変わり者の英雄


 

「おいおい、何があったんだ、こりゃ」


 王都グンタネフから来たギルド調査隊は、オズレの古森で、噂の準A級モンスター、大怪蟲が討伐されたと報告を受けて確認に来ていた。

 

 現場は壮絶を極めた荒地となっていた。

 天を衝く巨人がクワで森を耕したとしか思えないほどの圧巻のカオスが広がっている。


 かき混ぜられた森跡には、黒い甲殻類の身体らしきものがあちこちに落ちていた。


「なんちゅーサイズだ……これ全部繋げたら100m超えるんじゃないか?」

「いや、あっちの千切れてる胴体だけで100はありそうだけどな」

「うへぇ、体液で湖ができてやがる!」


 調査隊は遥か地平線までまっすぐに伸びる破壊跡を見つける。いったいどんな兵器を使えば、あるいは大魔法を使えばこんな破壊跡になるというのだろうか。


「討伐者は匿名、クエストも受けずに、ただ大怪蟲をぶっ殺して姿を消してやがる」

「こんな規模の戦い、うやむやに出来るか。どこの英雄がやったか調べあげろ」


 ギルドでは国内に滞在している英雄級の者たち、そして、近郊の国から参戦した可能性がある実力者、地平線までつづく破壊跡などから、候補者のリストをつくりあげた。


 しかし、誰もが大怪蟲討伐には関わっていないという。


 徹底的な調査のすえに、ひとつの証言を獲得するにいたる。


 いわく、知恵遅れの英雄がいた、と。

 拳撃の一発を持って災害を黙らせた、と。


 もちろん、誰も信じなかった。

 

「どうして誰も信じてくれないの……あの人は、皆に認められ、羨望を集めるべき本当の英雄なのに!」


 少女は悔しさに涙を流した。

 彼女は時折り、オズレの古森の深部、大怪蟲の墓場を訪れる。そして、思い出す。英雄がいたことを。


 ある時、大怪蟲の墓場を訪れると、黒服の先客がいた。見たことのない風貌で、フォレスタの人間じゃないとすぐわかった。


 黒い髪に紅瞳。


「まるで神話の戦いだ」

「あの……あなたは?」

「俺? 俺はアーカム。君は?」

「ジナです、フォレスタに住んでます」

「おお、ジナか。それじゃ、君が大怪蟲討伐現場に居合わせたっていう少女なのかな」

「そ、そうですけど……どうせ、あなたも信じてくれないんですよね」

「いいや、信じる。俺は英雄たちを知っているからな」

「っ、でも、私の話はすごく変わり者の英雄の話で……それでも、信じてくれますか?」

「彼らはたいてい変わってる。変わってるからこそ素晴らしい。……だから、教えてくれるかな、その英雄の話を。もっと詳しく」


 ジナはかつてを思い出す様に、変わり者の英雄との出会いから、彼らが町を去った時の話をアーカムに伝えた。


 ──────────────────


 ──2ヶ月後


 北方獣人連邦、オオカミ族の集落


「やああああ!」


 オオカミ族の少女が全速力で村中央の広場を走っていく。風に耳を倒し、一房の尻尾を、ユラユラとなびかせながら全力疾走だ。


 彼女はオオカミ族の若者たちのなかでも、最も足が速い。しかし、そんな彼女を易々と追い抜いていく者がいる。隻腕をブンブン振って、とんでもない走力を披露するマーヴィだ。


「無理ぃい〜!」

「人間なのにあたしたちより速いなんて!」

「なんでマーヴィはそんなに速いのー?!」

「ずるいずるい! 人族なのに足も速くてずるいよー!」


 マーヴィは子供たちの羨望の眼差しを集めながら、鼻高々とする。


 すっかり、オオカミ族に馴染んでいた。

 

「マーヴィ、里長が呼んでるわ」

「今行くよ! アリス!」


 オオカミ族の子どもたちを、ぞろぞろ引き連れたアリスが「今すぐ行って!」と催促する。


 アリスもみんなに大人気だった。森の中ではまず見ない綺麗な金髪と、透き通った白肌、海のごとき深い蒼瞳は、誰もを魅了していた。


 マーヴィは子どもたちに服を引っ張られながらも、何とか抜け出して、村の長のもとへ向かった。


「里長! マーヴィ・マント来ました!」

「うむ。そこに座るのじゃ」


 里長の家に着くなり、彼は1通の手紙を里長から渡された。


 それは、オオカミ族のような森の中の獣人が持っているには不自然な、人間の文明圏で使われているような綺麗な紙の手紙だった。


 マーヴィは手紙をあらためるなり、目を見開いて、驚愕の顔をした。


「里長、これは!」

「人間の世界にはいられない、そうおぬしらは言ったが、今ならば戻れるかもしれん。森の世界は過酷じゃ。平地と文明のなかで生きることに慣れたお主らにはここは居心地が悪かろう」

