第161話 自分の翼で

 ……しかし何の辞表?

「俺は、本日付けをもって魔導特別遊撃隊員及び同隊長の職を辞します。後任には木島中尉を指名します」

 えええー! と周りがどよめく。

 ついさっき、我らのこれからの事が示されたばかりだというのに。

「隊長職を辞任!? ってそれどころじゃないだろ! いま俺たちはミカドの代役を要請されてんだよ!」

「まだ正式要請じゃ無いんだろ? 今の俺の身分は遊撃隊の隊長のままだぞ」

「それにしたって! 俺が隊長の後継だってのも無茶振りだよ! 俺はまだまだそんな器じゃないよ!」

「何言ってやがる? 先の戦いで、お前はこの俺を一撃で仕留めたんだぞ。それで十分じゃねぇか?」

「あ、あんなの不意打ちだし!」

「いや、勝ちは勝ちさ。お前はライラちゃんとお前たちの世界を守ったんだ。俺の完敗だよ」

「そ、そんな……」

「隊長! 遊撃隊を辞めるって、辞めてその先どうするのよ!?」

 容子に問われた誠一は、ひと息つき、

「俺はこの先、賢者殿とヴィニキューラさんにお願いして、魔法の勉強を始めたいんだ。特に魔法陣に関してな」

と、自身のこれからの身の振り方を答えた。

「魔法の勉強? 魔法陣?」

「それって、もしかして……」

 美月、容子らに予感が走る。

「そうだ。俺はもう一度あの召喚魔法陣を展開し、あの時間の日本に繋がる魔法時空網を構築するために一から勉強するのさ。だから遊撃隊から身を引いて、魔法学に専念したいんだよ」

「あ、諦めてなかったんだ……はは、黒さんらしいや」

「当り前だ、俺は絶対に諦めやせんよ。一度は繋がった世界だ。再度繋がらない道理など無いさ」

「ちょっとおじさん! そんなの雲をつかむような話、ってレベルじゃないわよ? 星の数ほどの中の一つ……いえ、見えない星の数まで相手にするってことなのよ!?」

「わかってるさ、だからそこで……」

 誠一はメーテオールとライラの方を見た。

「お二人にお願いがある。魔族でも神族でも、どちらでもいい。俺をこのまま、長命種族に転生させて貰えないかな?」

「な、なんですって!?」

「アイラオちゃんの言う通り、俺の望みを実現するにはとにかく時間が必要だ。人間のまま、しかも今の俺の歳では全く時間が足りない。以前、メイスさんが人間から転生した人の話を聞いたのを思い出して、それならば是非、と思ってね。出来るだけ寿命の長い種族に転生させてほしいんだ」

 ――ブ、ブレないにもほどがある! 家族と再会するためとは言え、人間やめるとは! 

 周りの者は驚きはもちろん、呆れると言う範疇すら飛び抜けたような思いだ。

「本気……ですか?」

 さすがにメーテオールもライラも困惑していた。もちろん彼女たち程の魔力持ちならそれも可能かもしれないが……

「隊長さん、人間からだと、魔族になら転生できるわ。あなたほど体内に魔素を秘めた人ならかなりの長命になれると思う。でも一度魔族になったら、二度と人間には戻れないわよ? 魔族になってしまった体は、人間族の器には入りきらない」

 ライラが念を押した。だが誠一の決意は揺るぎなかった。

「うん、それくらいは覚悟している。だが、もう一度家族と会うためにそれが必要ならためらう理由など無い」

「セイイチ! 我としては貴公が長命になるのは歓迎だが、本当にいいのか? もっとよく考えるべきじゃないか!? ホントに……ホントに二度と人間には戻れんのだぞ!? ミカドが守ろうとした、今生限りの魂の輝きを半ば捨てることになるのだぞ?」

