第3話 本音と拳はぶつけ合ってナンボだろ!
「果たし合い?本気で言ってるのか?」
シズカは怪訝そうな顔を向けた。
「喧嘩するほど仲が良いって感じじゃなかった?君ら」
「あいつ色々ごちゃ混ぜになってんだよ、頭ん中」
マイヤは歯がゆそうに後頭部をかいた。都合の悪いことになるとマイヤは後頭部をかく癖がある。マイヤと関わる人間は皆知っている。
「だけどさ、言っちゃったのはマイくんだろ?さっさと謝ればいいのに」
「何度も謝ったつーの!それであいつが納得するなら、ンなことになってねえんだよ!」
マイヤも大概だが、ショウゴもなかなか頑固らしい。それにしても、ショウゴは自身が影武者だという事実を、どのように受け止めているだろうか。
(まあ、あの子も同じ顔した子の存在奪ってるかも、ってことだしな)
だとしたら、ショウゴは討伐対象になりうる。依頼は来ていないが、何処かで元ショウゴが路頭に迷っているかもしれない。
何より、ここの職員にショウゴが影武者だと知れたら誰しも嫌悪を示すだろう。
逆光にいるのは、影武者に何らかの被害を被った者ばかりだ。皆、影武者に対する感情は良いものでは無い。だから殺すのにも躊躇が無い。
「マイくん、お兄さんに従いなさい。こんなことは止めろ。また相方、いや、相棒を失うことになるぞ」
「兄貴に何が分かんだよ!」
ベッドの上から動けないくせに、生意気な弟である。きっと平手打ち一発であと2週間はベッドの上の生活をさせてあげられる。
天塚静《あまづか しずか》。マイヤの兄で、逆光の実質No.2でもある。
若輩者のシズカが、なぜこんなに高い位にいるのか。愚問である。
――親のコネだ。
とはいえ、シズカにもそれなりに実力はあるし、人望もある。親譲りの容姿、カリスマ性も秘めているのだから、No.2にいても何らおかしくはない。
だが、マイヤは親のコネだと非難する。権力で全てを手に入れるのはフェアではないと。
シズカはマイヤの強硬な主張を耳にする度、思っている。
(貰ったものは素直に受け取ればいいのに)
弟が嫌いなわけではない。ただ、その価値観をシズカは納得できないと言うだけの話だ。
現にその石頭のお陰で、マイヤは前の相棒を失っていた。
「もう1回しか言わない。ショウゴくんとは仲良くやってくれ」
「俺にぺこぺこ平謝りして許してもらえってか!?もう出てけ!クソ兄貴!」
「はいはい、じゃあな」
最後の忠告も聞き入れてはもらえなかったらしい。本気で喧嘩をする気なら、またマイヤは相棒を失うことになるだろう。気の毒だが、耳を貸さなかった方が悪い。
***
「あいつ負かしたら消されんじゃねえの?あんた、正気かよ?」
目の前の男が心底興味無さそうに呟いた。大分呆れられているらしい。
「あっ、煙草切れた……」
逆光で働いているのは、あろうことか学生が多い。そのため、喫煙所は存在しない。
「あのう、何で消されるんでしょうか?」
数日、頭に血が上っていたショウゴは反省しようとベランダで休んでいたところ、シズカの相棒である
キョウヤはショウゴの隣に無言で並び、煙草を吸い始めた。2人の間には静寂が満ちていたが、先ほど男性の一言で打ち破られたのだった。本人は言ってみただけ、という感じである。さほど興味は無いのだろう。
「知らんの?あいつとシズは、天塚博士の息子だから、ここで一番偉いんだよ」
