2、トラックアップ
「……あのう、
俺は短編映像を見て、率直な感想を述べる。
女性がパソコンをただぶっ壊すだけの映像。それを見させられて、何を言えばいいのだろうか。言葉に困っていると、それを制作した本人がさらによくわからないことを言うのだった。
「いい出来でしょ。コレはね、人によっては人気ナンバーワン女優のAVよりも価値のあるものなんだ」
「はあ、なるほど……?」
まったくもってなるほどしていないが、世の中には特殊な性癖があるということにして無理やり納得させる。こんなことでいちいち不思議がっていたら、俺がバイトとして手伝っているこの仕事全てにケチを付けなければいけなくなってしまうだろう。
撮影補助、監督補佐、映像編集、を業務として一応の労働契約を俺は結んでいる。要するに雑用係だ。そんな映像作家、慧佑さん一人だけの事務所で俺は少し前から働いている。ここで制作される映像は決して万人の目に触れるYOUTUBEなんかには投稿されない。
なにせ彼が生み出すのは特殊性癖を狙い撃ちしたようなアングラ映像ばかりなのだから。
*****
平凡から外れた経験をしたかった。
普通の大学生をしていた俺はそんなくだらない欲求を膨らませ、友達のツテで今のバイトを紹介してもらったのだ。包み隠さず懺悔するのなら、変なバイトを通じてちょっとした武勇伝やら飲み会で語れるネタを増やしたかったという、それだけの安い理由である。
友達からはAV撮影のアシスタントみたいなニュアンスで紹介されたと思う。そんなこと言われたら、健全な男なら二つ返事で引き受けてしまうだろう。
他人のセックスを堂々と見れるなんて、これほど特殊な経験はない。まだ何も実態を知らなかった俺は、「なんて幸運なんだ」と信じてもいない神様に向かい、軽率にも何度も感謝を告げてしまうのだった。
「あー、君が
とあるマンションの片隅が事務所になっているようで出迎えてくれたのは、しばらく散髪してないのだろう長ったらしい髪を後ろで一本にまとめていた三十代前半だろう男性だった。
事務所で少し仕事内容や雑談などをしていると、ふいに慧佑さんはスマホで時計を確認する。すると、部屋に積まれていたカメラ機材を俺の肩に預けて、あれよあれよという間に彼のワゴン車に乗り込んでいた。
「そんじゃあ、仮採用ということで早速現場に着いてきてもらおうかな。バイトくん、運が良いよ。きっと今日は面白いのが撮れるよ」
*****
しばらく車を走らせて到着したのは、一軒家のスタジオだった。
すでに俺の脳内で「面白いものイコール凄くエロいもの」という謎の方程式が組み上がっていて、期待値が振り切れていたのは言うまでもない。ワゴン車を駐車して、カメラ機材などを見様見真似で運搬し終えると、控室らしき扉からパーカー姿の女性が前を横切った。
「あ、こんにちは……KDって今どこにいる?」
とても可愛らしい美人だった。セミロングの黒髪を揺らしながら、初対面の俺に臆せず話しかけてくるような、物怖じしない芯の強さもまた魅力的である。──というか、KDってなんだ? と思い、そのまま尋ねると彼女は「慧佑ディレクター、だから慧D、もっと略してKD」と微笑みながら答えてくれる。素敵な女性だ、俺の心に一瞬のうちに春が訪れた気がした。
「おお、いたいた。
やはり予感は確信に変わった。
打ち合わせには茉凜と呼ばれた可愛い女性と、おそらく男優なのだろう男性と、慧佑さんが意見交換をしている言葉やジェスチャーをかい摘んで見ていると、絶対にAVの撮影だろうことが理解できた。あと、数時間後には茉凜さんの裸が目の前で露わになると思うと、今からズボンが膨らんでしまいそうになる。
しかし、打ち合わせ風景なのに不思議なのは買い込んだ食料の数が無駄に多いことである。このスタジオには四人しかいない。なのに、ピザやら寿司やらラーメンやらがズラリとテーブルに並んでいるのだ。痩せの大食いなのだろうか、とかそんなことを僅かだが疑問に思いつつ、滞りなく打ち合わせが終わっていよいよ撮影が開始された。
「バイトくん、このパラソル型のレフ板を撮影中ずっと良い感じに茉凜に当てといて」
