Bonus Track 02 MaKaNa


「ほんっと悪い! ほんっと助かる!」


 そう言うや否やジロちゃんはギグバッグとトートバッグを担いで慌てて出て行った。スープの冷めない距離、隣の部屋に住んでいれば互いに何かと便利だ。ジロちゃん夫婦は気軽に子守を頼めるし俺は気軽にコマっちゃんの愛の手料理食いに行けるしな。


 ぽつねんと残されたジロちゃんの愛娘のマカナは眉を下げてダボシャツ姿の俺を見上げる。


「迷惑?」


「迷惑じゃないのよー? ククの顔色窺わなくていいのよー? いつも通りククと一緒にお留守番してましょ」


 マカナはこっくり頷くと背負っていた帆布のリュックサックを下ろした。


 小学校の創立記念日とジロちゃんの打ち合わせ(コタローとの打ち合わせや世界水泳のテーマのレコーディング等)が重なったらしい。ジロちゃんったら創立記念日コロッと忘れて朝から大慌て。輸入雑貨の店長さんでありママのコマっちゃんは一週間前から買い付けでハワイに滞在。


 そんな時はままジジのタロちゃんの出番。小学二年生のマカナの子守りを任される。俺とジロちゃんのロックバンドSinistraの作曲担当をするジロちゃんよりも俺の方が多少時間はあるのでフレキシブルに動ける。まあ撮影やら何やらメディア露出を任されたり体型維持の為にジム通ったりと、常に暇って訳でもないんだけどね。でも子守りは嫌いじゃないのよ? 生まれたばかりの弟のコタローを卒園するまで育てたもの。……でもそれは四〇年近くも昔の話。今と昔じゃ子育ては大きく異なる。マカナを近所の公園に連れてったりプレイルームで同年の子と遊ばせたりすりゃ俺は頭使わないから楽なんだけど、それだと繊細なジロちゃんが文句を垂れる。マカナが男の子と接触するのをどちゃくそ嫌がるのよね(マンションの最上階に外国の高級遊具が揃ったプレイルームがあるのに)。『悪い虫がつく』んだと。……元『悪い虫』がよう言うわ。コマっちゃんをコマっちゃんパパから分捕った癖にねぇ? これじゃ引っ込み思案が加速しちゃうわよ?


「ご飯食べた?」


 コーヒーテーブルにスケッチブックや色鉛筆等荷物を広げるマカナは首を横に振る。


「んじゃ用意するからテレビでも見てて」


 マカナはこっくり頷いた。


 マカナはコマっちゃんに似て控えめな子で口数が少なくて引っ込み思案。八歳の女の子って万国共通で口から先に生まれたんじゃねぇのかって位におしゃべりなのに珍しい。俺の前ではちょろちょろ喋ってくれるが基本は必要な事以外喋らない。でも俺にはかなり心を開いてるらしい。小学校では出欠以外では口を開かず、仲の良い友達はゼロ。両親の前でも学校の事を喋らないらしい。ママのコマっちゃんが困惑する程。休み時間は読書や音楽鑑賞を好み帰宅しては毎日一人遊びってかプレイヤーに円盤突っ込んでアニメかSinistraのライブを眺めているらしい。思索に耽る時間って大切だよね。俺も中坊の頃はジロちゃん以外の友達居なかったし基本誰とも馴れ合わなかったからマカナの気持ちは分からないでもない。実を言うと打ち上げやらパーティーやらも遠慮したいほど。社交家がいれば一人が好きな人間もいるのよ。


 ピザトーストをオーブンに入れて、水を入れたシェイカーにプロテインを入れているとテレビの音が聞こえた。……が、どうもおかしい。子供番組にしては鼻にかかった声ってか艶っぽい声や呼吸音、水音、肉を打ち付ける音が響く。


 もしやと思い、アイランドキッチンからリビングを振り返る。八五型のクソデカい画面に騎乗位でドッキング真っ最中の男女が大映しになってるではないの。クソデカい地雷踏みやがった!


「見ちゃダメーっ!」


 駆けつけた俺はテレビの前に仁王立ちになり両手を広げる。驚いたマカナは両肩を跳ね上げ、持っていたリモコンを落とした。すると弾みで電源ボタンが押され、大画面は暗転する。


「……クク、怒った。見ていいって言ったのに」マカナは俯く。


「怒ってないのよー? テンパっただけよー? テレビは見ていいけど円盤プレイヤーはダーメ」落ちたリモコンを見遣るとDVDのリモコンだった。


「どーして?」


「性教育未修のマカナにはドッキングまだ早い。ククの円盤プレイヤーは許可なくいじっちゃダーメ」


「ドッキング? ……パパとママ同じ事してたよ?」


「……あ、そう」貴重な情報ありがとう。


「マカナ、ニワトリとコヨーテ見たかった……」マカナは持って来た円盤に視線を落とす。そっか。アニメを見たかったのか。そりゃ悪い事した。


「んじゃ、今見た事忘れてくれるならニワトリとコヨーテ見てもいいよ? 約束出来る?」


 マカナはこっくり頷いた。


 プレイヤーから『熟女本舗Vol.6』をサルベージしてニワトリとコヨーテをセッティングする。スラップスティックアニメを見ながらピザトーストを頬張るマカナを眺めつつプロテインを飲む。……こりゃ何かの弾みで他の地雷踏まれる可能性あるからオナホなりノートPCなり奥に仕舞った方がいい。油断していた。三歳の頃から預かって今まで何事もなくやってたから油断していた。この際徹底的に片付けるのも手だ、しかし広大なエロ地雷原だから片付けだけで一日が終わっちまうし、ギラつく性欲をオナニーで発散できないのは辛い(本当は愛しの嫁さんと一緒に住みたいのよぉ)。……子供の面倒見るって気苦労多いもんだな。エロ円盤見られて他人の事言えんがジロちゃんとコマっちゃんよ、愛のドッキング子供に見られてんぞ。ヤる時は寝室に鍵をかけなさいよ。


