だんごむちー ver.餌

いすみ 静江

だんごむちと餌

 餌――。

 誰もが食べなければならない餌。

 餌もまた、己の腹を満たす。

 負のスパイラルが存在する恐ろしい世界だ。

 だが、生きるモノ生き残るモノは、それを狩る。


 ◇◇◇


 私の祖父、真白ましろきよしには一人の女と八人の男の子がいた。

 戦後間もない昭和三十二年、真白家でのことだ。

 その晩の夕飯も相変わらずの光景が見られる。


「金の卵だから、餌を食べられていると思え。感謝するなら、赤紙に従うことだ」


 父親しか食べられないお米を味噌汁をかけてカッカッカッと放り込む。

 その間、三分二十秒。

 大根を漬けたのをつまんでいる内に、下膳を妻のケイと長男の嫁にさせる。


はじめはいいよな。長男だから、畑をやればいいんだから」

「誰だ! そんなことをほざく奴は!」


 煙草に火をつけようとした父の怒声で、空気が割れた。


「お父さん、善生よしなりですよ」

「牛小屋の前で反省しろ! でれすけめ!」


 渋々と外にある臭い便所の横へ行く。

 牛の濡れた鼻で突かれた。


「おい、牛。どうせ、十五歳までだろうな。親にも会えなくなるなんてな」


 義務教育が終わって直ぐ、次々と集団就職さられる。

 五番目の兄弟、善成にもその日が来た。

 昭和三十四年、十五の春は、まだ、寒かったことだろう。

 見送りもなく出て行った。


「あんなに沢山家族がいたのに、もう一人か。葛飾かつしかは遠い」


 上京して直ぐ、電気店で仕事をしていた。

 一通の手紙が届く。


「カネオクレ」

「俺が、どうやって稼いでいるのか、何を食べて生活しているのか、どんなに節制しているのか、分かっているか。……親父」


 これが、戦後も続く真白家の赤紙と呼ばれるものだった。


「カネオクレ」

「今月もか……。給料日が知られているようだな」


 必ず定期的にやって来た。

 その数年後、珍しく変わった手紙が届く。


「キョウダイ、チカラヲアワセテ、シゴトシロ」


 父の言いつけに従い、兄や弟と共に同族会社を興す。

 それが、マシロ鋼建こうけんだ。

 令和になった今でも代替わりして、善成が代表取締役社長となり、有限会社マシロ鋼建は存在している。

 実は潰れそうだが。


 ◇◇◇


 これは、その父が妻を求めて授かった、長女小雪こゆきが小学生の頃の話だ。

 黒電話が鳴った。


「現場の小学校が、仔うさぎが生まれたので要らないと言っているから、そのお父さんうさことお母さんうさこを飼うか?」

「はい」


 小学校でビル用サッシを取り付けている父からだった。

 連れて来たのは、今は亡き一番若い叔父だ。

 貰って来たパンダうさぎのつがいは、ツンツンな性格だが、小雪は、可愛がってお世話に励む。


「お父さんが小屋作ってやるからな。うさことうさこを広い所で飼いなさい」

「はい」


 善成さん、うさぎの名前を勝手に決めてませんか。

 年中酔っ払ったような感じなので、そんなものかと思われた。  

 しかし、おうち作りは父の意外な申し出だった。

 よく見れば、自宅の物置は、窓ばかりでできていて、グロースキャビネットに似ている。

 ちいさな動物さんちは、ビル用サッシで組み立てて、周りを網で囲み、中には大きな木箱を横に倒したものが置かれた。

 二階建てで、うさことうさこは、よくジャンプして登ったり降りたり丸まったりしていた。


「小雪、鳥も好きだろう」

「はい」


 父からの黒電話は、そんな用件が多い。

 間もなく、二番目に若い叔父から、雑種の親子チャボ二羽、それから、つがいのゴイシチャボに、シャモ一羽を次々といただいた。


「うさことチャボは一緒にしても仲良しなんだよ」

「はい」


 シャモは、高速攻撃野郎だが、親子チャボなど、一日中お腹の下に卵をあたためていて、愛らしい。

 直ぐ隣に並んで沢山の卵の内、一個でも転がれば、嘴で懐に預けてどちらの卵か分からない位体を膨らませていた。

 母が白っぽくて、娘が黒っぽい。

 ゴイシチャボは、見たまま囲碁の碁石のようだった。


「可愛いか。世話をしなさい」

「はい」


 それは、うさぎのうさことうさこ、そして、チャボらの二階建ておうちとなる。


 ◇◇◇


 ある日、偶然、地面を突くチャボから観察結果を得た。


「おお! チャボちゃんって、ダンゴムシを食べるのですね!」


 私は、喜々とした。

