第5話 姉妹道連れ作戦

「よし、今日の仕事終わり!」

「お疲れヒロくん。お茶入れといたよ」

「サンキュー、一夏」


 今日も怒涛の激務を終えて、新メンバーを加えた勉強会を早速始めようと思ったのだが、


「なんですか?」


 三柚と似通った背格好のしかし三柚より少し髪の長い、水原姉妹の次鋒・水原五月の姿がそこにあった。


「やる気になってくれたのか?」

「そんなわけないでしょう。私は会長がお姉ちゃんに手を出さないか見張るだけです」


 言葉遣いはそこはかとなく丁寧に聞こえなくもないような敬語だが、その語気はとても鋭く俺を穿とうとする。

 こいつは別に俺を傷つけようとしているわけじゃない(多分、きっと……そう、だと思う……違ったらどうしよう)。

 こいつは本当にただ姉を心配している……だけのはず。


 勉強道具を机に出していたから、やる気になったかなって思ったけど、


「私は私の勉強をするだけです。あなたは関係ありません」

「そっか。じゃあやりたくなったらいつでも言ってくれ。いつでもわかりやすく教えてやるよ」

「あなたには教えを乞いません」

「わかったわかった」


 そう、分かっている。

 こいつは決して俺に教えを乞うことは無いだろう。

 でも俺はこいつに逃げ道を用意する。

 いつかそこに追い込んで、意地でも教えてやる。

 でなきゃ俺が困るんだ。特別推薦を貰えないからな。


「じゃあ今日の勉強会を始めるぞ!」


 ちなみに新メンバーの水原三柚さん。

 別に挨拶しろとは言わないけど、ここまで一言も発してないよね?

 もう少し存在アピールしたら?


 あと黄瀬七葉はとっくに帰りました。

 『アンタのために勉強する義理はない』だってさ。

 まあそりゃそうだが。



** * * * * *  * * *


「——だからここは先にこっちを展開してからだな」

「因数分解の問題なのに、なんで展開するの?」

「これはあくまで因数分解のための展開なんだよ」


 俺は昔からテストの度に家庭教師のように一対一で教えていた桃乃一夏バカ1号に数学の教科書問題の解説をしていた。


「解けた」


 と、ここまで存在感を地の果てに置いて来ていた水原三柚バカ2号が、世界の中心地に舞い戻って来た。

 どうやらちょうど俺が解説していた問題を解き終わったようだ。


「どうだった?」

「言われた通りだった」



『この問題は例題と変わらない。まあ俺からすればってだけで、問題に慣れるまではその感覚が分からないと思う。でも、俺が教えた通りに例題と同じ形にしてやれ。したらできる』



 言われた通り、言った通り。

 三柚は俺の言ったことを守り、基本に忠実に解いていったようだ。

 数学は言葉を覚えずとも、解き方さえ正しければ解ける教科だ。

 もちろん出てくる言葉の意味や公式の使い方を理解することは大切だが、まずはこいつらに解くことの解けることの喜びや楽しさを知ってもらった方が良いだろう。


 数学は俺の一番好きな教科で、解けた時に回答と照らし合わせ丸を付けた時の快感がたまらなく心地よい。あの感覚を知って欲しい。



「…………」


 五月が眉間にしわを寄せ、何やら悩んでいる様子だった。

 おそらく解けない問題があったのだろう。

 ……これは、もしやチャンスでは?

 ここで俺の実力を見せつけ、教えてやることができるぞと言えるのでは?


「五月」

「なんですか、暇なんですか、すいませんが私は忙しいので会長に構う暇はありません」


 こちらに一瞥もくれず、有無を言わせぬ怒涛の門前払いを浴びせられる。

 てか名前呼んだだけじゃん。へこむよ、マジで?


「教えてやろうか?」

「……………………」

「……………………」


 無視ですか、そうですか。

 それなら別にいい。

 逃げ道だけは用意しといて、退学間際になったら土下座でもして頼ってくればいい。



** * * * * * * * *


『黒崎くん』

『どうした三柚?』

『五月のことで話がある』


 耳元で静かにそう言われて、俺は生徒会室から突然連れ出された。

 そして廊下で、三柚は室内には聞こえないように、


「五月がごめんね」

「なんでお前が謝る?」

「お姉ちゃんだし」

「気にするな。あいつには土下座してでも教わりたくなるようにさせてやる」

「……多分それじゃダメ」

「ダメ?」


 三柚は良くないと言うのでもなく、多分という言葉も付けた。

 つまり土下座させることに対して言ったのではないだろう。

 では、


「何が?」

「あの子は、黒崎くんを敵としてみてる。だからあの子の前ではなく、横に立って欲しい」


 曖昧な言葉選び。

 前ではなく横、敵ではなく味方。

 三柚が『ダメ』と言ったのは俺の言葉ではなく、俺の態度に対してだった。

 俺の五月に対してのスタンスが、あいつの俺への敵意識を生んでいたらしい。


「ま、とりあえずやってみるか」

「うん」


 ひとまずは実践だ。

 勉強と一緒。いくら学ぼうとも、解かなきゃ何も変わらない。

 それにしても、


「ちゃんとお姉ちゃんやってるんだな」

「…………」


 三柚は一瞬俺の言葉に呆けて、


「当り前、だよ」


 不本意だとでも言いたげに赤らめた頬を膨らませた。



 生徒会室に戻ると、一夏が額に汗を滲ませていた。

 空調もついていて温度設定は快適なはずだし、一緒にいた五月も汗など掻いていない。

 一夏って暑がりだったか?


 まあそれは置いといて、そろそろ五月を仲間にしてしまおう。

 作戦成功のカギは三柚が教えてくれた。

 俺は五月に敵対していたつもりは特にないが、三柚から見れば五月の敵に見えたのだろう。

 その意見は尊重すべきだ。

 だがいったいどこをどう見れば敵だったのか、いくら考えても思い当たらない。

 だから俺は俺なりにやらせてもらう。


 まずは前に立つことを止め横に行く。


「よいしょっと」

「…………ッ⁉」


 俺は五月の座っているソファに腰を下ろした。


「何か用ですか?」

「いや、会長の席もいいけど久々にこっちに座りたくてな」

「そう、ですか」


 そして味方として、


「そこの前置詞はforじゃなくてofだぞ。

 ……難しいから、俺も時々間違える」


 横目に見ていた五月のノート、その回答のミスを指摘する。


「…………」

「…………」

「……ありがとうございます」


 味方に……なれた、のか?

 なら、追撃だ。


「別に仲良くしろとは言わない。ただ生徒会の仲間として、少し勉強を見るだけだ」

「……わかりました。一緒に勉強するだけ、ただそれだけです。

 私はあなたに教わりません」

「そうできるくらい勉強したらいいさ」

「むぅ……」


 あ、ミスった。


「なんであなたはそう上からものを言ってくるんですか!?

 せっかく少しやる気になってたのに!」

「いや十分すぎるくらい殺る気伝わってるから大丈夫!」

「とにかく今日から私も参加します! いいですか⁉ お姉ちゃんにちょっかい掛けないか見てるだけで、私は教わりませんからね!」


 いや、大丈夫そうだ。

 少したじろぐ一夏の隣で、一番の理解者お姉ちゃんがクスクスと笑みを浮かべていた。

 これは何より安心できる証拠だな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

生徒会の花嫁~金髪アイドルが生徒会に入りました~ ねむ @An-nemu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