 飯が済んだらどうしようか。俺の家は地雷原だから外に連れ出した方がいいんだけど……近所のミニ公園じゃ洟垂れ坊主どもがウロウロしてるからジロちゃんにドヤされるし、六本木のショッピングモールで買い物って年頃でもねぇし(身長が一四〇センチあってもまだ八歳だもんな)、池袋の水族館と上野の動物園はこの前連れてったし、まーさか店の切り盛りで忙しいマイワイフ舞美さん家に連れて行く訳にはいかんし……。


 眉間に皺を寄せているとコーヒーテーブルから身を乗り出したマカナに顔を覗かれる。


「ククどうしたの? お腹痛い? お熱?」


「んまーあ! 心配してくれたの? ククは考え事してたのよー?」


「じゃあマカナも考えてあげる」


「優しいわねぇ。……マカナは何処か行きたい所ある?」


「チュチュん家」


「んー。チュチュは今日もお仕事だからダメだなぁ」チュチュはハワイ語で『おばあちゃん』。夫婦仲がベッタベタに良くても互いの仕事の都合で離れて暮らす、俺の愛しの嫁さんたる舞美さんのこと。因みにククは『おじいちゃん』。ハワイフリークなコマっちゃんがそう呼ばせてるのよね(おじいちゃんにしては四〇はじめで若いからそれを考慮してるみたい。立花方のじい様は普通に『おじーちゃん』と呼ばれてる)。


 マカナはしょんぼりと俯く。まーたそれが可愛いこと可愛いこと。


「チュチュのお仕事終わったら晩ご飯はチュチュん家で食べましょ? お泊まりしましょ? じゃーねぇ、それまではーククと……遊園地でも行こっか?」


 顔を上げたマカナは瞳を輝かせる。


「ほんと? 遊園地、ほんと?」


 うお。食いつきいいわね。遊園地って子供には魔法のワードなのか。……正直気乗りしないけど、アトラクションやショーがあるから園内ではマカナの後について行けばいいから何も考えずに済みそうだ。うん、楽したい。


「じゃー、沢山遊べるようにご飯しっかり食べちゃいましょー」


「うん!」


 一秒でも早く食べ終えようとピザトーストを必死に咀嚼するマカナの隣に座しネットで近場の遊園地を探しているとインターフォンが鳴った。腰を上げてモニタを見遣る。集合玄関に佇むマネージャーのコサコ氏が映ってる。


 げ。まさか俺も今日はオン?


 インターフォンに出て集合玄関のロックを解錠する。……うわー。やっちまった。遊園地連れて行くとか約束したばかりなのに、いたいけなガキにパチこいちまった。エベレスト並みに高ーく高く持ち上げて深ーい深いマリアナ海溝へ落とすとかタロちゃんってばド腐れ外道じゃん。


「……ごめんマカナ。クク、お仕事行かなきゃならん」


「……うん。マカナもお仕事行く」眉を下げたマカナはこっくり頷く。パパのジロちゃんやチュチュの舞美さん譲りの気の強そうな吊り目を潤ませている。忙しい大人に囲まれて育っちゃったから都合をよく聞いてくれるのはありがたいけど切ない。うわーうわー、めっちゃごめんーっ!


「助かるけど……大丈夫?」携帯端末を弄り、予定を確認する。今日は雑誌の特集撮影だ。


「平気。絵、描いてる」


「ごめんね。この埋め合わせはちゃんとするから。ククがお休みの日に一緒に行きましょーね?」


「……次のお休みいつ?」眉を下げ、瞳を潤ませ長い鼻の先を真っ赤に染めたマカナは俺を見上げる。うおお……しっかりしてるわね。


 すると二回目のインターフォンが鳴る。この音は俺ん家の前のインターフォン。マカナと共に小走りで玄関へ向かい、解錠する。


 コサコ氏は頭の先から爪先まで俺を眺めると『ダボシャツ着てるって事は仕事忘れてたな?』と舌打ちした。


「まぁね」得意げに鼻息を荒げる。


「褒めてねーよ」


 コサコ氏のキレッキレのツッコミに俺の背後に佇んでいたマカナは両肩を跳ね上げる。彼女に気付いたコサコ氏はヘラっと笑うと拳を握り小指と親指を出してシャカのハンドサインを振る。


「アロハー。マカナちゃん、おねえさんは誰でしょう?」


 俺の背後から顔を覗かせたマカナはこっくり頷く。


「アローハー、コサコシさん。ククとパパのマネージャーのおねえさん」


「マカナ、コサコ氏はおねえさんじゃなくておばさんよ?」


 余計な一言を放った俺のスネをコサコ氏は払う。思わずキャインと叫ぶとマカナはクスクス笑った。


「どうしてマカナちゃんがロウの家に?」


「創立記念日でお休みなのよー。ジロちゃん今日打ち合わせで、ママのコマっちゃんも海外出張だから俺が預かる事になったのよー」


「じゃあ現場に連れてく方向で」


「話早くて助かるわー」


 ヘラヘラ笑っていると『お前は早く支度しろ』とばかりに尻を叩かれた。キャインッ!


 舞美さんと晩飯を食べるのでオシャレして寝室を出る。リビングへ向かうとマカナがコサコ氏に野菜ジュースをお出ししておもてなしをしていた。んまーあ、よく気のつくいい子ちゃん。


「ククは明日お休み?」


「うん。セグはお仕事だけどロウはお休み」コサコ氏は手帳を見つめ、マカナの問いに真摯に答える。


 マカナは満面の笑みを咲かせた。あらら。コサコ氏には心を開くのね? 同じ女性だから?


