竜に転生したボクの女難・外伝 〜紫竜の魔法使い〜

加藤ゆたか

紫竜の魔法使い

 中央王国センドダリアの南西に位置する豪邸のその広大な庭に、一匹のドラゴンが舞い降りる。ドラゴンは地面が近づくと見る見るうちに女の姿に変わっていき、何もない空中から現れた衣服が女の身体を包む。ドラゴンから変化したその紫色の髪の女の肩には、もう一人、ピンク色の髪の女が掴まっていて、二人は同時に着地した。どうやら彼女はドラゴンの背に乗ってここまで運ばれてきていたようだった。


「東の国からここまであっという間だったね、リョウ。」

「うん。ミネもずっとドラゴンの背に乗っていて疲れてない?」

「大丈夫だよ。」


 リョウと呼ばれた紫色の髪のドラゴンだった女は、ドラゴンの背に乗っていたピンク色の髪の彼女をミネと呼んだ。リョウはミネを気遣うように手を差し伸べる。ミネはそのリョウの手を取りリョウを見つめた。リョウこそドラゴンになってここまで飛んできて疲れているのではないかと気に掛かったからだ。しかし、リョウの顔には疲労の色は見えない。リョウは事実、自身が持っているその大きな魔力のほんの数パーセントも消費していなかった。


「おーい、リョウくん! ミネちゃん!」


 豪邸の屋敷の方から一人の男性が彼女らの名前を呼びながら走ってくる。


「コウタさん! お久しぶりです!」


 リョウが男性に向かって手を振り返す。


「コウタさん、今日はお招きいただきありがとうございます。」

「いや、結婚式もバタバタしていて出来てなかったからね、こちらこそご無沙汰していて申し訳なかったよ。……てっきり入り口から入ってくるものだと思っていたから、ドラゴンが飛んでくるのを見た時はビックリしたよ。まあすぐリョウくんだってわかったけど。」



 リョウとミネとコウタは二年前に、数日間だったが冒険を共にした仲間であった。リョウとミネが東の国イーストラに旅立った後も、定期的に連絡を取り合おうと約束していたのだった。


「いや、話には聞いていたけどリョウくん、だいぶ変わったね。」

「あ、はい。これが本当のボクです。」

「なるほどねえ。まあ確かに合ってる感じがするね。」


 リョウとミネは、コウタに連れられて屋敷に入る。


「あ、これ東の国の名物で、ロロンっていう甘い果物です。」

「わざわざありがとう、ミネちゃん。んー、メロンみたいなものかな。あとで屋敷の人に切ってもらうよ。」


 ミネが持ってきていたカゴをコウタに渡した。

 リョウは物珍しいものを見るように屋敷の中をキョロキョロとしている。


「ここ、すごい家ですね。」

「ここはティアラさんの実家でね。やっと結婚を許してもらって、今の僕は婿養子だよ。」

「へえー。」

「あ、ほらここだよ。」


 コウタは二人を一室に案内した。コウタが部屋の扉を開けると、中には黒髪の女性がおり、その横には小さな赤ん坊が二人寝かされていた。


「あ……リョウくん……久しぶり……。」


 黒髪の女性はリョウとミネを見て、笑顔を浮かべ、ボソボソっと小さな声で言った。元々この女性は人と話すのが苦手であるようだった。


 おぎゃあああ!