「だから今まで部屋に籠って考えてたんじゃないか。迷いなぞ無いぞホーラ?」

「セイイチさま……よろしいのですね?」

「ああ」

「じゃ、じゃあ、あたしも魔族になりたいっす! ずっと一緒にいたいっす!」

「主様! シーナも同様です。いつまでもお傍でご一緒したいです!」

「いや、それは待て」

 誠一はメアとシーナに一考を促すように制止した。

 だが二人は当然のごとく食い下がった。

「なぜですか!? いやです! シーナも一緒に!」

「お前たちには……俺の子を産んでほしいんだよな」

「え!」

「クロさんとあたしの子……!」

「ああ、地球に帰るにはこれから長い時間がかかりそうだ。そのあいだ、もう一度子育てもしたくてな。ポメラちゃんや街の親子連れとか見てると、やっぱりかわいくてなぁ。ずいぶん身勝手な言い分だが……ぜひ、お前たちとの子供を育てたいんだ。お願い……できないかな?」

「わ……私と主様の……も、もちろんですわ! 主様との赤ちゃんなら10人でも20人でも!」

「あたしもっす! バンバン産むっす!」

 いや、気合いが入るのは結構だが物事には限度が……

「そ、それなら我だって!」

「私も頑張りますわ!」

 ホーラやラーも参戦してきた。なんかエラい方向に話が進み始め、傍から見ている良二の頭はざわつき始めている。あの黒さんの子供が一斉に生まれてくる、だと?

「うん? キミたちは神族だろ? 子供出来るのかな? もしも出来るんなら、もちろん大歓迎さ」

 うおおおおお!

 雄叫びのような歓喜の声をあげるホーラ、ラーたち。

 もう、誠一の要望を聞いた奥たちの気合の入り方が半端ない。ホーラたち4人から、燃え盛るオーラが湧いてきている気がする。

 しかしこれは……何か凄まじい家族集団……いや家族軍団が出来てしまいそうだと、良二はある意味、全身から冷や汗が流れる思いだ。

 なにせ、あの誠一の子供たちである。生まれてくるのは、いつ、心の中を手玉に取られるか分かったものではない、一癖も二癖もある、あの男の血を受け継ぐ子供たちなのだ。頼もしさと末恐ろしさの交わりがハンパじゃない。

「わかりました……余程の事が無い限り、お断りするご要望ですが……代わりと言っては何ですが、先の帝府の件をご了承いただくと言う条件でお受けしたく思います」

「帝府の件を?」

「はい、サワダ卿に現ミカドとして即位して頂き、皆さまはそれを守る四天王として仕えて頂きたいのです。皆さまの魔力と、ミカさんの属性融合術が結託すれば、あのミカド以上の魔素制御が叶うでしょう。そして人間界を見守っていただきたいのです」

「そう言う事ですか……わかりました猊下、他の者たちの希望もありますので、それを実現するための努力はしましょう」

 ――おい、さっき断ると即答した思いはどこ行ったんだよ! コロッと態度変えてんじゃないよ! 

 戦いと、その後始末の疲れも残っている良二の頭は整理が追いつかない。展開激しすぎ。

「ちょ! ぼ、僕がミカドの代わりですか!?」

 史郎も驚愕である。しかし彼は、魔素こそかなりミカドに吸われたが、また魔素を吸収すればライラやメーテオール並みになる素質は依然として持っているのだ。

「いえ、代わりではなく、ミカドそのものとして即位して頂きたいのです」

(まあ、魔力が必要な時は予が手助けしてやるでな?)

 ミカもえらく能天気に言う。すっかり遊撃隊の一員だ。

「てことは……以前話してた様に、やっぱり美月は皇后陛下になるの? 人間界のファーストレディに!?」

「ちょ、あれってジョークでしょぉ! え? マジでぇ!」

「ミツキぃ~、私を追い抜いたわねぇ~」

 カリンにやにや。

「えー! って、そんな事じゃなくて! ね、ねえ、史郎くんがミカドの代わりになって魔素を吸い過ぎたら、史郎くんもミカドみたいになっちゃうんじゃ!?」

「それはないんじゃない? かなりの魔素がミカドとともに消えたわけだし」

 と、容子。

「でも、魔素はこれからも増える可能性はある訳でしょ?」

「そこで俺たちの出番だろ」

 美月の不安に誠一が答えた。

「俺たち地球人の知識や発想でもって、アデスに様々な技術革新を起こし、その産業の動力源として魔素を今以上に消費させればいいのさ。なんなら余分な魔素はロケットを開発して宇宙にブッ飛ばすってのもアリじゃね?」