「なーんのお話?」女性陣の間に割って入るとコサコ氏は俺を睨む。


「こら駄犬。スケジュール把握しないとは何様だ。お犬様か。昨日メールしただろ。ちゃんと飼い主のメールを読まないから『遊園地行く』とか持ち上げて落として孫を悲しませるんだ」


「たはー。バレちった」


「明日連れてってあげなさい? 明日は土曜で学校お休みでしょ?」


「あんね、相談なんだけど……」


 コサコ氏の腕を軽く引くと耳打ちする。


「撮影巻けない? ジーンズ特集一本だけでしょ? 今日時間あったら連れてってあげたいなぁって。無論明日も連れて行くけど」


「……何故耳打ち?」俺から距離を置いたコサコ氏は眉を潜める。


「いや、だってまた無駄に期待させてまたおっことしたら可哀想でしょー?」


 小さな溜息を吐いたコサコ氏は『時間勿体ない。各方面に頭下げてあんじょうしたるさかい。早よ行きよし。前と同じスタジオやで。家の鍵寄越し』と携帯電話を取り出すと通話する。


 コーヒーテーブルに鍵を置き、小首を傾げるマカナの手を引き地下駐車場へ向かう。そして二代目スカイラインちゃんの助手席にマカナを座らせてスタジオへ向かった。




 現場入りした際には全ての話が通っていた。


 関係者各位に頭を下げていると早く早くと楽屋へ急かすスタイリストさんとメイクさんに腕を引っ張られ、きょどるマカナと別れた。うおお……大丈夫か? 口数少ない引っ込み思案の小娘を一人にするってどちゃくちゃ心配。


 衣装(ってもジーンズだけど)に着替えスカジャンを纏い用意されたクリーパーソールに履き替え、メイクを施して貰い、髪も軽くセットして貰い楽屋を後にする。


 往年の名ナンバーが流れる現場に入るとディレクターズチェアに座ったマカナが地に踵をつけ足首を左右に揺らしてご機嫌でジュースを飲んでいた。熊のような巨躯を折り畳み、表情をデレつかせたカメラマンの聖ちゃんと何やら話してる。


 コサコ氏と接触した時も思ったけどマカナって引っ込み思案の癖に大人は平気なのね? 子供社会が苦手なのかしら? 俺、小学校まともに行ってないから気持ち分かるなぁ……。


「あらー二人ともお友達になったの? 森のくまさんがお嬢さんに白い貝殻のイヤリング渡してるのかと思った」


 こんな口調でも気兼ねなく話せる聖ちゃんに声をかけると聖ちゃんは真顔に戻る。


「ね、ね、ロウちゃん。お孫ちゃんも一緒に撮っていい?」


 まじかよ。


「やー……俺には決定権ねぇからなぁ。ただの子守り狼だし」


「あーた一応おじいちゃんでしょ!」髭面を思い切りくしゃらせて聖ちゃんは笑う。


「マカナ、ククと一緒に写る。ククとお仕事する」


「ほらー。マカナちゃんもこう言ってるのよ?」


「『ほらー』って……」


「『おじいちゃんと一緒のブランドのジーンズ履いてるね。ペアルックね!』って言ったら『ペアルック撮って』って言ってくれたのよ?」


「デリケートな問題ねぇ。本人がやる気でもこーゆー事はパパ上のセグに断らんといけないし、出版社にも話通さなきゃならんでしょ? それにウチの事務所だって……」


「さっき連絡した。社長は大賛成」コサコ氏がいつの間にかちんまりと佇んでいた。うわ、魂消た。座敷童かと思った……ションベンちびるかと思った。


「セグは?」


 コサコ氏は鼻を鳴らす。


「渋ったけど『夜道気ぃ付けて歩くんだな』って言ったら快諾した」


 脅迫じゃねぇか。


「と言う訳でオールグリーン。あとは共演者のロウちゃん次第」聖ちゃんはニコニコする。


「俺は別にいいけど」雑誌の特集大幅に変わって大丈夫なんか?


 その刹那、真顔に戻った聖ちゃんは各スタッフに指示を出し現場は慌ただしく動き出す。マカナはスタイリストのおねーちゃんに腕を引かれて楽屋へ行く。


 ソロ撮影している間に支度を終えたマカナが戻ってきた。髪を俺みたいにふわふわにさせている。何処からか引っ張り出してきた子供用のロックTシャツとスカジャンを纏い、スタッズベルトを巻き、ショッキングピンクのガイコツマイクを握ってサングラスをかけていた。


 思わず噴き出しちまった。ミニチュアSinistraじゃねぇか。


 失笑する俺に気付いた聖ちゃんはシャッターを切る手を止め、マカナに駆け寄る。


「まあ! まあまあまあまあ! 可愛いわねぇっ!」


 聖ちゃんに褒められたマカナは頬を染めて爪を弾く。


「……ほんと?」


「ほんとほんと! 世界一可愛いロックスターちゃんよ!」


「ククみたい?」マカナは小首を傾げる。


「うんうん! ロウみたい! んもー、ちっちゃいロウにしか見えない! Ministraね!」


 誰が上手い事を言えと。腹を抱えてゲラる俺にコサコ氏はマイマイク流星号を差し出す。


「ほら。ミニロウのエスコート」


 流星号を受け取るとマカナに歩み寄る。


 すると今まで現場に流れていた往年のロックナンバーが途絶え、Sinistraの曲『Knock'em dead, Blow them away!』が流れる。んまー、この現場ってホントにノリがいいから好きよ。


 きょとんとしたマカナの視線に合わせ立て膝をつき、流星号を差し出す。


「俺の相棒、世界一可愛くなったなぁ。今日もいっちょ、ぶちかましますか!」


 こっくり頷いたマカナは恥ずかしそうに笑って『おー!』と答えた。


 聖ちゃんの指示に従い二人で歌うフリしたり踊ったり、俺の上腕にマカナがぶら下がったりしいている内に撮影はあっという間に終わってしまった。現場のスタッフ全員に『かわいい』『また撮らせてね』『もうおじいちゃんとデビューしちゃいなよ』と褒められてマカナったら上機嫌。得意げに俺の腕に纏わりついていた。


