あやかし囃子 SS

八渕

鬼ノ奇譚「優しい鬼には裏がある」

 月が妖しく満ちた日。人工的な光など無ければ人の気配も感じない、木々に囲まれた石畳の道。風で揺れる葉の音と虫の音、そして一人分の足音だけが響く世界。普段通らないその道を、その夜通ってしまったのが運の尽きだった。そう思うのは後々この出来事を振り返る事が出来た時だろう。自分一人だけが存在している様な暗闇の中、突如目の前に現れた人影に息をのむ。人間か妖か、善人か悪人か、はたまたどちらでもない人物なのかと考える間もなく琥珀の双眸がこちらに向けられ静かな声が響いた。

「妖こそ美しきもの……そう思わんか」

 問われたというより一方的に告げられた、という表現の方が正しいだろう。先ほどまで雲に隠れていた月はいつのまにか顔を出しており、目の前の人物がはっきりと己の瞳に映されると人影の正体はあらだったのだと理解する。しかし普段の柔らかい雰囲気とは異なりどことなく冷たさを纏う彼は、彼の種族が鬼である事を再認識させる。そして彼が言葉を紡いだと同時に今までザワザワとしていた木々の音や虫の音はふっと消え、まるで自分の居る場所が異空間にでもなったかの様な感覚に陥る。たくさんの疑問が脳を支配するというのに己の口から言葉を発する事は出来ず、初対面時の何でもない挨拶がフラッシュバックした。それは例えるならミステリ小説などにある、点と点が繋がりトリックを見破った探偵の様な感覚に近いのではないだろうか。

「ようこそ、美しき者……」

 記憶の中にあった彼の言葉が無意識にポロリと溢れた。それ聞き逃す事なく拾う彼は「覚えていたとは意外だったな」とこちらに声を掛けるが、意外そうな様子は微塵もなく淡々としている様に感じる。あの頃は彼が何を言っているのか理解出来ず、リップサービスに近いものと認識していた。しかしそうではなかったのだろう。彼の言葉に隠された意図を直感的に汲み取り、冷や汗が伝う。彼は自分が思っていた“優しい”とは程遠い、とても恐ろしい存在だった様だ。初めて言葉を交わした時から彼の優しさに触れてきたが本当はあの頃から、否、もっと前から今に至るまでその優しさの裏で人間である自分を見下していたのだと思うと血の気が引いた。恐らく目の前にいる彼こそが本当の“荒鬼憂羅”なのだろう。

 神通力を使われているかの如くその場から動けない自分とは対照的に鬼は静かに、そして妖しく笑っていた。



- - - - - - - - - - 補足 - - - - - - - - - -


 『荒鬼憂羅』というキャラクターの製作過程で、彼がどういうキャラクターか見えてきたので忘れないうちに形にしたお話。


2021.06.01 公開

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