鬼桜木町喫茶

天華

第1話もういちどキミと①

「どこなんだここは?」僕は周囲を見渡した。見た事のない鬼のようなもの,獣と人が入り混じったようなもの達が歩く街に僕は1人佇んでいた。

すると、着物のような羽織を羽織った背の高い青年が声をかけてきた。

「君、この街の住人じゃないみたいだね。帰り道まで案内しよう。」僕はその青年の言葉に甘えることにした。しばらく青年と歩いていると、様々な異形のものたちがその青年に声をかけていく。どうやらこの青年は信太郎(しんたろう)というらしい。こんなに声をかけられるなんて、有名人なのだろうか。

「さて、着いたよ。」信太郎は門の前で立ち止まった。「この門をくぐり抜ければ元の場所に帰れるよ。」「わざわざ案内して下さりありがとうございました。」僕は信太郎に頭を下げ、門をくぐり抜けた。

「あれ?」門をくぐり抜けはずだった。しかし、門の前に立っていた。信太郎は驚いた顔をしたが、すぐに冷静そうな顔に戻った。

「成程。君、もしかして元の場所に帰りたくないと思っているのかい?」「ひぃぃぃっ」

僕は全て見透かされている気がして、尻もちをついた。

「そんなに驚かなくても大丈夫だよ。」信太郎は笑いながら言う。

「急にこんな街に迷い込んで混乱しているだろう?私の店でお茶を淹れてあげるから来なよ。」

「信太郎さんの店?」「そう。」信太郎の手を借りながら何とか立ち上がる。

「ここはアヤカシの街なんだ。」信太郎は笑顔でサラリと言った。

「ようこそアヤカシの街『鬼桜木町』(きさらぎちょう)へ。私はここで町長のようなものをしてる信太郎さ。」

信太郎が何を言ってるのか理解できない。

「最初のうちは混乱するだろう。でも、すぐに慣れるよ。」ポカンとしている僕に信太郎はそっと手を差し伸べてくれた。


信太郎に導かれるように歩く。異形のもの達が僕の方が異形だと言いたげにジロジロと見てくる。(この景色は夢じゃないんだ...。)

相手の視線が怖い。僕はできるだけ目を合わせないよう俯きながら歩く。そんな僕を見て信太郎はアヤカシ達に声を掛けてくれた。

「さあ、着いたよ。」信太郎は立ち止まる。

顔を上げると、夕方のように薄暗い中にガス灯の温かい光とともにレトロなレンガ造りの建物が浮かび上がった。

「信太郎喫茶店...?」ここが信太郎の店なのだろう。とてもレトロで落ち着いた雰囲気の建物だ。僕は信太郎に続いて店に入った。


営業時間は過ぎたのだろうか。店内には人影がなかった。

「ほら、遠慮しないで。」信太郎に促されるように僕は席に座った。信太郎が奥に声をかけると2人の子どもが出てきた。双子なのだろうか。見た目がそっくりだ。

「信太郎おかえり!お客さん?」2人は目を輝かせながら僕らの方へやって来た。

「そうだよ。お茶を淹れてくれるかい?」

「任せて!」2人は嬉しそうに店の奥へと消えていった。異形のものが出てくるのではないかと思っていた僕はホッとして店内を見渡した。

店内は暖かな光に包まれてどこか懐かしい雰囲気だ。奥の壁には「お困り事があればこちらへ」とこの店の名前の記されたチラシがあった。

「そのチラシはあの子たちが作ったものでね。」信太郎はそう言った。成程。街でよく声をかけられるのは、こういう事なのか。

「お待たせしました。」店の奥から2人の子どもがお盆を持って来て、僕らの前にお茶とお饅頭を出してくれた。「どうぞ」と勧められたので、お茶をひとくち口に含む。緑茶が疲れた心身を癒してくれた。2人の子どもは嬉しそうにニコニコしていた。

「さて、落ち着いたところで名前を聞かせて貰えるかい?」

「阿比留 拓真(あびるたくま)です。」よろしくと言おうとしたが、緊張のあまり口ごもってしまった。

「私は信太郎。こちらは双子のアツヤとオサム」

「茶色の方がアツヤや!白い方がオサムやで!」双子は元気いっぱいに自己紹介をしてくれた。僕は可愛らしいと思った。

「実はな、伸太郎さんって凄いんや!」「そーなんや!信太郎さんはな実はな」

「はいはい、そこまで。」「私のことは置いといて、拓真くんの事を聞かせて貰えるかい?」

そうだ、僕はどうしてこの街にいるんだっけ?