 突然部屋に見知らぬ人間が入ってきたことに驚いたのか、寝ていた赤ん坊の一人が大きな声で泣き出した。


「あ、ティアラさんお久しぶりです。出産おめでとうございます。ああ……赤ちゃん起こしちゃったかな?」


「……大丈夫、お腹空いたんだと思う……きっと。」


 黒髪の女性ティアラは泣いた子の方を抱き上げてゆっくりと左右に揺らしあやすようにする。


「この子アスラはいつも泣いてばっかり……もう一人の子……ステラはほとんど泣かないのだけど……。」


 リョウが寝かされたままのもう一人の子を見ると、こちらの子も目を覚ましていたが、じっとリョウたちの方を見つめていた。


「本当だ。この子は大人しい良い子みたい。女の子と男の子の双子なんですね。」


 ミネが寝かされている女の子の方の赤ん坊に近寄って微笑みかける。


「いやあ、本当に可愛いんだよ。僕らの結婚に反対していたお父様もこの子たちには今はもうデレデレなんだからね。ちょっと抱いてみるかい?」

「いいんですか!? ぜひ!」


 コウタは女の子の方の赤ん坊を抱き上げると慎重にミネに渡した。ミネは緊張した面持ちで真剣に赤ん坊を抱いている。


「可愛い。」


 赤ん坊は大人しくその身をミネに任せている。


「ふふふ。」


 ティアラは赤ん坊を挟んで仲睦まじくはしゃぐリョウとミネを眺めながら笑った。この二人は大変な境遇であったはずだが、今は幸せそうにしている。……良かった。ティアラは二年前に王国の騎士の職務を放棄するような形になってしまい、急な別れとなってしまったリョウとミネのその後ことを少し心残りに思っていたのだ。しかし今日、二人の様子を見てティアラは安堵した。……王女も元気にしているだろうか? もうあれから二年も経ったのだと、時の流れの残酷さも思った。



「そういえば、リョウくんは魔法使いの勉強の方は順調なのかい?」


「はい。今は仮免で杖も持たせてもらっていて、来年の卒業試験で合格すれば魔法使いの免許が取れます。」


 リョウは背中からバトンほどの長さの杖を取り出して見せた。


「これが魔法使いの杖なんだね。」


 コウタはリョウの杖をマジマジと様々な角度から眺めて言った。


「……もう魔法使いの名前は決めたのかい? ほら、ルカちゃんだったら『瑠璃色の魔法使い』ってやつ。」

「いや、実は迷っていて……。」


 リョウは持っていたメモ帳をコウタに見せた。メモ帳にはいくつかリョウが自分で考えた候補を書きとめていた。リョウはこういうことはこだわるタイプであった。


「絶対に竜って言う言葉は入れた方がいいと思うよ。」

「やっぱりそうですかね?」

「今日、紫色のドラゴンが飛んできた時さ、ちょっと見惚れたよ。あれはリョウくんにしか出来ないことだと思うよ。……紫のドラゴンだから、この『紫竜の魔法使い』っていうのはいいと思うな。」

「そうですよね! ボクもこれかなあと思ってたんです! ありがとうございます、コウタさん!」


 よしっ、とリョウはメモ帳に書かれたそれを大きく丸で囲んだ。



「コウタさん、これ何だかわかります?」


 リョウは両手で持つほどの大きさの箱を取り出した。箱には大きな丸いガラスがはめられている。


「もしかして……カメラかい!?」


 コウタは驚いた顔でリョウの持っていた箱を見た。


「そうなんです。スプリング社が光の魔法陣を利用してカメラを作っていて、東の国ではちょっと値が張るんですけど、たまたまツテでボクがもらっちゃいました。」

「すごいね!」

「これで皆さんを撮ってもいいですか?」

「ぜひお願いするよ!」


 リョウは双子の赤ん坊をそれぞれ抱いたコウタとティアラを撮影した。他にも赤ん坊を抱いたミネや隣り合って寝かされている赤ん坊や、コウタとティアラのツーショットも撮った。


「僕にも触らせてもらえるかい? ほら、リョウくんとミネちゃんの二人で撮ってないだろう?」

「あ、そうですね。ありがとうございます。」


 リョウはカメラをコウタに渡して使い方を説明するとミネの横に並んだ。


「ちょっと緊張するね。」

「ほらリョウ、ピシッと立って。」


 リョウとミネは並んで立っているところをコウタに撮ってもらった。写真に収まる二人の距離感からは、ただの友人の関係ではなく、今までもこれからもずっとパートナーとして共に歩んでいく唯一無二の関係であることが伝わってくるなとコウタは思った。



「それじゃ、写真は現像できたら送りますね。」

「うん、よろしくね、リョウくん。またおいでよ。」

「はい、赤ちゃんの成長が楽しみなので、また来ます。」


 リョウはミネを背に乗せるとドラゴンになり東の空に向けて飛んでいった。

 見送るコウタの目に映る彼らは何者にも囚われない自由であった。

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竜に転生したボクの女難・外伝 〜紫竜の魔法使い〜 加藤ゆたか @yutaka_kato

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