第160話 辞表
三日が過ぎた。
ほぼ半壊状態のエスエリア王都の復興が始まろうとしていた。
翌日から各地に散らばっていた軍が順次帰還し、斥候隊による王都の戦乱被害調査から手が付けられ始めた。
特にミカドの光熱線を受け、壊滅した北方の状態は、見る者、見る者、唖然とするしかなかった。
瓦礫の山でもあれば 惨状 と言う言葉も出て来たであろうが、全くもって何も残っていないのである。焼け野原なんていう言葉すら生易しい。
住民が戻って来てから区画を整理し、図面を引くところから始めなければならないが、敷地の境界等、近隣トラブルで計画が遅々として進まない未来ばかりが脳裏に浮かび、調査官は今から頭が痛い思いであった。
ミカドの分身と8魔王が戦った門、消滅した北門を除く3つの門周辺は、まさに瓦礫の山である。
しかし、見方を変えればこちらの復旧の方が、まだ手を付ける段取りがやり易いと言うものだ。とりあえず瓦礫の始末から始めればいい。
早いところは二日目から撤去作業が始まっていた。
王室、並びに行政機関の帰還も始まっている。
軍と同じくフィリアの兄、カイエン王太子の指揮のもと、各省庁による様々な部門の行政復帰のための作業が開始されている。
宮殿敷地内の北側は御多分に漏れず悲惨な有様であるが、南側の省舎等は比較的損傷が軽微であったので、それぞれの部門が場所を分け合い、行政の再稼働に向けて各職員は準備に勤しんでいた。
王都防衛軍、魔界軍、冒険者たちの奮闘で、王都に流れ込んだ魔獣はほぼ掃討され、残骸処理も同時に進められている。
フィリアの屋敷も、その作業に従事している近衛団や冒険者たちの露営に敷地や屋敷の一部を提供していた。
無論、隣接する特別遊撃隊も同様で、個室持ちであった容子やシーナらは出来る限り同室となり、部屋を開けて使用させているのだ。
ただ一つ、誠一の部屋はこの三日間、開かずの間と化していた。
新築時にラーやホーラの肝煎りで風呂場やトイレも設置してしまったのが逆に引きこもりを可能にしてしまった。
遊撃隊自体は開店休業状態で、副隊長である良二としても隊として、こなす任務もないのでフィリア邸の損壊部の修繕や後片付けを手伝っている。
ライラやラー、ホーラなら転移で部屋の中に押し入ることも可能ではあるが、誠一の気持ちを考えると、どの面下げて入れるのか? 誰もそこまでは踏み切れないでいるのだ。
本人の、自分の意思で出て来て貰わなければ意味がないから……皆がそう思っていた。
食事は一応ドアの前に置かれ、その度、運び役のメアやシーナが声を掛けるのだが、返事はなく、食事自体も手を付けた様子は見られなかった。
午前11時。
良二は手伝っていた屋敷の修復作業が思いがけず手間取り、この時間になってやっと休憩が取れた。
ちょっと休憩したらすぐに昼食時で半端ではあったが、誠一の様子も気になり、遊撃隊本部事務所に戻ってみた。
「お疲れ様です、リョウジさま。すぐにお茶をお入れますわ」
事務室に入るとシーナが迎えてくれた。
良二専用のカップを用意し、魔石ポットで湯を沸かし始める。魔石ポットは保温機能もあるので湯が沸くのに大して時間はかからず、やがてシュンシュンと音をたてだした。
手際よく茶を入れたシーナは、代理として隊長席に座った良二の前にカップを置いた。
良二は、「ありがとう」と礼を言いながら入れたての茶を頂いた。
一口目を飲み、ふーっとひと息ついた良二は、
「黒さんは? 変わりは?」
と、シーナに問いかけた。
「…………」
シーナは無言で首を振った。
「そっか……」
シーナの目の周りが腫れぼったく感じる。ちゃんと寝ているのだろうか?