僕は彼女に話がしたいと公園に呼び出された。そこまで思い出すと悲しくなってきた。僕は泣き出しそうなのを堪え、話し始めた。

「失恋したんです。もう僕とはいられないと。理由を聞いても話してくれなくて…。

2日前に映画を見に行った時には、あんなに楽しそうだったのに。」

「僕はその事を忘れたくて、走ってるうちに裏路地へ入ったんです。気づいた時にはこの街にいたんです。」

「成程。」信太郎は腕を組み、うんうんと頷いた。

「拓真くん、君は失恋という大きな壁から逃げている。しかし、いつかは向き合わなければならない。」「はい」

「なら、私は向き合えるように手助けしよう。君がまた、前を向いて歩けるように。」

信太郎はニコリと微笑んだ。

「お茶を頂いた上にそこまでしてもらうなんて..!!」いや、待てよ。タダでとは言っていない。あの爽やかな笑顔とは裏腹に高額な料金,ましては魂を要求されたらどうしよう...。

信太郎は爽やかな笑顔のままでこう言った。

「大丈夫、代償は貰わないから。」

「僕の考えが分かるなんて、怖い!」

「ははっ、拓真くんは表情に出やすいみたいだからね。」信太郎はサラリと言った。少し傷ついた。

「安心して。私はこの街に来た君のように悩んでいる人を助けるのが役目なんだ。」

この人には、人とは思えない神々しさを感じる。

「お、お願いします。」「任せてよ。」

信太郎はあたたかい笑顔で言った。


お茶を飲み干すと、信太郎は立ち上がった。僕もお茶を飲み干し立ち上がる。アツヤとオサムに見送られながら僕と信太郎は店を出た。

「信太郎さん、どこに行くんですか?」信太郎と二人アヤカシの街を歩きながら尋ねた。

「拓真くんが彼女と話した公園だよ。」「へ?あの公園なら、僕が入った裏路地から離れてますけど?」「大丈夫。この門をくぐればすぐそこさ。」

信太郎の言葉が理解できなかった。もしかすると、僕が知らないだけであの公園とこの街は近くにあるのかもしれない。僕は信太郎から離れないように足を早めた。

「そんなにくっつかなくても、大丈夫だよ。この街の住人は友好的だからね。」信太郎は笑いながら言った。信太郎が言うなら、安心していいだろう。僕は信太郎の服を掴んでいた手を離した。

そうしているうちに、門に着いた。「拓真くん、あの公園をよく思い出して通るんだ。そうしないと、別の場所へ行ってしまうからね。」「は、はい。」僕はよく分からないが、言われた通りあの公園を思い描きながら門をくぐり抜けた。すると、夜の公園に出た。間違いない、あの公園だ。しかし、彼女に呼び出された時と違う感じがする。夜だからなのだろうか。妙に暗く、空気が肌にまとわりつくような嫌な感じがする。信太郎を見ると、入口の方を見つめてる。何かいるのだろうか?僕も目を凝らして見る。

すると、黒いモヤのような人影がこちらに向かってくる。

「私の後ろに下がっているんだ。」信太郎は僕の1歩前に出て、黒いモヤから守るように立った。

「君はどうしてここにいるんだい?」信太郎は黒いモヤのような人影に優しく問いかける。『たす...げて...』黒いモヤの人影が泣き出しそうな声で「助けて」と言った。一体どういう事だろうか。「拓真くん!」信太郎の静止する声が響く。「うわぁぁ」僕は無意識に黒いモヤの人影に触れていた。

触れた指先が氷のように冷たい。「大丈夫かい?」信太郎が驚いた様子で駆けてきた。「すみません。何から助けて欲しいのか気になってしまって。」慌てて信太郎に頭下げた。だが、「あれを見て」と返された。不思議に思い信太郎の指さす方を向く。黒いモヤの人影は少女の姿になっていた。「えっ、嘘でしょ...」僕は目を疑った。なんと、その少女は僕に別れを切り出した彼女自身だったのだ。信太郎は狼狽える僕の方に手を置き、冷静に告げた。「拓真くんに触れて生気を得たことで姿が見えるようになったみたいだね。」「君、名前は?」信太郎は少女に優しく問いかける。『あり...ざ...』

そう、彼女は山口有桜(やまぐちありさ)。

僕達は高校2年生の時僕から告白した。彼女は明るくて、いつでも元気いっぱいの女の子だった。僕とは違って誰とでも話せる太陽のような真っ直ぐな性格に引かれた。

あんなに元気で太陽のような彼女に何が起こったのだろう。そんなことを考えてる僕の耳に信太郎の凛とした声が響いた。「これは、生霊だね。君に伝えたいことがあるみたいだ。」「僕に?」こんな風になった理由を聞けるかもしれない。僕は彼女に優しく話しかける。「大丈夫、僕に言ってごらん。」『たくま、だすげて』彼女の声は震えていた。

よく見ると、体のあちこちに怪我をしている。「信太郎さん、これ」「ふむ、ただの怪我ではないね」何かで傷つけたように見える。「まさか」信太郎を見る。「彼女の家に急ごう。拓真くん、分かるかい?」「はい。この近くのアパートです」僕らは彼女が無事であることを願いながら、彼女の家へと駆けた。









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