番外・同人誌即売会イベントデート(4)
※(沙理砂視点)
電車からホームに降りた時から、周囲には微妙な違和感があった。
改札から出て、イベント会場である文化ホールのある方に移動し始めたところでそれは確信に変わった。
女の人がなんだか凄く多い!
年代は様々で、私と同い年ぐらいのJKや、年上な女子大生かOLっぽい大人な女性、それに年下のJCや、あれ?JSっぽい小さな子もいる。お金あるのかな?年上のお姉さんが同行者っぽいから大丈夫なのかな。
とにかく、結構いっぱいいる!
休日出勤なのか、背広着て周囲にいる数少ない男性サラリーマン達が奇異の目でそれを遠巻きに眺めている。
「これなら、会場までの道案内がいりませんね」
全君が苦笑混じりにつぶやく。
確かにその通りだ。談笑しながら移動する女性達の集団の大きな流れが、もう完全に出来上がっていて、それについて行くだけで楽に会場まで到着しそうなのだ。
この駅周辺は、どちらかと言えばビジネス街で無機質なオフィスビルが立ち並んでいるのがほとんどだ。だから、彼女たちのお目当てが私達と同じイベントである事は疑いようもない。
軽やかに歩く女の子達の、皆の服装、姿恰好は結構色々様々でまちまちだ。
意外におしゃれな恰好で、これからデートにでも行くみたいにちゃんとコーデをカッチリ選んでいる子もいれば、Tシャツにジーンズとラフな恰好で、これからピクニック、もしくは近所で散歩や運動にでも出かけるみたいな感じの人もいる。
結構自由、というか、何でもいいみたいだ。同人誌即売会向けの服装、なんてあってなきが如し、なのかしら?確かに、目的も意識も微妙に異なるらしいので、大方そんなものなのだろう。
同人誌購入、が共通の第一目的の筈だけど、実はそうでもないらしい。コスプレ披露が目的の人、サークル関係のお手伝い、同人誌購入は目的でも、人気サークルの限定物を必死に買い漁る人や、ゆるく買い物をする人、イベントの雰囲気を楽しむのが目的で買い物は二の次な人、とその温度差は結構あるらしい。
購入派でもカップリングの違いで熾烈な派閥争いになり、同じ作品のファンなのに、サークル同士、ファン同士で真剣にいがみ合い、深刻に争っていたりと。
ま、私みたいにライトなオタクには関係のない話だけど。
ちなみに私の服装はかなり悩んだ結果、動きやすい恰好の方を選んだ。単なるチェック柄の平凡なシャツに無地でグレーの地味なハーフパンツ。
髪形は、長髪が周囲の邪魔かと思って、背中にかかる辺りで赤い飾り紐で一つに縛ってある。分かる人にしか分からないと思うけど、某スケ〇刑事のサキさんと同じ風だったりする。
全君には一目見るなりすぐに、「いつもと違った印象の髪形、服装なんですね。そちらもよくお似合いですよ」と如才なく褒められたのだけど、その場面(シーン)はやたら照れ臭かったので割愛シマシタ。
それにしても、こんな都内でもない、プチ田舎な地方のイベントでは、そんなに人は集まらないんじゃないかと私は心配してたのだけど、まるで的外れだったみたい。
まあ、一応は都心にほぼ直通の高速鉄道とかがあるので、2時間もかからずに来れるのだけど、なんとなく、そこまでの交通費をかけてまで来る事はないんじゃないかと……。
(オンリーイベントだからかな……?)
それか、余り同人誌即売会なんてイベントの少ない土地柄で、近隣の県から人が集まって来ていたりとかなのかも?