「そうでもないですよ! 子どもたちはみんな良い子ですし!」

「じゃが、生活は合わないじゃろう」

「そうでもないですよ! 僕、自分の脚が森で獲物を捕まえるのに役立っていて、すっごく嬉しいです!」

「そ、そうか? でも、本当は無理してるんじゃ……」

「無理してないです!」

「ええい、無理してると言え!」

「……あの、里長は僕たちに出て行ってほしいですか?」

「そうは言っておらん。……こほん、ただ、マーヴィや、おぬしは強すぎる。その強さは、我ら獣人にはあまりにも眩しいのじゃ。頭では人間に勝てん我らじゃ。身体での強さくらいしか誇るものがないのに、おぬしときたら、オオカミ族の最強のわしのせがれを腕一本で投げて見せた。あれのせいでせがれの名声は、すべておぬしの物になってしもうた」

「どうりで、せがれさんが僕に意地悪してくるんですね!」

「仕方のないことなのじゃ。獣人すべてがそうだとは言わんが、自然界に掟にしたがって生きる我らにとって、強さは絶対、その意味はおぬしが推し量れるところにないのじゃ」

「うーん、難しいです!」

「それに、おぬしは村の誰よりも優駿な足すら持っておる」

「でも、僕はみんなより頭が悪いですよ!」

「そういう問題ではないのじゃ。これは良い機会だろう。向こうから呼び戻してくれたんじゃ。……1週間のうちに決めておくれ」

「なにをですか?」

「はぁ、マーヴィは皆まで言わないと分からん奴じゃったな。1週間のうちに、この村を出て行ってくれということじゃ。村の若いオオカミたちが暴れ出すのも時間の問題じゃからな」


 里長の忠告と願いを聞き届け、マーヴィは初めて自分がこの村の者たちに嫌われていると知った。


「アリス、僕たちこの村にいたら、みんなに迷惑かけちゃうみたいだよ!」

「え? でも、わたしたち結構仲良くできてると思うわよ?」

「エールデンフォートに行こう! そこで僕たちを待ってる人がいるよ!」

「ちょまっ! マーヴィ、全然話が見えないわ!」

 

 マーヴィはアリスに里長の話を伝えた。


「ぇぇ、やっぱり、せがれさんの決闘を受けて立ったのが間違いだったんじゃ……でも、そういう事なら、もうここに長居しない方が良さそうね」

「ごめんね、アリス!」

「ううん、仕方ないわよ。マーヴィは悪くないわ」

 

 3日後。


 2人はオオカミ族の子どもたちにお別れの骨をお土産に渡され、村を去ることになった。


 みんな良い子たちで、2ヶ月しかいっしょ居なかったのに「アリスといっしょに行く!」「私が勉強教えて上げる!」「弟子にしてください!」など各々、別れを惜しんでくれた。


 2人はそれだけで満足だった。

 いつか必ず帰ってくることを誓い、2人は再びの旅に出発した。


 彼らの旅は、ヨルプウィスト人間国の首都エールデンフォートを目指すものだった。


 マーヴィ宛の手紙の差出人はそこにいる。


 ヨルプウィスト人間国は大陸最大国家だ。

 女神のいない、完全なる人類の国だ。


 エールデンフォートへの道のりは長かったが、クラリスたちにのんびり揺られて2ヶ月ののちに、無事にたどり着くことができた。


 人類の都に到着してから1日とせず、手紙をくれた人物は、向こうから会いにきてくれた。


「今日は良い日だ」


 アリスとマーヴィが、小洒落たカフェで、素朴なケーキの甘味に舌鼓を打っていると、黒いコートを着た男が声をかけてきた。


 手紙には「都に来たらこちらから見つける」とあったので、予定通りと言うわけである。


 黒い髪、紅瞳。

 全身に満ち溢れる覇気。


 マーヴィは彼の名前は知らなかったが、彼が何者なのかを本で読んで知っていた。


 女神からの祝福を受け、そのチカラを我が物とした人間──すなわち覚醒者には伝説の秘密結社が会いにきてくれる……らしいことを。

 

「どちら様ですか? わたしたちにご用ですか?」


 アリスは男へ、鋭い眼差しを向ける。


 ここまでの旅で、マーヴィはバカに加え、隻腕という見える弱点まで出来てしまっていた。

 人の町に立ち寄っては、さんざん悪い奴らが近寄ってきて、嫌なトラブルが頻発した。話しかけてくる奴は、ろくなものじゃない。アリスの中で、そんな固定観念が形成されていた。