雷に打たれたようだった。これまでのマイヤの自分勝手な振る舞いに、どうして上からお咎めが入らなかったのか得心がいった。
以前マイヤは言っていた。クビになりたくてもなれないと。全くその通りだった。
天塚博士は世界にその名を轟かせ、天才と呼ばれた科学者である。ショウゴですらよく知っている。アンドロイドと影武者生産の技術を生み出した張本人なのだから。
――つまり、ショウゴの生みの親でもある。
自分が影武者だと知って数日が経ったが、未だに実感は湧かない。頭の中が整理できない。
通りで初めてマイヤに出会った時も、初仕事の時も、妙にすんなり物事を進められたわけだ。
まるで、対処法をプログラムされていたかのように。
全て決められていたのか。プログラムが無ければ、ショウゴはきっと刀すら握れなかった。
マイヤは知っていたのに黙っていた。
だから果たし合いを申し込んだ。
一発殴ってあげたかった。互いに隠し事をしていては、後ろめたさがあっては、相棒にはなれない。
気が済むまで殴りあって、その後で話がしたい。マイヤとショウゴは、分かりあえれば良い相棒になれるはずだから。
「俺は、正気です。全部ぶつけあったら、あいつとやっと相棒になれると思うんです」
普段争いごとを好まないショウゴが譲れない理由は、マイヤにある。
天塚博士の息子だったことも含めて、マイヤのことをもっと知りたくなったから。
食事を出してあげた時と影武者を初めて斬った時、マイヤに救われたのは紛れもない事実だ。食事を頬張るマイヤに満足感を得たのも、マイヤの鼓舞で一歩踏み出せたのも、決してもプログラムなどではない。
マイヤと拳を合わせた瞬間、瞳が潤んだのも認める。
「あいつにそこまで入れ込むやつは、久々だわな。あんたが本気ならやってやれ」
静かに決意の炎を宿していたショウゴをちらりと見て察したのか、キョウマは微笑を浮かべていた。
「俺も拳で語るの、嫌いじゃねえからさ」
ちゃんと会話をしたのは初めてだが、彼の誠実な人柄が伺い知れた。
(良い先輩だな……)
「あ、そうだ。日付と時間決まったら教えろよ。見に行ってやる。シズも一緒に」
「ありがとうございます。マイをボコボコにしてやりますから、お楽しみに」
拳を突き出して応えた。とっくに吹っ切れている。自分のことも、マイヤのことも。
(あいつの相棒に成りたいんだ)
天塚舞也を、知りたい。ただそれだけなのだ。
***
「遅かったじゃねえか、ショウゴ!」
「お前が早すぎるんだよ!気合い入りすぎだろ!まだ集合時間まで1時間あるぞ!?」
マイヤにそう言い返したとて、ショウゴも1時間早く来てしまったのは事実。マイヤのことは言えない。無意識に顔が熱くなるが、無視する。
場所は逆光の施設内、練習場と呼ばれるところだ。武器を試しに使ってみたり、実験に使われることが多いと聞いた。
日常的に使用する人が多いこの場所を貸し切ってしまうのが、天塚家の力である。言わずもがな、場所を提供してくれたのはシズカだ。マイヤは決して権力に縋ろうとしないため、場所を近所の河川敷に指定していた。そんなところをシズカが気遣ってくれた。そんな経緯もあってかマイヤは不機嫌だ。
既に初仕事から3週間が経過しており、双方ほぼ快復状態にあるため存分に喧嘩ができるだろう。皮肉なことにショウゴの怪我はメンテナンスをしただけで全快してしまったのだが。
「ショウゴお!てめぇが影武者だろうと何だろうとぶちのめす!
