「神の塔」がある世界 表

 僕のおじいちゃんの家の近くには、「神の塔」がある。

 コンクリートや金属でできた高い塔。窓は無く、日を背にすると、そこだけ塗り潰したかのように真っ黒に見える。小さい頃の僕は、よくそれを見て怖がっていたものだった。

 僕があんまり怖がっていたものだから、おじいちゃんはその度に、「神の塔」の昔話をしてくれたのだ。

「この話はな、おれのじいさまが、そのまたじいさまから聞いたって話だ」

 おじいちゃんは、いつも決まってそう話し始めたものだった。



「この話はな、おれのじいさまが、そのまたじいさまから聞いたって話だ。

「もういつのことかも分からないくらい、遠いとおーい昔、たくさんの神様たちが、この世界にいたんだそうだ。

「神様たちは色々なものを作って、人間たちにそれを与えてくださってな。そのおかげで、人間の世界はどんどん発展していったんだと。

「だけどな。ある日、神様たちは、自分たちの世界に帰ることになった。

「神様たちの世界は、雷が集まってできたようなところでな。神様たちも本当は、雷でできた体を持ってるんだ。こっちの世界にいる間は、人間たちと同じ体を使ってたらしいが。

「その雷の世界に帰るために、神様たちがあの塔を作ったんだ。

「あの塔の中には、神様たちがこっちの世界で使っていた体がずらーっと並んでいてな。それに取り囲まれるように、でっかい黒い箱が置いてあるんだと。

「その黒い箱を使うと、神様は雷の世界に帰ることが出来て。

「そして、その黒い箱がある限り、神様たちはいつでも、こっちの世界に来ることが出来るんだと。

「だから、人間はあの塔と、その中に収められた黒い箱を大事にしてきたんだ。中には、塔に出入りして、直接箱を管理する役目を負った人間もいたらしい。

「……実はな、おれたちのご先祖にも、その役目を持ってた人がいたらしいんだ。その人も、もう大分昔の人らしいが……。

「まあ、それはともかく。その箱が、塔が、残っている限り、神様たちはずっとこの世界とつながってるんだ。

「おれたちがどうしても敵わないような、どうしても苦しいときがあったとき。神様たちはきっと来てくださる。

「もし来ないんだとしたら、それはきっと何でもない、どうとでも乗り越えられることだってことだ。

「だからな、大丈夫だ。あの塔を怖がる必要なんて、全然ない。

「あの塔は、神様たちが俺たちを見ていてくれるっていう、何よりの証拠なんだからな」



 それから何年か経って、僕があの塔をむやみに怖がることも無くなったころ。僕は、あの塔と同じような塔が世界中に点在していることを知った。その周辺の地域ではどこも、おじいちゃんが話してくれたのとよく似た昔話が伝わっている、ということも。

 それが興味深くて、僕は塔についてよく調べるようになった。勉強を重ねて、進学して、それを専門に調べている先生に師事して……そして、とうとう今日。

 僕は、その先生と、一緒に教わっている他の学生何人かと一緒に、ある地域の「神の塔」に入ることになった。

 黒々とした塔。入口は小さい扉が一つだけ。ひどく軋んで大きな音を立てながら、先生がそれを開く。

 床材は黒く塗られ、つるつるとしている。けれど、何かの細かい破片が散乱している。壁も黒い。燭台か何かがあるかと思っていたけれど、見当たらなかった。天井も黒く塗ってあるようだが、一定の間隔を置いて四角い凹みが作られている。これは、一体?

 そして円形の内壁に沿って、螺旋階段が造りつけられていた。ところどころ欠けたり崩れたりしたそれを、皆でそっと上っていく。反対側の壁に沿って並べられた、これは、何だろう?

 崩れているものも多いようだけれど、恐らく円筒形の何か。前面には、恐らくガラスか何か、透明な窓のようなものがはめ込まれていた形跡がある。筒の内部には、時折、赤黒い何かが付着しているようだった。

 階段が途切れる。広いホールのような場所に出た。階段の段差と、上ってきた時間から考えると、恐らくは塔の半ばほどだが、いくら辺りを見ても、ここより上に行く階段は見当たらない。けれど、その代わりに。

 階段を上る間、ずっと並んでいた円筒形のものが、同心円状にずらりと並べられている。そしてその中心に、二メートルほども高さがある黒い箱状のものが鎮座していた。

 これが、昔話に出てきた「黒い箱」だろうか。昔話のとおりであれば、その周りにあるのは神様たちが使う体である筈なのだけれど。あるのは謎の筒ばかり。この中に入っていたのかも知れないけれど、だとすれば今中身が無いのはなぜだろう?

 先生が黒い箱に近付く。それを追うように僕たちも、箱をしげしげと眺めた。

 黒い表面は、かなり劣化している。金属や石というよりも、プラスチックのようなものに思える。穴が空いて中身が見えているところもあり、金属の小片がついていたり、金属の線が走っていたり、大昔の遺物というよりも、現代的な雰囲気すらある。というか、これは、ただの箱というより……。

「……現代の機械、コンピュータか何かの様だな……」

 先生が呟く。僕も、同じことを考えていた。

 一体、これを作った神様とは、何だったのだろうか。

 昔話に描かれた神様は、本当は、何を意味していたのだろうか?

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