第2話 お前の声がこんなに聞きたくなるなんて

「なんか、ショウくんとマイくんってシュウマイみたいだね」


全身から漂う爽やかな雰囲気。人目を引く長身。目元が涼やかな好青年だ。


「じゃあ、施設の案内はここまでだから、あとはマイくんに任せた!」


静《しずか》と男は名乗った。マイヤの上司らしい。ショウゴよりは明らかに年下だが。彼もこの機関の詳細を知ったのだろうか。存在を奪われたりしたのか。


逆光には存在を奪われたことのある者が多いと聞いた。ショウゴのようにたまたま寝ていた職員を助けて餌付けしてしまった者は他にいないだろう。


「ところで、2人はどうやって出会ったんだ?」


現に、シズカにマイヤと出会った経緯を話して聞かせたところ、腹を抱えて爆笑していた。ひとしきり笑い終え、シズカが涙を拭いながらぽつりとこぼす。


「ショウゴくんは最高だなー。マイくんもだけどさ、何か持ってるよな」


「何かって、何をですか?」


ショウゴは不思議に思って問い返す。特別な能力か何かだろうか。期待に胸が膨らむ。


「ふふ、笑いの才能?」


この話の流れでカッコよく決まるわけがなかった。咄嗟に言い返そうとするが、先に口を開いたのはマイヤだった。


「おいコラ、ふざけんなよ!俺はこいつと組んだ覚えはねえぞ!?」


心底不機嫌そうだ。シズカではなくショウゴを睨みつけている。鋭い目は鋭利な刃物のようだった。


「冗談だよ、冗談。まあ、お前らの新たな才能を発掘してしまったってことだ!」


可笑しくなったのか、また笑いだした。どうやらこれがデフォルメらしい。常時笑い上戸のようだ。黙っていれば男から見ても美青年。ショウゴはシズカをそう評価した。できれば深く関わりたくはない。


ショウゴが勝手にシズカを分析していると、シズカがどこからか聞こえてきた声に反応する。


「あっ、相方くんが呼んでる!じゃあな、2人とも!!ちゃんと仕事しろよー」


視線の先にはいかにも普通といった男性が立っていた。欠伸をしながら、早くしろと言いたげな目を向けている。


シズカはショウゴたちにひらひらと手を振りながら男性の方へ去っていった。


周りを見てもそうだが、どうやらこの機関は2人一組で仕事をこなすことが多いらしい。


「なあ、仕事ってペアでやるものなんだよな?」


「ああ」


唇を尖らせたマイヤが頷く。


「お前にはいなかったのか?」


聞いた後で後悔した。いくら何でもまだ早すぎた。人の心に土足で踏み込むのはらしくないはずなのに、なぜだか聞いてしまった。


「……クソが」


たった一言吐き捨てられた。もう聞くな、ということだろう。


(気まずすぎる……。話題変えないと)


これでは上司のご機嫌取りをしていた頃と変わらないではないか。唇を噛み締める。


(まあ、職場が変わったからって俺が変わる訳でもないってことだよな)


込み上げる諦念を無視するように、無理やり作る愛想笑い。いつも通りだろう。


「なあ、仕事のこととか、色々説明してくれよ。シズカさんにも仕事しろって言われたろ?」


あの日、マイヤに夕食を与えて帰した後、すぐに会社から連絡があった。本当に退職させられたらしい。手続きなども完了済みで、そこからあっという間に翌日初出勤である。


初めこそ新たな環境に期待と希望を抱いていたショウゴだったが、行く人行く人が皆若く、中には悲哀を漂わせる風貌の少年少女もいたことで、その熱は冷めてしまった。。悲哀を漂わせる風貌というのは、眼帯をつけていたり袖の下に何もなかったり、という人体の欠損が垣間見えたということだ。


「説明なんて要らねえよ。俺担当の仕事が1件ある。すぐ行くぞ。兄ちゃん」


希望という言葉が疎ましく思えてきた頃に、返事は返ってきた。やはりこの男、思い切りが良すぎる。


「すぐ実戦ってことか?」


「おう。着替えろよ。案内してやっから」


親指で東側の通路を指し示すマイヤ。何を言っても無駄なのだ。傲慢で、高圧的で、それでいて餓鬼っぽい。だが顔がいい。きっと全て許されてきたのだ。


(何でも持っているやつはいいよな)