 しかし楽屋でちょっと不機嫌ってかしょぼくれたのよね。


 ジーンズを返し私服に着替えメイクを落として楽屋を出る。隣の楽屋で着替えるマカナを待つがなかなか出てこない。『マカナー。どうしたん?』とドア越しに訊ねたら『脱ぎたくない』としょぼくれた声が聞こえた。続いてスタイリストさんの『スカジャン気に入っちゃったみたいで。差し上げたいのは山々なんですけどこの手の子供服のデザインってなかなか手に入らないんで、その、あの』と困惑が聞こえた。


「入っても大丈夫?」


 どうぞ、と声が響いたのでドアを開ける。すると半ベソを掻いて佇むマカナと眉を下げて屈むスタイリストさんが視界に入った。


 屈んだ俺はマカナの頭を撫でる。


「お洋服気に入ったの?」


 マカナはこっくり頷く。


「ククと一緒のお洋服……ペアルック」あー……現場でも俺、スカジャン着てたもんな。私服もスカジャンだし。随分可愛い事言ってくれるじゃないの。


「んまー。ペアルックのまま帰りたかったの?」


 マカナは強く頷くと姿見に映る小さなスカジャンを見つめた。職人が一針入魂しただろう虎と龍の緻密な刺繍が眩しい。キッズ用とは言え仕事に一切手を抜かない。かなり物がいい。そりゃ衣装として手放せないだろう。


「ペアルック欲しいならショッピングセンター行きましょ? もうお仕事終わったからマカナとククのお洋服探しに行きましょ?」


「……ショッピングセンターにもこのジャケットある?」


「ショッピングセンターにはないなぁ」


 唇を尖らせたマカナは俯いた。……うおおおお。まじのまじ、まじむろまじ介で欲しいのか。


「スカジャン欲しいの?」


 マカナは遠慮がちに頷いた。んまー、流石俺の孫! 一切血が繋がってないけど俺のお洒落GENEが色濃く継承されてる。


「んまー、お目が高いわねぇ。じゃあ横須賀までドライブしてククとお揃いのスカジャン買いましょ?」


「……いいの?」マカナはおずおず顔をあげる。


「いいに決まってるでしょー! ククもマカナとペアルックしたいものー。だから今着てるスカジャンはおねーさんに返しましょうね?」


 マカナはこっくり頷くとスカジャンをスタイリストさんに返した。スタイリストさんは眉を下げて微笑みつつ『ごめんねマカナちゃん』と謝った。


「困らせてごめんなさい。お洋服貸してくれてありがとう」八歳にも関わらずしっかり者のマカナはきちんと頭を下げた。


「スカジャンはあげられないけどTシャツは持って行っていいからね」スタイリストさんは満面の笑みを咲かせる。


「ありがとう!」


 嬉々として跳ねるマカナを他所に俺はスタイリストさんに問う。


「ご機嫌とり助かるけどまじでいいの? 見かけないデザインのロックTだからレア物じゃない? 大丈夫?」


「趣味で作った物なんで持って行って下さい」スタイリストさんはハンガーにスカジャンを掛ける。


「えー? Tシャツ作れんの? すげぇ!」


「そんなサービスやってる印刷屋があってデザインしてデータ入稿すれば誰でも作れちゃうんですよ。宜しければ貰ってやって下さい」


「まじ感謝! 今度差し入れいい物持ってくるからそれで手打ちで!」




 マカナの手を引き、行きつけの店である横須賀の囃子商会の店舗に入ると三代目店主の祭ちゃんが出迎えてくれた。事情を話すと『ヒマゴギャルなバンギャとペアルック! タロちゃんってばロリコン!』と祭ちゃんに腹を抱えて笑われた。


 キッズ用のスカジャンの扱いはあったけどマカナが気に入ったデザインはなかった。どうやら桜とかウサギとかキャラクターとかの可愛いのじゃなくて、ゴリッゴリのバキッバキの喧嘩上等夜露死苦なのが欲しいらしい。……目ガ高イネ、オ嬢チャン。


「しかしセグのジュニアだけあってマカナちゃん背が高いよね。二年生に見えないよ。高学年のおねえさんじゃん。嫁さんのコマチさんもヅカ並みに背が高いって話じゃん。これはモデル並みに高くなるわ。子供なんてあっちゅー間にでっかくなっちゃうよ? 折角お金出すなら大きめの買っときなよ。女性サイズで考えなよ。長く着られるよ? 辛口なデザインもあるし」


 祭ちゃんの提案で女性コーナーも丹念に眺めるがマカナ曰く『どれもデザインが優しくてイメージと違う』らしい。猪鹿蝶でも月見花見でも風神雷神でも優しいって……末恐ろしいわこの子。


『どんなの欲しいの?』と問うたらレジの壁に掛かっている仁王さんデザインのバカデカいスカジャンを指差した。綿密な刺繍の阿形と吽形が並んでる。ふおおお……高そう。ククのお財布間に合うかしら?


 苦笑いを浮かべてると祭ちゃんがセールストークを始める。


「仁王さん? マカナちゃんお目が高いねぇ。これは関取サイズで非売品だけど、多少デフォルメしていいなら同じもの作れるよ?」


 マカナは瞳を煌めかせる。


「ククのも出来る?」


「勿論!」祭ちゃんはにっかり笑う。


「仁王さん、お口開いてるのと結んでいるのがいるんだね?」


「目の付け所がシャープだなぁ。それはね阿形と吽形ってペアなんだ。お寺の門の両脇に一体ずつ立ってお釈迦様を守っているんだよ。だからおじいちゃんとおっきいの一体ずつにして並んで着たらますますカッコいいペアルックになるね?」


「じゃあおっきいの一体ずつにする!」


「名前も入れる?」


「入れる! ……桜の花びらも沢山入れられる?」


「お! センスいいね! 流石タロちゃんの孫! 景気良く花吹雪だね?」


「うん!」


 うおおお。スポンサーの俺そっちのけで商談進めてる(センス抜群だけどすげぇ高くつく注文してる)……。マカナってば大人には物怖じしない子なのね? それは嬉しいけどお財布痛いのよー! しかし今朝『遊園地連れてく』って言って持ち上げて落としちゃったし、撮影中もお行儀よくしてくれたし断れねぇなー……。ジジバカだな俺ってば。いやーん、今日のギャラ綺麗さっぱり吹っ飛びそーうっ!


