第9話 自粛警察
「からあげピンチなんだよ!」
「は?」
「だからね?近くの商店街にある飲み屋さんあるでしょ?そこが閉店しようって悩んでて」
「『居酒屋・輪(わ)』のことか?あぁ、やっぱりここ最近の営業停止はキツかったか」
「そうじゃないの!営業はしてたらしいんだけど、なんか連日酷い貼り紙されてるとかで!」
「貼り紙……?」
「酷いんだよ!営業やめなきゃ警察に言うぞ!とか、こんな状態で営業続けてるなんて神経疑うとか、殺すぞとか。いろんなのあったの!それでえっちゃんが泣いててカワイそうなの!」
「今流行りの【自粛警察】って奴か」
「え、あの貼り紙って警察が貼ってるの?」
「違う違う。正義感を勘違いして悪事を働くどうしようもない奴らの事」
「なんでそんな人たちが警察って呼ばれるの?」
「取り締まりを行っているって点が警察と似ているからな。実際は何の正当性もない暴徒だけど」
「そんな奴らのせいでえっちゃんが泣いたの!?許せない。ちょっと人類滅ぼしてくる。ウイルスよりもはるかに恐ろしいのはアタシだってことを思い知らせてやる」
「やめなさい」
「落ち着いたか?」
「落ち着いた。でも、なんで自分勝手に取り締まるの?」
「んー、それをやってる人の大半は他人のためにやってるからだ」
「うん?」
「自分たちが感染対策で我慢し、周りの人たちもそれに合わせている。なのに、このお店は以前と変わらず営業をしている。国の要請している感染対策をしてないじゃないか。そういう自分勝手な奴は野放しにできない。近隣に住む人たちのために取り締まってあげないと。みたいな感じかな」
「それ……。その人たちはホンキでそんな事を思ってるの?」
「想像だから詳細は違うと思うけど、だいたいは同じだと思うぞ。みんな我慢している時にお前だけ何やってんだって言いたいだけだからな」
「それでお店の窓とか壊すの?」
「恵美さんの店、窓も壊されてるのか」
「窓壊したら犯罪なんじゃないの?」
「そもそも営業妨害している時点で犯罪者だよ。貼り紙も注意喚起もすべて犯罪。国の要請を受けて出てきた人間でない限り、どんな正当性を掲げても意味はない。誰かのために動いているつもりで、誰のためにもなっていない事をする阿呆だ」
「ど、どうしてそんな人がいるの?え、こんなバカなアタシでもそんな事はしないよ?」
「生真面目なんだよ。日本人には多いんだが、誰かのために何か手を差し伸べようって考えが頭の中にある。その”誰かのために”が暴走するとこうなるんだ」
「だれかのため……」
「そう。眼に見えない誰かのために、自分は足並み揃えない悪に対し、正義の鉄槌を振るう。そんな正義のヒーローごっこをしているんだ」
「足並み揃えない悪……?え、自分のしたことは?その人たち、頭おかしいんじゃないの?」
「おかしくなかったら、自粛警察みたいな事なんぞするか」
「もしかして、正義は我にあり!ってやつ?」
「そうそう」
「こんだけたくさんの人が住んでて、こんだけたくさんの人が生活してて、相手の事情は考えないの?」
「いやだって、正義は我にあるんだもん。自分の考えに合わない奴は悪だよ」
「うぇ~……」
「なんせ無断に貼り紙すれば法律違反だし、そこに暴言や営業を辞めろって言葉が入っていれば更に法律違反だ。店を壊すのも法律違反。店を壊すぞって脅しても法律違反。店の人を悪く言うだけでも法律違反」
「やってることは犯罪のオンパレードなのに正義の味方って言い張るの?」
「ああ。なんせ頭がおかしいからな」
「対処法はあるの?」
「法律を盾にすれば解決できる。ただし、相手が特定できないと訴えられないから、店の周りに防犯カメラとか仕掛けるのが手っ取り早いかな」
「えっちゃんのお店、防犯カメラあるかな?」
「それは本人に聞かないとな」
「あとは普通に警察に通報。その後の解決方法は警察にお任せになるからどういう対応になるかは知らないけど」
「それはえっちゃんもやったって!」
「とは言っても、出来ることと言えばそれくらいかなぁ」
「あんまりやれることないんだね」
「いや、だって頭のおかしい人間の対処だぞ?勝手に動けばこっちも犯罪者になるし、法律を盾にして攻め入るしかない。そもそも口で言って聞くような人間じゃないし、自分に酔ってるからこっちが正論吐いても暖簾に腕押しだ」
「のれん……。くぐらないの?押すだけ?」
「暖簾に腕押しってのはやってもほぼ反応が返ってこないって意味だ」
******** ********
【自粛警察】
基本的な考え方は「足並み揃えていない馬鹿をみんなのために懲らしめる」というもの。
正義感が強く、誰かのために行動できる人間が自粛警察に就きやすく、その大半は普通に生活している普通の人。
上記では頭がおかしいとは言っているものの、誰かのために行動できる優しい人が多く、普段の生活態度からすれば人格者と言ってもいい。
しかし、そんな感じで同じ地域に住む仲間たちのために行動した結果、彼らは法律違反をしてしまったという本末転倒な笑い話となる。
自粛警察である彼らは自分で自分の住む場所を乱している事には気付けない。
なんせ間違っているのは他人で、自分は正しいから。
コロナウイルス感染拡大の中における自粛警察としての行動例は、下記のようなものがある。
・他県への移動をしている車に注意喚起の貼り紙
・営業自粛していない店への注意喚起の貼り紙
・マスクをしていない人へマスク着用を強要
パッと見は割とやっても大丈夫に見えるかもしれないが、普通に犯罪。
注意をする前に相手の事情などをキチンと調べておきましょう。
うっかり重いアレルギー持ちにマスク着用を強要したりすると、殺人未遂にもなりかねない。
王華の中の結論
「からあげはアタシが守る!じゃなかった。えっちゃんのお店を守るために自粛警察を根絶やしにしてやる!」
「その考え方が自粛警察だから。自分の正当性を掲げている時点で奴らと同じだから」
間野王華のなぜなぜ期 八神一久 @Yagami_kazuhisa
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