第12話
夕陽静香の朝は早い。
朝は四時起き、そして起きた後、私服に着替え下に降り朝ごはんとお父さんと自分の弁当を作るのが日課である。
まぁ今は静香は夏休みなのでお父さんの弁当を作るだけでいいのだが。
そして今日もいつも通り、四時に起き、私服に着替えようとベッドから降りる。
一回部屋から出て、洗面台に向かう。
洗面台にて顔を洗い終えた静香は再び自分の部屋に戻る。
部屋に戻った静香は鏡の前に置いてある丸椅子に座り、黒髪を自分の目にかかるようにくしで下ろす。
視界が悪くなった所で椅子から立ち上がり、クローゼットから黒いワンピースを取り出す。
パジャマを脱ぎ、そのワンピースを頭の上から被る。
準備を終えた静香は部屋を出て、一階に降りた。
リビングへの扉を開くといつもは誰もいない暗い空間が広がっているのだが、今日は何故か電気がついていた。
「お父さん、どうして?朝ごはんは私の当番なのに」
リビングにいたのはお父さんだった。
お父さんはいつも六時くらいに起きてきて、朝ごはんを食べてから仕事に行く。
けれど今はいつも私がつけているエプロンをつけて、料理を作っている。
「おはよう静香、なにもうそろそろ静香の誕生日だろ?だったら誕生日まで俺がご飯作ろうかなと思ってな、いつも静香に苦労させてるからな」
お父さんはそう言った後欠伸をした。まだ眠いのだろう。
「そんなことしなくていいよ、私が作るから、お父さんは部屋に戻ってて」
「いや、俺がやるよ」
「·····、わかった、じゃあお願い、私は部屋に戻ってるね」
「あぁ、ゆっくり休んでてくれ」
静香はそんなお父さんの声を背に再び部屋へと戻った。
「俺は静香にどうしてあげるのがいいんだ、教えてくれ、涼香」
リビングに残った父は頭に手を当て、去っていく静香の姿を見届けながら、亡き母へ泣き言を吐いた。
場所は変わりリマインド
「そうだ!よくなってきたぞ、意識的に妖力を出さなくなってきて、コスパが良くなってきている!」
「はい!」
俺は今師匠と組手をしています、もちろん”師匠は強い存在である”という心がけは忘れていません。
そんな心がけを掲げつつ、小一時間組手をしている俺ですが、どうやらだんだん妖力の使い方が上手くなってきているようです。
心無しか、妖力が定着してきている気がする。まぁ気がするだけなんだけど。
「隙あり!」
「がはっ!」
師匠に腹を殴られた。
痛みに耐えられず、地に倒れる。まぁ地って言っても師匠の部屋なんだけどね。
真剣に攻撃している時は師匠は反撃してこないのだが、一瞬でも気が緩んだり、妖力が乱れたりすると反撃される。
「次、妖力乱れたら、もっと強い一撃を食らわすぞ!」
「ひぃ」
師匠はずっとこの調子なのだ。全く酷いもんである。
普通、修行って飴と鞭があるもんじゃないの!?なんで鞭しかないのさ!
このふざけやがってこのアマァ!
俺は数時間前まで感じていた師匠への感謝を忘れ、今は悪感情しか無かった。
「おい!早く立て!」
「押忍!」
けどそんなことを言える訳が無く、声だけは張り上げ、泣く泣く立ち上がる。
そして組手は再び再開される。
右手のストレートを師匠の手で軽く弾かれて防がれ、左手のアッパーを右手で止められる。
「おらぁ!」
止められた左手を振り放し、その振り放した勢いのまま腰を回した渾身の一撃を繰り出す。
「甘い!」
しかし師匠には通じず軽々しく避けられる。
「がふぁぁぁっ!」
そしてまた殴られる。
なんか殴られる頻度が増してきた気がする。
「まだ、揺らぎがある!無駄なことを考えるな、妖力のことを考えず、妖力を出せ!」
(無茶なことを言う!)
それがどれだけ難しいか、師匠はわかってない!
妖力とは普通、考えて出すものだ。妖力を出すという紛れもない意思があるから妖力は自分の体から出てくる。それを考えずに行う?
無理だ。そんなこと、何も考えずにテストを解くようなものだ。
どうすればそんなこと·····?
