第48話 夏の音
「花火大会?」
それは、まだ夏休み前の休日のこと。朝、いつものように食後の紅茶を飲んでいたダリアちゃんが、
「ええ! 七月の末日に、花火大会を行うそうですわ!」
なんてことを言い出したのである。昨日、着物店の店長さんから聞いたらしい。
花火大会かあ……
そういえば……昔一度だけ、ダリアちゃんと一緒に行ったことがあるんだよね。
普通なら、また誘ってくれたのかなあなんて、思うところだけど……
「花火大会には出店も立ち並びます。ようするに、これは夏祭りです。ということは! 浴衣を着る方も多いということ! つまり! 集客のチャンスですわ!」
だよね。知ってた。
「お店にも話は通してありますし、今日から順次用意をします。
ダリアちゃん、超生き生きしてるなあ。うまいこと言ったつもりなのかなあ。
そんなわけで、ボクの夏休みは、なんとも味気ないものになりそうだ。
その日から、夏祭り当日にむけての準備が始まった。
ホームページに専用のページを作ったり、チラシを作って駅前で配ったり、商店街のお店に貼ってもらったり(逆にうちのお店で出店の宣伝をしたり)、浴衣も普段の客足と、イベントの予約数に応じて数と種類を取り揃えて……なんてところだ。
準備を進めるなか、ボクはラインであるメッセージを受け取った。それはお友達の伊集院さんからで、おなじくお友達のさくらちゃんと花火大会に行くことになったから浴衣を着つけてくれないか、というものだった。
ダリアちゃんに話すとOKをもらえたので、当日に伊集院さんの予約も取っておいた。んだけど……
伊集院さんはお昼過ぎに来た。前に来てもらったときと同じように、奥の休憩室に通して、ボクは一度給湯室に引っ込んで、お茶とお菓子を用意する。
「それでわたくしを頼るとは! さすがは伊集院さん! よく分かっていますわねっ!」
ちょうどお茶を入れているとき、ダリアちゃんのハイテンションな声が聞こえてきたので、ボクは危うくお茶を零しそうになった。というか、勢い余ってちょっと多く入れちゃった。……大丈夫かな? 均一にできてるかな? 入れなおそうか……いや、遅くなるとダリアちゃんに怒られるし、仕方ない。多めに入れちゃったのはボクが飲もう。お茶を入れ終えると、ボクは休憩室に戻った。
「よかったね、伊集院さん。さくらちゃんと夏祭りに行けて」
「う、ん……。いいかどうかは分かんないけど……ありがとう」
伊集院さんは、ちょっと照れ臭そうに言ってお茶を飲んで、
「葵ちゃんは行かないの?
と、そんなことを訊いてきた。
お祭りかあ。本当は行きたいんだけど。いいなあ、伊集院さん。正直、うらやましいや……
「うん。ボクたちは……」
「行くわけないでしょう!? わたくしたちにはこのお店がありますもの!」
ダリアちゃんがボクの言葉をかき消して、伊集院さんがちょっと引いていた。
やっぱり、この人はダリアちゃんが苦手なんだ。だから一度ボクを通して頼みごとをしたんだろうし。それでもするってことは……
「伊集院さん、さくらちゃんの為にオシャレしたいんだね」
なんだか微笑ましくなってそう言ったら、伊集院さんが咽てしまった。ダリアちゃんみたい、って一瞬思ったけど、
「ご、ごめんね伊集院さん! ビックリさせるつもりはなかったの! ほ、ほら、ゆっくり息して? 落ち着いたらお茶をゆっくり飲んでね?」
背中をさすって、落ち着いたらお茶を飲んでもらう。大丈夫かな? と思っていると……
「……べつに、さくらの為ってわけじゃないの」
伊集院さんが言った。まるで子供が言い訳をするみたいに。
「ただ、その……せっかくのお祭りだし、誘ってくれたのにガッカリさせるのも……なんか、アレっていうか……ソレだから。ナニなだけ」
「意味が分かりませんわ」