とか言いながら、自分も夜ぐっすり寝ていられるかと言えば、残念ながら浅い眠りの連続だ。ミカドとの闘いのあとから、戦乱の後始末に勤しんでいたので体は疲れているはずなのに。
――気に咎めることはない。
良二はそう思ってはいる。
ライラたちとアデスで生きることを決めた良二にとって、アデスの平穏、安寧を守ることは絶対だ。
そして誠一は、必ず日本に帰ると、当初からその思いを変えたことは一切ない。
例えアデスの全てを敵に回すことになろうが、あのオヤジの決意は最後までブレなかった。
あの時、ホーラやラー、良二が止めなければ、彼は躊躇なくメーテオールを倒していただろう。
良二と誠一が激突するのは正に必然であった。
「リョウジさま……」
「ん?」
「リョウジさまは、あの時……主様はアデスを……私たちの事を許してくれたとおっしゃいました」
「ああ……」
「でしたらなぜ、主様はお部屋から出て来て下さらないのでしょう……?」
震える声で聞いてくるシーナ。
「なぜお顔を……見せて頂けないのでしょう……」
「……すぐには無理だよ」
「でも、もう三日もお食事をとっておられません。声をおかけしても、お返事してくださいません……これがこの先も続いたら……」
今、誠一が日本に帰還すると言う希望・生き甲斐を無くして失望しているのは確かだろう。だがそうであったとしても、生きる意思すら無くすものであろうか?
「やはり主様はアデスの事を……」
「それは無い」
良二はきっぱりと言い切った。
誠一は確かに魔法陣確保を阻んだ良二を含む全ての者を許したはずだ。
でなければメーテオールを抱擁し、自分の肩を叩いたりなどするはずもない。
もちろん心変わりもあり得ないわけでもないが、失望の果てに、まさか餓死を決め込むなどと、そんな男とも思えない。
「あの人の事だ。部屋には非常食や飲料水を確保していてもおかしくはないよ」
「でも、心配で……」
確かにシーナの心配する気持ちはよくわかる。今までの誠一であれば、事こうなっては、なぜそうなったかなど悩まず、これからどうするか? に、すぐ考えを切り替えるタイプなのだ。
美月に狙撃され、生死を彷徨った時でさえ、
「あ……どなたか、いらっしゃいますわ?」
シーナの索敵能力が反応したらしい。来客か? それとも容子たち? と頭を巡らせている内に事務所の片隅が光り出した。
「邪魔するぞ」
現れたのはホーラだった。
「失礼いたします……」
続いてラーとアイラオもやってきた。
「おじさんの様子は?」
アイラオが心配そうに尋ねてきた。シーナは良二の時と同様に首を振って答えた。
「……そうか。まだ、だめか……」
軽くため息をつくホーラたち。
シーナは気を取り直し、彼女らに出す茶の支度を始めた。
「今日も黒さんの見舞に?」
「それもあるが、貴様たち異世界人の今後の処遇について、大綱が決まって来たのでそれを伝えると言うこともあってな」
「俺たちの?」
「リョウジさん方は本来、今回のミカド騒乱に対応するために召喚されたわけです。故に、すでにその役割は終わっております」
「だが、終わったからもうお払い箱、では義に
ミカド騒乱の後片付けに奔走していたので忘れていたが、そう言えば自分たちはアデスに召喚された主目的は既に果たされていたのだった……良二は今更のように思い出した。
アデスで生きていくこと事態は既に決めていたが、ならばこちらでも生計を立てなければいけないワケで。とは言えミカドがいなくなった今現在、慣れ親しんだ特別遊撃隊が存続する理由はほぼ、無くなっていると言っていい。
だがまあ今のホーラの言葉からすれば、よくギャグで言われた「魔王倒せば勇者は無職に」とはならなさそうだが……
そうは言っても、ライラやカリンのヒモやるのも如何なものかと思うし、さてアデスは自分らに何をさせようとするのか?
ガチャ!
