第三十六章 予測不能なスワン・プリンス

  第三十六章 予測不能よそくふのうなスワン・プリンス


 パパさんとママさんは私が目を覚ましたので、マーラに帰ることにした。拝領はいりょうしてもない領地りょうちを一か月も放置ほうちしたので、急いで帰って行った。二人に伯父おじのシュテファンが実の父だと知っていると伝えようかとも思ったが、タイミングをのがした。


 二人が帰った後、屋敷やしきに残ったのはデネブとペルセウス。ペルセウスにかくごとをするつもりはなかったが、デネブにもプライドがあるし、私は部屋に呼び出してにせアベルこと、ベテルギウスの件をいただすことにした。


 「デネブ、部屋に呼び出された理由は分かりますよね?」

 私は重たい体を椅子いすあずけて、立っているデネブをしかるように言った。

 「私、以前にも申し上げましたが男です。カイン様のお相手あいてはちょっと・・・」

 デネブはずかしそうに顔をそむけてそう言った。何を勘違かんちがいしているんだか。こっちがずかしいわ。

 「ベテルギウスの件です。」

 私は少しイラついてそう言った。

 「ああ、その件でしたか。」

 デネブは再び顔を上げてそう言った。

 「どうしてこんな大事おおごとになったんですか?経緯けいい説明せつめいして下さい。」

 私はうでんで尋ねた。


 「経緯けいいですか?私はカイン様のご命令通り、ベテルギウスを人間界にんげんかいに送り届けました。夜のやみまぎれてびましたので、人間には姿を見られることはありませんでしたが、魔界まかい人間界にんげんかいさかい突破とっぱする時に魔界側まかいがわ国境警備隊こっきょうけいびたいに姿を見られました。私一人では重たいベテルギウスを運べず、部下ぶかを呼び出して手伝わせましたから、キグヌス族の一団いちだんしたがえていると国境警備隊こっきょうけいびたい認識にんしきされたのでしょう。」

 デネブは淡々たんたんとそう述べた。デネブが行方ゆくえをくらましているキグヌス公国こうこくの第三王子ということは聞いていたが、部下ぶかを呼び出せるとは知らなかった。


 「それで今デネブの部下ぶかたちはどうしているんですか?」

 「人間界にんげんかいにいます。本物のアベルを魔界まかいへ連れて来る算段さんだんをつけているところですが、手こずっているようです。」

 デネブは私がねむりこけている間も部下ぶかを使って水面下すいめんかうごいてくれていたようだ。勝手かってにキグヌスぞく部下ぶかき込んだ点は問題だが、命令に忠実ちゅうじつなのは結構けっこうなことだ。


 「アベルを魔界まかいに連れ戻すのに手こずっている理由って何ですか?」

 「部下ぶかからの報告ほうこくではアベルが言うこと聞かないとだけ。」

 デネブが答えた。上司じょうし上司じょうしなら部下ぶか部下ぶかだな。言葉がりなすぎて様子ようすまったく分からない。私は頭をかかえた。

 「そうですか。私はデネブを使ってアベルを人間界にんげんかいへ連れ去ったと誤解ごかいされています。このままだとアベルの父である近衛兵隊長このえへいたいちょうのリゲルに何をされるか分かりません。この件は最優先事項さいゆうせんじこうとして解決かいけつしましょう。」

 「承知しょうちいたしました。」

 デネブがいつものように優雅ゆうが返事へんじをした。


 「ところでデネブ、いつまでそのメイド姿をしているつもりですか?暗殺者アサシンとしてドラキュラ公国こうこくへ送り込むことはもうできないし、もとの姿に戻ったらどうです?本物のメイドだってやといますよ。」

 私は女装じょそうし続けるデネブを不憫ふびんに思ってそう言った。

 「私は失踪中しっそうちゅうのキグヌス公国こうこく第三王子です。変装へんそういたらバレてしまいます。今バレてしまったら、国に連れ戻され、カイン様のおそばにはいられなくなります。」

