真実

 一方、冴神とタカヤと坂崎は、地下深く潜り、エレベーターが開くと同時になだれこむように外に出た。


「いらっしゃいませ…本日ご予約はされておりますか?」


タキシードの男が機械的に話す。


「ひとつ教えておこうか。ここにもうじき警官隊がくるぞ」


タキシードはふんと笑った。


「冷やかしか。随分な冷やかし客だな。ここがどこだかわかってるんだろ?」


タカヤは言った。


「まぁな。だから…」


タカヤはタキシードの懐にさっと入ると、鳩尾に拳を叩きつけた。


「ごふ!!」


タキシードは気を失う。


「さて行くか。ここで何が行われているか、見届ける必要がありそうだな」


冴神は倒れたタキシードを横目にさっさと歩いていく。


「カズシ…待っててくれよな」


タカヤと坂崎があとを追う。艶々した大理石調の壁や床。必要最低限であろう薄暗い照明。さぁて、鬼が出るか蛇が出るか…タカヤ達はセブンスヘブンへの重々しい扉を開いた。



 俺の視界は奪われたままだ。後ろからついてくるタキシードの靴の音だけが響く。背中をゆっくりと押すタキシードに招かれるまま歩く。

階段を一歩一歩歩いて上がる。まるで処刑台のようだ。

 ガラスケースのようなステージ。周りの音は一切聞こえてこない。空調が鳴く音が響くだけ……階段が終わった。俺の心臓がばくばくと高鳴る。

 背中に手のひらの感触がなくなった。そのすぐあと、俺の視界がかっと明るくなった。手にかけられた縄がほどかれ、自由になった。

――後ろには、タイチがいた。


「待たせたな。皆来てくれたぞ」


タイチは俺の手をとると、もときた階段を駆け降りる。足元には、気を失ったタキシードがのびている。ガラスケースの前に、見たことのある顔が数人いる。冴神さん、タカヤ、坂崎さん……VIP達は、あたふたとしている。


「もう逃げられないぞお前ら!この光景は、全日本に放映されている!」


VIP達に紛れたカメラマンが、持っていたCCDカメラを掲げた。俺は今のこの光景が、渋谷のスクランブル交差点に大写しにされていることをイメージした。


「ここにもうすぐ警官隊が到着するだろう。責任者出てこい!」


VIP達は大きな声で怒鳴る。どうしてくれる!私を誰だと思っているんだ!ただで済むと思うな!

…虫酸が走る。

 俺は混乱している店内に入る。すると彼はゆっくりと靴を鳴らしながら、奥のほうから入ってきた。VIP達は彼に向かって罵声を浴びせる。彼は涼しげな顔をして言った。


「…うるさい」

「うるさいとは何だ貴様!金を返してもらうぞ!」

「黙れって言ってるんだ!この虫ケラどもが!」


俺は、小さな声で訊いた。


「…あんたが…黒幕だったのか」

「あぁ、ここではベルゼブブで通ってる。嫉妬の象徴である…蠅の王だ」


タカヤがわなわなと震える声で言った。


「どうして…」


目の前にいる、セブンスヘブンの責任者、ベルゼブブは、見たことのある人だった。


「おい!これはどういうことなんだ!なんだこの施設は!?」


セブンスヘブンに入ってきた人物がもう一人…

先代の総理大臣、黒坂猪四郎…老いても、まだその威光は衰えないようだ。


「どうって…見たとおりですよ」


俺はベルゼブブに訊いた。


「どうして、こんなことを…教えてくれよ…なぁ……鵜沼さん」


――そう、このセブンスヘブンの黒幕は、鵜沼さんだったんだ…


「どうしてだって…ふふっ、意味を知ってどうするんだ?」


鵜沼はくるりと振り返ると、鬼のような表情で怒鳴った。


「金の亡者から、金をむしり取って何が悪い?これは復讐だ…」


黒坂はわなわなと震える声で言った。


「復讐だと?」

「惚けるなくそ爺が!お前が見捨てた俺の母親の復讐に決まってるじゃないか!」


黒坂はわなわなと震えながら言う。


「なぜ…それならわしを、殺せばよかったじゃないか!」


鵜沼はくすくすと笑った


「そんな生ぬるいマネはしないさ。いいかい父さんよ。あんたもそうだし、ここに群がる糞みたいな連中も、皆から全てを奪い取って…全てを失った奴等を片っ端から叩き潰すのが目的だよ」