それは、確かな羨望。年下の少年に対して、情けないことこの上ない。


ズカズカと先を行くマイヤを急いで追った。


***


「同じ顔してるからってよ、俺でもねえし人間でもねえんだ、あいつは。だから人の女盗っていい訳がねえんだよ!」


机に拳を叩きつける男。ショウゴにとっては初めての依頼人だ。ショウゴより1つか2つ年上くらいか。


どうやら、影武者に存在を乗っ取られたらしい。女を盗られたことに激怒しているようだが、女以外に仕事や家族も既に失っている可能性が高い。


「はいはい。わかったからよお、影武者が何処にいるか早く教えろよ」


額に青筋を浮かべる男を適当にあしらうマイヤ。対して男は噛み付くように叫ぶ。


「おいガキ!!お客様には丁寧に接せよ!!金払ってんだぞ!」


ただの八つ当たりだ。情報は提供してもらわなければ、仕事にならない。マイヤは男を煽るような声で言い返す。


「そんなだから、女にも逃げられちまったんじゃねえの?」


「おい!お客様に向かって……。申し訳ございません」


間髪入れずマイヤの背を叩き、男に頭を下げる。謝罪には慣れている。


「ってえ!おい兄ちゃん!何でそっちの味方してんだ!!」


「これは仕事だぞ!?給料貰ってるんだ!味方も何もあるか!」


「だあああ!この野郎!」


「お前、クビになるぞ!?」


「なりたくてもなれねえの!!あのクズのせいでな!」


マイヤがショウゴを殴り、マイヤのイヤリングが眩く揺れた。ショウゴがマイヤの胸ぐらを掴んで怒鳴り、マイヤがショウゴに掌底を食らわせる。


あっという間に取っ組み合いだ。攻守が瞬く間に交代する。目まぐるしく戦況が変化する、鮮やかな殴り合い。目が離せない。きっと美しい喧嘩であると言われるだろう。これが職務中、依頼人の前でさえなければ。


「いい加減にしろ!!!……さっさとあいつ壊してこいよ。頼むから」


静止する時こそはっきりと声を上げたものの、頭を抱えて呆れ返る男。


(やりすぎた…!)


マイヤのことしか見えていなかった。今から血を流すことになるかもしれないのに、既に息は上がり、唇は切れて血が滲んでいた。徐々に頭の熱は冷めていき、冷静さを取り戻す。


(随分まずいことをしてしまったな……。こいつのせいで)


マイヤをとびきりの怒りを込めて睨みつけておいた。


「へいへい。じゃ、全部話せよ。おっさん」


マイヤが言い終えた瞬間、男が立ち上がった。


「こんのクソガキ!誰がおっさんだ!!」


我慢の限界だったらしい。依頼人の信頼を完全に失い、ショウゴは頭を下げることしか出来なかった。


***


「このホテルだったよな」


2人は、1つのホテルを見上げていた。男は怒髪天を衝いていたが、影武者がいるであろうホテルの場所と時間だけ教えてくれた。


(まあ、その後すぐ追い出されたんだけどな)


木曜日の午後11時、いつも男が愛人と会っていた時間らしい。しかし、3週間前から影武者がその場所に、時間通りに通っているそうだ。


ホテルとホテルの間の路地に身を潜め、入口を見張ることにした。


「時間がわかっているのは、有難いな。あと1時間くらいで来るはずだ」


ショウゴは妙に意気込んでいた。何せ初仕事だ。ここでの評価が次に影響するのは確かなことなのだ。対して、マイヤは大きな欠伸をしながらサンドイッチを齧っている。


「やる気無さすぎだろ……」


思わずこぼすと、マイヤは右手にサンドイッチを持って、左手をひらひら振りながら言った。


「いいんだよ、影武者なんざ。あのおっさんと同じ顔のヤツが来たらぶん殴ればいいんだろ?」


言い終えると、また新しいサンドイッチを懐から取りだし、口に運び始めた。少しはショウゴを信頼してくれている……訳がない。


それにしてもたった2日でここまで人生が変わってしまうものなのか。今日は朝から新しいことがありすぎた。体はおろか、心までも疲労困憊している。


(静かだから、眠くなってきた……)


