ドキュメンタリー・ブルーフィルム

不可逆性FIG

1、パンダウン

 画面いっぱいに、透き通るような青空が映し出されていた。

 空気遠近法の効果で薄っすらと霞んだ鳥の群れが遠くへ羽ばたいて消えていく。鳥を見送った後、カメラがじわじわとパンダウンしていき、少しずつ街並みが背景を彩り始め、ここが複数のビルに囲まれた建造物の屋上だという情報がようやく判明した。


 カメラが切り替わり、陽射しが降り注ぐ無機質な屋上。ピンボケした背景にはエアコンの室外機、古びた配管、簡素な作りの鉄柵。その中央、焦点が合っているのは乱雑に積み上げられたパソコンやテレビなどの古い家電の小さな山だった。その家電たちが使用されているオフィス、家庭、街の雑踏といった静止画がタンタンタンと短いカットで複数枚差し込まれ、カメラは同じ屋上に立つ黒髪の女性を真横から切り取る。

 整った美しい顔をした彼女の横顔のアップを挟み、再び真横から全身が入る構図になった。彼女はシンプルな白Tシャツとホットパンツという大きく露出をした健康的、そして扇状的な格好をしていて、左手には長い持ち手の大きい石頭ハンマーを引き摺っている。


 カメラは女性を上手かみてに配置するようにトラックバック。女性から遠ざかり、屋上の舞台装置が出揃う。上手にはハンマーを引き摺る女性、下手には乱雑に積まれた電子機器。──その情報を画面に映し出すことによって、これから何が行われるか視聴者に想像させる演出である。


 再び無表情の女性だけのカット。どうやら固定カメラのようで、スッと歩き出した彼女が左側に消える。

 屋上全体を映したカメラに切り替わり、女性が一歩ずつ積まれた家電に近付く様子が描かれる。そして、ハンマーの一撃が届く圏内まで近付いたところで、今まで引き摺っていた石頭ハンマーを両手に持ちグワッと振りかぶった。その瞬間、カメラは女性を見上げるような下からのあおり画をワンカット挟み、ハンマーだけを主役にしたようなドアップの画面のまま女性はハンマーを思いっきり振り下ろす。

 カメラはフォローパンという被写体の動きに追随するような演出を経て、マルチアングルの手法を使い、ハンマーを振り下ろす同じ動作を先程のあおり画で見せる。


 ガシャァァーーン……ッ!


 ハンマーがめり込み、派手な音を立てて、電子機器が粉々に砕けた。

丁寧にもスローモーションまで使って、液晶やらガラスやらが破片となって飛び散っていく様子が繊細に映し出されていく。そのときの背景が、晴天の青空というのも芸術点が高いだろう。

 それから、何度も何度もハンマーは様々な角度から振り下ろされ、叩き潰される電子機器が鉄塊となるまでの過程がこれでもかというほど、ひたすら画面に流れ続けていた。


 電子機器が粉々になると、黒背景が一瞬カットインしてカメラは破壊活動を終えて立ち尽くす女性へと変わる。激しい運動で呼吸が乱れ、汗でTシャツに張り付いたノーブラだろうたわわな胸を上下させながら、頬に流れる汗もそのままに美人の女性は恍惚とした笑顔を浮かべて、青空を仰ぎ見る。

 カメラはかつて電子機器だった残骸をじっと映し出し、ゆっくりと屋上全体が見えるまでトラックバック。散らばった残骸と女性という構図をしばらく保ったまま、静かに白くフェードアウトする演出の後、動画は──終了した。


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