレンチを意識した感じ。更にはピンクペッパーが所々散りばめられ味にアクセントがある。バターと粉辛子が薄く塗られたパンは前回のバゲットとは打って変わってフカフカの白パン。咀嚼する度にベビーリーフがしょりしょり鳴る。思わず笑みが溢れちゃうのねー!


「うんまっ! 微笑むどころじゃないのよーっ! タロちゃんこれ買い占めたーいっ! バンズはフワッフワの白パンの方が断然いいのねーっ! 舞美さんったらセンスの鬼っ! 流石小林の店主!」


 舞美さんとしては心配だったみたい。率直な感想に、微笑みつつミニボトルの金属キャップを捻り小さなため息を吐く。


「嬉しい。タロちゃんが推してくれるなら間違いないわね。これが奥さん方への架け橋になってくれるともっと嬉しいわ」


「パン焼いたの? 舞美さんみたいに優しくてキュートな食感最高なのねー」


「うふ。一番頑張ったものをそんなに褒めてくれるなんて嬉しい。色んなホテルやパティスリーのパン買い食いして研究したわ。白パンが一番だなって、これにしたの。このワインとも相性がいいのよ?」舞美さんは三脚のコップに白ワインを注ぐ。ラベルにはブドウを囲む二匹の猿が描かれていた。……エテ吉のワインだ。


 あんだよ。『負けた』って言って諦めた癖にまだちょっかい出してんのかよエテ公が。


 苦い顔をする俺に見かねたビトーちゃんが問う。


「……猿喰さん最近どうしてるんですか?」


 舞美さんは小首を傾げる。


「どうしてるのかしら? 忙しいみたいでここの所は寄り付いてくれないわね。でも先月、早々と契約してくれたわ」


 契約?


 差し出されたコップを見つめていると舞美さんは空のボトルを突つく。


「有名ホテルで取り扱うラインじゃないけど、チャルさんが小林用にわざわざミニボトルに詰めてくれたの。これもとっても美味しいの。シュウマイパンとも中華とも相性が良くて、お客さんの反応が楽しみ。小さなボトルだったらお値段が比較的に手頃だし、お酒に弱い女性でも旦那様と飲みきれそうだしね。勿論、ワインはシュウマイパンと一緒に販売するつもりよ?」


 かっはー。舞美さんってば商人あきんど! 口説き落とそうとしてるエテ吉を逆手にとって店主として口説き落としたのか! 男を手玉に取るなんて……舞美、恐ろしい子!


 コップに口をつけ、シュウマイパンを齧ると確かにすんげぇマリアージュ。シュウマイの豚肉特有のほんのり甘い脂に重めの白ワインが反応して味に奥行きを出す。


「っかー! 美味いっ!」


 駆けつけ一杯のビールを呷るようにリアクションするとビトーちゃんが苦笑を浮かべるが直ぐに舞美さんを見遣る。


「……猿喰さんに口説かれてたでしょ?」


「うふふ。ヤだ。去年の秋ね。断っちゃったけどプロポーズされたのバレてた?」舞美さんは俺の隣に腰掛けた。ああん。久しぶりのゼロ距離舞美さん。厨房で染み付いたお出汁と舞美さん特有のおひさまのような匂いが混ざりあって芳しいのねーっ! ああん。ぎゅーって抱きしめてすぅはぁしたーいんっ!


「バラの花束なんて見たら誰だって分かりますって。しかしプロポーズとは……ねぇ?」鼻をおっ広げて舞美さんの香りを堪能する俺に引きつつ、ビトーちゃんはウララに目配せする。


 深く頷いたウララはおしぼりマイクを差し出す。流石元放送部のアナウンサー、ノリがいい。


「猿喰ワイナリーのオーナー、いつきさんを振った小林中華餐厅の店主舞美さんにインタビューです。プロポーズ、何がときめかなかったのでしょうか?」


「私にとって無理な条件を出された事かしら?」


「それはどんな条件でしょう?」


「『不自由はさせない。一緒に歳を取りたい。笑顔で隣にいてくれるだけで幸せだ。店を畳んで長野に来て欲しい』って言われて……。吉嗣さんの思い出から……離れたくないの」


 最愛の女性の言葉に俺の胸がぎゅっと痛む。……エテ吉も俺も今は亡き最愛の御亭主には勝てないか。


 視線の遣り場がなく俯いていると舞美さんは言葉を続ける。


「初めは料理しか出来る事がなくて吉嗣さんを手伝う形でやり始めた事よ? 吉嗣さんとは死に別れちゃったけど色んな人に支えられて二〇年以上走ってこられた。多少危なっかしいけどジロも自立した。恋をしようが新しい人生を歩もうが一人の女として自由よ? それでも私はこの店と一緒にいたいの。……チャルさんはそれを汲み取ってくれる器用な人じゃなかったし、ワイナリーって大きなお城の主人だから」


「……確かにゴージャスで強引愚ゴーイング・マイウェイ人でしたよね」ウララは苦笑する。


「うふふ。遣り手のオーナーらしく強引な男性よね。……『ワイナリーの隣で店を開いて』とも食い下がってくれたけど、私はこの店じゃなきゃダメなの。吉嗣さんは勿論、ジロやタロちゃんとの楽しい思い出も悲しい思い出も沢山染み付いてるから。私が私らしく居られる場所はここしかないの。だから……お断りしました」


