1章 ハナズオウと蠟燭

第7話 夜は君とゲームを眺めて 〈ジュダ〉

       ─新暦65年─

  Novem11月ber 24th24日 旧中國 大連跡地



倒壊したビル群を疾走する一台のジープ。

荷台付きの愛車は排気ガスを吹き上げ、鬱蒼うっそうとする元オフィス街コンクリートジャングルの悪路を難なく進み続ける。

ゴムタイヤに踏まれたガラス片が瞬き金剛石ダイアモンドを思わせるのを、助手席のニホカが窓から乗り出し見る。



「うおぉ、見て見てジュダ。こいつぁ中々に綺麗ですぞ。」


「運転中だから見られない、それに危ないから窓から乗り出すのはやめてよね。」



はぁい。と言って不貞腐ふてくされるニホカは、親に注意された子供のそれに似ていた。

バックミラーを確認する。荷台に戯鬼蟋蟀ジンジュウの解体肉が詰まった携帯式ポータブル冷蔵庫が見える。



コウロギ共の臓物は人間との互換性が無いので、冷蔵庫の肉は食用だ。

虫の肉は少々気が引けるが、魚の培養肉が使われていてサーモンの味がする。


ヴェヒターの掲げる「環境保全」には非選民達も少なからず賛同していて、 《ヨハネ条》第26条により、養殖と特別に許可された動植物か機械生物ワイルドライフ以外の食品の売買等が禁止されている。


「しっかし、食えるって分かっててもコウロギ肉はじゃない?」


覗き窓から荷台を見るニホカ。


「使える物は使わないと。それにあんた、先週買ったお寿司にあのコウロギ入ってたじゃん。覚えてない?ニホカが気に入ってたサーモンの。」


「え、マジですか……」


「マジよ。」



他愛ない会話をしつつ、道路標識のない荒野を律儀に法定速度で運転していると、私達の都市ホームタウンが近づく。


自然災害や機械生物ワイルドライフからの被害を避ける為、大抵の都市が移動都市化する中、目下もっかに広がる街はしっかりと大地に根ざしていた。







─────────────────────


華極共同体 都市龍華ロンファ






「ジュダお疲れ様。運転ありがとね。ポンペイもお疲れ。」


ニホカが私と愛車をねぎらった。

ポンペイは、彼女が車に付けた名だ。

私達専用ガレージから、エレベーターで自宅まで上がる途中で、私も親友へ労いの言葉をかける。



「ニホカも十分頑張ってくれたよ。ていうか、君がいなければ今日はヤバかった。」


「褒めてくれてありがとね。確かにアーツなしでコウロギ3体はヤバかったと思うな。

……だからさジュダ、何度も言ってるけど、カラードじゃない貴方は任務に出なくていいんだよ?

別にお荷物とか言いたいんじゃなく」


「私は平気だよ。それに、私もニホカの役に立ちたいんだ。」

心配してくれる親友を半ば強引に制す。



カラードは16歳になると都市の軍部から、機械生物ワイルドライフ討伐や都市間の貿易、特殊製品や医薬品の製造への従事を義務とされる。

今日コウロギ駆除をしたのもその仕事の一環だ。


だが、カラードは最近の技術なので最高年齢も28歳と低く、大抵未成年で構成され人口も少ない。

だから一般の志願者公募もしていて、私もその一人として志願した。



定員オーバーになりそうな重苦しい空気の中、エレベーターは上昇を続けている。








─────────────────────



高層ビルの22階、中庭付きのベランダから見る夜景。



乱立する広告看板の群れが爛々らんらんと輝き、都市の復興を誇る。

その隙間から私を撫でる、涼やかな風が気持ち良い。

龍華ロンファは、選民の住む居住都市と変わらない、いやそれ以上の発展を遂げていると思う。



「ジュダ〜。 お風呂開いたよ。」



ガシガシと、濡れた髪をタオルで乾かすニホカ。

ふぃ〜と溜息を吐く彼女は、冷蔵庫に直行し、帰り際に買ったケーキを取り出す。

鎢錥タングステンの様に重かった空気は払拭し、外からの涼風で部屋も和やかな気がする。



「分かった、今入るよ。……私の分、ちゃんと残してね。」


「えへへ、リョーカイしました……」


デザート泥棒に釘を刺してから風呂に入る。




40℃に調節したシャワーは、外のそよ風とは違った気持ちよさがあるが、風呂場の鏡に写る傷だらけの少女が、気分を損ねる。


「大分小さくなったけど、この傷跡治りそうにないかな……」


年相応に成長した艶やかな少女の肩には、白く変色した切り傷の跡。

彼女が、この街に来るまでに出来た物だ。


「自分の無計画が祟ったけど、ここまで大きいと水着の時見えちゃう。」


当面着る機会の無い水着の事を考え気分が沈む。



彼女は元々、この街の者ではない。

故郷から逃げ出し、廃ビルで死にかけの所を保護されて龍華の孤児院で生活していた。

同居人とはその時知り合ったのだが、二人は何かと気が合い、今は軍部に保証人となって貰い、二人暮しをしている。



ニホカが選択チョイスした香りを纏わせ、風呂場から上がる。

茉莉花マツリカの匂いがする液体石鹸は、結構好きな匂いだったので、今度から私も買おう。


ドライヤーである程度髪を乾かし、寝る時に暑いのが嫌なので、下着に着古したオーバーTシャツという最低限の格好で脱衣所を出る。




もう眠ていると思ったが、まだ濡れ髪の同居人は据え置きのゲーム機に没頭していた。


「もしもし、川崎ニホカさん? 明日は学校ではなくって?」


朝方に彼女を起こすのは骨が折れるので、多少嫌味を含め寝ろと催促する。

従事義務はあるが、それ以前に私達は一人の高校生J Kでもある。



「明日学校なら尚更やらねばでしょ。

ここはどーぞ、偉大なるジュダ・シュピラー様、我に御慈悲を〜。」


「全く……。 じゃ12時までには寝てよね。」


「おお、神が与えたもうた有り難きシアワセ。」


「寛大なる我が御心みこころに……感謝しな。」


茶番くさい台詞回しに乗ろうとするが、気恥ずかしくなった。

正直、私も気になっていたゲームだったので、ちゃんと残してあるケーキを食べながら鑑賞することにした。



夜は大抵、こうやって彼女が遊ぶのを眺めて過ごす。

私はゲームクソ雑魚なので、二人用以外にゲームは参加しないけど。


彼女が楽しそうに遊んでいるのを見てると、心が軽くなる。

私にはそれだけで十分なのだ。

今日もそうやって、寝るまでの間は雑談をしながら、彼女のゲームを眺めて過ごした。

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ギュスターヴの大地  赭梅/Shame @LondonABC

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