 良二は誠一の顔が、この先あれをやろう、これをやろうと画策してそうな、すっげー悪い顔になってきているのに気付いた。脱獄の時や魔法銃を考えていた時のあの顔だ。

「ろ、ろけっと? なんすか、それ?」

「セイイチ……その辺については我と、じ~っくり話し合ってからな?」

 ホーラが誠一の耳を引っ張りながら唸るような声で釘を刺した。このオヤジはしっかり手綱を絞めておかないと、時を司る最上級神としては気が休まる暇が無いだろう。この二人がくっついたのは必然か、いや、アデスの意思と言っていいのかも?

「しかし……なんか、えらく大事になって来たな、じゃあ俺は……」

「さっきも言ったろ、良? お前は四天王筆頭だよ」

「え!? いや、ちょっと! そこは黒さんが! 黒さん抜けたら3人しかいないじゃん!」

「ミカがいるだろ? 俺はお勉強で忙しいの! 猊下、ご無理を言ってすみません、帝府設立の暁には先程の件、なにとぞ良しなに」

「ええ、もちろんですわ。妻として夫の一助になるのは当り前のことですものね」

「へ?」

 と、言う誠一の両目には、へ? の文字が浮いていた。

 もちろん、そこに居合わせた全員の眼も、へ? であった。

「妻って、ちょ、メル? 何言ってんの?」

「え? でも、あの時クロダさんは私をお抱きになられて……」

「や、あの、確かにそうですけど!」

「あれは、チキュウの奥さまの代わりとして私に自分を支えてくれと。それで魔法陣消滅の件を許していただけると言う、クロダさんの御意思の込められた抱擁だとばかり……いわゆる求婚プロポーズでは?」

 ええええええええー!

「いや、それはちょっと待って! 俺にはすでに4人も!」

 また妙な方向へむかったー!

 大神帝猊下超世間知らずの求愛に当然のごとく戸惑う誠一。しかしセイイチ大奥の連中ときたら!

「セイイチ! 何を戸惑っておるか! これはさっきのように即答一発ではないか! さっさとお受けせよ!」

 受ける気満々ー!?

「そうですわ、セイイチさま! 迷うことなど、ただの一つも!」

「主様がメーテオール猊下と結ばれると言うことは私たち、メーテオール猊下と●姉妹に!」

「すごいっす! さすがクロさんっす!」

 ……ああそうだった。ちょっと忘れてたけどアデスはこういう所だったんだ……

「いいのかしら。下手すれば天界を敵に回しそうだけど……」

と、容子が危惧するが、

「大丈夫でしょ? あたしとリョウくんが付き合ってても誰も文句出てないしぃ? なによりメルが決めたことよ~?」

うむ、まるで他人事である。

 まあ、いろいろと問題のある男だが、自分にとっての良二の様に、メルにも凭れられる存在が出来るのは、ライラにとっても嬉しい事だ。

「猊下! 大変光栄の至りですが俺はもう歳だから! 4人で打ち止めですから!」

「魔族に転生なされば歳なんか関係ありませんわ? 魔力も体力も衰えることはありませんよ?」

 おおおおおぉぉぉー!

 誠一の奥一同、魔力も体力も衰えない、と聞いて拍手喝采である。

 特にも、と言うところで。

「いやいやいや、そう言う事じゃなくて……そ、そうだ! こいつ! こいつ、お勧めですよ! まだ20歳越えたばかりで活きもいいし、奥はまだ3人だし!」

 誠一は良二の首根っこ持ってメルに紹介した。しかしそいつは苦し紛れにもほどがある。

「ちょ! 何で俺に振るんだよ! 自分の不始末だろ!」

「いいじゃねぇか、猊下とライラちゃん友達だし、うまく行くって!」

「ふざけんなよ! 自分のケツは自分で拭けよ! まだ介護が必要な歳じゃ無いだろ!」

「お前が受けなきゃ史郎くんに紹介しなきゃならんだろが!」

「え!? 僕ですか!?」

「だめぇー!」

 美月が猛然と異議を唱える。良二や誠一、容子らがどうあろうが、美月は一夫一婦制で行くようだ。

「セイイチ! 往生際が悪いぞ! ていうか、アデス最高の栄誉ではないか!」

「そうですわ! 観念なさいまし! 猊下の御身体に触れた方など、古今東西数えるほどしか居りません! まして殿方に至ってはほぼ皆無! その猊下をあのように抱擁なされたのですから責任を取らねばなりませんわ!」