 結局、俺もデザインでかなり楽しんでしまい、俺は吽形(『タロウ』で末字の母音が口を窄めるウだから)と当て字の『咫狼』で、マカナは阿形(同じく母音が口を広げるアだから)で当て字の『舞嘩那』に決めた。


 注文書と発送伝票に名前と宛どころを書いていると満開の笑みから一転、眉を下げたマカナは俺を覗き込む。


「クク、迷惑?」


 瞳を潤ませるマカナにキュンとキた俺はボールペンを置くとマカナを抱き締める。


「こりゃ! マカナは顔色ばっかり窺ってー! そんな良い子はこうだ! こりゃこりゃっ!」


 マカナの柔らかい頬を軽く摘むとふにゃふにゃ動かす。マカナは眉を下げて『うひひ』と笑った。


「可愛いマカナとのペアルックだからお金に糸目は付けないわよー? いっぱい着ましょうね?」


「うん! ありがとう!」


 今日は舞美さん家に泊まるし、着替えも必要だろうとキッズ用のスカT(無論プリントのな)と蛍光イエローのスタッズベルトも買ってやるとマカナはほっぺにチューしてくれた。祭ちゃんにめっちゃ囃されたが右から左へ受け流す。祭ちゃんは混んだ注文にも関わらず一ヶ月内には宅配で送ると約束してくれた。……うん、今日のギャラ丸々吹っ飛んだ。でもいいの。マカナがこんなに喜んでくれるならジジイはなんでもするのよ!


 帰りの車内でアニソンを流してやるとマカナは『ククの歌聴きたい』と嬉しい事を言ってくれた。信号待ちで携帯電話を弄りカーステレオからSinistraの曲を流してやる。好きな曲が流れ軽く歌っているとマカナも歌う。


「え? マジで? マカナこの曲歌えるの?」


「うん。マカナ『7 star’s Rock』大好き。他の曲も歌えるよ?」


「マジでマジで? ククも『7 star’s Rock』大好きよー? 他に好きな曲は?」


「『Knock'em dead…』も『不良少年の歌』も歌うよ?」


「えーっ。撮影で流れてたのに歌わなかったじゃん」


「……だって大大大好きな曲だから……初めてはククだけに聴いてもらいたかったし、こっそり歌いたかったの」


 んまーあ。男殺しな事言うわね。しかし『不良少年の唄』にはペアレンタルアドヴァイソリー付いてんのに子供に聴かせていいのかジロちゃんよ。


「『不良少年の唄』はパパの前で歌った?」


 横目で見遣るとマカナはこっくり頷く。


「パパは『この曲はこっそり歌いなさい』って言った」


「そっかー」ジロちゃんってばちゃんと線引きしてるのね。


「ククの前で歌っちゃダメ?」


「ククはいいよ。だってククが歌ってる曲だもの」


「じゃあ『不良少年の唄』歌ってもいい?」


「大好きなマカナが大好きな曲歌ってくれるなんてクク嬉しいわぁ。さ、張り切って、どぞ!」


 にんまり笑んだマカナは俺の携帯電話から『不良少年の唄』をピックアップすると歌い出した。




 途中寄った幹線道路沿いのショッピングセンターの子供服売り場で女性販売員を捕まえる。『一日分の下着とパジャマをこの子と一緒に選んでやって下さい。俺はここで待ってます』と接客を頼み、俺の長財布を持ったマカナの背を見送る。マカナを待つ間にジロちゃんにメールを打つ。『帰れても午前様でしょ? マカナと俺、舞美さん家に泊まるから。着替えも確保したから心配すんな。明日は遊園地連れてってガス抜きしちゃる』と送ると電話が掛かって来た。無論ジロちゃんからだ。


「おう。クビになった? ブランコ漕いでた?」


『ンな訳ねぇだろ。ブレイクだよブレイク。今電話大丈夫か?』


「アイラブユーOK.新曲どう?」


『Destra先生調子いい感じ。お蔭で面白いのが出来そう。限定カエルあげた甲斐があった。それよか撮影だったのにマカナ押し付けて悪かった』


「いんや。撮影自体忘れてたわ。コサコ氏に睨まれちまった。成り行きでマカナにモデルさせて悪いな。ジロちゃん、娘がメディアに露出するの嫌だろ?」


『んー……確かに好きじゃないけどマカナが望むなら仕方ないよね』


「ふお?」


『あいつ、暇さえあればライブの円盤やカモさんの歌番の録画眺めてるって話したよな? その後必ずって言って良い程マカナの部屋から歌声が聞こえるんだ。この前ドアの隙間から様子を覗ったらマカナってばベッドの上でタロのパフォーマンス真似してんの。すげぇジイちゃんっ子ってのもあるけど、純粋にロックやステージが好きなんじゃないかってさ』


「マジか」何それ可愛すぎ。


『タロは俺にエレキをポンと買い与えてくれたし、この道に足を踏み入れる俺にお袋は背中を押してくれたし……俺がマカナの行手を阻む資格はねぇよ。撮影現場もステージも同じ華やかな世界だからな。あいつが本気で考えてるなら少し慣らした方がいい』


「んまー。ジロちゃんったらいいパパ上ねぇ」


『苦労絶えない世界だから積極的に踏み込んで欲しくないってのも本音だけどな。……ま、人生なるようにしかならんから生温く見守るわ。笑顔で元気に育ってくれりゃそれで文句なし。ってか恥ずい事言わすな馬鹿。今どこよ?』