通販で同人誌を買っているだけの私には、同人サークルや参加者の細かな事情とかまるでチェックしていなかったので、あくまで想像出来る範囲内での考えだけど。
とにかく、人や参加サークルの少ないガラガラなイヘントでない事が分かったのは喜ばしい事だ。人ゴミは苦手だけど、人のいないイベなんて論外でしょ。
※
前言撤回……。
「―――いったい、何処からこんなに集まったのかしら……?」
私の愚痴めいた言葉は、内心で呟いたつもりだったけど、普通に声に出ていた。
「そうですねー」
全君が軽く笑って、女の子声で同意してくれる。
今は8時ちょっと過ぎたくらいで開場は10時予定。2時間くらい前なのに、すでに人はいっぱい集まっている……。
私達は今、会場前の広場的な場所にづらづらと並ばされた列、前後の向きが隣の列と逆向きに交互になっている行列の、10番目ぐらいの列の途中にいる。
並んだ後もドンドン人が来て、もう隣に新たな列が出来ている。
隣の列と逆向きなのは、蛇行したような感じに続く列の端を途中で区切り、キッチリと隙間をなるべく少なく並ばせている為だ。
区切った箇所に横入しやすそうな印象を受けるけど、そこはイベントスタッフが仕切りのロープと土台をその箇所に設置してちゃんと管理している。
まるでアイドルのコンサートか何かのようだが、実際に私はそういうイベントに参加した事はないので、これでも多分少ない人数なのだろう。
何せ、伝説のコ〇ケなどは、千葉の会場から最寄り駅までの通路までが、開場時間が過ぎた後でもすぐに列になってしまった事があるとかないとか。晴海が会場の時も、広い会場全体の外側を一周した列でもさらに足りなかった、とかなんとか(ネットの伝聞情報)。
全国規模のイベントと、一地方で開催されるそれでは比較する対象にすらならないだろうけど。
しばらくすると列にざわめきが起こり、何人かの女性達が荷物をその場に置き、同行者らしき人にその荷物と場所の確保を頼んで列を離れていった。
「……先輩、イベントのカタログ売りが始まったみたいですね。列の方にもまわって来るみたいですが、先頭からなので時間がかかるみたいですから、売り場の方に行って買って来ます」
全君が背伸びして列外の様子を見てから申し出してくれた。
カタログとは、そのイベントの参加サークルの一覧が1ページに細かく区切られた小さな四角いコマの中に、自分達が何のサークルか分かる様にキャラの絵や出す本の宣伝などを描いたコマと、後サークルの位置を示すAー1とかイー4とかの数字が書かれるコマとがある。
簡単な会場内の略地図もあり、記号や数字はそれが何処に割り振られているが分かる様になっている。つまり、Aの並びの何番目、とかね。
あ、後サークル名も当然書かれている。そこ重要。売れっ子の超人気サークルとかあるから。絵で見せられたらすぐ理解出来ると思うけど、言葉で説明すると分かり難いかも。ごめんです。
そのカタログが、イベントの入場料代わりになるので一般参加は全員それを購入する事になっている。後は入場時それを見せればOK。昼食や何かの用事で退場してもそれを持って出れば再入場も大丈夫。
値段はそんなに高い訳ではないので、他にズルして使いまわしたりする人は、多分いないと思う。イベント当日の1日しか使えないし、サークルチェックとかで書き込みを入れる人がほとんどなので買った本人にしか意味がないの。
全君はそのカタログを買いに行く前に、背負っていたディバックから何か小さな物を出して組み立てると、地面に置いて私に勧める。
「折り畳みのイスです。ずっと立ちっぱなしのままだと疲れますから、座って待っていて下さい。あとこれも、良かったら飲んで下さい」
と、水で溶かすスポーツドリンク用の、冷たく冷えているボトルを私に手渡してくれた。
折り畳みイスの方は、キャンプで使うような、座る所と背もたれの箇所がナイロンの布みたいなので作られた様なよく見るイスなのだけど、普通のよりも凄く小さい。座った途端に壊れないか不安になる程のミニサイズだ。
「列に並んでいて、座ってもいいものなのかしら?」
私は、こういう順番待ちの様な列では立つのが当たり前で座るのは、余りよくないんじゃないかと思っていて聞くと、
「前の方で、すでに使っている人もいますよ。他にも、地べたにそのまま座ってる人もいますし。
それに、開場時間にならないと列が進んで移動する事もありません。進んだとしても、少しつめるぐらいでしょうから、椅子ごとすぐ移動出来ます。とても軽いので」
言われて私が前の方の列を見ると、確かに同じ様に小さな折り畳みイスを出して座っている人が結構たくさんいる。それ以外は、地面に何か敷物をしいてそのままその上に体育座りしている人もたくさん。
立っている人もいるけれど、座っている人の方がむしろ多い。ほとんど座っているのに今頃気が付いた。
ただ、列のスペースの邪魔にならない様に横向きに座っている人が多い。
スカートの人のが当然多いけど、中にスパッツでも履いてるのかな?あるいは某電気ビリビリ砲の主人公みたいに短パンとか?
