第4話 水原三柚を勉強会に参加させよう作戦

「——ということで今日から勉強会を始める!」


 え、話の説明? 必要か?

 あいつらが追試全教科合格なんて到底できるはずもありませんでした。以上!

 ちなみに追試験の結果はすぐ出たので、皆には放課後集まってもらいました。


「お前たちは根本的に勉強をなめている。昨日五月は言ったな、『追試験には同じような問題が出る』と。そう、同じような問題とは決して同じ問題じゃない。暗記で済む話じゃないってわけだ。だから俺は全教科と言った。数学・理科・英語は絶対に問題を変えてくると分かっていたからな」

「そんなのズルい……」

「違うぞ水原。先回りするように条件を出した俺は賢いだけだ」

「うざ」


 ポソリとしかしはっきりとした発音が、日本語にとても慣れているように見える金髪ハーフのゴリラ(心の中で思う分には問題ないよな)から聞こえてきた。

 まあ、まずは水原からだ。


「いいか水原。数学は答えが違くとも解けなければ、きちんと理解したとは言えない。

 しかし解き方さえ理解すれば今回の追試も合格できたんだ。答えが違うだけで、解き方は全く同じだからな」


 そう。だから根本的な話なんだ。学生の勉強のほとんどは暗記で済む。暗記とは言っても答えの暗記ではなく、答え方・解き方の暗記だ。


「今日から俺はお前たちにみっちり勉強させてやる。次は夏休み明けの試験だな。夏休みはたっぷり勉強するぞ!」



 とはいえ夏休み前の生徒会業務がなくなるわけではなく、忙しい日々が続いた。

 しかし勉強会はと言うと……


「一夏、他の三人は?」

「…………」

「三人は?」

「……帰っちゃった」

「はぁ……」


 勉強会を宣言してから今日で4日目。

 毎日来るのは一夏のみ。

 というより他は一度も来ていない。

 できれば夏休みに入る前には全員を集めたいが。


「いいじゃんヒロくん、お姉ちゃんと二人で勉強しよ?」

「それだったら家でやるのと変わらないだろ? せっかく生徒会室が使えるんだから、あいつらにもやらせないと」


 もう7月も半ば。夏休みが始まる前に全員をやる気にさせておきたい。

 はてさてどうするべきかな~。


「なんか良い案はないか?」

「新しいゲーム買ってあげるとか?」

「うちにそんな金はない」

「でもご褒美あげるのよくないかなぁ~」

「あげるにしても何をって話だな」

「黄瀬さんなんてお金持ってるから何でも買えそうだしね」

「アイドルだもんな」


 確かにそうだ。

 集に怒られた後調べてみたら、黄瀬七葉という女は最近人気の出てきたアイドルらしい。

 それなりに金も持っているだろうし、俺があげられるモノなんかで満足はしないだろう。


 水原はきっとゲーム関係だろうが当然俺にそんな物を買う金はない。

 妹の五月は……


「やめた」

「え?」

「ご褒美をあげずとも五月なんてすぐ参加してくれるしな」

「なんで?」

「あいつは俺を毛嫌いしているだけで、姉の水原がやるようになったらあいつも参加するに決まってる。そういう奴だろ」

「フフッ、確かにそうだね」

「だからまずは水原からだ。どうにかあいつを引き込もう」



** * * * * * * * *


 そして翌日から、『水原三柚を勉強会に参加させよう作戦』が始まった。

 作戦名ダサすぎないか、いやダサい。


 ……いつか反語の見分け方も教えないとな。

 いや今の反語か?



 てなわけで熱気が熱狂的な一日目。


「水原、今日の勉強会は一緒にどうだ?」

「ごめん……ゲームしなきゃだから」

「そっか」


 なんかそっけない? 機嫌が悪いのか?

 いや初めはこんなもんか。

 明日も誘えばいいだけだ。



 大雨が降り、夏の湿気と汗が入り混じった二日目。


「水原、ゲームはクリアできたか?」

「うん」

「じゃあ今日は……」

「ごめん、今日もゲーム」

「クリアしたんじゃ?」

「……二週目」


 何それ。二週目? 一日でクリアできたゲームを次の日またやる意味ってあるの?

 いやいやまだまだこれからだよな!



 絞り出されるかのように雨が続いた三日目。


「水原、今日は……」

「会長、お姉ちゃんにちょっかい出さないでください!」

「五月⁉」

「私たちは勉強会には参加しません。生徒会の仕事はきちんとしていますし、それ以上付き合う理由がありません」

「でも退学はお前たちも嫌だろ?」

「もし危うくなったらその時考えます」


 今日の水原は一言も発することなく、俺はただ妹の五月に邪険にされて終わった。



 雲の掃除された空とは裏腹に、少し心の曇り始めた四日目。


「ねえ黒崎くん……」

「……⁉」


 ここしばらく不機嫌だった水原が、どういう訳か自ら俺に話しかけてくるという珍事件が勃発した。

 いや珍事件は失礼か。


「どうした?」

「五月がね、私のことを名字で呼ぶと紛らわしい……って」

「ああ、当たり前だけど同じ苗字だもんな」


 前にもアピールしてたかもしれない第3話でさらっと紹介してたけど、水原五月は水原三柚の妹だ。

 ちなみに双子だから俺たち生徒会役員は全員一年生である。

 俺は姉を水原と呼び、妹を五月と呼んでいる。

 好感度とかアピールとかそういう話ではなく、単純に出会った時期が違うから。

 水原とは中学からの同級生だが、五月は中学時代は別の学校へ通っていたため、俺は高校で初めて水原の妹に出会うこととなった。

 よって必然的に妹を呼び分けるために名前で呼ぶことにした。


 けど確かに五月からしてみれば、水原を呼んだときに自分も反応しちゃうよな。

 俺から名前で呼ばれていると判っていても、自分の名字が呼ばれれば嫌でも少しは反応してしまうモノだろ。


「じゃあ名前で呼んだ方が良いか?」

「五月がね。……五月は、その方が助かるって」


 水原は頬を少し赤らめて斜め下に俯いて言った。

 女子ってやっぱり名前で呼ばれるのは少し嫌なのかな。


「水原が嫌なら今のままで……」

「嫌じゃない!」

「うぇッ⁉」

「あ、ごめん」


 平坦な会話や返事とおとなしい性格の水原は、強く言うことがあまりない。

 だからまあ今俺が間抜けな声をあげたことは無視してくれ。


「なら今日からは名前で呼ぶよ……み、ミユ」

「……フフ、硬いよ……黒崎くん」

「うっさい! てかお前は名字呼びかよ、ズルくね?」

「だって恥ずかしいし」

「なんだそれ」


 ほんの少し、久方ぶりに、水原……いや、三柚と楽し気な会話ができていると思う。

 ここしばらく何故か不機嫌な様子だったことはともかく、別に喧嘩していたわけではないが、また仲良くできることは素直に嬉しい。

 今なら、誘えるだろうか。


「ところで水は……三柚。今日の勉強会は……」

「いいよ」

「…………え?」

「今日からは、私もやる」

「本当か?」

「うん。よろしくお願いします」


 三柚はニコリとはにかんだ。

 正直拍子抜けだ。

 いや嬉しいんだけど、嬉しいけどもっと粘られると思ったし、こっちも粘るつもりだった。

 いったい何が、彼女をやる気にさせたんだろう。

 ずっと不機嫌なように見えていた三柚は、機嫌良さげに笑いながら髪をクルクルと指に巻いていた。

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