俺は鵜沼の変貌した表情に、言葉も出なかった。


「いいか、ただ殺すだけじゃ、俺の気持ちは晴れない。徹底的に地獄の底の底を…俺が見た地獄よりも、もっと真っ黒で、悶え狂うような地獄を見せてやるんだよ」

「何があったんだ?」


坂崎さんは鵜沼に訊いた。


「俺の母親は、かつてこの黒坂猪四郎の妻だったんだ。俺はその間に産まれた子供。しかし、俺が産まれて間もなく、こいつは母親と俺を捨てた。野心のためだ」


…鵜沼が…黒坂の息子?


「そっからは地獄さ。極貧の生活に、心臓の弱い母親は衰弱するばかり。こいつは手をさしのべることもしなきゃ、周りの連中も、金がなきゃ何もできないと、俺達を見捨てたんだよ」

「やがて…母親は死んだのか」

「あぁそうさ。俺はくそったれな連中から金をむしりとる手段と、何としてものしあがる為に死に物狂いで勉強した。そして年月が経って、この爺はあの理不尽な生徒仕分け法を立ち上げた」


すべてはそこから始まった。

――生徒仕分け法。


「俺は国家公務員になり、そうなるとあの爺に近づくことができる。俺はあの島に教官として派遣された」

「どうして…俺たちを逃がしてくれたんですか?」


俺は訊いた。


「俺には、あの馬鹿どもにへつらうような気持ちなんざなかった。要はどうでもよくなったんだ。まぁ当然、俺は教官を下ろされ、本土に戻された。そこで俺は…次の手に移ったわけだ」

「なんだそれは…」

「俺は黒坂に、自分が息子だと名乗り出た。戸惑った黒坂は、自分のスキャンダルが露見することを恐れ、俺を重要なポストに置いた。セブンスヘブン計画の、実行委員としてな」


黒坂は震えながら言った。


「お前は…」

「そう。まずはお前から金をむしりとることから始めた。そしていい頃合いを見ると、このセブンスヘブンの建設を開始した。出来上がった頃、俺は自分の存在を消すことにした。地下に引っ込み、VIPどもを相手にした、この悪趣味なセブンスヘブンのオーナーとしての新たなスタートを切るためにな」


俺ははっとした。


「だから…あんたはタイチに捕まったふりをしたんだな」

「ご名答。まぁこの爺は政権を退き、あのなんの力もない腰巾着の真中に政権を譲った。しかしこいつは、陰の支配者みたいなもんだ。真中なんざお飾りだ」

「どちらにしても、お前ら親子はバカな親子だよ」


警官隊を引き連れ、志波さんがセブンスヘブンのドアを蹴破った。


「警察だ。おとなしくしろ。このクラブは無許可だ。全員逮捕する。勿論お前もだぞ鵜沼!」


へっ、と馬鹿にしたような笑いを吐き出すと、鵜沼は回りをじろりと見渡した。


「ったくよ…とんだ人生だぜ。なぁじいさんよ」


俺は、口を開いた。


「一つだけ…教えてくれないか」


手錠をかけられた鵜沼は、こっちをちらりと見た。


「俺たちを…なぜ助けてくれたり、また引き合わせてくれたりしたんだ…なぜ?」


鵜沼はふんと鼻で笑った


「魔がさした…からかな?どうしてかわかんねぇや」


タカヤが俺の肩を叩いて、代弁するように言った。


「アンタがいなきゃ、俺たちはこうやって集まることはできなかった…それだけは、感謝してやる。あとは…俺たち人間を、なめんなって一言付け足してやるよ」


鵜沼はへっと笑うと、志波さんに引っ張られ、セブンスヘブンを出ていった。


「まったく…どいつもこいつも…無能な奴等が集まって…」

「あぁ?」


 しっちゃかめっちゃかになったセブンスヘブンの中で、黒坂はぼそりと呟いた。


「この国を…よくしようとした法案が、よもやあんなものに…」


タカヤは言う。


「あいつをあんな風にしたのは…誰だかわかってるのか?」

「ふざけるな。あいつはただ利益を得たいがためにここを造ったんだろう!わしには関係ない」


俺は、無意識のうちに目の前のこの爺をぶん殴っていた。床にたおれこむ黒坂。


「何をする!?」

「いいか、よく聞けくそ爺。俺たちは確かに出来損ないだ。だがな、アンタらみたいに人を仕分けるのが悪いことだってのはわかる。アンタみたいなインテリは、そんな道徳もわかんねぇのか?なら、幼稚園からやり直せ。一回死んでやり直せよ!」