「どうすればそんなこと?とお前は思ってるな?」
「!、なんで分かるんすか?、ちょっと怖いっすよ」
「はっ、お前の顔にそう書いてあるからな」
腹を抑えて痛がってる俺の顔にそんなこと書いてありましたかね?
「お前はまだ、妖力の出力の調整を英語の単語や数学の公式を覚えるような感覚で行っているんだ、だから、いいとこまでは行っても完璧になることは無い」
「どう、なんでしょう?でも確かに出力の出し方を覚えようとしているのは確かですね」
「そう、それがいけないんだ、妖力を覚えようとするな」
「じゃあどうやって妖力を扱えるようになるんですか?」
ミラも師匠も、妖力の扱い方が上手い、いつも妖力を展開しているからな。俺だったら一時間くらいで倒れちまう。あ、ちなみに潜在妖力量分の妖力を使って倒れることをガス欠と言うらしい、ミラから教わった。
「お前は手を動かす時、何を考えている?足を動かす時何を考えている?足や手を動かす時にどうやって動いているか考えたことがあるか?」
「え?いや、特に何も·····考えたことはないです」
「そうだ、人間は手や足を動かす時、何も考えずに反射で動かす、そこに意思や意識は働いていない」
「妖力も同じなんだ」
と師匠は続ける。
「妖力とは生まれ持っているものだ、他の人間はその使い方を知らないだけでな、だからこそ人は妖力を反射で動かすことができるんだ」
「妖力を反射で·····」
目を瞑る。
(妖力を自分のものじゃないと思うな、妖力とは俺のものだと、俺の体だと認識しろ)
何も考えるな·····
意識を、意思を無くせ。
妖力を許容しろ。
そして俺は目を開ける。ゆっくりと·····
「!、なんだ、これ」
「上手くいったな、それがあたしやミラが見ている景色だ、随分と壮観だろう?」
「は、はい、なんというか、すごいです」
俺が目を開けて見たその世界はいうもの情景と全く違っていた。
なんというか、三百六十度全てに目がついたみたいに目がついていない俺の背中からみえる景色が手に取るようにわかる。
「今まで、お前はムラのある激しい妖力を出し続けていたんだ、まぁつまり、腕を動かしたいのに足に力を入れているみたいな状態だった、けど今のお前は体全体を覆い尽くすように妖力を纏っている」
そして師匠は続ける。
「その状態を”ウォーズ”と言う、まぁ覚えても覚えなくてもいい、ウォーズの時のお前の身体能力は潜在妖力量によって変わるが、お前の妖力量だといつもの身体能力の十五倍程だろうな」
「本当ですか!?」
もし、本当に俺の身体能力が十五倍に跳ね上がっていたとしたらとんでもないぞ、もしかしたら今この状態なら師匠に勝てるかもしれない!
「師匠!組手をしましょう!」
「お前ならそう言うと思ったよ、けどもう時間だ、他の修行はまた明日行う」
気づけば、俺の体はだんだん薄くなってきていた。俺の目が覚め始めたのだろう。
「よくやったな、お前はすごいよ」
「!」
師匠は俺の方を見て、綺麗な歯を見せ、クシャッとした豪快な笑顔を見せてくれた。
「ありがとうございます!」
師匠にそう返事をして、俺は目を覚ました。
「ってー」
痛む頭を抑え、ムクリと起き上がる。
「おっはよ!湊ー!」
「うぉ!?」
俺の体の上に突然感じられた重み、しかし、決して重い訳では無かった。
なぜならその重みの正体が
「たくっ、なんで家に入ってきてんだよ、るー」
頭をかき、若干の不満を口にする。重みの正体はるーだったのだ。
俺はるーを両手で持ち上げ、床に立たせる。
「なんでって、今日は湊の家で遊ぶ約束でしょ、湊の方こそなんでこんな時間まで寝てるのさ」
「はぁ、すまんかった、そういえばそうだったな、もう皆いるのか?」
平謝りをしてからベッドから降りる。
「うん!皆来てるよ!皆下で湊を待ってるよ!」
るーは元気にそういった。全く、るーは本当に変わらないな。いつでも元気だ。
そして今日も可愛いぜ、特にそのアホ毛。
「どうしたの?早く下行こ」
「あ、おう」
いかんいかん、ついるーの可愛さに惚れてしまっていた。
「よぉ、重役出勤ですかぁ?」
「いやはや、これはもう裁判ものですなぁ」
「いやいや、だったら立花の方が裁判にかけられるべきだよ」
「なんですとぉー!?」
「あの、湊さん、私、その全然気にしてませんから」
俺が下に降りると、いつものメンバーが騒ぎ始めた。
「じゃあ、今日もいっぱい遊ぶぞー!」
「「おー」」
るーが腰に手を当て、高らかにそう宣言すると皆も答えていたので、俺も一応腕は突き上げておいた。
「ちょっとー!バナナ置いた人誰ー!」
「よし!ここで○ラーはまじ激アツ展開!」
「ちょっと待って、その上スマ当たるの?」
「·····皆さん強すぎます」
「よっしゃぁきたー!一P撃墜!」
と各々で各々のやり方でしばらく楽しく過ごしていた時、俺は背中に悪寒を感じ、瞬時に後ろを振り返る。
(やっべー、俺なんかしたかな?)
