服屋の楽しみ

彼女からメールがきた。


生真面目極まりない、丁寧で事務的な文章に

「いーよぉ。今日は定休日だけど伝票整理してるから、いつでもおいで〜」

と、あえてフレンドリー?な返信をしてやる。


時計は5時過ぎを指している。

多分、彼女がくるのは2時間後ぐらいになる。

伝票はもう少しで片付け終わる。


どうしてくれようか?


いろんな妄想をしながら、手元の仕事をやっつけにかかる。



彼女が来たのは、予想通りに2時間ほど後のことだった。

そのころには厄介仕事も終わり、コーヒーなんぞ淹れながら、まだ陳列していなかった入荷したばかりの服を何点かぶら下げたラックを作って、いわば特設会場なんかまで作り終えていた。


おろしたシャッターを何度かノックする音が聞こえたのを合図に、従業員出口から顔を出して招き入れる。


この彼女は非常に恥ずかしがりならしく、まともに会話を交わしたことがない。

ただ、メールだと饒舌だ。

だから、言葉は一方的にこちらからかけてやっている。

言葉としての返事は少なくても、しぐさで意思表示をしてくるから、それはそれでコミュニケーションとしては成り立っている。


「とりあえず、そのラック見てみて。気に入ったのがあれば試着してくれていいし、他のがよかったら好きにお店の中見てみて」


無言でうなづいた彼女はラックから物色を始める。

じっと見ていると恥ずかしがって選ぶのをやめて帰ろうとするから、こちらも仕事の続きをするふりをしてパソコンに視線を落とす。



――――――――――


とにかく恥ずかしがりやな彼女と出会ったのは、一年ほど前のことだ。

その日はたまたま棚卸を予定していた日で、いつもより一時間ほど早く閉店準備を始めていた。そもそも平日の客の入りはあまり良くない。

店に残った客が一人だったのをいいことに、外に出していたラックを店内に引っ込めようとしていたときだった。


「ぁ。。。」


ほんとうに微かに聞こえてきたか細い女性の声にかろうじて気がつき、振り返る。

清楚系のふんわりとしたワンピースに身を包んだ、黒髪ストレートの女性が残念そうな横顔を残して踵を返した姿が見えた。


急に店員根性が前に出た。

「あ。すみません。お客様」

そんな言葉を発しながら女性を追いかけた。

驚いた顔でこちらを振り返った女性はおどおどとして周囲を見ている。

うんうん、あなたです。あなた。

僕がロックオンしてるの、あなたですよ。


「あの。僕の勘違いじゃなかったら、お店に来ようとしていてくれたんだと思うんですが。あいにく今日は棚卸の日で閉店はやめてしまってるんです。すみません。」

そういいながら名刺を取り出し、ついでに裏にボールペンで走り書きをする。


女性はひたすら恥ずかしそうにうつむいている。


「僕、あの店の店長なんですけれど、お詫びと言っちゃなんですがこちらの名刺、お持ちください。次回いらっしゃるときにはお客様だけに特別価格で提供させていただきますので」


添え書きを終えた名刺を差し出すと、しばらく考えた末にそれを細い指先で受け取ってくれた。


「このアドレスは店のものなのでご心配なく。いらっしゃる日と時間がわかれば、閉店後でも対応いたしますよ」

「え?…ほんとうですか?」

…ん?反応するの、そこ?


「あぁ。えぇ。事前に教えていただけましたら、とりあえず一度だけ、特別対応いたしますので」

一度だけ。と区切りをつけたのは、まだ女性が何者かわからなかったからなのだが…



そんなやりとりがあって、数日後にメールがきて。

実は極度の緊張症で、他人がいるところで落ち着いて服を選べないから、一度でいいので他のお客さんがいないときに服を見させてもらえないか。…という、至極率直な希望を伝えてきた。

これも縁だと思い、そういうことなら、この日のこの時間なら対応できるから一度来てみませんか?もちろん、気に入ったものがなければ何も買わずに帰ってもらってもかまわないから。と書き添えてメールを返信した。


で。当日きたのが彼女と、

そのお兄さんと名乗る全身黒ずくめの寡黙男子だった。


なんかしたらブチ殺されるんじゃないかというほどの殺気だった目つきで、夜なのにサングラス越しにこちらをにらみつけてくるもんだから、生きた心地がしなかった。


が。

女性が試着しながら意見を求めるように兄をみると、その視線は瞬時にやわらぎ、

「いいんじゃないか?」と、短く答える。


次の服を試着するために、女性がカーテンの向こうに姿を消したところで、その寡黙兄が声をかけてきた。


「妹が好きそうな服が多いが、わざわざそろえてくれたのか?」と。

店に誘ったいきさつは女性から聞いていたらしい。

「それもありますが、もともと、ウチの店のラインがそう言う系統なんですよ。ただ、関連ブランドでもうちょっと違う雰囲気の服も取り寄せられますよ」

「うん。そうか」

見てみます?と、パソコンのディスプレイをそちらにむけてやる。

実は、彼女には別の系統の服を着せても似合うんじゃないかと、ちょうどいろいろとみていたところだった。


「…うん。確かに悪くない」

ちょうど秋物が出始めの時期だったこともあり、ふんわり系のセーターやアウターを勧めてみたいと思っていたところだった。


「お兄さんがその雰囲気だったら、このぐらい甘めな服でも対比が出てかわいらしいと思うんですよね。まぁ、今のラインでも十分ですけれども」

黒ずくめでありながら、実はしっかりちゃんとデザインを選んでいるあたり、こだわりを持っているとみて言ってみたのだが


「妹はもっと年相応にかわいらしい服を着ていいと思っている。今のは少々大人の雰囲気がし過ぎる気がする」

えらく真面目な返答が返ってきた。


「え…あ。まぁ。…あぁ。彼女の好みもありますからねぇ。でも、そうですね。急に甘々系統をおすすめしてもちょっと抵抗感があるかもしれないので、…今お持ちの服に合わせてもよさそうなアイテムから徐々に、甘めのテイストを足してあげるのはどうですかねぇ?」