俺は吐き捨てると、ぐちゃぐちゃのセブンスヘブンから出ていった。



 その後、高級会員制地下クラブ、セブンスヘブンの存在は公にされ、その会員をはじめ、鵜沼、従業員といった関係者は逮捕され、黒坂猪四郎は、それから間もなく心不全で他界した。

鵜沼も全面的に容疑を認め、逮捕から数日後、獄中で自殺した。そしてセブンスヘブンの会員が役員を務めていた大手企業は次々と倒れ、日本は、再び稀に見る大恐慌に見まわれた。

 そして真中政権も、責任問題を問われ失脚、当の真中も議員を辞めることを余儀なくされ、やがて行方をくらました。

…全ては、終わったんだ。



 俺は、桜の花がひらひら舞い散る中、聳える墓石に水をかけていた。――マサさんの墓。あの忌々しいセブンスヘブンの被害者だ。もう、何人もの人間を、骸にしてきたセブンスヘブン

……狂った法案が、狂った野獣を生み出し、やがて必要のない犠牲を次々と生み出した。

 俺はマサさんの墓に手を合わせると、小さく言った。


「マサさん…終わったよ」


隣には、タイチ、そして、タカヤとマイサが立っている。


「俺は…セブンスヘブンの被害者達に謝罪しなきゃいけない。だから、暫く旅に出ることにするよ」


タイチは真顔で言った。


「うっそだ、何年かかるの?」

「そんなのはわからない。ただ、そのくらいしかできないから。俺には…」


俺は笑ってタイチに言った。


「もし苦しくなったら、いつでも相談に乗るよ」


タカヤとマイサも笑って言った。


「有り難う。お前らが友達で、よかったよ。じゃあな。元気で」


タイチの筋肉だらけの背中は、強い意思でとても大きく見えた。


「あのタイチがねぇ…」


タカヤは言った。


「あいつは、やっぱり誰より強かったよ。だって、逃げなかったから」


マイサは頷いた。


「そうだったよね。そういえば…」


――一方、冴神さんは、告発文を本としてリリースし、その著書『狂った天国』は、爆発的なヒットを勝ち取った。今やもう、忙しさの極みだ。

 志波さんも、セブンスヘブンの摘発が大きく評価され、警視総監から感謝状が手渡された。セイジは、しがない劇団員として活躍している。坂崎さんも、タカヤのカウンセリングを引き続き行っているらしい。


「カズシ…」


タカヤが言った。


「お前…マイサのこと…」


俺はタカヤの口を塞いだ。


「お前しかいないよ。あいつを幸せにできるのは…だから、俺は…」


それ以上の言葉を俺は飲み込んだ。


「ちゃんと言えよ。マイサに」


タカヤは力強く頷いた。

 マサさんの墓からの帰り道、マイサが口を開いた。


「カズシ…有り難うね」

「何が?」


マイサはこっちを見てにっこりと笑った。


「あたし、タカヤと幸せになるからね!だから、見守っててね」


俺はくすりと笑った。


「離婚なんかしたら、承知しねぇからな!」


 ひらひら舞う桜は、アスファルトをピンクに染め上げている。俺は、街に戻る道をただひたすら歩いた。こんなド不況の世の中でも逞しく生きてやるんだ。セブンスヘブンの呪縛はもうない。またゼロからのスタートだ。

 春の暖かな光の中、吹く風は心地よく、暫く感じることのできなかった安らかな気持ちを呼び起こしてくれる。明日はきっと、いい日になりますようにと願いながら、長い道を三人は歩いていった。

――忘れていた、心からの笑顔で。


~FIN~

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SEVENTH HEAVEN 回転饅頭 @kaiten-buns

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