不機嫌な上にやる気に満ち溢れている。療養中は体が思うように動かせなかったことも原因だろう。
「おう……来い!!」
ショウゴはシンプルな返事しかできなかった。若干マイヤの気迫に負けていた。美丈夫が眼光鋭く見つめてくると、こんなに萎縮してしまうものなのか。
どちらかともなく一歩踏み出し、果たし合いは始まった。明確にどうなったら勝利であるなどとは決めていない。互いが気持ちをぶつけ合い、満足するまで続くらしい。
「気が済むまで踊ろうぜっ!」
拳を交えた瞬間に、マイヤの不機嫌は直っていた。爛々と光る瞳。喜びを顔にみなぎらせながら、舞うように向かってくる。手や足だけでなく、頭、歯、終いには髪まで使って全身でぶつかってきていた。イヤリングの光は目に止めないようにしたい。
対するショウゴは押されるばかりだったが、どこかで一発かましてやろうと思っていた。後はタイミングを計るだけである。
「おっ、そこだそこだ!行け行けー!」
「お前茶化すなよー」
一応観衆も楽しんでくれてはいる。キョウマとシズカ以外にも段々と職員たちが集まりつつあった。
マイヤがショウゴに頭突きをくらわせ、鼻血がしぶく。後方に逃走を図るも、マイヤの攻撃は留まることを知らず、顔面にもう一発もらった。
「俺をこれ以上不細工にするな!」
冗談ではない。言いたいことを言っている。
「うるせえ!前も見えなくしてやる!どうせメンテしたらすぐ治るんだからいいだろうが!」
「メンテだって時間も金もかかるんだ!良いよな!お前は金銭感覚狂ってるから!」
「違う!俺は親父の金なんて使いやしねえよ!」
「認めろぉぉおおお!!」
「くたばれええええ!!」
観衆に聞かれているのが恥ずかしいとか、感じている暇がない。今はマイヤしか見ない。
「俺はどうせここで働くなら、お前とがいいんだ!!」
「なんでそんなに俺と居たいんだよ!」
「決まってるだろ!マイが俺の飯を美味いって言ってくれたからだ!それだけ!」
「確かに飯は美味かった……よな!」
気づかないうちに、もつれ合って倒れ込んでいた。背を地面に着けても、どちらも引かない。逆に、ショウゴはやっと反撃を開始することが出来た。
「まだこれからだろ!?」
「とっとと潰れろや!」
埃が舞って、練習場の白い床を紅が汚していく。頬をつねって、髪を引っ張られた。噛まれもした。
練習場を転がって、転がって、また転がった。
「離せえええええ!」
「離すかあぁぁぁぁ!」
しばらくして、壁に激突して、勢いは止まった。
鳴ったのは、耳をつんざく音。
2人がぶつかったのは壁ではなく練習場の大扉で、正気に戻った時には警報音が鳴り響いていた。
大扉を大破してしまったらしい。
シズカは爆笑していて、キョウマは頭を抱えていた。他の観衆も反応は様々だったが、呆れ返るのが6割、呆然とするのが4割くらいだったろう。
――かくして、果たし合いは続行不可能。
お互いに不本意な形で幕を閉じた。
***
「大扉の修理業者が来るまで30分あるらしいぞ」
「しばらく動きたくねえな……」
観衆は去っていき、練習場には2人だけが残された。大の字に寝転がる2人。ショウゴもマイヤも満面の笑みを浮かべていた。
久々に暴れたマイヤは動けそうもないらしい。
起き上がったショウゴはマイヤに手を伸ばしかけ、手をグーの形に直してから近づけた。
「たくさんお前に言いたいことはあるし、俺のことも知りたいことは山ほどあるよ。だけどな、俺が自分のこと知っていくのをお前に手伝って欲しいんだ」
するとマイヤは歯を見せて年相応に笑った。寝転んだままで拳を合わせる。
「わかったよ。ショウゴと殴り合うの、めっちゃ気持ちよかったもんな。飯、また作ってくれよ」
2人は、お互いに普通の生活を送ることは出来ない。
人間ではなかったり、世界から脚光を浴びる天才を親に持っていたりするからだ。
それでも、2人は分かり合えた。2人でいてもいいと思えた。
そのことがショウゴにとある勇気をもたらす。
「マイ、俺はお前と友達にもなれるかな?」
「…………は?」
相棒としてだけではない。友達としても仲良くやっていけたら、それがショウゴの願いだった。
「返す言葉なんて一つしかねえな」
「うん」
「友達になんてなれるか!バーーカ!相棒と友達ってのはな、サイダーとコーラくらい違うもんなんだよお!」
舌を出すマイヤ。期待したのがいけなかった。元からこういう奴だった。傲慢で、年上に対する敬意もなく、自分勝手にものを言う。
「ああそうか!そうだよな!期待した俺が馬鹿だった……」
「あっ馬鹿って認めたな!よしっ!」
「ガッツポーズするな!もう一回やるか!?」
――結論。2人は相棒だが、決して友達にはなれない。
2人は明日も、その先もずっと変わらないやりとりをするだろう。
相棒以上、友達未満。 白ねこ @SSR1031
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