悪戯っ子と私

@Sasuke_notNINJA

【短編小説】悪戯っ子と私

期日の迫った仕事を残し私は今日も定時で上がった。上司からは白い目で見られ、常に協力的でない姿勢に同期からはすこぶる煙たがれた。


「稲川さんって、普段何やってるんですかね?」


「ああ見えて合コンとか行きまくってるとか?稲川さんみたいな人が来たら空気悪くなりそうだよね!」


私に聞こえるように同期達が会話を繰り広げる。私自身コミュ障と自負しており、職場でクロストークを繰り広げようなんて思ってもいない。帰宅後は残りの仕事に手をつけ、ご飯を食べてお風呂に入って携帯ゲームとSNSを行き来した末眠りにつく。恋人のいない私は、世間一般で奪い合う激動の幸せ戦線からとっくに脱落している。この仕事に就いて五年の間、生活リズムは何一つ変わらない。


しかし、今日は違った。家に着きリビングのソファーに腰を下ろした瞬間、全く感じたことのない温度がソファーから伝わった。それと同時に眠気が襲い懐かしい雰囲気の夢を見た。目を覚ますと、私は毛布に包まれていた。時計を見ると帰宅した時間からごく僅かしか経過していない。


「ねぇ。起きた?」


全く聞き馴染みの無い高い声が寝室からした。声がするほうへ近づくと、そこにはキノコ頭に半袖短パンの小さな男の子がいて私を見るや笑顔で見つめてきた。


「あんなところで寝たら風邪ひくよ!お姉ちゃん!」


色々と指摘したい箇所は沢山あるが、この状況下で三十路を手前にした私をお姉ちゃんと扱ってくれたことに喜びを感じる余裕はあった。それより彼が何者かを知らないといけない。私は幾つか質問をした。


「君はどこから来たの?」

「……覚えてない」


コミュ障の私は会話を続けることに苦を感じるが、人生においてこのタイミングで試練が来ると思わなかった。


「うーん……、なら君のお名前は?」

「名前?」

「そう、みんなから呼ばれてるあだ名とか?」

「あだ名?」

「私だったら苗字が稲川だから"いなちゃん"とか!」

「いながわ? いなちゃん?」

「……ゆっくりしていってね」


そして私は寝室をゆっくり出た。あんな綺麗な王蟲返しは漫才でいうボケでないと成り立たない。体力を奪われた私と裏腹に彼は私が部屋を出た瞬間大笑いしていた。


この状況を私はすぐに婆ちゃんに連絡した。両親が幼い頃に失踪してしまい大学を卒業するまで一緒に暮らした婆ちゃんは、私にとって唯一の家族のような存在だった。婆ちゃんに先程の一連の流れを説明すると彼は座敷童子だと言った。座敷童子の特徴として、観る者に幸運を訪れること、とにかく悪戯が好きなこと、大人には見えないことを教えてくれた。


帰宅後の一連のルーティンを終わらして、寝室へ向かうと座敷童子であろう彼は布団も被らずぐっすり寝ていた。彼が持ってきてくれたであろう毛布をかけてその日は眠りについた。


次の日、目が覚めると彼の姿は居なかった。やはり大人の私にはそう簡単に見えないものだと思い、リビングへ向かうと彼はソファーにどっしり座り私の大好物のプリンを食しながら教育系の番組を見ていた。現実に対する衝撃、プリンを食べられた怒り、起きた私を見つけて最高の笑顔を見せる彼。彼の圧勝だった。


仕事へ向かうと何故か彼も職場に付いて来た。私のデスクの周りを楽しそうに走り回っている。そして私の近くで案の定転んだ。


「大丈夫!?」


すると周りの上司や同期が私の方を一斉に向いた。


「大丈夫なのかは君のほうだよ稲川君。明日までの資料はまだ完成しないのかい? 頼むよ?」


上司がそう言うと、周りはクスクスと笑った。ゆっくりと仕事に戻りふと彼を見ると、少し瞳を潤わせて顔を赤くしていた。私はいつもより多く仕事を残してその日は会社を出た。


帰り道、私は彼に言った。


「もう仕事に付いて来なくていいからね。わかったでしょ? 楽しくない所だって」


すると彼はまた瞳を潤わせ、私に言った。


「僕、いなちゃんを幸せにする!」


まさか人生初プロポーズが座敷童子らしき男の子だなんて!いや、彼はまだ幼い男の子だからそんな訳ない。彼は続けて話した。


「僕は毎日いなちゃんと一緒にお仕事について行くからね! あっ、そうだ!」


彼はポケット紙切れを渡してきた。私が職場で使っているメモ帳の切れ端に文字が書いている。


「シン?」

「僕の名前! シンちゃんって呼んでね!」


そう言うと今まで見せてきた中で一番の笑顔を見せた。その日を境にシンちゃんとずいぶん仲良くなり家では会話が絶えなかった。一緒に携帯ゲームで盛り上がり、私が仕事に取り掛かると一人で嬉しそうに何かを企んでいる。そして仕事終わりの私に渾身の悪戯を仕掛けてくる。


一方の職場では、順調な働きっぷりを見せた。座敷童子が齎した幸運なのか、たまたま私の仕事内容が子どもに関わる仕事でシンちゃんのお陰で目線も変わり優秀社員に伸し上がった。煙たがってた上司や同期へ追い討ちをかけるように、偶然社長が現れ私をベタ褒めし表彰までされた。五年も揺るがなかった生活が彼との出会いで順風満帆な人生を掴んだ。


そして急変することなく一年が経った。役員会議が行われた翌日、私は上司に呼び出された。優秀な結果が形となり、役員へ昇格することが決まった。今までの努力が報われた喜びと疲れなのか、突然視界が歪み私は倒れた──。


気がつくと私は毛布に包まれながらソファーに横になっていた。すると寝室からシンちゃんの声が聞こえた。


「あ、起きた! 早くゲームしようよ!」


するとシンちゃんは私の携帯ゲームを開いた。私は夢でも観ていたと寝ぼけながら彼と携帯ゲームをした。特に何も変わらない夜を過ごした。


次の日、職場へ行くと私の声は何故か誰にも届かなかった。上司も同期も私の陰口すら叩かない。名簿からは名前も消えていた。その次の日も。声が届くのはシンちゃんだけだった。不思議に思い婆ちゃんに連絡するも、その日以来全く繋がらなかった。


それから私は、仕事も行かずシンちゃんと家で遊ぶ日々を過ごした。外はサイレンで騒がしい日が増えたこと以外は、特に問題はなかった。シンちゃんとの絆も深まった。心なしかシンちゃんの身長が伸びたように思えた。


ある日、シンちゃんは私に言った。


「いなちゃん! この人知ってる?」


そう言うとシンちゃんは、家から飛び出した。遅れて家を飛び出すと目の前には婆ちゃんがいた。


「──婆ちゃん!」


私は久々の再会に婆ちゃんに抱きついた。抱き心地がとても懐かしかった。婆ちゃんは私の頭をゆっくり撫でながら言った。


「この子はお友達?」

「うん! シンちゃんって言うの!」


「シンちゃん。いつもありがとうね」


婆ちゃんはシンちゃん言った。


「僕、いなちゃんを幸せにしたんだ!」


シンちゃんは笑顔で婆ちゃんに伝えた。その一言で私は瞬時にこの状況を把握し涙した。


「ほら、部屋に戻ってみんなでご飯にしようね。大好きなコーンスープ作ってあげるからね」


婆ちゃんは涙する私の手を握り部屋に入った。シンちゃんは今までで一番の笑顔を見せた。


──外はいつもよりサイレンが騒がしかった。

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