 一斉に襲い掛かったホーラやラーに押さえつけられる誠一。そこにメーテオールがおっとりと近寄ってきた。

「あの……私の事……そんなにお気に召しませんか……? あのようにやさしく抱擁頂いておりましたのに……」

「い、いえ! 決してそのような! ただ、私などには畏れ多いと言うか勿体ないと言うか!」

「そんな……私、殿方に抱擁されたのは初めてですのに……これでクロダさんに見捨てられて、他の殿方と触れることがあれば……私はふしだらな女になってしまいますわ」

「んなことありません! そんなんでふしだらとか言ってたらラーなんか生きておられませんがな!」

「なぜそこで私を引き合いに出しますの! いけずにもほどがありますわよ!」

 ラーは後ろから誠一の首を絞め始めた。誠一の顔がどんどん真っ赤になっていく。

 彼女は誠一と結ばれてからは彼一筋である。大人のじゃれ合いの一環にしても二人だけの時にすべきであろうと良二も思う。首を絞められていようが同情はできない。

「主様? 息がある内にお受けいたしましょう」

「そうっすよ? 魔法陣復活って悲願立てたんなら生き延びませんと?」

「……わがっだ……でをばなぜ」

「クロダさん……」

「猊下。取り敢えず、お友達から始めましょう……」

「はい、承知しました。で、祝言はいつにいたしましょう?」

 わかってねぇ~!

「もう、とんでもない火の粉が飛んできたもんね、リョウジ」

「まったく……だいたい俺みたいな甲斐性なしは3人で十分。これ以上は無理だよ」

「そんな! リョウジさん!」

 今度はメイスが突然、声をあげた。

 思わぬ方から声がかかり、再び、へ? と目が点になる良二。

「リョウジさん、そんなご無体は無いのではありませんか!? 我らメイド一同、いつリョウジさんが殿下にお声をかけて頂けるのかと心待ちしておりますのに!」

 え! なんでフィリアさん!? え!? なんで!? 

「メ、メイスさん! いったい何を!?」

「何をって……殿下のあられもない御姿をご覧になって責任を取って頂けないのですか!?」

「せ、責任て!? え? ええ!?」

「お忘れですか? ウドラ渓谷の底で! 殿下と将来の事も話し合ったと聞いておりますわよ!」

 え~と、殿下のあられもない姿って……まさか、あの時に下着姿を拝見してしまった事!?

「あ、あれですかぁー!」

 おまけに将来の事って……あれは国の教育方針じゃなかったっけ!?

「あ、あの、フィリアさん? あ、あれって、そういう意味とは……」

「貴様ら、周りで勝手に盛り上がるのもいいが、肝心なのは当人の気持ちであろうが? フィリア王女よ、其方はどう思っておるのだ?」

 ホーラが割って入って核心に矛先を向けた。その場の全員がフィリアに注目する。

「フィリア……さん?」

 良二も改めて声をかけるが、フィリアは返答はしなかった。

 ただちょっと気恥ずかしそうに視線を外し、顔をボンっと赤らめた。

「はい?」

 紅潮したフィリアが恐る恐る良二に目線をチラッチラッとくれてくる。

 その眼は周りの誰もが気付くほどの恋する乙女の眼であった。

 なるほど、賄いを手伝っているとは言え、遊撃隊への配膳にまで出張ってきたのは、それも有ったのか?

「ご……ご迷惑……でしょうか?」

 良二の顎が、ガックーンと派手な音を出しながら垂れ下がった。

 チャキ! 

 シャキン!

 カチャーン!

 戦闘メイドたちが袖口から、脇の下から、内股から、それぞれに得物を取り出した。

「リョウジさま? ここは男らしく責任を取っていただきましょう」

「もしも殿下が枕を夜な夜な涙で濡らすようなことがあらば!」

「我らメイド隊、全てが敵に回るとお思い下さい!」

 なんでこうなるんだー!