「わかりました」
「あと、一番大事なこと。絶対に声出さないで、むしろこれが今日のバイトくんの仕事といってもいいから」
「……? はあ、わかりました?」
まあ、撮影中に雑音が収録されるのは駄目だし、当然のことだよな。そう思いながら、俺は複数台のカメラに囲まれた広いベッドの上で和やかに会話するバスローブ姿の主演の男女を眺めていた。
撮影が始まり、今まで散々見てきたお決まりの流れが目の前で行われていた。それだけで、もうすでにお釣りが来るほどの経験である。茉凜さんの肌の上を指が滑り、柔らかそうな唇が糸を引き、華奢な細腕が男の首元を抱き寄せる。
もう俺の脳みそは熱暴走を起こしていた。一応、仕事で参加しているのでなんとなく「良い感じ」に見えるよう、絡み合う茉凜さんに色々移動しながら光を当て続ける。撮影とはいえ間近で美人のセックスが見れるなんて……なんて素晴らしいんだ、と心で感涙していた。そして、シーンは本番に差し掛かる──。
「バイトくん、ここが今回のメインシーンだから。ちゃんと光当てといてね」
ひそひそとアドバイスをする慧佑さん。
ベッドの上では、もったいぶるようにゆっくりと茉凜さんのバスローブが脱がされていて、くびれのある淫らな身体がついに目の前に現れたのだった。男優は立ち上がり、大きくなった自分のものを彼女の顔に近付ける。そして、たっぷりの唾液でコーティングする作業を終えた後、おもむろに男優は茉凜さんの頭部を両手でがっちりと掴んで固定し、彼女を見下ろしながらアイコンタクトを送った。
慧佑さんもカメラを構えて、凄い真剣にファインダーを覗いている。レフ板で光を当てる俺と、複数台のカメラが注目している真ん中で、今まさに彼女の唇を割り、ゆっくりと侵入する行為が行われる……と、思っていたのだが現実はそう甘くなかったのである。
「──んぶッ!? ごぶぶ……ッ」
俺は「あっ」と思わず声を出しそうになってしまった。
ずっと優しく愛撫していたはずの男優の両手が、茉凜さんの頭部を思い切りペニスの根本まで打ち付けるように引き込み、乱暴に喉奥を蹂躙し始める。有り体に言えば、イラマチオだった。苦悶の表情を浮かべて逃げようとするが、なおも男優は頭を離さない。嗚咽混じりの声を漏らしながら、串刺しの状態を無理やり維持させていると、限界が来たのを察したのか男優は今一度、ぐっと腰を打ち付けて一気にものを引き抜いた。
俺は思わず、血の気が引いてしまう。
茉凜さんの口腔内が自由になったと同時に、喉の奥──腹の底から黄土色した吐瀉物を盛大に吐き出してしまったのだ。ビチャビチャと先程まで食べていたのであろう麺や米などの固形物の残滓が逆流して次々に流れ落ちていく。自らの嘔吐でドロドロに汚れた茉凜さんの身体は見るに耐えなかった。さすがに撮影中止では? と思ったのだが、予想に反して撮影は止まらないのである。
というよりも、むしろここからが本番だとでもいうように、さらにセックスシーンが盛り上がっていく。男優のペニスが気付けば限界突破してるみたいにバッキバキに勃起していて、ひどい匂いを充満させる吐瀉物の海を泳ぐように肌と肌を密着させながら獣の如く腰を振り続ける。喘ぐ彼女の張りのある胸に、乳首に、肋骨の隙間に吐瀉物を丹念に塗り込んでいき、汚物まみれになった状態で男優は昂りが最高潮に達したのか、痙攣するほど盛大に果てていた。
「──はい、カット! うんうん、良い絵が撮れたよ」
「ええー……」
とんでもない地獄絵図である。たしかに他人の、しかも美人のセックスを見ることはできたのだが、流石にこの大惨事状態のベッドを見て俺の愚息はピクリとも動かなくなってしまっていたのだった……。
そして、何食わぬ表情でシャワールームへ向かう吐瀉物まみれの茉凜さん。全てが非日常すぎて壮絶な現場だった。その後も、細かい調整だったり、スタジオの清掃だったり、カメラ機材の撤収作業だったり、結構忙しかったのだが衝撃的な撮影以降の記憶があまり残らなかった。
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