 黒いコートの男は、アリスをまじまじと見る。そして、満足げにうなずいた。


「ほう、君も良い戦士だ。正しい訓練を積めば、狩人になれるかもしれないな」


 そう言って、男はアリスから、マーヴィへ視線を移す。


「用があるのは彼のほうだ」

「あなたが狩人協会の人ですか!」

「おや、知ってるいるのか。そうだよ。筆頭狩人アーカム・アルドレア。先日、覚醒者である君の情報を聞きつけ、手紙を出させてもらった」

「手紙はアーカムさんがくれたんですね!」

「オズレの古森を見てきてからね。マーヴィくんが覚醒者だと判断したのさ」

「どうして、オオカミ族の村にいるってわかったんですか!」

「我々は人類の最先端の科学と魔術を持っているんだよ。あらゆる文明圏にエージェントがいる。我々は人探しが得意なのさ」

「すごいですね! カッコいい!」

「ありがとう」


 アーカムはそう言って、にこやかに微笑んだ。


「わざわざ、エールデンフォートまでご足労いただき大変に感謝しているよ。君たちの協力姿勢を見たかったからなんだ。悪く思わないでくれ。ここまで苦労かけたからにら、絶対に損はさせないと約束する」

「なんだかいきなり出てきて調子が良いわね。そんな事より、わたしたち色々聞きたいことがあるんだけれど」

「答えられる範囲で答えよう」


 アリスとマーヴィは、アーカムを交えた席で、さまざまな質疑応答を行った。


 まず、アーカムの正体。


「先ほども言ったように、狩人だ。とはいえ、森で弓矢を手に、鹿を狩るのが仕事じゃない。平凡人類が手を出してはいけないような怪物、それこそ大怪蟲など災害生物を専門にした冒険者だと思ってくれていい」


 狩人を統括する組織が、狩人協会というらしい。


 協会の目的は、人間という種の存続。

 秘密結社だとか。さまざまな組織がこの結社のために力を注ぎ、歴史の裏側で暗躍し、人は今日までやって来れたのだという。


 なんとも胡散臭い話だ。

 妄想家なのだろうか?


 アリスは警戒心を強めていく。


「大陸には女神や神と呼ばれる、神格たちが何柱か降臨しているが、彼らは各国家の土地に祝福をもたらすだけだ。そのチカラを本質的に人類のものと数える事はできない。だから、覚醒者が必要だ。君は女神から与えられた祝福を、自分のものに昇華させた。君の力を協会で研究させてほしい。人類の進化に役立たせるんだ」


 やはり胡散臭い。

 アリスはさらに怪訝な顔をする。


 アーカムはアリスがじーっと怪しんで、表情を暗くしていくのを見て、あはは、と親しげに笑みをつくってみせる。


「やっぱり信用できないわ。そんな怪しい話……だめです、マーヴィは貴方みたいな怪しい人に預けられません」

「僕はいいと思う! 人の役に立てるのはすっごく名誉な事だもん!」

「マーヴィ、ここは任せて。戦いじゃ守ってあげられないけど、悪い人からはわたしが守ってあげるから」


「はぁ、狩人協会は今すっごく困っているのになぁ。マーヴィくんみたいな覚醒者がいてくれれば、人類全体の水準を押し上げるヒントを得られるのになぁ」


「見て! アリス! 困ってる! 助けてあげないと!」

「こんなの演技に決まってるわ。騙す気満々にしか見えないし」

「大丈夫だよ! 狩人協会はすごい秘密結社なんだもん! 僕の大好きな『怪物学者シリーズ』の最後の悪役として出てきたもん!」

「悪役じゃないのよ! それにマーヴィ、秘密結社ならこんなペラペラ内情を話さないわ。彼はわたしたちを騙そうとしてるに決まってる」


「その指摘は間違いだと訂正しよう。すべての狩人には忘却魔術の心得があるんだ。もしここでアリス嬢とマーヴィくんに話を断られたら、君たちの記憶を消して痕跡を消せる。だから、こんなにペラペラ話してる」


「そんな都合の良いことできるわけ……」


 アーカムは杖を取り出して、マーヴィへ向けて「トリカボス」と唱えた。


「あれ! この人誰! ここはどこ?! 僕は誰?! ケーキ美味しい!」

「──嘘じゃないぞ? 彼はたった今、10時間前までの記憶を失った」

「っ!? 嘘でしょ!? まさか本当に記憶を?! なんてことするのよ!」

「トリカボス──。今、記憶を復元した。30秒以内なら確実に戻せる。安心したまへ」

「あっ! そうだ、アーカムさんだった! ケーキ美味しい!」


 アリスは全身から冷や汗が出る嫌な感覚を覚えた。


 記憶を消す?

