サキの話

 16歳の朝は多忙だ。


 レンチンした蒸しタオルを顔に当てて、泣き腫らした顔をごまかす。保湿も怠らない。

アイプチをして、肌に化粧を忍ばせる。忘れずに前髪を巻いて……。


 スカートのウエストを一回折り曲げる。

丈は少し短い方が、心なしかローファーとも合う気がする。


 眠気覚ましと栄養補給を兼ねて、グリーンスムージーを飲んだなら、女子高生サキのいっちょ上がり。


       ✳︎ ✳︎ ✳︎


 「サキ! 今日も前髪決まってんねぇ」


気だるい空気を纏った教室に入ると、友達が駆け寄ってきた。


 「ユウカもピン留め、凄い似合ってる」


 始業前の馴れ合いって、凄く女子って感じがする。周りの男子はうるさいって思ってるかもだけど、楽しいんだから仕方ないよね。


 建前か本当かよく分からないけれど、仲間に認められるってなんだか嬉しい。肯定の言葉は、あたしを可愛いで満たしてくれる。


 ……千歯こきみたいな前髪も、即席の二重も、寒そうな見た目のスカートも、全部全部好きじゃないけど。


 可愛いサキじゃなきゃ、捨てられちゃう。

見てもらえないことは、嫌われるより怖い。

 


       ✳︎ ✳︎ ✳︎


 ほんとはスカートじゃなくてズボンを着たいし、ピンクの口紅も引きたくない。生物的に女に生まれたからって、なんで可愛くなきゃいけないんだろう。


 誰よりも許せないのは、自分のこと。

ハリボテのキラキラを身に纏って、いい気になっているなんて。考えるだけで吐き気がしてくる。1番「可愛い」に甘えているのは、

他の誰でもない、あたしだ。


       ✳︎ ✳︎ ✳︎


 この頃、朝を迎えるのが怖い。一度電気を消してしまったら、「可愛い」の魔法をかけ直さなきゃいけないから。女子高生サキを作らなきゃ。頭が勝手に叫ぶ。


 あたしは、「女子」じゃなくてあたしになりたいだけなのに。


 女子高生サキと、あたしの中で揺れる涙腺が緩んでいく。気づくと、部屋でひとり差し含んでいた。その姿を、アイプチで伸びた一重瞼が、鏡越しに覗き込んでいる。

 

 ……ああ、もう朝だ。

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藤崎 鈴 @fumikaku_rinsan

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