一年が過ぎて。
事故から一年が過ぎても、難聴は改善しなかった。
両親は大学の退学を申し出た僕を必死に引き留めた。どうせ聞こえないのだから行ってもしょうがない。
あと一年行けば卒業だったし、就活をしてもう内定も出ていた企業に事故にあい、耳が聞こえなくなったというと、辞退するように言われたと両親は泣いた。本当に泣きたいのは僕なのだ。
大学の温情で出席することと、試験を受けるだけで卒業させてくれた。
聞こえるはずもない小さいヘッドフォンを耳に入れたまま音楽を流していると、頭の中にはあの時の音楽を思い出すことができる。真空なのに、考えると涙が出るけれど、僕は今までの曲を何度も何度も流している。いつかきっと晴れた朝の青空のようにぽかんと聞こえるかも知れないから。
蓉子はドーナツホールの新譜が出たとCDをもってやってきた。
何度別れを告げてもしつこくやってくるのはなぜだろう。
「一緒に聞こうよ」
蓉子はメモに書いてCDをかける、彼女は僕の耳からヘッドフォンを取る。
自分のものをハンカチで拭いて僕の耳にそっと入れる。
僕は最近、口の形で相手が何を言っているのか唇を読むことを学び始めて彼女が
「いいでしょう」
そういうのを認めた。
音楽は全く聞こえないけれど、新曲は僕の体のすみずみにまで流れるのを感じていた。これは新曲だと思うと蓉子の手を強く握った。
「聞こえるの?」
「ああ、聞こえるさ」
いつか医学が進歩して手術したら聴力を取り戻すことができるようになればいいなと、耳が聞こえなくてもできる仕事と採用してくれる企業を見つけた僕は、蓉子のあ顔が見たくて前を向くことにした。
ドーナツホールの、ドームコンサートに行くために、稼いでアメリカで手術するんだと蓉子に言うと、うんうんと何度もうなずた。
音楽の波形が僕に染み込んでいくのがわかる。
了
新曲が聞こえる 樹 亜希 (いつき あき) @takoyan
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