「ショッピングセンター。店員にマカナ預けて替えの下着やパジャマ買って貰ってるトコ」


『悪いな。後で支払う。余計なモン買い与えるなよ?』あちゃー。いたたたた。


「ご愁傷様。既に余計なモンプレゼントしたトコ。お揃いのスカジャン作ったのねー」


『何処の?』ジロちゃんの語気が荒くなる。


「……横須賀」


『横須賀ってお前……囃子商会かよっ。小坊にそんな高価なモン与えるな!』


「作ったモンは仕方ねぇだろ!」


『馬鹿! キャンセルしろ!』


「今更キャンセル出来ねぇし、出来たとしても絶対にしねぇ! だって撮影でスカジャン着て目を輝かせてたのよ? クッソ聞き分けいい子が返さなきゃならんスカジャン脱ぐのを嫌がって半ベソ掻いたのよ! あのいい子のマカナがだぞ!? 偶にはジジイに金出させろ! マカナにも本物を触れさせろっ!」


 声を荒げるとジロちゃんは溜息を吐く。


『……まあ確かにキャンセルは無理だわな。普段あまり物を買い与えない上に構ってやれないのが裏目に出たか。……うん。マカナの為にありがとう。怒鳴って悪かった』


「分かればいーのよ、分かれば」


『それ以上は甘やかすなよ?』


 鼻を鳴らすと販売員に付き添われたマカナが戻って来た。小脇に長財布を挟み小さな紙袋を下げてニコニコしてる。販売員に頭を下げると販売員は軽く会釈をして踵を返した。


「……ギャラ吹っ飛んだから甘やかしたくても当分は無理」マカナが俺の片手を握ったので握り返してやる。


『ジジバカめ。……マカナ居る? 話したいんだけど』


「説教? だったらダメ」


『舌の根が乾かぬ内にンな事するか。ちょっと話すだけ』


「んもー。アンタも好きねぇ? ちょっとだけよ?」


 耳から携帯電話を離すとマカナに『パパがちょっとだけよって』と渡す。マカナは両手で携帯電話を受け取るとパパと話を始めた。


 三〇秒も経たない内に話が終わったのか『お仕事頑張ってね。じゃあね』と通話を終了させた。


「クク、電話ありがとう」


 マカナから携帯電話と長財布を受け取る。


「パパは何てお話したの?」


「『すごい高い服を買って貰ったんだよ。マカナがお小遣いやお年玉貯めても買える物じゃないんだ。ポンと買っちゃうククはマカナが大好きなんだよ? ちゃんとお礼を言って大切にしなさい。宝物にしなさい』って」


 あらー。叱られないで良かったわ。


「そう。ククにとっても宝物よ? 二人でいっぱい着ましょうね?」


 頭を撫でてやるとマカナはキラッキラの瞳で俺を見上げる。


「クク、今日は本当にありがとう! ペアルックと撮影とドライブ、とっても楽しかった!」


「ククもマカナとお仕事出来てとっても楽しかったのよー!」


「クク大好きっ!」


「ククもマカナだーいすきっ!」




 宵の口の横浜の夜景をマカナに見せてやってから小林中国餐厅チャイニーズレストランへ向かう。上道の上りは下に比べて混んでなかった。店の駐車場にスカイラインちゃんを停めるとラストオーダーを一五分過ぎていた。常連に挨拶出来るし、バイトに差し入れ渡せるしちょっぴりお手伝い出来るしいいタイミング。バラの花束を片手にマカナの手を引き、暖簾をくぐって店に入る。


 厨房の舞美さんやホールを忙しなく捌くバイトの柔和な視線が俺たちを出迎える。


「お邪魔しまーす。入婿の小林タロちゃんでーす」


「孫の小林マカナです」


 定番の挨拶に常連客のおっさん共はゲラゲラ笑う。華金で店は盛況。マカナはバイトの学生の栗林ちゃんに『お疲れ様です』と差し入れを渡す。バラの花束片手に俺は常連のおっさん共に尻や背を叩かれつつ厨房へ向かう。


 一息ついた舞美さんは額の汗を拭い、俺を見上げた。


「今日もお疲れ様。愛してるよ」


 舞美さんの頬にキスを落とし、花束を差し出す。舞美さんは『ありがとう』と微笑み、おっさん共は指笛を鳴らし囃し立てる。


「今日もキザな事するのね?」花束を抱えた舞美さんの笑みが眩しい。孫が生まれて目尻にカラスの足跡が刻まれても世界一可愛くて綺麗で優しい俺のヴィーナス。


「だってー、舞美さん美人だから、ここのおっさん共隙あらばちょっかい出すんだものー。『この女神はタロちゃんの物よーっ!』って見せつけないとタロちゃん気が済まないのー」


『大きな甘えんぼさんね』と笑った舞美さんは背伸びする。察した俺は少し屈むと舞美さんのキスを頬に受けた。


 バラを花瓶に活けユニフォームTに着替え、手指を消毒し店を手伝う。栗林ちゃんに『いつもお菓子やお手伝いありがとう御座います』と頭を下げられるが『袖の下だから。悪い虫から舞美さん守ってね』と笑って返す。皿を下げているとマカナも手伝ってくれた。


 営業時間が終わり、最後のおっさんが帰り、暖簾を仕舞う。厨房は大分片付いていたので舞美さんに先に上がるようにお願いする。栗林ちゃんがレジ締めに取り掛かろうとしてたので『俺がやるから上がりなよ』と退勤を勧めた。


 栗林ちゃんは丁寧に頭を下げるとバックヤードへ向かう。


 物珍しそうにレジを眺めるマカナに布巾でテーブルやカウンターを拭くのを指示し、ジャーナルを引っ張り出して手早く売り上げを記録する。帳簿を付けると栗林ちゃんが『お先に失礼します』と退勤した。カウンターの片隅で舟を漕ぐマカナを起こし、二階の舞美さん宅に上げる。『マカナと一緒にお風呂入ってあげて』と連絡階段越しに声を掛けるとと『タロちゃんも一緒に入るー?』とキュートでセクシーなお誘いが響いた。いやーん、マカナがいない時は是非にーっ!


