Ifの世界の掌編集

朽葉陽々

「女」という字の無い世界

 この世界には、二種類の人間がいる。

 生まれたときは、まだどちらであるかは分からない。一定程度成長した時点で、その証拠が見つかるのだ。

 それは、定期的に内臓が剥がれ落ちる、というもの。

 大昔は、それがなんなのか、分かっていなかったころもあったそうだが。今では、その体質を持つ者は、その代わりに「人体錬成」の能力を持つことが分かっている。人口が減少の一途を辿るこの世界で、その能力はとても重要視される。人は、その能力を持つと分かった時点で、その人物が居住する国の特殊機関に招聘され、人口を増やし、国を、ひいては世界を、繁栄へと導くのだ。

 さてここに、一人の子どもがいる。つい最近、初めて内臓が剥がれ落ち、その残骸と血を流した。それは国に監視されていたから、特殊機関の職員がその子を訪ねてくるまで、もう間もない。

 内情の分からない特殊機関へ向かうことへの恐れや緊張か、それとも友と離れなければならないことへの悲しみか。その子は、ずっと憂い顔を浮かべていた。

 その子も、少し前に招聘された「人体錬成」の能力保持者によって生み出された存在だ。能力によって生まれた人間もまた、一定確率で能力を得ることができるのだ。そのため、どのような出自の者であろうと平等に、能力の兆候が見られれば必ず、機関に招聘される。

 こんなありがたい話はないと、その子どもも学校で教わっていた。確かに素晴らしい話だと、授業のときは思っていたはずだった。けれど、自らの身にその兆候が表れたとき、その子はとても不安になってしまったのだ。

 もし、上手く人を作ることができなかったら。

 もし、作った人が生きていけなかったら。

 もし、人を作ることが、とても苦しいことだったら。

 そもそもどのように「人体錬成」を行うのか、その子どもは知らなかったのだ。それもそのはず、そのようなことは機関に呼ばれなければ知り得ないのだから。能力の使用が上手くいくように、機関ではさまざまな方策が実践されているから、本当は何も心配いらないのだけれど。

 しかしその子には、まだ不安があった。それは、自分が他の人からどう思われているか。

 能力の兆候が見られたその次の日には、その子が通っていた学校にも、住んでいる街にも、すでにそのことが知れ渡っていたのだ。能力に理解の無い心無い連中に、その子は酷い言葉を投げられたり、許可もしていないのに触れられたり、あるいはもっと直接的な暴力を喰らったり、散々な目に遭っていたのだ。これでは、能力を持っていることにさえ不安を抱いてしまいかねない。

 機関に呼ばれた人間は、そこで一生を過ごすことができる。外界の何にもかかずらうことなく、存分に能力を振るうことができるのだ。心無い暴力など、一切存在しない。平穏に暮らすことができる。

 何も心配はいらないということが、これを見ている国民たちにも理解できたことと思う。能力の兆候が見られれば、すぐに機関の職員が伺い、あなたの能力を最大限活用しよう。

 さて、その子どものもとにも、数人の職員が訪ねてきたようだ。その子はまだ不安げな顔を浮かべてはいるが、職員の一人に力強く手を取られ、ゆっくりと立ち上がった。

 機関に辿り着いたときには、きっとあの子も、自らの輝かしい未来を思って、笑顔を浮かべているはずだ。



――某国、厚生省人口管理機関プロモーション映像より一部抜粋

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