「神の塔」がある世界 裏

 西暦××××年。

 人類はついに、精神を完全に電脳化することに成功した。

 ネットワークの中の世界では、人々は好きな姿になって、好きなことだけをしていられる。自由の楽園。人類の一等地。電子世界はそう呼ばれるようになった。

 その時代の人間たちは、次第に物理世界から電子世界へと居を移し、電脳精神だけで生きるようになっていく。移住が進むにつれ、ある問題が持ち上がった。

 人類にとって最高の世界。それをいかに維持していくのか、という問題である。

 電子世界を構築するコンピュータやサーバそのものの保守、保全。それらの機械類を稼働させるための電力の供給。それをするための労働力をどうするか。

 当時の各国のトップや技術者たちが何度も話し合いを持った結果。その労働を担当する人間を、抽選で決めることになった。

 世界の保守を行うという、崇高な使命。それを負うのは名誉あることだと触れ回って。人類は、物理世界で保守業務に携わる者、肉体を保存しておき、何かあったときだけ物理世界に行って業務に加わる者、肉体を捨て完全に電子世界に住む者、その三者に分かれた。

 しばらくの間は、それでうまく回っていた。

 しかし、いつの間にか、三者の関係は破綻を迎えていた。

 はじめに物理世界を忘れたのは、肉体を最早捨ててしまった者たちだった。保守のための労働など、最早彼らには何の関係も無く、関心も無いことだった。次第に彼らは、物理世界の実在すら忘れていた。

 次に役割を捨てたのは、二つの世界を行き来するはずだった者たちだ。自由を謳歌し、楽しいだけの電子世界にいるうちに、物理世界に戻り、面倒なだけの労働をする気が薄れたのだ。彼らがどうしても戻らなければならないようなトラブルが起こらなかったことも、それに拍車をかけた。

 そして、物理世界に残った者たちは、それまでの人類と同じように生きていた。決められた労働に勤しみながら、次第に数を増やし、老いた者は死んでいき、生まれたものは長じていった。代替わりが行われる中で、電子世界の存在も、決められた仕事の意味も、次第に忘れられていき、最早古い物語の中に歪められて残るばかりになった。

 長い時間が過ぎ、最早電子世界は残っていなかった。

 電子世界も、それを作り出していたコンピュータも、最早誰が触れることも無い遺物と化していた。行き来するはずの者たちの体も、それを入れた機械が古び、電力が断たれてしまえば、あとは腐り、崩れ、風化するのみ。さらに長い時間が経って、もう塔の昔話を語る者すら、限られた数しか存在しなくなっていた。

 そして、それからさらに、長い時が過ぎたのなら。昔話を語る者が誰もいなくなり、塔に見向きする者もなくなったのなら。そしてそのとき、人類が精神の電脳化を為し得て、それを受け入れてしまったのなら。

 この世界に、新たな「神の塔」は建つのだろうか。

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Ifの世界の掌編集 朽葉陽々 @Akiyo19Kuchiha31

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