 デネブはもとの姿に戻ることをこばんだ。

 「デネブがそのままでいいなら、いいんですけど。」

 「はい。しばしこのままの姿でおつかえいたします。それよりメイドをやとれるけんですが、私に一任いちにんして頂けないでしょうか?」

 めずしく、デネブの方から申し出て来た。

 「もちろんいいですけど、どなたか心当たりでも?」

 「はい。」

 デネブは満面まんめんの笑みを浮かべた。なぜか不安ふあんがよぎった。


 翌日から私の出仕しゅっしが始まった。マリウス王子に毒を飲まされ、意識不明いしきふめいになること一か月。目覚めざめたらその日のうちに再就職先さいしゅうしょくさきが決まり、翌日よくじつには出勤しゅっきんすることになった。死にかけるか、働くか。労働環境ろうどうかんきょうが悪すぎる。

 そんなことを考えながら長い廊下ろうかを歩いてハダルの執務室しつむしつに行くと、木刀ぼくとうを持ったハダルが待ちかまえていた。


 「朝練あされんに行くぞ、カイン。」

 扉を開けて立ちつく私にハダルはそう言った。

 「え?朝練あされん?兵士じゃあるまいし。私は事務方じむかた補佐ほさとして採用さいようされたんじゃ・・・」

 「事務方じむかた朝練あされんをする。」

 ハダルは当たり前のようにそう言った。聞いてない!

 私はハダルに引きずられるように訓練場くんれんじょうに連れて行かれた。すでにシリウス王子の私兵しへいと思われる屈強くっきょうな男たちが稽古けいこはげんでいて、私もそこへ投入とうにゅうされた。


 「えいっ、えいっ。」

 永遠えいえんと続くけん素振すぶり。一時間これをやるのかと思うと気が遠くなった。昨日まで昏睡状態こんすいじょうたいだった体にはきつすぎる。そもそも私は運動うんどう得意とくいじゃない。馬術部ばじゅつぶ運動系うんどうけい部活ぶかつに数えられていたが、実際に運動しているのは馬の方だ。ああ、しんどい。


 ようやく一時間経過して朝練あされんが終わる頃、再びハダルが私に話しかけて来た。

 「カイン、事情じじょうが変わった。今日はここで兵士たちと訓練くんれんしていろ。リゲル近衛兵隊長このえへいたいちょうがお前の出仕しゅっしの話を聞きつけて朝から城内じょうないを探し回っているらしい。近衛兵このえへいに出くわしたら気をつけろ。殺される。」

 ハダルが低い声で言った。

 「そんな・・・アベルの件は誤解ごかいです。」

 「リゲルにそう言え。聞く耳を持っていたらな。」

 「・・・・・・」

 息子が人間界にんげんかいに連れ去られたと知って、その犯人の言葉に耳をかたむけるだろうか。いいや、傾けない。即刻そっこく殺すだろう。

 「ここで訓練くんれんしてます。」

 私は生存率せいぞんりつが高い方を選んだ。

 「帰りは兵士に送らせる。」

 ハダルはそう言うと、私を残して一人執務室しつむしつに戻って行った。


 丸一日、地獄じごくのような兵士の訓練くんれんメニューを終えた私が屋敷やしきに帰ると、手足をしばられ、目隠めかくしをされた山羊やぎつのがトレードマークのカプリコナスぞくの男がリビングのゆかに転がされているのを見つけた。まさかと思ったが、ゆっくり近づいて目隠めかくしを取ると、間違まちがいなくアベルだった。


 「アベル・・・」

 「カイン!どうしてここに?あなたもさらわれたんですか?」

 本物のアベルは混乱こんらんした様子ようすでそう言った。

 「いや、私は・・・」

 アベルに事情じじょう説明せつめいしようとしていたところへデネブとペルセウス、それから見知らぬ客人が複数名姿を現した。


 「カイン様、お帰りなさいませ。」

 デネブが言った。なぜこの状況じょうきょう平然へいぜん挨拶あいさつできるのか。

 「カイン、お前からも何とか言ってくれよ。デネブの奴、こいつらを屋敷やしきに置くって言うんだ。」

 ペルセウスがこまったように言った。こいつらってそこにいる見知らぬ客人のことか?今はそれどころじゃないだろう、ペルセウス。アベルをゆかころがしておいて、どういうつもりなんだ。