待ち伏せをしている間に気を抜くのは良くないが、だんだん瞼が閉じる。前屈みになりながら、いつの間にかショウゴは居眠りを始めてしまった。


***


――背中に受けた、確かな衝撃。


刺すような痛みにショウゴは飛び起きた。


「痛った!!何だ!!何が……」


背中を擦ると、僅かに流血があった。振り向くとマイヤはいなかった。


「マイ!?どこへ行ったんだ!?」


四方を見回す。見当たらない。コンビニの袋とゴミと上着が散乱していた。思考の読めないやつだ。帰ってしまったのか。時計は10時半だ。あと30分あるはずだが――。


「というか、背中!なんであんなに痛かったんだ?」


敵の襲撃も考えたが、敵は1人であるはずだ。影武者の方は逆光の存在を知っているのか。だとしたら、なぜ今日来るとわかっていたのか。そもそも影武者は持ち主以上の能力を持ち得ていないはずだ。失礼だが、あの男がそんなに賢いようには見えなかった。ショウゴは頭を抱えるしかなかった。


(とりあえず落ち着こう……)


深呼吸をして前を向く。




――視界の端に、踊る長髪と、輝くイヤリング。





「あれ?」


見ると、マイヤが先ほどの男と――否、影武者と格闘していた。愛人らしき女性はいない。


影武者の拳を受け止め、捻りながら足をかけ、バランスを崩させる。そして、顔面に膝蹴り。


なんて荒い戦い方なのか。ようやく納得した。先ほどの背中の痛みはマイヤがショウゴを踏み台にした痛みだったのだと。


「マイ……!」


影武者にハイキックを決めようとしたマイヤの足は影武者に受け止められ、軋んだ。


靴の裏に棘があった。


踏み台の件には怒りより驚きが勝っていて、憤りはいつの間にか消えてしまった。


いつしか冷静になったショウゴは、足を離してもらえないマイヤにどう加勢するか思案していた。


ここまで戦闘に関しては何の説明も指示も受けていない。初めに本部で武器を選ばされた気はするが。


腰に手を当て場所を探る。武器は再び解除するまで透明になっているのだと、マイヤではなくシズカから聞いた。


感触があった。こんなに時間がかかっては攻撃に備えられないのではないかと思ったが、触ったと感じた瞬間には手の内に納まっていた。


「……す、すごい」


幼い頃に漫画で見たような錯覚に、一気に感情が込み上げる。どれだけあの機関の技術は進歩しているのかなどという疑問は頭の隅から消えていった。


やる気が出てきた。夢見ていた、光景だ。


(俺も、変われる!)


ショウゴが選んだのは、日本刀。全日本男子の憧れであるだろう。ショウゴも例に漏れず、幼い頃から侍に憧憬を抱いていた。


――鞘から刀身を抜く。


――胸が高鳴る。


心がこんな展開を待ち望んでいた。渇望していた。高鳴る鼓動を抑えるように目を閉じて、日本刀を構える。


「よし……行くぞ!」


叫びながら、目を見開く。踏み込んでマイヤの元に一歩――。


格好をつけたはいいが、技術などは皆無である。足早にマイヤの元に向かい、がむしゃらに刀を振ってみせた。


刀を振っている間もマイヤと影武者の格闘は続いている。2対1で戦っても、影武者に勢いで勝つことができない。きっとショウゴの実力不足だ。その考えを裏づけるように、刀は全く影武者に当たらず、行く手を阻む程度にしかなっていない。


「あっ」


ショウゴの刀がマイヤの結った長髪を捕らえた。髪は10cmほど宙に舞った。


「マイ!大丈夫か!?」


マイヤは一瞬だけショウゴに刃物のような視線を投げかけた。


そして、影武者もショウゴの方を向いた。今まで羽虫程度にしか思われていなかったようだが、今は仲間割れを期待して注視しているようだ。


これ以上マイヤに危害を加えたくはないため、距離を置こうと後ろに跳んだ。


――その時に見たのは、口角をゆっくり上げるマイヤ。


ショウゴを追いかけて影武者が前へ出る。視線はショウゴに向けたまま。


「背中がら空きだっての!!」


マイヤが踏み込み、影武者の背中に一発打ち込んだ。骨の折れる不快な音が確かに聞こえた。


ショウゴは倒れ込んでくる影武者を避け、影武者は地面にうつ伏せになった。


即座にマイヤが影武者に飛び乗る。抵抗をする影武者に、マイヤは多少傷ついていたが、ものともしない。興奮して痛みも感じないのかもしれない。影武者の動きを固定し、ショウゴに向かって叫ぶ。マイヤの瞳はと伝えていた。


「首を飛ばせ!!兄ちゃん!!」


勝手に体が動いていた。首を飛ばすという行為と、マイヤの笑みの気味悪さに嫌悪を抱いている暇が無いほど、追い詰められていたのかもしれない。漫画で見たように、見よう見まねで雑