「リョウジィ? こ~れはどういうコトかしらぁ? なんなの、あられもない姿とか将来の話とか~?」

 カ、カリンの眼が怖い! 思わず後退る良二。だがそんな良二の背中に何かがトンっと当たった。

 後ろを向くと……容子がいた。

「よ、容子……さん?」

 容子は微笑んでいた。

 微笑みながらも、何やら地の底から這い出して来るような、そんな声で、こう言ったもんだ。

「ねえ良くん? ……あたしはね? フィリアさんなら、あたしたちの仲間になってもそれはやぶさかじゃないのよ?」

 笑っている、笑っているけど口元引きつってなさる!

「問題はね、今 ま で 黙 っ て い た こ と よ ?」

 容子さんも怖ェー! 全角スペース空けながら話すのも怖ぇー! 笑いながら怒られるのメチャ怖ぇー! 

 良二くん、いきなり尻増えたー!

 と、思っているところへ……

 バターン! またドアが開いた。

「話は聞かせていただきました! お姉さまを泣かせるがごとき悪行は、この私が許しませんよ、お義兄さま!?」

 ややこしいのキター!

「メリアン! なぜここに!?」

「復興支援部隊に志願し、本日到着でございます! お姉さまのいるところメリアン在りですわ!」

 こいつも尻の一つかぁ?

(ヨウコ泣かせたら予も黙っとらんぞ? 取り付いて凄い格好させるぞ?)

 お前もかーい!

「まあまあ、みんな落ち着いて、ね? みんなでリョウくん支えようよ?」

「ライラ!」

 ライラが助け舟を! おお、救いの女神さま! いや魔王さまだけど……

「全くもう、うちの男どもは! 史郎くん? あんなの真似しちゃダメよ?」

「え? あ、うん! も、もちろんさ!」

「おや? 沢田くん、目が不満そうじゃないか? やっぱ羨ましい?」

「く、黒田さん! 何言ってるんですか!」

「史郎くん! あんたぁ!?」

「クロダさん、祝言の日取りを……」

「リョウジさま! 殿下への責任をー!」

 ある意味、戦以上の凄まじい喧騒に包まれる遊撃隊本部、いや、もうワヤクチャである。数十分前のしんみりした空気はどこへ行った?

「リョウくん、いったん逃げよ?」

「お、おう!」



 良二とライラは事務室の喧騒から逃れ、テラスに脱出した。

 後方ではまだまだ収まりきらない大騒ぎで、取り残された誠一や史郎の命運や如何に? 的状況で良二としては溜め息しか出てこないところである。

 それにしてもいきなりの大奥増員もさることながら、人間界を見守る帝都府の四天王とか国家元首並みの立ち位置まで上げられてしまい……うだつの上がらない大学生だったころから1年とたっていないのに……良二の頭の中の混乱がハンパない。

「実感ないんだよなぁ。俺たちってそんなに大層なものなのかなぁ?」

「その辺は、あたしやメルも同じだよ~? でもホントは喜んでいるんじゃない? フィリア殿下の事もそうだけど、リョウくんは相変わらず朴念仁なのよね」

 リョウジとライラは、お互い息を整えながら零し合った。

「いや、本当に俺は! あ、いや、それを言ってもダメなんだよな、やっぱりそれも受け入れて、この先のこと考えなくっちゃ。しかし黒さんには驚いたなぁ。魔族転生か……やっぱりあの人の決意は固いな」

