おまけ

第49話 Jealousy of Valentine

 本編を書き始める前に練習で書いた話です。本編とは直接関係のないお話となります。



 全国の女子たちが(多分)ウキウキするイベントがある。


 それは、基を糺せばお菓子業界の戦略だ。まだ女性から告白することが「ふしだら」とされていた時代、「一年の中で唯一女性から告白してもいい日」と銘打って、お菓子の売り上げを伸ばそうとした。


 そう、バレンタインである!


 当然だけど、わたしは毎年椿ちゃんに手作りチョコを渡している。というか、椿ちゃん以外には渡したことはない。


 ま、椿ちゃんはわたしにくれたことないんだけど。多分照れてるんだろう。かわいい子だなあ。


 今年あげるチョコのレシピは完成してる。材料も揃えてあるし、明日は朝から準備しなくっちゃ……なんて、考えているときだった。




「さくら、チョコの作り方教えてくれない?」



 土曜日。二月の十三日のこと。


 朝ご飯を食べてる最中、椿ちゃんにいきなりそんなことを言われて、わたしは心臓が止まるかと思った。


「え……えっ? ど、どして?」


「チョコ、今年は私も作ろうかと思って」


「えぇっ!? なんでなんでどうしてっ!? っていうかだれに渡す気!?」


「それは……いいじゃん別に」


 プイっと顔をそらす椿ちゃん。その横顔は、心なしかちょっと赤くなっている気がする。


「ていうか、なんでそんなに驚くの?」


「そ、それは……」


 今度はわたしが言葉を濁す番だった。


 椿ちゃんが誰にチョコを渡すのか気になるから、なんだけど……それを口に出すのもなんだかなあ。


 だって、もし渡す相手が男だったら!? わたしは……わたしは……!!



「それで、どう?」

「えっ?」

「教えてくれる? 作り方」

「……………………いいよ」


 答えるまで時間がかかったけど、しょうがないよね。


 ていうか、ホントに誰にあげるつもりなんだろう……?


 椿ちゃんが私以外の人にチョコを上げるのは……イヤだ。ていうか! わたしは毎年あげてるのにそのわたしを無視するってどういうことさ!




 椿ちゃんは生チョコを作ることにしたらしい。結構簡単にできるし、お菓子作りに慣れてない椿ちゃんにはちょうどいいと思う。


 訊いてみたら、事前に調べたらしい。……本気でチョコを作ろうとしてるんだ。ホント、だれに渡すつもりなんだろう……?



「じゃあ、まずは板チョコを切ってね」


 道具や材料はもう用意がある……んだけど、それはわたしが椿ちゃんの為のチョコに使うものだ。それをどこかの誰かに渡すチョコに使うのは、絶対に嫌だ。まあ、そもそもその材料は屋敷にあるんだけど。


 だから材料を一緒に買いに行こう、と思ったんだけど、椿ちゃんはネットで調べて、必要になりそうな材料は準備してたみたい。例えば、いま椿ちゃんが切ってる板チョコがそれだ。


 なんだけど……



「もう、椿ちゃん。その切り方じゃ危ないよ。左手を猫さんの手にしないと、指切っちゃうかもしれないから」


 言いながら、わたしは椿ちゃんの後ろに回り込んで、椿ちゃんの手を握って一緒にチョコを切る。ついでに髪の匂いも嗅ぐ。……うん。おなじシャンプー使ってるはずなのに、やっぱりわたしとはちょっと違う感じ。


 ふと椿ちゃんの横顔を見ると、真面目な顔でチョコを切っていた。……ダメだ。やっぱり気になって仕方がない。


「ねえ椿ちゃん。このチョコ誰にあげるの? 教えてよ」


「え……」


 すると、椿ちゃんはバツが悪そうな顔になった。


 え、なんだろうこの反応は。まさか本当に男に渡すとかないよね?


「秘密」

「えぇーっ!? なんでどうして!? お願いだから教えてよ!」


 ここは食い下がる。だってこんな気持ちじゃ、気になって夜も眠れないし、椿ちゃんのブラウスを嗅いでるときだって匂いに集中できないもん! さっき髪の匂い嗅いだ時もそうだったし!


 わたしの剣幕に押されたのか、椿ちゃんは顔をそらしたままボソッと答える。


「じゃあ、作り終わった後でいいなら、教えてあげる。それでいい?」

「分かった……」


 本当は今すぐ教えてほしいけど、しょうがないか。あんまりしつこく言って、きらわれるのも嫌だから。


 チョコを切り終わった後、鍋に生クリークを入れて、火は中火で沸騰させないくらいに。その後で切ったチョコを入れて混ぜる。十分に混ざったら、クッキングシートを敷いたトレイに移して、一時間冷蔵庫で冷やせば完成。


 なんだけど……



「もう一時間たったかな?」

「二十秒くらい前に入れたばっかりじゃん」


 …………


「もう一時間たったんじゃないかな!?」

「まだ二分だけど」


 …………


「あ、あのさ、椿ちゃん」

「? なに?」


 それは、さっきからずっと気になっていたことだ。でも、訊くのが怖くて、訊けなかったこと。


「チョコをあげる人って、椿ちゃんにとって、どんな人? 好きな人……なの……?」

「え……」


 すると、椿ちゃんはまた口ごもった。


 頬をちょっと赤くして、視線をぐるぐる動かしている。これは……照れてるのかな?