事務所のドアが開いた。
「あら、リョウジいたの? あんたもお昼?」
「お疲れ良さん! 早いね~?」
カリンを先頭に容子や美月たちが戻ってきた。
「お疲れ様です、木島さん」
騒乱時の負傷から復帰したのか、史郎も彼女らと一緒に入ってきた。
「お疲れ、沢田くん。でも大丈夫かい? 俺が言えたことじゃないけど、お腹撃ち抜かれたんだし、まだ休んでてもいいんだよ?」
「いえ、小林さんの回復魔法で、もうすっかり良くなりました。いろいろご迷惑をおかけしましたし、少しでもお手伝いしたくて」
「沢田くんのせいじゃないでしょ? あなたは乗っ取られてたんだから」
「そうよ、そりゃ確かに成功はしたからよかったけど、史郎くんのお腹、銃で撃ち抜くなんてさ!」
「誰かさんはクロさんのお腹に三発も撃ち込んでくれたっすけどね?」
「あ~、いや、だから、あれはその……ごめんなさい!」
「済まなかったね。美月がミカドの魂を撃ち抜くにはどうしても肉体に苦痛を与えて、魂との繋がりをを鈍らせる必要があったんだ。剣だと深手を負わせてしまう可能性もあったしね。焼き入れした変形しにくい鉄弾頭が一番だと踏んだんだよ。容子も控えてたしね」
「ええ、おかげで僕も解放されましたし、何より今、生きてますから」
にっこり微笑む史郎。美月が寄り添い、「無理しないでね」と囁く。
「話を戻すか。本当なら全員が会してからの方がいいんだが、セイイチはいつ復帰できるか……残念ながら、不明だから、な……」
一同が再び肩を落とす。と、そこで、
「隊長さんにはホントに気の毒な事をしたわね~」
などと後ろからいきなり声を掛けられ、良二の心臓が軽くバックファイアを起こした。
「ライラ! いつの間に!」
彼女のいきなり訪問は慣れていたつもりだったが、やはり良二も精神的に疲れているのだろうか? 声も上擦っていた。
「リョウくんたちの処遇の話の報告を聞いたから、あたしもって思ってね~。隊長さんがいたら改めて謝りたかったし~」
「ええ、どれだけ謝罪しても足りるものではありませんが……」
と、言いながらライラの背後からも人の影が現れた。
「猊下!」
今度はメーテオール猊下、御降臨である。
「猊下、セイイチさまのお見舞いに? 御自ら?」
「はい、加えてお望みであれば今回の顛末……ミカドに関して私の知る限りのこと、感じたこと、気付いたことをお話しするつもりでもありました」
「そうね、あれは色々腑に落ちないところが多いわ。大体、リョウジたちが召喚されたころの話と、まるっきり変わっちゃっているんだもの」
「ええ、本当は僕が依り代となってミカドの魂を安定させ、人間界の象徴として天界、魔界と共にアデスに安寧をもたらす存在として新生させるはずだったのに」
「結局人間界はミカド……象徴が不在のまま……それどころかアデスから追放した形になってしまったなぁ」
(予はおるけどな?)
「それも不思議なのよ。何でミカちゃんは消えもせず、ここにいられるのかしら? まあ、あなたが消えずにいてくれてあたしは嬉しいけど」
(ほんと、ヨウコは優しい娘じゃなぁ)
「でも本体がアレだし、結局あなたも頭が足りないままなんでしょ?」
(足りないとか、もうちょっと言葉選べんか? 泣くぞ?)
「いじめるなよカリン。頭が足りて無くてもミカはミカのままなんだから」
(リョウちゃん、後で話しような?)
ガチャ! ゴロゴロゴロ……
またドアが開いた。今度はサービスワゴンが先頭で数人が入ってきた。
「失礼いたします」
「皆さま、お疲れ様です。昼食をお持ちしました」
ワゴンを押してきたのはフィリアだった。復興作業が始まった今、彼女もその支援をするべく、賄いを中心に自ら率先して働いているのだ。
「さあ、皆さんどうぞ……って猊下! 陛下!」
意外な来客に、フィリアは素っ頓狂な声をあげてしまった。
ちょくちょく顔を見せるライラやホーラはともかく、今度は大神帝メーテオールまで居りなさる。
「あ、お邪魔しております……」
「げ、げ、猊下にはご機嫌麗しく! よくお越しくださいさいさい……」