「……そんなに想われて、吉嗣さんって素敵な男性だったんですね」ウララの声が素に戻る。


 なんかもう胸がぎゅうぎゅう痛くて痛くて聞いてらんない。俺の真のライバルはやっぱり吉嗣。吉嗣に勝てる訳ねぇよ。吉嗣凄いもん。舞美さん守ってニコニコ笑顔にしてクッソかっこいいもん。ヒーローじゃん。小悪党な俺とは正反対。あー。でも諦めたくない。ずっと舞美さんを好きでいたい。ぼへーっとシュウマイパンを見つめるしか俺ってば出来ない。瞬きしたら泣いちゃいそう。泣くのは勘弁。そう。シュウマイになぁれ。そう、タロちゃんってば白パンに挟まれたシュウマイの妖精さんなのー。粉カラシが肌に滲みるぜ。おろろろーん。


 俺の胸には届かない舞美さんの声が響く。


「ええ。私にとって良い伴侶であると同時にジロにとって素晴らしい父親だったわ。成人しても、いつまで経ってもジロは私の可愛い息子。もしまた私が誰かを愛するならジロが頼ったり心を開けたりする所謂『頼もしくて優しい人』ね。ジロを安心して託せる男性じゃなきゃダメ。それなら年下でも構わない。そして男として吉嗣さんを尊重してくれなきゃ話にならないわ」


「きゃーんっ! 舞美さんかっこいい……!」


 ウララの黄色い声が耳をつんざき、俺を現実に引き戻す。思わず潤んだ瞳を上げると向かいのビトーちゃんが『聴いてた?』と唇を動かした。聴ける状態じゃないっつーの。シュウマイになってもりもり噛み砕かれる俺のライフはとっくにゼロよーっ!


「いつまで経っても子離れ出来ない母親で恥ずかしいわ。これじゃコマチちゃんに『困った姑』って嫌われちゃう」舞美さんは眉を下げて笑う。……聞いてなかったから話が全然見えないけど取り敢えずはジロちゃんがストッパーになってるって事?


 インタビューが終わると、食べかけのシュウマイパンを片手にビトーちゃん&ウララのちんちんかもかもバカップルは腕を組んで店を後にした。


 明日の仕込みを手伝った後、ジロちゃんの分も纏めてヴァレンタインのチョコを貰うと明日の塾の説明会が控えているので俺は帰り支度を始めた。


 コートを着る俺に舞美さんは眉を下げる。


「泊まって行けばいいのに……」


「いやー、泊まって舞美さんにお酌したいのは山々だけど次のお仕事控えてるから。また今度、ジロちゃんと一緒に来るのねー」


「じゃあ四月くらい? お正月の特訓と引き換えに春はのんびり出来るってジロから聞いたわ」


「んー。その時期は収録で忙しくなるのねー。タロちゃんってば先生だけど一応バンドマンっすから」


 舞美さんは唇を尖らせる。


「……今日楽しみにしてたのに。タロちゃんが大好きなゴロゴロお肉のハンバーグも拵えたのに」


「いやーん。すんげぇ食べたかったーん。……でも本当に今日はマジ見沢マジ彦でごめんなさい」


「ゴールデンウィークは塾もお休みでしょ? 泊まりに来て。お店も休むから」


 いやに食い下がるわねー。息子が自立して舞美さんひとりぼっちになって寂しいんだよね。仕事やバンド活動があるからなかなか来られないけど出来るだけガス抜きしてあげなきゃならない。……舞美さんにその気がないとは言え、俺にとっては最愛の女性だもの。ニコニコにしてあげたい。


「じゃあライブ帰りに顔出しまうす」


「顔出すんじゃなくて泊まって! 約束!」


 俺を見上げた舞美さんは立てた小指を差し出した。あおーんっ。舞美さんに触れるぅっ。


 華奢で柔らかな小指と指切りすると舞美さんは胸を撫で下ろした。お正月以来の駄々っ子さん。可愛いなぁ。


「じゃあ、またなのねー。ちゃおちゃお」


 パスケースが入ったポケットに片手を突っ込み、店舗の引き戸を引く。すると舞美さんに呼び止められた。


「タロちゃん」


「はあいー?」


 振り返ると先程とは打って変わって神妙な顔をしてちょっぴり頬を上気させた舞美さんが佇んでいた。


「タロちゃんなら預けられるから……。くれぐれも……くれぐれもジロをよろしくお願いします」


 変な舞美さん。この家から巣立つ時すらそんな事言わなかったのに。今になって畏まらないでよー。……まあ親として心配だよな。家を出て二年とは言ってもバンド活動不安定だもの。先が見えなくて俺も不安だけど……俺らの心意気を信じるしかない。


「おう。俺に任せろ!」


 にっかり歯を見せて笑い、俺は店を後にした。



 


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Boys Bravo! 乙訓書蔵 Otokuni Kakuzoh @oiraha725daze

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