「ねえ、リョウくん……リョウくんはその……」

「ん? なに?」

「リョウくんは……転生とか考えたこと、無い?」

「え?」

「ああ、あ、あの、隊長さんみたいなこと、考えたことあるのかなぁって……」

「……俺が魔族か神族になりたいかって……事?」

「やっぱり……人間として人生を全うしたい?」

 ライラは、毎度おなじみ上目遣いの目線を良二にくれながら聞いてきた。

 まだライラには気づかれてはいないようだが、この目線は良二にとって相変わらずの必殺・撃殺の最強目線である。実にズルい。

「転生……か……」

 しかし、この件に関しては、全て自分自身の判断と責任でもって答えなければならない。

 他人に言われたから、相手の人が喜ぶから。

 もちろん、そんな根拠があってもいい。だが、全ての責任は自分で負わなければならない。

 あの時こう言われたから、あの頃はそう言う流れだったとか、他にそれを押し付けてはならない。

 そう、誠一に教わった、腹を括って答える事なのだ。

「ミカドは……今生限りの、命を燃やす人間界、それを守ろうとしたんだよな」

「うん……」

「俺のいた世界もそうだった。不老不死に憧れる人も大勢いたけど、限りある人生だからこそ輝くってのも十分わかるし、憧れもしてるんだ」

「じゃあ、やっぱり……」

 良二の言葉を聞いて、ちょっと表情が沈むライラ。しかし、

「そうだね、もしも叶うなら……俺は、やっぱり魔族になりたい!」

「!」

ライラの眼が見開かれた。

 慶び……とは言いきれない、戸惑いの色も濃い、そんな目をして良二を見詰めている。

「どうしたの? ライラ?」

「あ……う、うん! あたしは嬉しい! 嬉しいよ、リョウくんとずっといられるんだもの。でも……いいの……?」

「ああ、俺はライラと一緒に生きていくって決めたんだ。俺はライラを支えたいし、ライラに支えてほしいし。それに……」

「それに?」

「結果として……ではあるけれど、俺たちはミカドの後を引き受ける事になりそうだし。だとしたらミカドみたいに長くアデスを見ていけるようになるのが理想かなって」

「リョウくん……」

「ミカドが最後にメルさんに見せた笑顔……彼女は残る俺たちにアデスを託して旅立っていったんだ。あの笑顔にも応えなくちゃね。だから……」

「……」

「なれるのなら俺も魔族になりたいな。限りある命より、辛い事も苦しい事も多いだろうけど、それが俺の、俺だけの生きる道なら……何よりライラがそう言う人生を歩んでいるんだし、俺も一緒に歩きたい」

「そ、そう……」

 そう答えるライラはまだ若干の戸惑いを感じていた。

 しかし、自分と共に生きて行きたいと言ってくれた良二の想いを受けて、込み上げてくる嬉しさが、それらをあっという間に吹き飛ばしてくれた。

「い、いいのね? 本当に……ずっと、あたしと一緒にいてくれるのね?」

 良二は満面の笑顔で頷いた。

「リョウくん……!」

 ライラも同じく、これ以上は無い笑顔を浮かべて良二に抱きついた。

 ライラと共に生きる、良二はとっくに覚悟は決めていた。魔族の道を選ぶのも、その一環に過ぎない。

 それは、それほど悩むことでは無い……と、そう即答する自分の心持ちに些かの疑問も持たなかった。

 ――俺はライラと一緒に生きる。同じように容子やカリンとも……

 誠一の、家族への揺るぎない想い……それと比肩する想いを、良二は手に入れた。

 彼と同じ土俵に立った……とまでは、まだまだ行かないかもだが、その一歩を踏み出せたことには、良二は素直に嬉しかった。

「でさ、聞きたいんだけど……」

「うん?」

 良二は改めてライラに聞いてみた。

「黒さんもそうだけど、魔族になるのってどうするの? やっぱり儀式か何かが必要なのかな?」

 魔族や神族なんて設定の無い地球、日本ではラノベやアニメでよく見る、それこそ魔法陣の上に立って行われる一見禍々しさすら感じる儀式……などと言うイメージしかないが、実際のところどうなんだろう?

 まさか人造人間みたいに、臓物を抜き替えるとか、高圧電流を流されるなんて事は無かろうが……

「ああ、うん、結局は全ての属性の魔力を注入して身体そのものの構成を変換していくんだけど、確かに一気に注入するやり方もあれば、日を分けて順次変化させる方法もあって、まあそれぞれなんだけど……」

「うんうん、それで?」

「だからね、その~……一気だとお互い魔力や体力の損耗も激しいから、日を分けるやり方の方がいいかなって」

 ん? 目線外した?

