廃(はい)、論破

@HasumiChouji

廃(はい)、論破

「あの……悪魔あたしたちが言っても、説得力が無いのは判ってますけど……」

 目の前に現われた、その「悪魔」は幼女にしか見えない姿だった。

「たった、それだけの事の為に、自分の魂を売りますか、普通?」

「うるさい。この『魔導書』に書かれた事が本当なら、今、お前は俺に逆らえない筈だ。さっさと俺の願いを叶えろ」

「ですけど、悪魔あたしたちにだって『職業倫理』ぐらい有るんです。こんな真似、流石に……」

「ごちゃごちゃ言うな、さっさと俺の願いを叶えないと……(18禁グロにつき自粛)」


 悪魔からもらったのは、画像ファイルが1つ。

 SNS上でよく見掛ける「お前がそう思うんならそうなんだろう。お前ん中ではな」の画像だった。

「何だ、こりゃ?」

「貴方が、これをSNSで使った場合のみに限って、貴方がSNS上で論争してる相手と、その論争を見た人は『貴方が相手を完全論破した』と云う強い錯覚に支配され続けます。それも、一生に渡って、人間では絶対に治療不可能な錯覚にね」

「本当か?」

「ええ、ただし……使い過ぎると……貴方の脳も、この画像の『魔力』の影響を受けるって副作用が有りますので、使うのは一生の内に4〜5回にして下さい」

「おい……待て……」

 だが、幼女悪魔は消えていた。

 プロモーションtwを見て買った「魔導書」の内容が本当なら「招喚者の願いを叶えた」時に「招喚された悪魔」は「地獄」に戻る筈。……なら、本当に、この……ネットで良く見掛ける画像だけで、俺の願いは叶うのか?


 そして、2〜3日前にSNS上で見掛けて変な事を言ってるので笑い物にしたら……何故か、逆に俺にしつこく絡んできて……俺が懇切丁寧に何度も何度も何度も繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し「お前は馬鹿だ」と教えてやったのに、一行に引き下がらない意味が判んない事を言い続けてる語彙だけは豊富な粘着野郎に対して、この画像を使って反論してみた。

 すると、そいつはすぐに俺をブロック……。

 何だ、この悪魔の画像の効果はその程度のモノか? と思ってたら……数日後、ある大学教授が自殺したと云うニュースをたまたま目にする事になった。

 その大学教授の名前に見覚えが有った。あの粘着野郎だ。

 遺書に書かれた自殺の理由は……「自分が、これまで信じてきた事が誤りだと悟り、全てが虚しくなった」から。


 世の中は、だんだん良くなっていった。

 俺が、SNS上であの「悪魔の画像」を使って、どんどん、ロクデナシどもを絶望に追い遣る事で始末し続けたせいだ。

「おい……」

 その日、何故か、会社の部下が俺に横柄な口をききやがった。

「何で、出張費を申請してんだよ?」

「客先に出張したからに決ってるだろ」

「何、言ってる?」

「大体、何で、その齢で係長にもなれないようなヤツが、俺にエラそうな口をきいてんだ?」

「えっ……?」

「おい、答えろ、ボケ」

「……」

「あのさ……えっと……」

 ところが、今度は、他の部下が、とまどったような声。

「四十過ぎて……係長にもなれてないのは、あんただろ?」

 何だって?

「はぁっ? ……じゃあ、この生意気な口をきいてる使えねえ中年は誰だよ?」

「だから……あんたこそが『いい齢して係長にもなれない使えねえ中年』で、あんたが『使えねえ中年』って呼んだ人は……ウチの課長なの」

「……客先に出したら確実にマズい事になるヤツだとは思ってたけど……ここまで酷かったとは……」


 あんな頭がおかしいヤツばかりの会社なんか将来は無いだろう。自分から辞めてやった。

 とは言え、退職金は結構な額が出たので、それを元手に、コンビニのオーナーになった。

「あ、どうも、遅くなりました。ちょっと、変なクレーム入れてた客が居たんで」

 俺が、そう言ってバックヤードに入ると……そこに居たバイトと本部の人が怪訝そうな顔をした。

「だ……誰?」

「誰って、ここのオーナーですが……」

 何故か、本部の人はバイトを指差し……。

「いや……ちょっと待って。オーナーさんは、この人……」

「何を言ってるんですか?」

「あ……あの……ちょっと良いですか……裏に行って話しま……あっ……」

 このバイト、ホントに馬鹿だな……。

「裏に行くも何も、ここが裏じぇねえか、馬鹿かお前は?」


 やがて、七〇近くになり、一財産を築いた俺は、都心まで一時間ほどの所に豪邸を建てて引退し、悠々自適の余生を送る事になった。

「世の中、馬鹿ばっかりの割に……平和になったなぁ……」

 庭でベンチに座ってそう言った。

「どこがだよ……」

「おい、警備員、何、無礼な口のきき方してんだ? 馘にするぞ」

「あのなぁ……何度言っても同じ事だけどさ……ここは刑務所で、俺は刑務官で、あんたは受刑者なの」

「はぁ?」

「本当は、お前が入るべきは病院だけど……当のお前が裁判の時に、頑なに精神鑑定を拒んだんで、ここに入れるしか無かったの」

 何を言ってるんだ、こいつは?

 頭がおかしいのか?

 段々、恐くなってきた。

 こんな危ないヤツ……とっとと馘にした方がいいだろう。何かやらかさない内に……。

 その時、都心の方で、季節外れのきのこ雲が立ち上り……。あれ、そう言や、きのこ雲の季節って、いつ頃だったっけ?

 まぁ、いいや……。日本に生まれて本当に良かった……。外国とは違って素晴しい四季の有る日本に……。


 そして、俺は死んだ後、生前に善行を積みまくったお蔭で天国に行く事が出来た。

「地獄ですよ。悪魔あたしたちに魂を売ったでしょ。あと、何回使ったんですか、あの画像……?」

 どこで会ったかは思い出せないのに、何故か見覚えの有る幼女は、そう言った。

「冗談がキツいぞ。ここは天国に決ってるだろ。その証拠に、何度、炎に焼かれても体がすぐ再生する」

「だから、体が永遠に再生し続けるのは……永遠に貴方を苦しめる為なんですよ」

「お前がそう思うんならそうなんだろう。お前ん中ではな」

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