ダリアちゃんが言った。自分が素直というか、ストレートな物言いばかりするためか、彼女は持って回った、回りくどい言葉が苦手なのだ。
多分、伊集院さんは照れてるんだろう。だって、顔赤くなってるし。ここはフォローを入れておこう。
「さくらちゃんは浴衣着てくるだろうから、伊集院さんはそれに合わせたいんだよ」
「なんだ、そういうことですの」
ダリアちゃんは言葉の通り、納得したみたいに言った。そのあとで、
「ご心配には及びませんわ伊集院さんっ!」
いつものように、自信満々、余裕綽々の態度。
「このわたくしが、あなたに似合う浴衣を着つけて差し上げますっ! 万事お任せなさい! あなたは笹船に乗ったつもりでいればいいのですわ! おーっほっほっほっほっほっほっほっほっほっほっ!!」
「大船、だよ。ダリアちゃん」
圧がすごい。屋内なのに風が吹いてるみたいだ。
思うに、こういうところのせいで、伊集院さんはダリアちゃんに苦手意識を持つんだろうけど……
それが解決するのは、まだまだ先になりそうだ。
伊集院さんが帰ったあとのこと。
「さあ、午後もお仕事を頑張りますわよっ!」
従業員の人たちがお昼休憩から帰ってくるなか、ダリアちゃんが楽しそうに言う。でも……
「うん。そうだね」
ボクはあまり元気にはなれなかった。
「葵? どうかしましたの?」
ダリアちゃんは何でもないことみたいに訊いてくる。言おうかなと思ったけど、止めておいた。言っても仕方ないし、ダリアちゃんは一度言い出したら聞かないし。
「なんでもない」
だから、そんなふうに答えて、この話は終わりにしたつもりだったんだけど……
「なんですの? 言いたいことがあるならハッキリなさい」
でも、ダリアちゃんはボクの目を見て話を続けてくる。だから、ボクは思わず目をそらしてしまった。
「葵」
すると、ダリアちゃんはボクの顎を掴むと、無理やりに自分の方を向かせる。
「言いなさい。わたくしの目を見て。それとも、わたくしには言えないことかしら?」
青い二つの目が、ボクを捉えて決して離さない。吸い込まれそうになりながら、ボクはまるでなにかに操られるように口を開く。……いや、開かされる。
「うらやましいなって思って。伊集院さんと、さくらちゃんが」
ダリアちゃんはなにも言わなかった。無言で、続きを促してくる。だからボクは続けて言わされる。
「ボクも、ちょっとだけ、行きたいなって思ってるから。花火大会に」
すると、ダリアちゃんは今度は拍子抜けした表情になった。
「なんだ、そんなことですの」
「そんなことって……」
そう言われて、さすがにちょっとムカッとした。
「ダリアちゃんは行きたいと思わないの? それに……」
昔一緒に行ったことも、忘れちゃったの? と言いそうになったので、慌てて言葉を飲み込んだ。こんなことを言っても、困らせるだけじゃないか。
「以前一緒に行ったことなら、ちゃんと覚えてますわよ。それに、その時にした約束も」
あまりにもあっさり言われたので、ボクは言葉を失った。きっと、キョトンとした表情をしてるに違いない。
「あら? 行きましたわよね? それに約束も」
「う、うん。たしかにしたけど……覚えててくれたの?」
「当然でしょう? 葵との約束を、わたくしが忘れるはずがありませんわ」
「そ、そう……そうなんだ……」
そこまで堂々と言われると、さすがに……どっ、どうしよう? どんな顔してダリアちゃんを見れば……
「葵」
声に引き寄せられるようにして、ボクの目はふたたびダリアちゃんを見た。
「安心なさい。約束は守りますわ。花火大会には行けませんけれど……花火は見ましょう。また、二人で」
普段とは違う、物静かな口調。けど、そこには有無を言わさぬ強さがあった。
だからボクは、「うん」と答える以外にできなくて……
でも、花火大会にはいかないのに花火は見る?
