カーテンコール
ぴかぴかに光るフォークを、真っ白いプレートに突き立てる。
ほくほくのスクランブルエッグに、ソーセージ、焼きトマト。
う~ん、やっぱりお姉ちゃんの朝ごはん最高!
事件続きだった毎日がうそのように、『魔法のミュージカル屋さん』は平和を取り戻していた。
ハー・マジェスティー劇場の大きな舞台に立てなかったのは残念だったけど。
でも、『ひみつのミュージカル屋』もいつかとっちめて。
もっともっとダンスも歌も演技もうまくなって。
次のチャンスは必ずつかむんだ。
「うん。やはり、ティナのコーヒーは世界一だ」
カウンターのとなりの席ではなぜか、ファントムお兄さんがくつろいでる。
仮面をとったとは言え、相変わらずのタキシード姿。
「ねぇファントムお兄さん、やっぱりそれちょっとへんだよ? ていうか、真昼間からそんなかっこうして、仕事してるの?」
お姉ちゃんの恋人として、心配になってくる。
ファントムお兄さんは豪華なクラバットで飾った胸をたたいた。
「ふふん、これでも、ロンドン中でピアノを弾いているんだよ」
え!
そっか。こう見えてこの人、ピアノがめちゃうまいんだった。
「へぇ~。どこかの大劇場? それともオーケストラ?」
すすっと、ファントムお兄さんは優雅にコーヒーをすする。
「あぁ。居酒屋『ティンパニー』とか、カフェ『おとぎの劇場』とかね」
「……」
お姉ちゃん、もうちょっと甲斐性ある人とつきあったほうがよかったかも……。
「う、チュチュちゃんの言葉は時々ぐさっとくるな」
「あ、ごめん。口に出してた?」
「ティナ。傷ついたオレの心を癒す優しいナンバーでも歌ってくれよ」
ファントムお兄さんに呼ばれて、カウンターの奥からたくさんの楽譜を抱えたお姉ちゃんが顔を出した。
「だめよ。もうすぐご予約のお客さまが見えるの。準備しなくちゃ」
ファントムお兄さんはあやしげな目つきで、お姉ちゃんの肩を抱く。
「いいじゃないか。たまにはオレだけのために奏でてくれても」
「聞き分けのない人ね。……それじゃ、お店が終わったら、少しだけね」
そうたしなめながら、お姉ちゃんは、すごく幸せそうで。
ふーむ。これはこれで、いいのかなぁ?
からんからんと、扉が開く音がする。
姿を現したのはレインだった。
今日はいっしょに、ハー・プリンセス劇場の地下にある、あたしたち劇団『ポップドロップ』のレッスン場まで行くことになってるんだ。
「よ、チュチュ」
「おはよ、レイン」
簡単にあいさつしながら、彼は入り口近くの棚に飾ってある商品をすっと手に取って、お姉ちゃんに差し出した。
「ティナさん、このオルゴールカードください」
お姉ちゃんは軽やかに受け取ってにっこり微笑む。
「はい、ありがとう。一ポンドよ」
レインはお姉ちゃんに金貨を渡して、草原と青い空が描かれてるきれいなカードを受け取る。
ふぅん。
だれに送るんだろう。
そんなことを思っていると、レインがカウンターにやってきてつきたてた親指をぐっと手前に動かした。
「行くぞ、チュチュ。今日は次の演目の発表がある」
「オッケー」
すとん、とあたしは椅子から降りる。
お姉ちゃんに、ごちそうさまを言うのを忘れずに。
「あぁ、どきどきする。今度はどんな役を演じることになるんだろう」
レインがぴたりと止まる。
「どうしたの?」
早く行かなくちゃ、レッスン遅れちゃうよ。
「お前が、緊張してると思って、これ」
差し出されたのは、さっき彼が買ったばかりのカードだった。
ひらくと、元気でポップなミュージカル曲が流れる。
だれもが知ってる、『サウンドオブミュージック』の『ドレミの歌』だ。
「いつか、オレにもくれただろ。このカード。借りは、返さないとな」
「あ……」
借りなんて。
レインはこのあいだだって、ううん、いつだってあたしを助けてくれるのに。
そう思ったけど、でてきた言葉はたったのこれだけ。
「……ありがとう」
レインは首筋をかいて、そっぽを向く。
そんなふうにされたら、こっちだって恥ずかしい。
あたしはうつむいた。
そっとほっぺに手をあてると、ちょっとあつかった。
やばい、赤くなってないといいけど。
「いい感じね」
「ふむ、若い者に負けてられないな」
ひっ!
カウンターの前で、お姉ちゃんとファントムお兄さんがのぞいてる。
今度こそ、顔から火が出そう。
「は、はやくいこう、レイン」
彼の手をにぎって、すたこら歩き出す。
「え? あ、ちょっと、チュチュ」
よりはずかしい感じになってることに気づいたのはだいぶさきの道を行ってからだった。
後ろからお姉ちゃんの声がする。
「いらっしゃいませ。どんなミュージカルをご所望ですか」
ちょっと元気をなくしたとき。
悩みがあるとき。
いっしょうけんめい夢を追うことに疲れちゃったとき。
そんなときはミュージカル観劇のついでにでも、よっていって。
ロンドン、ハー・プリンセス劇場から歩いて十五分、茶色の扉と、ト音記号の看板が目印。
そこにははちみつ色の髪をまとめた美人のお姉ちゃんと、ちっちゃなおだんご頭にレッスン着のあたしがいて、あなたにぴったりの歌やダンスをあげちゃうから。
たいせつなお客様のあなたへのごあいさつは、そう、こんな感じかな。
あたしたちの、『魔法のミュージカル屋さん』へようこそ!
魔法のミュージカル屋さんへようこそ ほか @kaho884
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