 「カインも奴らの仲間なかまか!?」

 アベルが誤解ごかいして興奮こうふんした調子ちょうしで言った。

 「そうです。」

 なぜデネブがアベルに返事をした。勝手かってに返事しないでくれ。ややこしくなる。


 「デネブ、何でアベルがここにいるんです?」

 「カイン様が最優先事項さいゆうせんじこうおっしゃったので、説得はあきらめて、部下に命じて無理矢理むりやり連れてきました。」

 デネブが答えた。仕事が早いでしょう?とでも言いたげだった。なぜ一言私に相談そうだんしてくれなかったのか。

 「分かりました。そこにいらっしゃるお客人はどなたですか?」

 「私の部下ぶかです。」

 デネブがそう言うと、緑色みどりいろひとみをした客人たちは大きな白鳥はくちょうつばさを背中から出して広げて見せた。


 「キグヌスぞく!」

 アベルが驚いて声を上げた。

 「メイドとしてやとって頂こうと思いまして。」

 デネブが言った。

 「彼らはキグヌス族の兵士だ。カイン、かかわってはいけない。あなたはだまされている。」

 アベルが必死ひっしうったえた。だまされているという言葉が引っかかった。

 「私はカイン様に忠誠ちゅうせいちかっています。だますなど、とんでもない。」

 デネブが冷たい目でアベルを見下みおろして言った。

 「キグヌス公国こうこく反体制派はんたいせいはだ。現魔王げんまおう統治とうち不満ふまんいだいている。何か魂胆こんたんがあって近づいて来たんだ。」

 アベルが言った。まだ本物のアベルとは付き合いが浅いが、うそをついているようには見えなかった。それでも今デネブを切るわけにはいかない。デネブの後ろでギラついた緑の目をしている連中れんちゅうだまっているわけがない。

 「分かりました。やといましょう。」

 私はもしかしたら危険因子きけんいんし屋敷やしきまねいたのかもしれない。


 「いい?アベル、よく聞いて!私が言ったことだけ信じて他は忘れて!私はアベルを助けたんです。人間にさらわれたアベルを人間界にんげんかいから奪還だっかんしたんです!やり方は強引ごういんだったのかもしれませんが、助けたことには変わりありません。その点を、よーくよーくお父様のリゲル近衛兵隊長このえへいたいちょうに伝えて下さい。私、殺されそうなんで。」

 私は手足をしばられて身動みうごきの取れないアベルの顔を両手でおさえ込んでそう言いふくめた。

 「カイン・・・」

 アベルは何か言いかけたが、飲み込んだ。かしこい男だ。今生き残るための選択せんたくをした。


 「ペルセウス、アベルを送ってあげて。」

 私はそう言った。ペルセウスはデネブにうたがいの目を向けたが、何も言わずにしたがった。

 「分かった。」

 ペルセウスはアベルをしばっていたなわを切り、手をかして立ち上がらせた。ペルセウスもアベルもだまったまま屋敷やしきから出て行った。


 「カイン様、我々をおうたがいでしょうか?」

 デネブが口を開いた。これまでは言葉足ことばたらずで、ちょっと行動こうどうがおかしいくらいにしか思っていなかったが、今はデネブがサイコパスに思えた。

 「うたがってる。」

 私がそう言うと、デネブの後ろにひかえている緑の目が私に敵意てきいを向けて来た。彼らがつかえているのは私ではなくデネブのようだ。

 「どうしたら信じて頂けるのでしょう?」

 デネブが言った。

 「お互いに利害りがい一致いっちするから協力きょうりょくする。それでいいと思ってます。デネブはデネブの目的もくてきがあってここに来たんだったら、それをたせばいい。」

 私はデネブをはなすようにそう言った。

 「私はカイン様のお役に立ちたくて、ここへ参りました。」

 「なら、そうして下さい。」

 「はい。」



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転生したら魔界の貴公子でした。 相模 兎吟 @sagami_togin

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