「ライラ?」

「で~、それで……」

「ライラ? なんか隠してる?」

「ごめん、リョウくん!」

 ぱん! ライラは良二の目の前で手を合わせて頭を下げた。

 おい、まさか……

「実は……リョウくんは、きっとアデスに残ってくれるって思ってたから、ちょっと前から魔力注入してて!」

「はいぃ!?」

「もう、99%完了状態なの……も、もちろん100%じゃ無ければキャンセルも出来るのよ? まあ多少影響は残るかもだけど……」

 そんないつの間に! てか勝手にぃ?

「影響ってどんな!? あ、いや、まあいいや、もう魔族になるって決めてるからその辺は。と、言うことはもう今すぐにでも仕上げが出来ちゃうわけ……かな?」

「うん、最後の念を送るだけ……」

 もう準備万端ってわけかい! 些か釈然としないが……

 まあ結果は同じだし、実行がちょっと早まっただけ、良二は改めて腹を括った。

「そっか……わかった。うん……お願いするよ」

 良二はライラに自分の胸をドンと叩いて見せた。

「ホントにいいの……て、聞くだけ野暮よね?」

「ああ」

「ん! じゃあ……いくわよ?」

 ライラは両手を良二の胸にあてた。

 すぅっとひと息吸い込むと、一気に念を込め、良二に放った。

「ふぅおおぉ!」

 念を受けた良二は、頭のてっぺんから手先や足のつま先まで、なにか、なにかが全身を一気に駆け巡っていく感覚に襲われた。

 まるで全身の細胞の一つ一つ、遺伝子の裏側に至るまで、一瞬でひっくり返ると言うか、変換と言うか、洗い流されていくと言うか……そんな感じだった。

「ふううぅゥ~」

「リョウくん……? 気分、どう?」

「お、終わったのかな?」

「うん、完了だよ?」

「ん~……今までと、あまり変わらない様な……?」

「そりゃ、リョウくんはリョウくんのままだもん。性格が変わるとか、そんなのは無いよ」

「実感ないな~」

「ん~、じゃあ翼でも出してみる?」

「つ、翼!?」

「一応、魔族モデルはあたしの系統だから出せるはずだよ?」

「え、でも、ど、どうやって?」

「空を飛ぶイメージだよ。手でパタパタじゃなくて、翼で羽ばたいて、身体を浮かせるイメージ」

「イメージ……」

 良二は飛行する魔族や過去に鑑賞したファンタジー作品で描写された、悪魔や魔族の飛行シーンを連想し、自分に当てはめてみた。すると、


 バッ!


良二は背中に何かが飛び出してくるのを感じた。思わず後ろを見る。

「わ!」

 漆黒の翼だ。良二の背中には、それはそれは見事な黒い翼が現れていた。

 良二は自分の背中の翼を、右に左に首をキョロキョロさせて確認した。確認しまくった。

「ね? あたしとお揃いだよ?」

 バッ!

 ライラも自らの翼を広げた。なるほど翼の形状は瓜二つだ。

 ――魔族……だよな……

 自ら望んだのではあるが、些かあっさりな感じも拭えない魔族転生。やはりちょっと戸惑いも隠せない良二。

 そんな良二に、ライラはスッと右手を差し出した。


「ようこそ魔族の世界へ、リョウジ・キジマ卿!」


 自分を招くように手を差出すライラの笑顔。それはもう、とびっきりの笑顔だった。

 あのフードコートで初めて出会った時と同じか、もしかしてそれ以上に改めて胸を射抜かれてしまいそうな、そんな笑顔だった。

 ライラと共に生きる……魔族への転生はそのための選択だった。

 それを受け入れた自分を、ライラは心底喜んでくれたのだろう。

 この笑顔を守るために。

 この笑顔と生きるために。

 良二はその手を受けとった。

 ライラは更に左手を添えた。

 良二も同じく添えた。

「いつまでも……一緒、だね?」

「ああ……ずっと、ずっと一緒だ」

 ライラは良二の胸に自分の顔を預けた。

 良二もそんなライラをふんわり抱きしめた。

「愛してるわ、リョウくん」

「俺もだよライラ……」

 自分の胸にライラを抱きながら、良二は一番最初に魅かれた彼女の紅い眼を見詰めた。

 この紅い瞳、紅い髪。初めて出会った頃から愛しさが変わらない。

 以前メイスから「悠久の時を生きる種族はずっと同じ相手と過ごし続けるのは拷問だ」みたいな説明を受けたが……それがどうした? この笑顔を守り続けることが拷問と言うなら、いくらでも持ってきやがれ!