に振りかぶる。


そして、勢いよく下ろす。


思わず目を逸らしてしまった。当然のことだろう。人殺しと何ら大差ないのだから。


ごとん、と何かが落ちた音がして、全てが終わった。割と呆気なかった。そして人――否、人では無い――は結構簡単に死ぬことを理解した。脳が理解してしまった。


「やっと終わったな」


先に口を開いたのはマイヤだった。動かなくなった影武者から立ち上がる。


「とっとと帰ろうぜ。俺は眠いんだよ。あ、そういや兄ちゃんよくも途中で寝やがったな!」


「悪かったよ。俺、初仕事なのにダメなやつだな。……あと、髪の毛!切れたよな?本当に俺はマイに迷惑かけてばっかりで……」


「髪の毛のことは気にすんなよ。邪魔だったから丁度いい。それよりも寝ちまったことを反省しろよな!」


「それ言われたら何も言えないんだけど……。でも、俺もマイの靴が背中に刺さって痛かったんだからな!」


「んなの知らねえよ!起こしてやろうとしただけじゃねえか!」


「流血させといて酷いぞ!」


――結論。連携の取れなさすぎ。


互いに非はあるのだが、認めようとしない。口論はヒートアップし、終いには双方胸ぐらを掴みあっていた。


「一応後輩だろ!?俺が右って言えば右なんだよ!」


「先輩ならもっと大人になれよ!」


2人は気づけない。後ろの何かが音を立てていたことに。まだ


「もう兄ちゃんなんか知らねえからな!」





瞬間の爆風。







ショウゴは目を見開いていた。目の前の光景に目を奪われていた。マイヤが膝から崩れ落ち、理解した。先ほど、ごとんと落ちた何かが爆発したようだ。近くにいたマイヤは爆発に巻き込まれ、倒れ込んだ。とはいえ爆発は大したことはなく、被害にあったのはマイヤ、ショウゴ、ホテルの壁くらいのものだった。きっと最期の悪あがきだ。


爆発で終わっていれば、の話だが。衝撃は止まらない。


これ以上ない驚愕がショウゴを襲った。


立ったのだ。





首のない元影武者が、ゆらりとその身を起こしていた。


***


「無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理ーー!!」


喚き散らしながら、ショウゴは真夜中を駆けていた。脇にマイヤを抱えて。もう半泣きだった。


まるでスプラッタ映画のワンシーンだ。元影武者はショウゴを確実に認識している。追いかけてきている。


(これは夢……これは夢……これは夢……)


まじないのように頭の中で必死に唱えていた。マイヤはどうだろう。急いで抱えてきたが、あまり見たくなかった。見る勇気がなかった。死んでいるとは思いたくない。


頭が真っ白だった。やはりマイヤではなくとも誰かしらに影武者について聞いておけばよかった。無知であることは罪であるということを身をもって知ってしまった。


(腹くくれよ……。俺の馬鹿!)


影武者を殺さなければ、終わらない。マイヤは動かず、辺りを見回してもショウゴしかいない。否、一般市民にSOSは出せない。もういくつも路地を走り抜けてしまった。


最悪の状況と向き合う覚悟を決めなければ。


再び日本刀に手を伸ばそうとする。先刻の魂の高揚を思い出せ。そうすれば、何も怖くなくなるから。


「フラグ立てたかも……」


そう独りごちてから、かすれた笑い声が口から漏れ出た。そう、もう笑うしかないのだ。


(後に引けないからな)


今、この状況に必要なのは勇気である。影武者を倒す勇気とマイヤの様子を見る勇気だ。


まずは、逃げようとする足を止めるところからなのだが。


日本刀に伸ばしかけた手を太腿に向けた。そして、勢いをつけて太腿を叩いた。小気味よい音が鳴る。何度か続け、やっと停止することができた。


「影武者は……?」


おそるおそる振り向く。






辺り一面の闇かと思われたが――。


はるか遠方に、首の無い人影を発見した。


「来る……!」


マイヤを路地の端に横たわらせ、日本刀を両手で握った。手は小刻みに震えている。


ただ待つだけ。しかしこの待つだけである時間が、ショウゴのこれまでの人生において、他に類を見ないほどに長かったことは確かだった。


影武者の到着。影武者はショウゴ以外は見えていないかのように真っ直ぐに突っ込んでくる。


袈裟斬りにしたら動かなくなるだろうか。もし駄目なら、粉々になるまで切り刻まなくてはいけないのか。


だが、生き残るためには仕方がない。これが逆光の仕事なのだ。


一度、動いている物を殺してしまうことは、ショウゴを生涯縛り付けるだろう。罪悪感という名の鎖で。という行為を、で片付けられるほど人でなしではない。


(だけど、放って逃げる訳にはいかない!)