 記憶を戻す?

 

 そんな魔術があったら大変なことだ。

 世界に真実がなくなるではないか。

 魔術の最高管理者たる魔術協会は何をしているのか? こんな危険な魔術を使う闇の魔術師が野放しになっているのに。


「さっきもいったはずだ。最先端の科学と魔術を持っていると。世には普及していない100年後の魔術を私たちは持っている」


 たしかに言ってたけど!


「ちょっと、考えさせて」

「ケーキ美味しいね!」


 狩人協会、敵にしたらマズイ。


 普通の人間が知らないような魔術や科学を独占して、都合の悪い人間の記憶を消す集団。


 できれば、関わりたくない。


「もちろん、相応の対価を払おう。グンタネフ王国の通貨換算で10億マニーでどうだろうか? ヨルプウィスト金貨だと、だいたい1000枚になる。これはとてつもない大金だぞ? 毎日そこそこ豪遊しても、一生安泰に暮らせる額だ」

「やります! ね! 僕やるよ、アリス!」

「だから、ダメだって、こんな怪しい話、もういいわ、行きましょ、ここにいちゃダメ!」

「待って、アリス! 僕はね、この時のために生きてきたと思うんだ! だから、行かせてよ!」


 強い意思を宿した瞳だった。

 アリスは眉根を寄せて、儚気に彼の瞳を見つめる。

 

 マトモではたどり着けない境地。

 他の誰も辿り着かなかった人類の新しい可能性、マーヴィはそれを手に入れた。


 彼は人のために役立ちたがっている。


「僕はバカだから、みんなに『能無し』って呼ばれてきたけど、これなら僕にもできる気がするんだ! 困ってる人を助けなきゃ!」

「マーヴィ……」


 結局、アリスが説得される形で、マーヴィは狩人たちに協力する事になった。


 アーカムの提示した10億マニーという協力報酬は、金銭管理ができるアリスに託された。


 2人はアーカムの計らいでエールデンフォートで家も与えられた。豪邸だった。広い庭もあって、プールもあって、協会が使用人ギルドから派遣させたメイドが3人もいて、家を綺麗に維持してくれるようだった。


 生活するための用品もすべて与えられた。


 さらに、アーカムはマーヴィ達には、クラリスとシュガーライクがいるからと言って、専用の牧場も立ててくれた。加えて、2頭が寂しくない様にと、美しい牝馬と牡馬を10頭ずつ、合計20頭も牧場に入厩させてくれた。


「他に欲しいものは何かあるかな? なんでも用意させよう」

「い、いい、いえいえいえいえ! も、もう結構ですから!」


 アリスは金の暴力でぶん殴られつづけ、すっかり怖気付いていた。


 いったい何が目的なの?!

 マーヴィが狩人協会に行っている間に、わたしのことを買収するつもり!?

 旦那が留守の妻を騙すみたいに?!


「そうだ、君は確か元貴族だったな。マーヴィのために身分を捨てたと聞いているよ」

「誰に?! どこからそんなこと調べたの?!」

「細かいことは気にするな。君にヨルプウィストでの爵位をあげよう。あるいは魔術王国のが良いか? 魔法王国のでも良いぞ。帝国でも構わない」

「い、いらないわ! 帰って!」


 アリスは必死になって、すべての誘いを断った。牧場と馬だけは先手を打たれて、用意されてしまったので仕方なく受け取っておく。


「無償で与えられることが、こんなに恐ろしいことだなんて……」


 アリスはアーカムにプレゼントされたA級の大業物の剣『閃光』を、そっと机に置いて、ため息をついた。


 こんな武器までポンっとくれる。

 それも10億マニーの協力報酬とは別に。


 あまりの思いきりのよさに、狩人協会という組織がどれだけ羽振りの良い組織なのか、力を持っている組織なのか思い知る事になった。


 とはいえ、アーカムの計らいは決して迷惑なものではなく、嬉しいものであった。


 これまでブラック指定されていたせいで、ギルドに登録できず、クエストをこなせず、貧しい思いをしていた。そのため、柔らかい布団と、温かな風呂には、涙が出るほど感動した。