ライラやホーラたちにはかなり慣れてきていたフィリアだったが、大神帝猊下となるとやはり勝手が違うのか、思い切り緊張してしまうようだ。
「あ、お構いなく、ホント突然まかり越しましたご無礼をお許しください」
「い、いえ! と、とんでもない事ござござ……」
「話進まないわよ~。ねえ、フィリア殿下? 厚かましくて申し訳ないんだけどぉ~、あたしやメルたちの分もお昼あるかな~? 食べながら話そうよ」
取り敢えず落ち着いて、いろいろ話を聞いてみたい。良二もライラの提案に賛成した。
昼食は、肉や野菜を適当にぶち込んで煮込んだラグーとパンであった。復興作業中の食事であるから殆ど定番的野戦食みたいなものである。
発汗の多い肉体労働中心の近衛団や冒険者たち用に塩味が少々強めになっていて、メーテオールの舌には果たして合うだろうか? フィリアは心配そうだった。
「メル、どぉ~? あんたのとこと違って塩味濃いと思うけど?」
「ええ、刺激的な味ですね。癖になりそうです」
取り敢えず大丈夫みたいだ。だが高貴な方々独特の社交辞令の可能性もある。
フィリアも一応ホッとはしているようだが、100%胸を撫で下ろしているわけでも無さそうだ。
「さて……猊下? どのようなお話を聞かせて頂けますかしら?」
カリンが口火を切ってくれた。大神帝を目の前にしても物怖じしない彼女の性格は実に頼もしいと良二は思う。ハラハラすることも多いが……
「本当はクロダさんも同席していただいた方が良いのですが……」
「いつ出てくるかわかりませんよ? 念話も閉ざしてますから?」
「そうですね…………では、皆様の質問に答える形で……がよろしいかしら?」
「それじゃあ、お聞きします。結局彼女は、ミカドとは一体何者だったんですか?」
駆け引き無し、良二は直球で聞いた。全員が知りたい一番の疑問である。
「私やライラと、同じ存在だったはずです……」
「はず?」
「じゃあ、なぜ? 彼女はあなた方のようになれなかったのですか?」
「彼女の居場所は、アデスではなくなったのです」
「アデスじゃなくなったって……」
「魔素を中に秘め、永遠の時を紡ぐ天界。魔素が漂い、悠久の魂と限りある命が混在する魔界。魔素が無く、今生限りの魂が命を燃やす人間界……アデスはそうなるはずでした」
「ミカドはアデスに不要な存在だったと?」
「いえ、彼女はやはり人間界の守者だったのです。表に出ず、天界と魔界から湧き出る魔素をとどめ、魔素の無い人間界を保護していたのです」
「でも、魔素異変の時に人間界に魔素を流入させたのはミカドじゃないの?」
「違います。あれはあくまで魔界の魔法陣の暴走だったのです。ミカドはそれを阻止しようとして……耐えきれず魂が霧散してしまいました……」
(予がこんな状態なのはそのせいか……)
「あんたもマジものの幽霊になっちゃったわねぇ?」
(うう、返す言葉が無くなってしもたわ……)
「もうカリンたら。あんまりミカちゃんをイジらないの!」
容子ちゃん、めっ! とするの図。
「魔素異変時の魔素も今回の魔素も、ミカドの一部という推測は間違っていたのか……」
「私やライラを見れば、彼女も当然、私たちと同様であろうと推測されたのはやむを得ないでしょう。しかし実際のところミカドは、洩れてくる魔素を吸収し、人間界に流れることを阻止していたのです。当初人間界は魔素に頼らない歴史と文化を紡ぐはずでした。おそらくはチキュウのリョウジさんたちの世界のように」
「じゃあなぜ魔素異変……魔素の大量発生が?」
「原因は……これがそうとか、あれがこう、とはハッキリとは言えませんが、長い時間をかけて出てくる魔素が天変地異級の変動や人工的な開発で噴き出した可能性は否定できません」
「天変地異級……」
「人工的……」
何人かの眼がライラ、ラー、アイラオに集中した。
「な、何よ! 何でそんな眼で見るのよ!」
アセアセのライラ。
「ウドラ渓谷って確かウドラさんとギャランドラさんが……」
「アイラオちゃんとシランくんも山ふっ飛ばしたのよね?」
「だ、だってあれは魔素異変の100年以上前だし!」
アセアセのアイラオ。
(噴き出した後に澱みが出来たのかのう……?)