(なるほど。イベント慣れしている人は、イス持ちで準備万端なんだ。……そういえば、私もどこかのブログで読んだような……)
イベントで一番辛いのは、開場前の行列に並んで待っている時間だとこぼしていた経験者の愚痴をネットでよく見た気がする。
人間は、ただ直立したままでじっとしていても、腰や足に負担が来て疲れてしまう。だからレジ打ちとか一ヵ所での立ち仕事のバイトはきついらしい。
イベント用の荷物装備はちゃんと考えて用意していたつもりだったけど、私の場合はまるで準備不足で穴だらけだったみたい。
私は、全君が財布だけ持ってバッグを私の隣に置き、私の分もカタログを買いに行ってくれるその背をありがたく見送った。
その後で、その小さなイスにちょこんと腰を下ろし、飲み口のついたスポーツドリンクのボトルのフタを開けて口をつけた。
(うん、結構丈夫だ。ちゃんと座れる……。あ、これ、一度凍らせたのを、時間を置いて溶かしてある。まだ凍ってるとこが残っていて、丁度飲み頃だ……)
バスケ部の方でもよくこういうのを作って部内では飲むものだけど、私自身はバスケをしてた訳ではないので飲んだ事はなかった。
(レモンライム味だ。こんな味もあるんだ。飲みやすくて美味しい……)
私は、ジュースは炭酸がきついのは苦手なので、飲むとしたら微炭酸。それ以外は炭酸ではないお茶や果汁ジュース、ラテ系とかだけ。
(……私、その事をぜん君に言ったっけ?)
恐らく、今まで私が飲んだものの傾向を見て覚えていてくれたのだろう。
(完璧超人かなんかなのかな……)
彼の様な男の子に好かれる女の子は幸せだろうなぁ、とぼんやり考えて、その対象が自分であった事にまた遅まきながら気づき、自分の余りの呑気さと無神経さに赤面して自己嫌悪におちいる。
それでも、当の全君自身が急がず焦らず、今はゆっくりと考えてくれればいいと言ってくれていた。幼い頃の事を思い出せない以上、私にとって彼はまだ出会って半年も経っていない、見知らぬ下級生の一人でしかなかったのだ。
まだ好きだの嫌いだの、ハッキリと明確に自分の感情を判断するには早過ぎる。
本当にもうしばらく、もう少し、もうちょっとだけでも猶予が欲しい。もうちょっとだけ……。
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スンマセン。エピソード追加で長くなったので急遽わけました。
行列編1、みたいな?
この話の時代は、一応現代よりも少しだけ近未来なつもりです。
なのですが、作者のオタ趣味が古いので、作中のオタネタが結構昔のなんかありますが、そこはご察し下さい。
後、同人即売会の事も、作者が参加した頃のおぼろげな記憶から書かれているので、もしかしたらもうこんなんじゃねぇーよ!的な話があるかもですが、そこは容赦なくツッコミ下さい。訂正させてもらうか、次作の参考などにさせてもらいますので~~。
彼女と彼の、微妙な関係? 千里志朗 @senriduka
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