「き、来たな!」


己を鼓舞するための一言さえも震えていた。


(誰にも聞かれてないといいな……)


「……ははっ」


思った矢先だった。微かな笑い声だが、自然と瞳が潤んでいた。勿論、数分前の恐怖の落涙とは逆の意味でだ。


「……マ、マイ!?」


「天に昇っちまうところだったわ」


一番呼びたかった名前だ。たとえ殴り合いの喧嘩をしていても、運命を共にする相棒のはずだから。


「ほら。掴まってくれ」


「おう。あの影武者はどうなった?」


よいしょ、と立ち上がろうとしたマイヤだったが、上手く立つことが出来ない。何回か繰り返して、諦めたようだ。


「ああ、そうだ、そうなんだよ!首が無くて、でも歩いてて……。ゾンビみたいだ!俺、もう怖くて……。マイいいいいい」


「うお!やめろ兄ちゃん!強く掴むな!折れてるかもしれねえんだぞ!?」


感情が溢れて止まらなかった。ショウゴの所為でマイヤの怪我が悪化したら元も子もないというのに。


「というかよ、兄ちゃんは大丈夫なのか?」


マイヤだけでなく、ショウゴも爆発に巻き込まれている。マイヤほどではないにしても、無傷ということは有り得ないだろう。アドレナリンのお陰か、ショウゴは全く痛みを感じていなかった。だがしかし、いくら何でも痛みが全く無いというのは奇怪な気がする。


「……!」


見下ろすと想像していたより酷かった。骨の一本くらい折れていてもおかしくない状態だが。


「気にしてる暇はないな。戦えるのは俺だけだし」


違和感だと感じても、今は有難く思うしかない。悪運の強さは元々だと自負している。




「来たぜ!兄ちゃん!」




マイヤが怪我をものともしない大声を張り上げる。正面を見据えると、見たくなかった物が蠢いていた。


声にならない声を上げている影武者。物凄い迫力だ。1回斬って動かなくなるのが最良だが。




目の前に影武者が迫り、日本刀を高く構える。




左肩に刀を振り下ろし、左胸まで一息に斬り捨てた。


「……ごっ、があ……」


影武者は鮮血を撒き散らし、一度大きく身震いしてから、動かなくなった。


「はっ……」


あっという間に力が抜けて、尻もちをついた。


「やっと終わった……のか?」


「……みてえだな。やったな、兄ちゃん」


マイヤは強がっているが、息を切らしていた。

相当な重傷で、ショウゴのことを考えている余裕も持ち得ていないはずなのに、瞳には光が宿っていた。力の無い拳をショウゴに向けていた。


拳をできるだけ勢いを殺して合わせた。マイヤのイヤリングが光り輝いた。


「なあマイ、俺のこと名前で呼んでくれないか?」


気づけば口から出ていた。今日の朝から伝えたかったことだ。少し照れくさいが。




「おう!ショウタ!」




「………………っ、違う……」




「あん、何だよ?ショウタ?」



「違ーーーーう!!俺は!だ!タじゃなくてゴ!」


折角の感動のシーンだったのに。台無しである。ショウゴはマイヤを抱えて、大股で歩き出す。


「悪かったって兄ちゃん!じゃなくてショウゴ!……ってえ!怪我人だぞ!?聞いてんのか!?」


「やっぱりお前なんて嫌いだあああ!」


***


帰路である。世界には夜明けが迫っていた。


「マイのイヤリング、綺麗だよな」


雑談の中で出た何気ない話題のはずだった。美しく、しかも爆発でも割れない代物である。


「ああ、これか?これは特別だかんな」


「特別?」


「影武者に触ると光るんだよ。これで影武者が死んだとか判断すんだけど、壊れたのかもな。あいつ、死んでなかったし。あ」


マイヤは黙り込んだ。まずいことを言ったと表情が語っている。満身創痍の時も見せなかった顔だ。顔を真っ青にしている。もう手遅れだ。






ショウゴはすぐに結論を導き出した。






「じゃあ、俺って……」


(俺は、影武者…………だったってことか?)




































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