 アリスは数ヶ月ぶりに、思いきり羽を伸ばすことができた。


 2週間ほどして、仲良くなってきたメイドたちと馬たちのお世話をしていると、前触れもなく、マーヴィが狩人協会から帰ってきた。


「検査結果は後日、郵便でお知らせする。結果次第では、また施設に来てもらう事になるかもしれない」


 マーヴィを家に送ってくれたのも、アーカムだった。忘れもしない恩着せがましい男だ。

 

「マーヴィ、おかえりなさい。無事? いったいあの男にどんな事されたの?」

「大丈夫だったよ! いろんな色の薬を飲んで、たくさん身体のこと調べてもらっただけ!」

「彼の体は人類全体にとって非常に重要な財産になると思っている。彼の力は必ず後世の人に怪物を打ち倒すチカラを与えてくれるだろう」


 アーカムはそう言って「では、俺はこれで」と、立ち去ろうとする。が、ふと立ち止まる。


「一つ伝え忘れてた、アリス嬢」

「?」

「ギルドにあなたのブラック指定を解除させておいた。これでまた新しく冒険者として活動できるはずだ。マーヴィくん、君もな」


「え?! 僕も冒険者に!?」

「また冒険者になれるなんて……どうして協会はそこまでしてくれるの?」

 

「協力報酬だ。個人的な感情はない。覚醒者は人類の品種改良において、それだけの価値があるということだ」


 なんとも物騒な物言いだが、彼は嘘をついているような気はしなかった。


「お金には困らないだろうが、今後の人生で、君たち2人の素晴らしいチカラを、ぜひ世の中のために役立ててほしい」


「わかりました! 僕、バカだけど世の中のために頑張ります!」

「バカなどと卑下する必要はない。君はまわりと変わってるだけだろう」


「それ同じ意味じゃ……」

 アリスは困惑した顔になる。


「同じじゃない。人がここまで進化してこれたのは、みんな変わり者のおかげだ。芸術、文学、音楽、科学、魔術、すべて変態がいたからここまで人は来た。言いたいことがわかるか? 君が周りと違うおかけで、明日の人は前へ進める。君が覚醒したおかげで、恐ろしい怪物に挑む戦士たちが強くなる。君が変わってるおかげで、明日の世界は素晴らしいんだよ、マーヴィ・マント」


 恩着せがましい狩人は、最後にそう言い残して去っていった。


 2人とアーカムの交流は生涯続くことになった。


 マーヴィは狩人協会所属の『白衣の英雄』と呼ばれる天才の手によって腕も治してもらえた。とはいえ施術には100万マニー掛かった。


「すごい! 流石は狩人協会ですね! アレックスさん!」

「協会が凄いのではなく、私がすごいんですよ」


 偏屈で頑固なドクター、天才アレックスの手によって、奇跡の復活を遂げたマーヴィ・マントは、その人生の大半を、配偶者アリス・マントとの冒険に費やした。


 マーヴィは人生の多くの場面で、ドクター・アレックスのお世話になったと伝えられている。財産の半分は欠損した体の治癒に当てられたとか。


 2人が経営するアリス&マーヴィ牧場は、エールデンフォート随一の牧場として栄えた。

 クラリスとシュガーライクは、英雄たちの最初の愛馬として、今日ではたくさんの馬に、この名馬たちと同じ名前がつけられている。


 覚醒した『能無し』の存在ほ、人に種としての限界を突破する可能性を示唆させた。

 人の身では勝てない、そんな諦観を根底から覆し、怪物たちが台頭する時代の人々に明日を生きる勇気を与えたのだ。


 彼のおかげで150年後の人類は、剣さえあれば黒い獣にも負けなくなるだろう。


 ──────

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 ─


 ある晴れた日のお昼頃。


 青空の下、牧場の真ん中で、数千人規模の参列者を迎えての、大葬式が行われていた。

 晴天のしたでは、生前、この英雄が最愛の妻へ贈ったとされるバラードが歌われ、皆はその小っ恥ずかしい歌詞に笑い声を漏らしてしまう。


 いつも笑っていて、前向きで、彼のまわりにはいつも明るい空気があった。

 そんな英雄にぴったりな弔いの歌だった。


 愉快にバラードが歌われる輪の外で、腕を組んで黒い馬に寄りかかる男がいる。

 アーカムだ。彼は相変わらず黒いロングコートに身を包み、彼の最後を見届けに来ていた。


「世界は変わり者の遺産で出来ている。ありがとう、マーヴィ・マント」


 彼の手に持つ古い本には『忘るまじ英雄譚』のタイトルが刻まれ、その一ページにはマーヴィ・マントの名が刻まれているのだった。










        〜Fin〜














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【完結】無能として追放されたポーター、基礎ステータス最強でした。辺境を飛び出して人生やり直します ファンタスティック小説家 @ytki0920

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