 レディたちが一日の疲れを癒している間に店を施錠し、二階の住居へ上がる。キッチンへ向かい冷蔵庫から食材を取り出し、手早く生ハムとカプレーゼを用意する。シャンプーの香りと色気を漂わせる舞美さんとアヒル柄のパジャマ姿の可愛いマカナが現れた所でワインを抜栓。グラスを傾けながらメインディッシュの鶏肉のトマト煮込みを作る。マカナにはちょっと良いスーパーで買ったグレープジュースをワイングラスに注いでやると『ククとチュチュとお揃い!』とめちゃくちゃ喜んでくれた。


 一日の疲れが出たのかマカナは食事の途中で眠ってしまった。元俺の部屋のベッドに寝かせて夫婦水入らずの食事を楽しむ。


「じゃあ来月号の雑誌絶対買うわ」ワイングラス片手に舞美さんは妖艶に笑う。年齢が進んでアルコールの耐性が弱くなったのかお酒が入るとゾクっと艶かしくなる。


「うん。楽しみにしてて。マカナめちゃくちゃ可愛く撮れてるから」


「孫が雑誌デビューなんて嬉しいものね。……それにしても堅物のジロを黙らせちゃうなんてコサコさんって遣り手よね?」


「そりゃ遣り手ジジイのササキちゃんの秘蔵っ子だし社長の腹心の部下だもの」


「ねえ、前から気になってたけど、ササキさんとコサコさんって出来てるの?」


「やっぱそう見える? タロちゃんも気になってるのー」


「コサコさんに聞いてみたら?」


「聞けると思う?」


「可愛いお尻を蹴飛ばされちゃうわね」舞美さんはクスクスと笑む。


「そーなのよね。……コサコ氏もササキちゃんも事務所では相変わらず女王様と豚さんよ?」俺はグラスに唇を付けた。


「コサコさん、小柄でもスタイルいいからボンテージ似合いそうよね? 縄が似合いそうなササキさんはチャーシューね?」


 さらっとした冗談に俺はワインを噴きかける。


「舞美さんってばお酒呑んでるのに冗談よしこさん! 確かにササキちゃんぶっくぶくに肥えたものねぇ。大きなハムを作れちゃいそう」


 腹を満たし、後片付けしていると舞美さんがグラッパを抜栓する。耐性弱くなっても常人よりはかなり強い。『ドルチェ出そうか?』と問うと腕を引っ張られ『シャワー浴びなさい。デザートは私のベッドで』と囁かれる。いやーん。舞美さんたらド・ス・ケ・べ。


 期待で胸と股間を膨らませつつシャワーを浴び、舞美さんが暖めてくれたベッドで前半戦開始。舞美さんたら今夜もエロくて綺麗。肉が薄いデコルテもちょっと下垂した大きなおっぱいもちょっぴり浮き出た肋も引き締まった腹筋もキュートでそそられる。一緒に歳をとれると感じると幸せもひとしおでタロちゃん泣きそう。


 事後のハーフタイムに舞美さんを背後から抱きしめ頬を寄せ、愛を囁いていると隣室(元俺の部屋)のドアが開く音がした。マカナが起きた。


 暗闇の中で俺と舞美さんは互いを見合わせる。互いに頷くと俺はベッドから出てガウンを羽織り立ち上がる。ベッドから衣擦れの音が響いた。舞美さんがブランケットを肩まで引き上げたのだろう。


 案の定、ノックの音が響いた。


 いきり立った息子棒にガウンが擦れてひりつくが堪えてドアの前に佇む。


「どったの?」ドア越しにマカナに問う。


「……眠れなくなっちゃった」マカナは消え入りそうな声を出す。


「あらー。それは困ったわねぇ。明日は遊園地だものねぇ?」


「一生懸命目を閉じた……でも無理。寂しい。……ククとチュチュと一緒に寝ても良い? 迷惑?」


 うお。この状況でか? 舞美さん一糸纏わずでしどけないし俺ノーパンコートマンだし丸めたティッシュとローションがそこら辺に転がってるしシーツ汚れてるしザーメンと愛液が混じり合うスケベな匂いが部屋に充満してるし……。しかし可愛いマカナが頼って来たんだ。


 俺はベッドを振り返る。舞美さんは小声で『なんとかするから時間作って』と了承した。


 部屋の電気を消したままドアを最小限に開き、廊下に出る。ニワトリとコヨーテのぬいぐるみを抱いたマカナが心細さそうに俯いていた。


「迷惑じゃないのよー? チュチュのベッド、二人用だから狭くなっちゃうけどいい?」


 マカナはこっくり頷いた。


 マカナをキッチンへ連れて行きホットミルクを作って飲ましてやる。軽く明日の計画を立てたり撮影中楽しかった事を話してリラックスさせた後、歯磨きをさせて舞美さんの部屋へ戻った。


 換気された部屋は片付けられていて、さっきまで俺の腕の中で嬌声を噛み殺していた舞美さんも新品のシーツの上で何事もなかったように柔和に微笑んだ。舞美さんは『お入りなさい』とマカナを抱きしめると頭を胸に寄せて撫でる。そして俺を見遣ると、ベッドの下を見遣り、ドアを見遣る。小さく頷いた俺はベッドの下に隠されたパンツとパジャマをひったくり隣室で着替える。……高校時代から舞美さんとは阿吽の呼吸だったけど、夫婦になってからの方がコンビネーション優れてるよな。どろっどろに濃厚なエッチしてる時よりも店や普段の生活で呼吸が合った時の方が幸せに感じたりしてね。


