3、マルチアングル

「僕はさ、その人の一番大切で歪で、それ故にどうしようもなくピュアで美しいものを知りたいだけなんだ」

 慧佑さんは編集中のパソコン画面を見ながら、そう語る。

 別作業をしている俺は横目に表示されている映像を見ると、至って普通のハメ撮り風に演出してある個人撮影AVの画面だった。これは資金を得るための、もうひとつの仕事らしい。やっぱり個撮モノは儲かるとのこと。そこで得た資金を使い、世間一般ではあまり需要のない、この前の地獄絵図みたいな映像を撮影するというサイクルが彼の事務所のやりかたのようだ。その際「カネにはなるけど、面白くはないかな」と笑いながらボヤいていたのを覚えている。

「変態と呼ばれるような性癖を持つ人ってのはね、大半がすごく理性的な人間なんだ。考えてもみなよ、自分の中に潜む性欲を常に抑えつけながら日々を過ごしているんだよ? それに、そこらへんの風俗に言って発散できるような薄い欲求でもないんだ。その強固な檻をこじ開け、開放された獣欲こそ、むせかえるような『生命』を感じさせられると思わないかい?」

「ええ、まあ……」


 あの日、仮採用だった日から俺は結局、それからも慧佑さんの事務所にお世話になることにした。

 正直、バックレても文句言えないような出来事を経験したが、彼の撮影技術や演出の知識は凄いものがあるし、なにより俺も映像制作に関する仕事に興味があったので居座ることに決めたのである。

 ここで働くにあたって、社員特典というべきか迷うところだが、慧佑さんが今までに手掛けたアングラ映像作品の資料室が見放題になった。ところ狭しと並ぶシンプルな白いDVDに彼の手書きで映像の内容が記されている。

 一例を挙げるならば、救いのない寝取られ映像とか。シャブセックスで快感のあまり失神する映像とか。ラバーマスクで呼吸制御される嗜虐的な映像とか。スカリフィケーションされた男性しか愛せないゲイのセックス映像とか。意図も思想もなく、料理された食べ物をただただ踏みにじって笑い転げる映像とか。ボディサスペンションされた人がゆらゆらと空中遊泳しながら恍惚の表情を浮かべる映像とか……。

 普通に生きていたら、知ることさえなかった世界の性癖を俺は短期集中で脳に詰め込まれてしまったのだ。誰がどう見ても、ひどすぎるラインナップである。ちなみに普通の個撮AVはハードディスクへと適当に放り込んでるらしい。扱いの差が違いすぎる。

 しかし、そんな映像作品たちも慧佑さんのこだわりがあるらしく、ただ面白おかしく撮ってるわけではなく、ある種の美しさみたいなものが、不思議なことに壮絶な映像の中に必ず内包されているのだった。

 そして、もう一つ気付いたこともある。アングラな映像作品に出演する女優のほとんどが、あの茉凜さんだったことも驚きだった。彼女は何故、こんな仕事をしているのだろう。これほどの容姿があれば、普通以上の水準で生きていけるだろうに。

「あのう……慧佑さんと茉凜さんって、どういう関係なんですか?」

「茉凜と? ああ、ただのカメラマンとモデル兼女優だよ。お互いの利害が一致しただけの関係さ」


*****


「KDと私? うーん、今は仕事のパートナーかなあ。昔、本当に一瞬だけ付き合ったことあるけど、あっさりフラれちゃった。えへへ……あ、でもね、今がすごく楽しいからこれで良かったの」

 とある別の機会に、また撮影で一緒になった茉凜さんに意を決して訊いてみた。

 予想された返答だったが、やはり元カレという単語は存外、心にダメージを負ってしまう。撮影中、いつも俺の想像を軽く超える性癖で責められる彼女。どうして、こんな苦しい映像作品の女優でいるのか、慧佑さんに強要されているんじゃないのか、と邪推したこともある。

「うーんとね、私には自分ってものが無いの。昔から他人に『私』というものを定義して認めてもらうことが好きだったの。他人のイメージを押し付けてもらうと、私という存在がその人の世界に認識されたような気がして嬉しいんだよね。──たぶん歪んでるんだよね。だけど、この生き方が今までも苦しくなかったから、きっと間違いだけど、間違ってないんだと思う」

 茉凜さんは、痕がつくほど荒縄で縛られても、逆に流血するほど殴って喜ばれても、吐瀉物にまみれても、演じて作り上げた理想の女を求められて貪られることに快感を覚えているのだった。


「例えばですけど、今ここで俺がキスしてよって望んだらどうするんですか?」

「別にいいよ。でも、それだけだったら私じゃなくても誰でもいいじゃん。だから、内心じゃあつまんない男だなって思いながらキスして満たしてあげる」

 彼女はどこまでも歪んでいて、それでいてどこまでも純粋に欲望に素直だった。

 いったいどれほどの要求を突き付けたら、彼女は満足してくれるのだろう。吸い込まれるような大粒の瞳と、美しく可愛らしい笑顔でじっと俺を見つめ続ける彼女。

 もしかして、あの映像の中の茉凜さんも実はまだ満たされてなかったとしたら……そんな恐ろしいことを考えてしまった俺は薄ら笑いを浮かべながら「冗談ですよ」と零すほかなかった。


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