いったい、どうするつもりなんだろう……
――花火大会当日。
浴衣の着付けが多いため、何人かの従業員は着物じゃなく浴衣を着て接客をしてる。これはダリアちゃんの案で、ボクとダリアちゃんも浴衣を着ていた。
午前中はいつも通りだったけど、午後になってから、徐々に浴衣を着つける予約客が増えてきた。そして――
「あの……こんにちは……」
三時十分前。伊集院さんが、ちょっと控えめなあいさつと共に店にやって来た。
「ごきげんよう伊集院さん! あら、十分前行動とは律義な方ですわね! 良いことです!」
思わぬところで好感触。伊集院さんもちょっと驚いていた。
「ありがとう……」
いつもみたいにちょっと引きつつ、それでいて居心地も悪そうなのは、店内の様子のせいだ。今お店は、浴衣を着つけるお客さんでちょっと混んでいるから。
「なんか、忙しそうだね」
「ええ。おかげ様で、千変万化ですわ」
「千客万来、だよ。ダリアちゃん」
お客さんに配慮してか、ダリアちゃんはちょっとトーンを抑えて言う。だからボクも、いつもより控えめな声で訂正した。
「あのさ、忙しいなら無理しないでね? お仕事に支障が出てもアレだし……」
「いいえ!」
ダリアちゃんは、伊集院さんの言葉を遮るというか、いつも通り掻き消すみたいな感じで言った。
「気を遣っていただかなくて結構! こんなもの問題のうちにも入りません! それとも伊集院さん、あなた、わたくしの腕が信用できなくて!?」
ダリアちゃんはなぜか怒っていた。そんな風に言ったら……あーあ、やっぱり伊集院さん、ちょっと引いてる。仕方ない。
「ダリアちゃん、来てもらって早々だけど、始めようよ。伊集院さんが遅刻しちゃったら大変」
「そうですわね」
なにも本気で怒っていたわけじゃない。ダリアちゃんはあっさりと言う。
「伊集院さん、こちらへ来て下さる? 早速始めますわよ!」
試着室に移動して、浴衣を着つける。もっとも、やるのはダリアちゃんだ。まだボクは練習中だから。
伊集院さんが着るのは、白い生地にハルシャギクという花が刺繍された浴衣だ。
「本当は牡丹柄が一番人気なんですけれど、だからといってそれを選ぶのでは面白みがありません!」
なんて言うので、されるがままだった伊集院さんはちょっと心配そうな顔になる。
「いや、普通に一番人気のでいいんだけど……」
「いいえ! あなたの浴衣はわたくしが選んであります! あなたも仰ったでしょう? わたくしに任せると!」
伊集院さん、ちょっと不安そうだな。まあ分かるけど。仕方ない、またフォローしとこう。
「大丈夫だよ。べつに変な浴衣じゃないから。ダリアちゃんはね、伊集院さんと、それからさくらちゃんのために選んだんだよ」
「葵! 余計なことは言わなくて結構ですわ!」
そんなこと言われても。ここはちゃんと言っとかないと。だってダリアちゃんのイメージに関わる。
伊集院さんが着るのは、白い生地にハルシャギクという花が刺繍された浴衣だ。
開花時期が夏ということ、それに見た目も黄色と赤褐色の鮮やかな花。白い生地がそれをより引き立てている。
浴衣の後はお化粧だ。ダリアちゃんが浴衣に合ったお化粧をしてあげて……
そして最後に、髪型をセットする。トップからサイドにかけて編み込んだ、ねじり編みというスタイルだ。これはボクの仕事だ。
失敗しないよう丁寧に、でも素早くセットする。ボクの唯一の仕事だったけど問題なくできた。毎日ダリアちゃんの髪をセットしてる賜物かなあ。
「さあ、いかがです?」
姿見のまえに立った伊集院さんは、でも何も言わなかった。ただ黙って、自分を見つめている。頬にちょっと手を触れて、それから言う。
「うん。……なんか、すごい……私じゃないみたい」
「いいえ! 正真正銘、あなたですわ!」
