4、フェードアウト
慧佑さんの事務所で仕事をしてからしばらく経った。
地獄絵図のような現場も、至って普通のセックス撮影もひととおり経験し、俺の心は最初ほど一喜一憂しなくなっていた。アブノーマルに慣れすぎるのも問題かもな、と今更ながらに自嘲する俺。今ではレフ板持ちだけでなく、場合によってはカメラを渡されることも増えてきている。ただのカネ稼ぎと話のネタ集めだった仕事に、誇りとやりがいが芽生え始めてきていた。
「僕はね、主観で生きる世界よりも客観視で生きる世界のが好きなんだ。前にもどこかで言った気がするけど、その人の一番大切で歪で、それ故にどうしようもなくピュアで美しいものを知りたいだけでさ。──記憶って曖昧だろう? 勝手に美化したり修正したり欠落したり、不備だらけだ。その分、記録は優秀だよ。見たものをそのまま劣化せずにありのままを保存しておけるんだ。素晴らしい世界だよ」
映像編集の休憩中に、こうして彼の主張を聞くのも俺の仕事だった。そのことに対して俺が思うことは何もない。
これは冷たく突き放しているわけではなく、下手に干渉しないほうがお互いの世界を守れると、この仕事を通して学んだことのひとつだった。
「なあ、バイトくん。茉凜のことを好きなら俺は止めはしない。きっとアイツはOKするだろうな。どんなに酷い欲望をぶつけても全てを受け入れてくれるけど、心だけは決して手に入らないんだ。その虚しさがバイトくんにはわかるかい? ……わからないだろうな。わかり合おうとすればするほど、ブルーフィルムに記録された茉凜以上のアイデンティティな情報は出てこないんだからさ」
慧佑さんは静かに言葉を紡ぐ。
彼が客観視に生きるのと同じように、茉凜さんは誰かにとっての理想であり続けたいのだ。
悲しい世界だ。
カメラを構えて撮影し続ける彼は多くを語らない。けれど、俺はひたすらにカメラを握って彼女の虚像を追おうとするような寂しい眼をした慧佑さんに同情し、そして密かに股間が膨らんで──熱く滾ってしまったのだった。
〈了〉
ドキュメンタリー・ブルーフィルム 不可逆性FIG @FigmentR
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