石の上にも七年の恋
第37話 エピローグ
【十数年後の厨川の視点】
医は仁術なり。
――医は人命を救う博愛の道である。
医者として色んな患者を診てきたオレはそのことをつくづく実感するようになった。
去年、ぃなとの息子が産まれ、順風満帆な人生を送っている。
ただ、医者という職業柄、息子の世話をぃなに任せっきりになっているのが気がかりだ。
休みの日しか子育てに参加できていないので、ぃなには苦労をかけてしまっているだろう。
「何ともなかった?」
目の前にいる女性の患者が、タメ口で訊いてくる。
「はい。何の問題もありませんでしたよ」
オレはあくまで医者として敬語で返事する。
診断結果を聞くなり、その女性はにこやかな表情になって、診察室を出ていった。
医は仁術なり。
だが、人の命を救うには膨大な知識と技術、そして現代医学の進歩が必要なのである。
未だ、石硬症についてわかっていることは少ない。
せいぜい男より女の方が発症率と重篤化する確率が高いといったところか。
もう何人も石になった患者を見てきた。
その度に罪悪感に苛まれ、研究に没頭する。
早く石硬症に対する完璧な対処法を見つけたい一心で日々、医者としての生活を過ごしているのだが――
それでも時々思い出してしまう。
昔、親友が未来予想図を描いて、恋人を取り戻そうとしたあの無謀な行動を。
まあその無謀な手立てを提案したのは、紛れもないオレなんだけどな。
あんな無茶、後にも先にも、あいつ――佐伯にしかできないだろうな。
そんなことはわかっていても、やはり石硬症で石になってしまう人を目の当たりにする度に頼ってしまう。
人の強い想いが石硬症を打ち破ってくれないだろうか、と。
って、医者のオレがそんなんでどうする。人々に希望を持たせるのがオレの役目だろうが。
パシンと頬を叩いて、喝を入れる。
オレは診断室の外にいると思われる男性に話しかけるために、女性の後を追うと、
「お母さん! 体調どうだった?」
四歳ぐらいの女の子が無邪気に問いかけていた。
その子のお母さんと思われる女性は柔らかい眼差しをその子に向け、
「何ともなかったよ。いつも通り元気なお母さんだから安心して」
「やったー! じゃあ今日もお祝いに苺のシュークリームが食べたーい!」
女の子は諸手を挙げて喜んだ。
そして、お母さんとは反対方向に走りだした。
「お父さーん。お母さん今日も元気だし、苺のシュークリーム二個食べていいってー」
お母さん二個食っていいって言ってたっけか?
甘いモノには目がないところと、どこかちゃっかりしているところは母親譲りなんだろうな。
こりゃあ旦那さんは苦労してそうなこった。
オレはお父さんと思われる男性の方をジロジロと眺めた。
彼はオレと目が合うなり、やれやれといった感じで目線をすぐに逸らした。
おい、この。相変わらず扱いが雑いな。
でもまあ、しゃーねえか。
今は娘がいちばんかわいいし、家族がいちばん大切だもんな。
今や誰もが知っている小説家になった彼は、駆ける女の子にこう言った。
「廊下は走っちゃダメだぞ。――
階段から落ちた女の子を助けたら、塩対応で有名な高嶺の花で、僕にだけデレるようになるんだが…… 下蒼銀杏 @tasinasasahi5
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます