結婚の約束

藤原 博

 「あ・な・だ、ご・べ・ん・な・ざ・いー」

 私は、軽躁が初めて始まった1997年の年末に、アメリカのボストンのバークレー音楽院でギターを習いながら、寿司職人をしている元森に会いに行った。深夜食事をとりながらアメリカの興味深い話を教えてもらい、とても楽しい時間を過ごした。ただ、彼の部屋は、狭くまた寝具がないため私はユースホステルに宿泊した。


 そこで出会ったのが、台湾の台中出身のキャロルだった。彼女は手足が長くプロポーションが取れていた。私がユースのキッチンで地球の歩き方を読んでいる時に、向こうからアプローチがあった。彼女は、テキサス州アントニオの大学の通っておりボストンへ観光に来ていた。彼女は第二か国語で日本語をとっており、ある程度話せた。夜、イタリアン・レストランでスパゲッティーとピザを食べて、街の中心部にある広場のベンチでキスをしている時に正月を知らせるチャイムが鳴った。


 二日後、彼女はサンアントニオに帰ることになり私も彼女を追っていくことにした。ボストンからニューヨークまでアムトラック鉄道に乗り、駅からJFK国際空港まで、地下鉄とタクシーで移動した。地下鉄をおりて、タクシーに乗る際、向こうからイタリア系とおぼしき男が三人歩いてきて、韓国人かと聞く。


 いや、台湾人と日本人だと答えたのだが、韓国人だったらヤバいことになっていたかもしれない。何しろニューヨークでは、ストリートを一つへだてたイタリア人街と韓国人街との間で銃撃戦をやっていたと聞いていたから。


 JFK国際空港について、私もサンアントニオ行きのチケットを買おうとしたが、飛行機はすでに離陸態勢にはいっており、一緒に行くことはできなかった。そこで、明日の便を予約して、バスでニューヨークのダウンタウンに引き返し、YMCAに宿泊した。


 私は、ニューヨークに特別な想いがある。アメリカの中心ということもあるが、感じるのである、何かを。シンガーソングライターの松任谷由美も、ニューヨークには特別な磁場があると言っている。しかし、そのニューヨーク・ワールド・トレード・センターが、2001年の9月11日にイスラムの過激派によって倒壊させられてしまう訳だが…。


 話は、元に戻って次の日ニューヨークからサンアントニオに飛んだら、空港の発着場所にキャロルは迎えに来てくれていた。サンアントニオは、温暖で私はジャケットを脱いだ。彼女は、ホンダのブルーに乗っており、私をアパートに招き入れてくれた。一戦交えた後、彼女が作った中華風のおでんをご馳走になった。


 翌日、彼女は私を観光に連れて行ってくれ、水郷の再生で有名なリバーウォークなどを歩いた。夕食は、バフェという食べ放題のレストランに行った。時間はあっという間に過ぎた。私は、次の日、帰国しなければなかった。


 帰国して私は、会社を辞めると上司に告げた。アメリカに切り込むためである。日本で、サラリーマンやって、朝の早くから夜の遅くまで働かされ、結婚して子供をもうけ、マイホームを買わされて、ローンで一生縛られて終わる人生に一体何の意味があるのかと、私は大学の時から思っていた。冒険が、必要である。


 キャロルからは、毎日のように手紙が届いていた。私の事を相当気に入ったようだった。私は、引継ぎなどをして会社を辞めて、退職金を100万円持ってキャロルに会いに行った。一か月ほど毎日愛し合い、豪勢な食事をとった。彼女は、私と結婚したいと言い、私もそれを承諾した。また、私は、サンアントニオの日系の旅行社に行って働く話をまとめた。


 ただ、彼女が帰国直前、ワーッとウソ泣きを始めた。どうしたんだと聞くと、アジア人は、アメリカの白人社会では差別されて暮らしていけない、そして、クレジット・カードの負債が50万円の限界まで来ているという。私が台湾とアメリカを行ったり来たりする結婚生活も良いだろうと考えた。何らかの商売にもなるかもしれない。ただ、彼女は、買い物依存症だった。私は、キャロルにアメリカに留学させてもらっている位の家なんだから、両親に払ってもらえばいいだろうと言った。


 しかし、以前にもこういう事があって、もうできないと言う。じゃあ、俺が貸すからと言って、帰国して50万円送金した。そして、私はアメリ行きの準備資金を稼ぐために、ペイの良い肉体労働を始め、彼女は、大学を卒業して台湾に戻り台北でOLを始めた。向こうへ国際電話をかけると、物価が高く狭い家にしか住めず大変だと言う。そして、私に何の仕事をやっているのかと聞く。肉体労働だよと言ってその日は話を終えてた。


 また、電話をかけると、台北での仕事を止めて実家に戻ったと言う。どうしてだと聞くと、彼女は「私は、悪い時期に、悪い場所で働いただけ」と自分の非力をごまかすように言う。お前は、ただ現実にぶち当たって、それを乗り越えられなかっただけだろうと言いたかったが、それは飲み込んだ。


 一週間して、また電話をかけると、今度は肉体労働をしている社会の底辺の人間とは結婚できないと言う。私は、「あのな、お前に金貸しているから、こっちは肉体やって働いてるんだろうが。その金があれば、とっくにサンアントニオに行ってるよ」と言ったら、「えっ、あなたのアメリカ行きは本気だったの?」と聞く。


 「そうだ」と答えると、彼女もまたアメリカで生活に戻りたくなっていたようで、「あなたは、また、私に電話するわね」と、たかをくくったように言った。それで切れてしまった私は、「結婚の約束を破って、なんの謝罪もない女に電話なんかかけるか!!」と言ってやったら、彼女は、「あ・な・だ、ご・べ・ん・な・ざ・いー」と大泣きした。ざまあみさらせ。肉体労働者、なめんなよ。






 

 

 

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結婚の約束 藤原 博 @Donnieforeverlasvegas

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