ダリアちゃんは元気よく言った。
「よくお似合いですわよ! やはりわたくしの目に狂いはありません!」
「そう、かな……」
「うん。よく似合ってるよ」
ボクも続けると、伊集院さんはちょっと黙った後で「ありがとう」と答えた。
その顔は、たしかに満足げに見えた――
「お代? いいえ、今日のところは結構です」
伊集院さんがお会計の話をすると、ダリアちゃんは迷いなくそう答えた。
「そんなわけにいかないよ。こんなにしっかりやってもらったんだから」
「いいえ。わたくしは友人の頼みを聞いただけ。最初からあなたからお金を貰うつもりはありませんわ」
「でも……」
「じゃあ、こういうのはどうかな?」
どっちも引き下がる気配がないので、ボクは折衷案を出すことにした。
「今度ボクたちが困ったときは、伊集院さんが力を貸してくれない? 今日のお礼にって、ボクが言うのも変な話かもしれないけど……」
すると少し迷った後で、伊集院さんは「分かった」と言ってお財布をしまった。
ダリアちゃんは見た目通りだけど、伊集院さんも結構頑固なとこがあるんだなあ。
彼女は改めてボクたちにお礼を言って、彼女は花火大会へ行くために店を出て行った。
ボクは、ちょっとうらやましさを覚えながら、その背中を見送った。
予約客の着付けをすませている間に、あっという間に閉店の時間となった。
そして、お店を閉めて、売り上げの集計をして、掃除をする。そんなことをしてる間に、外から、あの音が聞こえてきた。昔、ダリアちゃんと一緒に聞いた、あの夏の音――
やがて、終わると従業員の人たちも帰って……
「さあ、行きますわよ葵!」
静まり返った店内に、ダリアちゃんの言葉が木霊するけど……
「えっ? どこに?」
あまりに脈絡のない言葉に、ボクはそう答えるしかなかった。
普段はお店が終わったら私服に着替えるんだけど、今日はダリアちゃんが「着替えずそのままでいなさい!」と言っていたので、ボクたちはまだ浴衣を着たままだ。
「どこにって……本当に分かりませんの?」
なぜかダリアちゃんにキョトンとされた。え? それ、ボクがすべき反応じゃない?
でも、ダリアちゃんは態度をちっとも変えることなく続けてくる。
「決まっていますわ! 花火を見にです! ほら、行きますわよ!」
外に出ると、当然だけどもう真っ暗だった。
日が暮れてるのにちょっと暑い。やっぱり、夏だなあ。でも、ときどきふいてくる風はちょっと心地いい。二階にいるだけでも、ちょっとは違うものなのかな。
そう、二階。行きますわよ! なんて言っておいて、ボクが連れてこられたのはお店の二階だった。正確には、ベランダ。
どうしてここに? と訊こうとしたその時、
ボクの耳に、あの音が聞こえてきた。あの、夏の音……
夜空を見上げると、そこには――
「わあ……」
鮮やかに咲いた大輪の花は、でもすぐに散ってしまう。そんなもの、最初からなかったみたいに。
催眠術にかければ前世の記憶まで辿ることができるそうだけど、ボクにはただ目を閉じるだけで、思い浮かぶものがある。
いまも耳の奥で木霊する、あの夏の音が――
「十年前の夏でしたわね」
「え?」
ダリアちゃんの言葉は、ちょっと独り言のようにも聞こえた。だからボクはどう答えていいものか分からなくて、なにも言えなかった。でも、ダリアちゃんとしても返答を求めての言葉じゃないみたいで、すぐに続ける。
「あなたがわたくしのお屋敷に来て初めての夏……あの日も花火大会に行って、花火を見ましたでしょう? そして、約束も」
「うん。でも……」
ボクが見た花火は、たった一つだけ。打ち上げ花火は、もう終わっちゃったみたいだ。
「ごめんなさい」
「えっ?」
聞き間違いかな? いまダリアちゃん、謝った……?