 そして、小学校の裏庭で、ダンゴムシを発見する。


「一匹、二匹、沢山いる!」


 もう、居ても立っても居られなくなった。

 翌日、学校の帰りに寄ろうとドキドキして、いつもは2のn乗を限界なく計算して帰る所だけれども、ダンゴムシのことばかりを考えて帰宅した。

 陽が昇ったら直ぐにでも放課後になった気分だ。


「だんごむちー。だんごむちー」


 私は、小さな蓋つきプラスチック製容器を持って行き、ダンゴムシを集めることにした。


「だんごむち、かな? だんごむちー」


 歌までさえずって陽気なものだ。


「一だんごむちー。二だんごむちー。沢山だんごむちー」


 手袋とかの概念もなく、勿論手掴みだ。

 時間など忘れる程に、山盛りにして蓋をした。

 

「あ、カラスのチャイムです」


 その日、帰宅するのが遅くなり、焦りを感じた。


「バイオリンの練習をする時間が減ってしまいます」


 それで急いだが、軽い喘息になってしまった。


「ゼイ、ヒューヒュー」

「どうしたの? 小雪」


 夕方に大きなアップルのパンを食べている母と会う。


「いえ、餌に栄養と楽しみを足したいと思いまして」

「喘息になっているじゃない。病院へ行くのは大変なんだからね」


 母が訝しむので、ダンゴムシのことは、内緒にした。


「ゼイ、ゼイ、ヒュー」


 何としても、ダンゴムシをチャボ達に届けたい。


「餌は、生きて行く上で大切なんだ。ゼイゼイ……」


 意を決して、その状態でチャボに会いに行った。

 靴を履き、玄関を出る。

 裏庭へまわると小屋があって、うさこもチャボも皆元気にしていた。

 私は、中に入って、カンヌキをかける。


「シロチャ、クロチャ……。それにゴイシチャボちゃん。シャモもいいですよ」


 クククク、クケエコッコ。

 コケエコッコ。

 チャボらが集まって来た。

 すると、後ろの方からドスッと音がする。


「だ、誰ですか」


 うさぎは啼かない。

 鼻をひくひくさせて来た。


「うさこにうさこか。ごめんごめん、これはうさぎの餌ではないですよ」


 ひくひく。

 くんくん。


「ペレットがあるでしょう? どうして食べないのですか。うさこは、草食ですよ」


 ケケケケケケ、クエケケ。


「はい、はい。ダンゴムシ、上げますよ」


 ぱっと蓋を開けたとき、ギッシギシに詰まった餌が煌めいていた。

 そこへ、うさことうさこのアタック。

 要するに背中に前足を当てられたのだ。

 

『うさこにも頂戴な。それ、美味しいの? ねえ、美味しいの?』


「ニンジン持って来ます。ゼイゼイ、ハア」


 今日は、ダンゴムシがあるから、奮発してニンジンを丸ごと一本にした。


「お待たせー」


 うさこスペシャルニンジンを置く。

 来るかな?

 うさこが喜ぶかな?

 クケーケケケ。

 コツコツコツコツ。


「何でチャボちゃんとシャモがニンジンを突っついているのですか」


 うさぎに食べさせようかと、取り上げてニンジンを差し出す。

 だが、遅かった。

 コツコツとニンジンが突っつかれる。


「ダンゴムシは、うさこ夫婦が気になるようですし」


 餌が、あべこべ!


「どうなっているの?」


 餌、一つとってもちょっと違う。

 楽しい生き物達のだんごむちーソング。

 だんごむちー。

 だんごむちー。


 ◇◇◇


 令和になってのことだ。


「おい、これは全部小雪のだから持って行きなさい」


 父に言われて袋の中を確認すると、私の物は二つだけだった。

 小学校一年生と二年生の成績表が出て来た。

 先生からは、『真白小雪さんは、子供らしい明るさがなく、友達と楽しく遊ぶ姿が見られません』とあり、当時の孤独をちいさな動物さん達で癒していたのが想い出された。

 父も母も圧があった想い出も無駄な程ある。

 中学受験に合格して、善成に頭を踏まれたことが、痒い。

 そして、中学生になると、『餌』と言うGペンで描いた漫画や、原子爆弾を抱く少女を大きな紙に描いていた。


「今、私が食べようとしているのは、餌なのか」


 ◇◇◇


 餌――。

 誰もが食べなければならない餌。

 餌もまた、己の腹を満たす。

 負のスパイラルが存在する恐ろしい世界だ。

 だが、生きるモノ生き残るモノは、それを狩る。











Fin.

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