じ~~~……
「だからそんな眼で見ないで、見ないでくださいまし!」
アセアセのラー。
「ねぇメル、関係ないよねそんなの!? ね! ね!?」
「それはさておき……」
「メル~!」
「結局、霧散したミカドの魂が自我を取り戻すのに500年かかりました。その時の損傷が癒えて気が付いた時に見たのは、魔素にまみれた人間界の現状……」
「……守れなかった……ミカドはそう考えたのかな?」
「ミカさんの分離から見てもわかるように、ミカドの復活は完全なものではありませんでした。思考が暴走したのか、今となってはわかりませんが、彼女は魔素を人間界から排除することを考えたのでしょう。魔獣を操る術を覚え、最終的に喰い合い、共喰いをさせるように」
良二は続けた。
「組織化されてたように見えたのは単に操っていただけ、とはミカも言ってたことと合致するけど、その現象の一つなのかな?」
「そうやって魔素の無い人間界を取り戻そうと……? 全ては今回の、この戦いのために?」
ライラの疑問にメーテオールは若干、沈んだ顔になった。
「アデスは常に進化しています。いつまでも同じ状況にはないと説得したのですが……」
「それが暴走して人間界だけじゃなく魔界からも吸収して、いえ、吸収しすぎてあのような姿に……」
「ん~、お姉ちゃんの言う通りなら人間界に入り込む魔素はもともとミカドが吸収してたのよね? だったらいつかはこの間のような状態になっちゃうんじゃ……そうなったらどうなってたの?」
「手段はわかりませんが、今回のようにアデスから去っていくものと……」
「普段は姿を見せず、魔素の凝縮で実体化したら去っていくと言うの? 人が彼女の姿を見るのは去っていく時だけ?」
「……まるで座敷童じゃない……」
と容子。日本人ならそう言う連想も
「ザ、ザシキ……ワラ?」
キョトンとするアイラオ。
「じゃあミカドは……どうなったんです?」
「多分、どこかの世界でまた、守者か、その世界の意識そのものに……」
「世界? 世界に意識とか、意思とかが?」
「あの、お腹の蟲には自分より、デタラメ大きい生物の中にいるって事は、理解できないってやつ?」
「いや、ちょっとそれは……」
「いくら何でも……」
アデス組はもちろん、美月や容子もさすがに首を傾げる。世界が生き物とか、発想が斜め上過ぎると言わんばかりだ。
「まあ、地球だって大昔の人に『自分たちは宇宙に浮く球体の上に住んでる』って言ったって笑われるだけだしな。有り得ない事じゃないかもな」
良二の言葉に史郎や容子、美月らはともかく、アデス勢にはかなり変な顔されてしまった。だがそれには構わず、史郎も続いた。
「星そのもの……いや、あの凝縮された魔素のエネルギーが放出されるとしたら、彼女の転生した後の姿は恒星、あるいは星系自体が……」
「史郎くん、さすがにそれはSFちっく過ぎない?」
「まあ……確かに……」
「でも俺たち地球人からすりゃ、アデスなんてファンタジーそのものだしな。そういうので有ってもおかしくない……と言うか、そうであって欲しいとすら思うな」
良二はそう言いながら、戦った時の彼女の哀しそうな顔と、最後にメルに見せた、あの笑顔を思い浮かべた。
あの笑顔が、アデスでの勤めを終えた充足感と、次なる世界の守者へと昇格する満足感だったと、良二もそう思いたかった。
「もし、そうであったとして……このアデスにもそういった意思とか想いとかあったにしても、あたしたちには気付くことも感じる事も理解することも出来ないのでしょうね。メルの持つ、9番目の属性……あたしはそれが、そう言った意識とあたしたちを繋ぐパイプになっているんじゃないかと思ってるけどね」
ライラの説に頷き加減の良二や史郎たち。比べてメアやカリンらは頭から?マークを乱発する一方であった。
「ある意味、本当の神さま……と言うか、創造主と言うか?」
と容子。地球にいた頃の神を語る感覚だ。アデスにおける神族以上の存在の意思、創造主……
「それが本当にアデスの意思だと言うなら……」
「俺たちが召喚されるに至ったのも、そういう意思が働いたのかな……?」
「メルはリョウくんたちの事を、体調を崩したアデスを治す薬だと例えたわ」
「薬ぃ?」
「す、すみません、適当な言葉や例えが思いつかず、つい……」
「あたしもそんな理屈はイヤだと思ったけど……でも結果としてリョウくんたちの働きでミカドは転生し、アデスには平穏が戻ったわ」
「でもさあ、ミカドが転生してしまって人間界はある意味……アデスに守者を無くされたってことにならない?」
「そうだね。今の人間界は守者が不在だ」
美月と史郎もボソッと話す。
「人間界はこれからどうなるんすか?」
「見守っていただける方がいらっしゃらないまま……?」
メアとシーナも不安混じりの心細そうな声で聞いた。
話題の意味はよく分からないものの、人間界が今までとはまた違った不安定な状態になりそうだ、と言う予感くらいは感じていそう。
「そこだ」
ホーラが語気を強め気味に話し出した。
「委員会、いやアデス三界は討議の末、貴様たち異世界人に、ミカドの代わりに人間界の象徴として留まってもらうように要請することになったのだ」
ホーラはようやく、今日持って来た話題を切り出せた。
「ミカドの代わり?」
「天界12神、魔界8魔王、人間界6か国元首の連名で正式に要請される。もちろん、メーテオール猊下とライラ陛下の御名も同様だ」
「えー!」
「そりゃ、俺たちはもう地球には帰れないから、アデスで生きていくしかないけど、ミカドの代わりって!?」
「具体的には人間界、エスエリアに帝府を置く。そして人間界6か国の統治・指導に尽力してもらう。とまあ、そんな風に言うと些か仰々しくなるが、要するに何かトラブルがあったらその強大な魔力を背景に、仲裁とか後始末とかしてくれんか? ということだ。もちろん、天界、魔界もちゃんと後見するから、段取りとか慣習の違いとか、その辺は安心してくれ」
良二たちはあんぐりとしてしまった。規模はデカくなったけど、やることは特別遊撃隊の頃と変わんねー! と言いたげに。
(国レベルの汚れ仕事やケツ拭きかや? リョウちゃん、ご苦労さんやな?)