後ろにいたのは死んだ目をして、リビングの扉のガラス部分から俺を睨んできている少女だった。黒装束を着て、紫の髪をポニーテールに纏めた少女、これはもう紛れもなくミラであった。
「すまん、トイレ行ってくるわ」
「ほーい」
と俺は正当な理由を立ててからリビングを出た。
「いやー、すまん」
流石にリビング出てすぐの廊下じゃ目立ちすぎるからという理由でミラを俺の部屋まで連れてきてから俺は何故か怒っているミラにとりあえず謝る。
「?、なんで謝るの?」
「え?だってなんか不服そうな顔してたし」
「あ!それは違うの!」
急に顔を赤く染め両手を横に振り、全力で否定するミラ。
「じゃあ、なんであんな顔?」
「そ、それは〜、そのー·····羨ましかったんだ、湊達がはしゃいでいるのが」
ミラは指と指を突合せ、照れくさそうに言う。
「私ってさ、生まれた時から死神なんだ、だから人間の遊び、そういうのに憧れてたんだ」
「それにね、これは私の勝手な妄想だったんだけど、湊は一人だと思ってたんだ」
「湊って結構変なやつだと思うんだ、だって、今時”正義のヒーロー”になりたいなんて夢を、欲を持つ人なんていないよ?」
「そうか?」
「そうだよ、だからなんだろうね、私は湊に仲間意識があったんだよ、私は死神っていう変な存在、湊は変な夢を持った変なやつっていう括りでね」
「··········」
俺は口答えをしなかった、いつもなら「おい!」とか言って抵抗するのだろうが、今はそんなことを言う気分にはなれなかった。
「だからどうせ湊は友達と遊んでいる時も浮いてるんだろうなって思ってた」
「なのに、、、湊は皆と一緒に笑ってた、楽しんでた」
「それがたまらなく悲しかった、”なんで私は人間じゃないんだろう”って」
「ふ、醜いよね、自分でもそう思うもん、私は醜くて、弱くて、人間じゃ、ない」
ミラの目には涙が浮かんでいた。
初めてかもしれない、ミラがこんなにも自分の感情をさらけ出すのは、それが俺にとっては少し嬉しかった。
「なぁミラ、お前は少し難しく考えすぎなんだよ」
「っ、湊に何がわかるの!?」
初めてミラは大声を出した。
「分かるわけがないだろう、俺はお前じゃないんだから」
「じゃあ、何も言わなくていいよ、上辺だけの慰めの言葉なんていらないから」
「俺はお前じゃない、だけどお前も俺じゃないだろ、師匠も静香もるーも涼真も翔も立花も皆違う」
「だから俺はお前の心のことなんて分かるわけがない」
「だから教えて欲しい、辛いことや、楽しいこと、疲れたこと、その全てを教えて欲しい相談して欲しい」
「俺は今までお前に気遣われて、心配されてきた」
「だから今度は俺に心配させて欲しい、俺に気遣わせて欲しい」
「それがパートナーってもんだろ?」
いつの間にか俺はミラの頭を撫でていた。なぜこんなことをしたのかは分からない。
けど、今はこれが正解だと思ったんだ。
「ふふ、そうかもね」
ミラは泣きながら笑った。なんの淀みもない笑顔だった。
異世界は夢の中で 樽尾太郎 @tarumiryuta
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