「これがいいと思うんだが」

寡黙お兄さんが指さしたのは、流行りのボアジャケット。

モデルの女の子はもこもことした袖に指先を隠しながら口元に手を当てている。

いわゆる「あざとかわいい」ってやつだ。


あぁ。…お兄さん。こーゆーのきらいじゃないのね。

うん。わかった。


「今日はまだちょっと時期的に早いんで、もうしばらくしたらこれ、ウチでも入荷しますよ。その時に試着してもらうってのはどうですかね?」

こくこくとうなづくお兄さんの後ろで、シャッとカーテンが開き、

マーメイドスカートにカーディガンを合わせた、女子全開コーデの妹が出現すると、またしてもサングラスの向こうの視線が和らいだのがわかった。



――――――――――


あんときの対応で、一応信用してもらえたんだよなぁ。

そんなことを思い出していると、ラックと店内からいくつか服を集めてきた女性が、指先で試着室を指し示す。

「あぁ。いいやつ選んできましたね。どうぞどうぞ」

こちらもさらりと対応する。

もう何度目かの時間外来店なので、お互いの距離間の取り方がわかるようになってきた。


ふと、店のメールボックスに受信があった。

開いてみると「妹が邪魔をしていると思うのだが」という一文のみ。


うんうん。そうだよね。心配だよね。


「いらっしゃってますよ。お兄さんもどうぞ」

それだけ返す。

どうせすぐ来る。


トントン。


ほらね。



そして従業員口をあけて、黒ずくめに向かって手招きをするのだ。



うん。多分、

心配なのとシスコンなのと、混ざってるんだよね。これ。

まぁ、度が過ぎてる感じはないんだけどさ。

アレでしょ?男と密室で妹が二人きりってのが心配でたまんないんだよね?

うんうん。わかってるよ。

オレだってね、本当は誰か女の子の従業員、いてもらいたいんだけどさ。

うちの従業員、めっちゃ陽キャばっかだからさ。

なんかこう、あの子が安心して服選べるよーな人種の子たちじゃないんだよね。

そうするとだな。オレひとりってことになるわけでね。

あらぬ疑いを持たれるぐらいなら、こうやって同伴してくれるぐらいのほうがこっちも安心なんだよ。


「お兄さん、コーヒー飲みません?オレも飲むんで」

「あぁ。では、いただこうかな」

お兄さんだって若いんだよねぇ。少なくともオレよりはさ。

と思いながら、店の奥に入って紙コップにコーヒーを淹れてくる。


「インスタントなんで、それなりの味ですけど」

「いや。ありがとう」

そうこうしているうちに、最初の服を着た女性がカーテンから出てきた。


うん。やっぱり柔らかふんわり系ワンピだね。

その、ほんのちょっとピンクを含んだベージュ系を選ぶあたり、自分の良さがわかってる感じがしてホント感心する。


だって似合うんだよなぁ。


そう思いながら彼女の姿を眺めてから、お兄さんの方を見ると、無言でうなづいている。紙コップ片手に。


その顔を確認してから、彼女もうなづく。

それからこちらにちょっとアイコンタクトしてから、またカーテンの向こうに帰っていく。




そうして、本日も一点に限らず数点のアイテムをお買い上げいただく。

特別価格と銘打ってはいるものの、やはり一度に数点買ってもらえるというのはありがたいお客様なわけで。


「いつも悪いな」

「いえいえ。こちらこそいつもお買い上げいただきまして。…今日お買い上げの服、去年お買い上げいただいたコートとも合いますから、これからの季節にもいいですよ」

そう言い添えて、二人が返っていくのを見送った。



正直、眉目秀麗な男女カップルを愛でるのも嫌いじゃない。

いつかあっちのお兄さんの方をコーディネイトしたいのだが、レディース専門店の店長である以上はなかなかそう言う機会もないんだろうなぁ。


と思いつつ。

徐々にこちらが意図した服の好みに仕上がってきているあの子を見ると、やはり腕が鳴るというかなんというか。


あの客は大事にしたい。と思うのだった。





―――――――――


「え?銀。いつも決まった服屋さんで買ってるの?え?先輩と?先輩と一緒に行くの?え?どこ?どこのお店?どこどこどこ?いやだ。私も一緒に行きたい。私も先輩に服見てもらいたいっ!ねぇ。今度一緒に…って。ちょっと銀っ!こんな時だけ寡黙キャラ貫かないでっ!ちょっと!」


「ねーさん。おちつけよ。うっせぇ」

「…黙れ立原。ぶち抜くぞ」

「そんなとこだけとち狂わないでくださいよ…」


「銀が落ち着いて服を選べないから、連れてはいかないぞ」

「先輩っ…き、…聞いて…聞かれてたぁぁぁぁぁぁぁぁぁっぁぁぁ~」



「うっさいっす。ねーさん」








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