「まあ、大切なやつでは、ある……かな……」

「へー。そうなんだ」


 あ、ヤバい。自分でもビックリするぐらい低い声が出た。わたしこんな声出せたんだ。新発見だ。あはははは。


 …………



 ……………………


 

 お……落ち着かないっ! ぜっっっっんぜん落ち着かない!! わたしをこんな気持ちにさせるなんて、椿ちゃんったらなんて罪な子っ!!


 ていうか! 椿ちゃんからチョコをもらう顔も名前も知らない幸せ者め! 絶対に椿ちゃんの前で恥をかかせて尊厳を破壊してやる! だって椿ちゃんを一番よく知っていて、一番愛してるのは、このわたしなんだからっ!!




 そんなこんなで、十六年の人生の中で、最も長い一時間が経った。


「どう?」


 冷蔵庫からトレイを出した椿ちゃんに訊いてみると、


「うん。ちゃんとできてるみたい」

「そっか。だったら……よかった……」


 ホントはちっともよくないけど。


「あとは好きな大きさに切ってから、ココアパウダーかければ完成だよ」

「うん。ありがとう、さくら」


 !!??


 つ、椿ちゃんが……椿ちゃんがわたしにお礼を言った!? こんなの滅多にないことだよ! すっごくうれしい! ああっ、でも素直に喜べない! おのれ顔も名前も知らない幸せ者めぇ!



 ……ついにチョコが完成した。椿ちゃんは、いまイスに座って包装しているところだ。わたしはといえば、無言でそれを眺めるしかない。


 なんか、ここに来て怖くなってきた。



 本当に、だれに渡すつもりなんだろう? もし万が一、椿ちゃんに好きな人がいたとして、億が一、その人も椿ちゃんのことが好きで、兆が一、恋人同士になったとしたら、わたしは……どうなるんだろう?


 おめでとうって、よかったねって、笑って、祝福することができるだろうか?


 そんなの、考えるまでもない。ムリに決まってる。


 だって、いまわたしの胸は、こんなにも苦しい。ぎゅっと掴まれたみたいに締め付けられて、不用意にしゃべれば泣きそうなくらいに悲しいんだから。でも……


 椿ちゃんが好きな人も、きっと椿ちゃんが好きなはずだ。


 だって、椿ちゃんは世界一かわいくて、魅力的な女の子なんだから。椿ちゃんを嫌う人なんて、この世にいるもんか。


 だからわたしの役目は一つ。〝友達〟として、〝幼馴染〟として、椿ちゃんの背中を押すこと……



「はい、さくら」


 いつの間にか俯いていたわたしの視界に、綺麗に包装された小包が現れた。


「え? なに?」

「これ、あげる」

「えっ?」

「だ、だからっ!」


 視線を上げると、顔を真っ赤にした椿ちゃんと目が合った。


「バレンタインのチョコ! さくらにあげるって言ってるのっ!」



 …………



 ………………



「ゑ?」

「ちょっと! 何回言わせるつもり!?」


 あ、椿ちゃんが怒った。


「ご、ごめんねっ? ちょっと展開についていけなくて……」


 あ、あれ……? だって……


「このチョコ、好きな男の子にあげるんじゃなかったの?」

「はぁっ!? そんなわけないじゃん! なんでそんな話になってんの!?」

「だ、だってだって!」


 余計怒らせちゃったけど、わたしは言わずにはいられない。


「チョコあげるのは大切な人だって、椿ちゃんそう言ってたじゃん!」

「だっ……だから!」


 椿ちゃんの顔が赤くなる。でも……これは怒ってるんじゃない。照れてる? のかな……


「それはさくらのこと。幼稚園のときから仲良くしてくれてるし、それに、高校に入ってからお世話になりっぱなしだから……その……せめてものお礼に……」


 声はどんどん小さくなっていって、最後の方はほとんど聞こえなかった。


「も、もうっ! こんな恥ずかしいこと声に出させんなバカっ!!」


 ここまで来て、ようやくわたしの思考が追いついた。



「椿ぢゃぁああああああああああああああああああああああああああんっっ!!」



 テーブル越しということにも構わず、わたしは身を乗り出して椿ちゃんに抱き着く。


「きゃっ!? ちょっとさくら、急になにっ!?」

「わたしも愛してるよ椿ぢゃぁあああああああああああああああああああん!!」

「はあっ!? わ、私愛してるなんて一言も言ってないし!」


 椿ちゃんはわたしを引き離そうとしてくる。


 それでも、わたしは椿ちゃんを抱き続けた。顔を胸にうずめて匂いを嗅いだ。



「さっ、さくら! 恥ずかしいから離れてってば! ああもう、チョコなんてあげなければよかった!」


 今さら後悔してももう遅い。


 だってわたしは、こんなにもあなたのことが好きなんだから。




 願わくば、チョコよりも甘いこの時間が、少しでも長く続きますように――。

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ヤンデレさくらとツンデレ椿 タイロク @tairoku

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