「お前もその一人じゃないか。何を人事みたいに言ってやがるんだ? 容子に肩貸してもらってる事、忘れんなよ?」
(………………Zzz)
「寝たフリすんな!」
「でも黒さん抜きでは決められないよぉ」
「そうね、やっぱりこういう時は隊長の意見が欲しいよね」
「ああ、なんだかんだでいろんな所で造詣が深いからなぁ。この手の分野は黒さんが頼りだよ」
「お褒めにあずかり光栄だね」
うわああぁぁー!
良二ら日本人はもちろん、そこにいるすべての者のケツが浮いた。
いつの間にか誠一が部屋に入ってきていたのだ。
「い、いつから居たー!」
プロマーシュの時と同じで今度も後ろから不意を突かれた。ライラと違って、なぜか全く慣れない。
誠一の暗黒腹に潜む、特殊な隠蔽スキルでもあるのだろうか?
「お前の、『まあ、地球だって大昔の人に……』辺りだな」
「……で、ホントは?」
「今回はマジだよ? 疑ってばかりだと心が荒むぞ?」
――あんたが言うか!
その場の全員が心の中で、心の底からそう叫んだ。うん、叫んだ。
「そんな! 私の索敵でも気付かないなんて!」
シーナちゃんも驚愕。
今や軍でもトップクラスの索敵能力持ちの誉れ高い彼女だけに、あっさり抜かれてしまい些かショック。
「お前は地磁気の流れを読んで標的の位置や動きを判断するだろ? だから雷魔法で体の中に電磁波を発生させて、それを偽装してみたんだ。実際には異質のものだが……うまくいったみたいだな」
「ああ、さすがですわ! シーナの主様!」
ジャンプ一番! テーブルを飛び越えて、思いっきり全速力で誠一に抱きつくシーナ。誠一の胸に飛び込む彼女の眼から一気に涙が噴き出してきた。
「クロさん! ようやく出て来てくれたっすね!」
メアも縋りつく。
「セイイチ!」
「セイイチさま!」
「隊長!」
「黒さん!」
皆が次々と誠一に声をかけた。
「黒さん……なんだよ、髭も剃らずにさ……」
良二は目尻を下げ柔らかい顔をしながらも意地悪く言ってみた。髭はもちろん、髪の毛もボサボサだ。多分、風呂にも入っていないのだろう。
「考えることがあり過ぎてな。心配かけさせたようで済まなかったな」
「セイイチ……」
「セイイチさま、申し訳ありません! 私、私……」
「なにを謝ってんだ? キミ達は俺が想っていたキミたちであり続けてくれたじゃないか。キミたちへの想いは変わって無いよ?」
誠一はメア、シーナと同じくホーラとラーをふんわり抱擁した。
二人の眼からも、安堵と嬉しさの涙が零れた。
「黒さん、話を聞いていたならわかるよね? 俺たちの今後の話だけど……」
「うん、断る」
即答!
「な! セ、セイイチ! そんなすぐに断らなくとも! もっと十分に検討してからだなぁ……!?」
誠一は、驚く良二らを尻目にフィリアの方を向いた。
「どこに出すものかと、考えどころだったけど……殿下が一番良さそうですね。これを……」
そう言いながら、誠一はフィリアの前に一通の封書を差出した。
「これは? じ、辞表?」
――な、なんだってー!
良二らは思いっきり、声を張り上げた。
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