「あなたとの約束を軽く考えているわけではありませんわ。ただ、いまのわたくしはには、お店も大切なものの一つですから」
「分かってるよ」
しおらしいダリアちゃんがおかしくて、ボクはちょっと笑ってしまった。こんなダリアちゃん、見るのは本当に久しぶりだから。
「気にしないで。いちおう見れたし……まあ、仕方ないよ」
「いいえ!」
あ、急に元気になった。
「あれでは見たとは言いません! それに、言いましたでしょう? 約束は守ると! ちょっと待っていなさい!」
ダリアちゃんは一度部屋に戻ったかと思うと、すぐに帰ってくる。そしてその手にはビニール袋が握られていて……
「さあ、花火を致しますわよっ!」
袋から取り出したのは、花火セットだった。デパートで売っているようなものだ。
「もっとも、ここはお店のベランダですから、線香花火くらいしかできませんけれど……」
本当に珍しく、ダリアちゃんは言い訳するみたいに付け足した。それがおかしくて、ボクは声に出して笑ってしまった。
「なっ、なにがおかしいんですの!?」
「ご、ごめんごめん。バカにしてるわけじゃないの。ちょっとビックリしちゃって……」
息を整えて、ダリアちゃんを見る。いつも彼女がしてくるみたいに、真っ直ぐと。
「ありがとうダリアちゃん。じゃあ、やろっか。花火」
すると、とたんにダリアちゃんはいつもの調子を取り戻して、
「ええっ!」
と答えるのだった。
催眠術にかければ前世の記憶まで辿ることができるそうだけど、ボクにはただ目を閉じるだけで、思い浮かぶものがある。
いまも耳の奥で木霊する、あの夏の音が――
パチ……パチ……
でも、いま耳に聞こえてくるのは、あの時と同じ音とは違う。ちいさく、細い、線香花火の音。けど……
ボクは、試しに目を閉じてみる。すると――
うん、思った通り、ボクの瞼の裏には十年前の光景が蘇って、耳の奥にはあの夏の音が、木霊する。
ボクは目を開いて、ダリアちゃんを見る。
金色の髪、雪のように白い肌、青い瞳……そのすべてはちいさな火に照らされて、宝石みたいにキラキラと輝いて見える。
――キレイだな。
「葵?」
「っ! なに?」
「わたくしのセリフです。なんですの? 人の顔をジロジロと」
ダリアちゃんが怪訝そうにボクを見ている。ボクは、なぜかすこし慌ててしまって、冷静を装って言う。
「うぅん、なんでもないよ。花火やったの久しぶりだったから、つい」
「そうですわね。こういう花火は、わたくしは数えるほどしか経験がありませんわ」
そう言って、ダリアちゃんはまた線香花火に目を落とす。
あぶないあぶない。見とれてたみたい。……いや、あぶないってなんだ? 毎日キスしてるし、今さらじゃないか……。
でも、今日はお店ではキスしてないな……。なんだか、ちょっと、ほんのちょっとだけ、物足りないような気が……
線香花火の火が落ちた。まるで、ボクの思考を止めるみたいに。ダリアちゃんの線香花火も消えて、花火はあっという間に終わってしまった。
「……終わっちゃったね」
「そうね」
そんな会話にかぶせるみたいにして、
――どんっ。
遠くで、爆発音みたいなものが聞こえた。
なにかと思って顔を上げると……
――どん。どどんっ。
夜空に、また大輪の花が咲いていた。
もう終わったと思ってたけど、どうやらさっきまでのはインターバルだったみたい。
催眠術にかければ前世の記憶まで辿ることができるそうだけど、ボクにはただ目を閉じるだけで、思い浮かぶものがある。
目を閉じる。すると耳の奥で、あの夏の音が木霊する。
十年前と今の音が、静かに重なって、それは満開の花となった。
夏の音は、まだ終わってなかったんだ。
「キレイだな」
ボクはさっき言えなかった言葉を、音に乗せて言った。
「葵」
名前を呼ばれた、その直後、
「んっ!?」
唇を塞がれた。
「むぅ……ダリアちゃ……っ!?」
ちょっと待ってって言おうとしたけど、そんな余裕はなかった。
突然のことで驚いたけど……そっちがその気なら……
「……っ!!」
ダリアちゃんはほんのちょっと体を強張らせてたけど、驚いた様子はない。まるで予想してた……それか……期待してた? いや、それはないか。
試しに舌を入れてみる。それでも……
抵抗、しないな……
なんだか不思議な気持ちだ。もう何度も、何十回としてる行為のはずなのに。これは、初めて感じる味だ。
……そう、熱い。どこまでも熱い、夏の味……
遠くで、また音が聞こえる。
その夏の音は、ボクの体の奥深くまで波紋を広げながら浸透していって、過去に聞いた音と重なった。
花火が上がっているのか、もう終わったのか、ボクにはもう分からなかった。
だってボクの耳の奥では、いつまでも夏音が響いていたから――
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