 自分の人生を決定づけた運命の女性。

 自分がここまで人を愛することが出来ると教えてくれた最初の女性。

 地球と、そしてこのアデスと言う二つの世界を跨ぎながらライラと出会えたこと、そのことに関わった全ての事象に、関わった全ての人たちに感謝したい、良二はそんな思いであった。

 とは言うものの……

「……でもさ?」

「え?」

「そりゃ、腹は括ってたから、良いんだけどさ? それにしたって、だまって魔族にしようってのは、いかがなものかなぁ? ちゃんと話してほしかったなぁ」

「あ~、ごめ~ん。リョウくんならきっと一緒に居てくれると思ったしぃ。一応キャンセルだって出来たわけだしぃ~……ううん、そう言う事じゃ無いよね! うん! 謝る、反省します!」

「これからはさ、隠しごとは無しにしようぜ? お互いみんなオープンに!」

「賛成! お互い内緒とかナシね!」

「ああ! で、試しに聞いてみたいんだけど?」

「うん、何でも聞いて!」

「お前、へそくりあるって言ってたよね?」

「へ?」

 大魔王陛下、目が点。

「ほら、以前お前の部屋でラーさんに説教された時に、へそくりがどうとか言ってただろ? それっていくらくらい持ってるの?」

「え? あれ? そ、そんな話、してたかな~」

「してたよ?」

「あ~、あははは~」

「例の宮殿外壁の修繕にも対応できるって感じだったけど……って事は結構持ってたりするの? いくらくらい?」

「べ、別にいいじゃなぁい、そんなことぉ~」

「隠し事しない……だったよな?」

「えへへへ~」

「ライラ?」

「…………教えない」

「はい?」

「教えてあげな~い!」

 バッ! ライラは翼を羽ばたかせ、空に逃げた。

「おい、そりゃないだろ!」

 良二もライラを追いかけるべく、羽ばたくイメージを思い浮かべた。

 ババッ!

 ――うお! マジ飛んだ!

 イメージ通り、良二の身体は宙を浮き、ライラを追いかける事が出来た。

 水魔法で姿勢を制御していた能力が活きているらしく、バランスをとるのはそれほど難しいとは感じず飛び回れそうだ。

 良二はライラを追い始めた。

「待てよ! 約束したばっかりじゃないか!」

「や~よ! 教えてやんな~い!」

「こら! 待てライラ!」

「や~い、捕まえてみなさ~い!」


 春と呼ぶのはまだ遠い、でも冬と言うには暖かく、透き通るほど青く美しく晴れた空。

 良二は空を飛ぶことが怖かった筈なのに、いたずらっぽく笑いながら逃げるライラをつかまえるために、自分の意思でこの空を自由に飛び回れる今の自分を不思議なほどに嬉しく思っていた。


                                   完





 



 


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 終わりました!

 恥ずかしながら、本作の目標の一つは「終わらせること」でした。

 実はワタクシ、オリジナルストーリーで始めから最後まで書き切った作が今まで皆無だったのです。プロットはちゃんと最初から最後まで作るのですが途中で右往左往してしまい破綻する、の連続でした。

 本作でも軸がフラフラしている感じをお受けになった読者の方も多かったかと思われますが、正直「やっぱダメかな~」と挫折しかけたこともありました。が、それでも「読んで頂いてる方がいる」このことが、最後まで書き通すことが出来た原動力だと思っております。最後まで本作に付き合って頂けた方、評価を頂けた方、本当にありがとうございました。この場を借りて厚く御礼申し上げます。

 本作の経験を糧に、さらに、たくさんの方に楽しんでいただける作品を書けるように努力する所存であります。

 最後に、本作を読んで頂いた方、このような場を提供して頂いた方、全ての皆様に改めて感謝の意を表し、終わりの挨拶とさせていただきます。


 みなさま、本当にありがとうございました。

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