 息子棒がまだ元気だったけど壁に貼られた憧れの大スターの爺様ポスターを見遣り無理やり萎えさせ(こんな事に利用してゴメン)、パンツを穿く。パジャマの上からガウンを羽織り、舞美さんの部屋へ戻ると二人は既にベッドに入って話をしていた。マカナの背を撫でる舞美さんの視線が優しいこと! まるで馬小屋で赤ん坊のイエスを抱っこするマリア様みたい。実の息子のジロちゃんにも優しい眼差しをくれてたけどまた違った視線を孫娘にはくれるのね。


 ニタニタ笑んでいると俺に気付いた舞美さんが『早く入りなさい』とベッドへ招じる。


「ぐふーっ。愛しの嫁さんと可愛い孫と川の字でタロちゃん幸せーっ!」


 マカナを中央に三人でベッドに横たわると、俺はリモコンで照明を消した。




 翌日は開園から閉園まで遊園地を楽しみ、マカナを家まで送った。出迎えてくれたジロちゃんは『仕事なのに本当に悪かった。ありがとう』と幾度もお礼を言われた。


「礼なんて要らないのよー。可愛い孫に遊んで貰ったんだもの。マカナもお行儀良かったし、ドライブで Sinistraのカラオケ大会も楽しかったのねー。ねー、マカナ?」


 大理石の三和土に佇みジロちゃんに肩を抱かれるマカナを見遣る。マカナは満面の笑みを咲かせてこっくり頷いた。


「やっぱりロックが好きか……。なぁマカナ、エレキやってみない? パパ、マカナと一緒にサブロー弾きたいなぁ。優しく教えてあげるよ?」


 ジロちゃんはマカナの頭を撫でる。なんだかんだでロックの世界に踏み入れようとする娘を歓迎してるらしい。……やっぱりギタリストとしてはギタリストの道を勧めるよな。本音はそうだよね。だってどんなに辛くても悔しい事があっても自分が最高だクッソ楽しいと感じて突っ走る道だもの。


 マカナは首を横に振ると『ククと歌う! Ministraやる!』とけんもほろろにパパを振った。


 それから一月後、宅配便で届いた仁王さんのスカジャンを羽織りコマっちゃんの手料理をご馳走になりにお宅へお邪魔した。


 マカナはジロちゃんからエレキを習い始めた。『Sinistraのロウと組みたければセグの屍を越えていけ』となんとしてでもギタリストの道に引きずり込みたいジロちゃんが口説いたらしい。リビングでは仁王さんが睨みを利かすオーバーサイズのスカジャンを腕まくりして纏ったマカナがキッズ用のエレキを抱えていた。その隣では年季の入ったサブローを抱いたジロちゃんがクロマチックを教えていた。


 ビール片手にナッツを口に放りつつ父と娘を眺める。『ククと歌う』と息巻いていたマカナもなんだかんだ楽しそうにエレキに触れている。


 しかし仕事の疲れが抜けないのかジロちゃんは練習開始から三〇分で休憩を挟んだ。キッチンのコマっちゃんからグアバジュースを貰ったマカナはソファで寛ぐ俺の隣に腰をかける。


「クク、次のお休みいつ?」


「お休み? んー、とねぇ」


 携帯電話を取り出しコサコ氏に入れられたスケジュールアプリを開いていると『マカナ、ロックスターのククは忙しいの。本当はお休みの日にゆっくりしたいんだよ?』とコマっちゃんが窘める。するとマカナは『迷惑……ごめんなさい』としゅんとする。


「だーいじょぶ、だいじょぶ。迷惑じゃないのよー? タロちゃんってばオフは暇人だから。筋トレしてるか酒呑んでるかだから」型にケーク・サレの生地を注ぐコマっちゃんに俺は親指を立てる。


「ホント、無理しないでね?」マカナを産んでも尚アザラシの赤ちゃんみたいに可愛いコマっちゃんは眉を下げる。


「無理でも迷惑でもないのよー? 大ファン、しかも可愛い孫に遊んで貰ってるんだからジジイ冥利に尽きるのよー? ……ん? 来週の月曜、祝日だっけ? 空いてるわ」


「マカナもお休み!」笑みを咲かせたマカナは俺の首っ玉に抱きつく。


「俺、事務所に顔出さなきゃならん」ジロちゃんは片手でテクノカットを掻き毟る。


「私、新店舗の立ち合い」コマっちゃんは眉を下げる。


「じゃあ来週の月曜の朝、マカナはククん家に集合っ! お揃いのスカジャン羽織ってペアルックデートしましょーっ! そーしましょーっ!」俺はマカナに小指を差し出した。


 マカナはクシャクシャの笑みを咲かせると指切りをする。


「そーしましょーっ!」


『デートは許さん! デートはっ! ……不覚だ。タロと言う悪い虫がついた』と唇を噛み締めるジロちゃんを横目に鼻息を吹き、俺に抱きつきベタベタ甘えるマカナを見せつける。


「マカナ、何処行きたい? 何したい?」


「ククと歌いたい!」


「じゃあカラオケボックスでMinistraのライブぶちかましましょーっ!」


「おーっ!」


『あー……エレキよりもマイクか』と臍を噬むジロちゃんを横目に、小さな拳を振り上げるマカナを強く抱きしめる。まだ幼いマカナが将来マイクを握るかドラムスティックを握るかフィンガリングするかなんて誰も分からない。ロックを選ばずに他の道を突っ走る可能性だって充分ある。あどけない彼女は長い人生を走り出したばかりだ。


 しかし小さな体を抱きしめると心地の良い温もりとともに同じ胸の高鳴りビートが響くのを感じる。血も繋がらないのに。年もうんと離れているのに。何故こうも同じビートを感じるのだろうか。


 ジジイとしてロックスターとしてマカナに期待しちまう。マカナの頭を撫でた俺は己が欲を恥じ、静かに笑んだ。

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