紗結
深夜に大騒動があったにもかかわらず今日の椋枝村はいつもと変わりない平穏な昼下がりだった。あれから紗結とハルワタートは椋枝村内にいる賊徒の魂を浄化して回った。そしてすべての浄化を終えると紗結は疲れからかぐっすりと眠りについた。そのまま朝を迎えても目覚めなかった。
紗結は微睡む意識から覚醒するとそこにはハルワタートの顔があった。
「目覚めましたか、眠り姫」
紗結は思わず微笑んだ。そして夢のことを思い出した。
「ねぇ、ハルワタート……話があるから神社まで歩かないかしら?」
紗結はハルワタートに向けてだしぬけに提案した。ハルワタートはその提案に無言で頷いた。
椋枝村と森の境界線上にある神社。ここは蛟丸のテリトリーである。境内の石段に隣り合わせに紗結とハルワタートは座っていた。
「私、賊徒の浄化の後、不思議な夢を見たの」
紗結はハルワタートにとりとめもなく話す。
「私は夢の中で豪奢な神社の巫女で神楽を参列客の前で舞っていたわ」
「紗結、それは素敵な夢ですね。それは素敵な夢ですね」
「でも、私にもわからないけど、その夢は奇妙な既視感があったの」
「既視感?」
ハルワタートは首を傾げた。
「その豪奢な神社のことをなぜか私は知っているような気がするし……なぜか懐かしさを感じたの」
「懐かしさですか? 紗結、それは不思議な話ですね」
「でしょう? 私の頭の中がわからなくなってしまったの。だからハルワタートに話しておきたいって」
「なるほど、不思議な夢の話を私にすることによって、紗結の頭の中を整理しようと思ったんですね」
ハルワタートは紗結の話の要点を指摘した。紗結も実際そうだったので無言で肯定した。
すると社の扉がするっと開き中から蛟丸が出てきた。器用に団子を乗せた皿を蛇体に乗せながら。
「まいど、お嬢ちゃんたち、この団子食べへんか? 椋枝村の婦人が作ってくれたお供え団子やで」
蛟丸は陽気な調子で団子を勧めてきた。
「え、勝手に食べてもいいんですか?」
ハルワタートは遠慮しがちに蛟丸に聞いてくる。
「かまへんで、どうせこの団子も時間がたてば腐ってしまうで……美味しく食べられた方が団子も喜ぶと思うで」
そう言うと蛟丸は笑った。
紗結は無言で皿から団子をつかみ取り「蛟丸様はいつもそうなのよ」というと団子を口に入れた。素朴な甘み口の中に広がる。
それを見てハルワタートも恐る恐る団子を口の中に入れた。
「むぐむぐ……とてもおいしいです」
ハルワタートは率直な感想を述べた。
「せやろ?」
蛟丸はどや顔でハルワタートを見た。
「蛟丸様、その表情、すごくムカつきます」
紗結は神様相手に率直な意見を述べた。
「さて、お嬢ちゃんの妹さんをいつ助けにいくん?」
蛟丸は話の核心を唐突に切り出した。ハルワタートは目の色を変え真面目な表情になった。
「私は今すぐに助けに行きたいです……でも、色々と準備を整えないと危ない気がします」
「そうね……私も神楽を一杯踊って体力を消耗してしまったし……もう少し体力をつけてからではないと難しいかしら」
ハルワタートと紗結はすぐに救出は難しいとの判断を示した。
「ウチも今すぐ行くのは難しいと思ってる……でもいつあの骸骨男の仲間がやってくるかもわからへんし……」
蛟丸は懸念材料を示し、二人と一柱は頭を悩ませた。
「まぁ、こういうことは考えを走らせるだけではアカンな……まずは紗結には神楽のお勉強をしてもらうわ」
「ちょっと……勝手に決めないでください。蛟丸様!」
紗結は慌てた表情で蛟丸に抗議する。思わずハルワタートはくすくすと笑ってしまった。課題は多いが椋枝村に吹く風の如く軽やかに前に進んでいくのであった。
【劇終】
「斎宮の武官様がこんな僻地にやってくるとはどういう風の吹きまわしですかな?」
役人が突然現れた斎宮の武官に困惑しながら応対する。それもそのはずである。斎宮の役人がこんな僻地にやって来ることなんてめったにないのである。
斎宮の武官、経塚は一見武官と思えぬ柔和な表情をしていたが、それは世渡りの為の仮面でありその瞳の奥は鋭い光を放っていた。
「いえいえ、些細なことなのですが少しばかり、役場の住民帳簿を見せてほしいのです」
経塚の発言には役人が強い困惑の色を深めたが帳簿庫の扉を示し、入室を促した。経塚はしめやかに入室した。
経塚は片っ端から役場の住民帳簿を見て回り、ついに目的の記録を手に入れた。そこには椋枝村の文字が描かれていた。
(斎王様が病に倒れてから数ヶ月……隠し子が存在する話を聞いたがこんな僻地に存在するとは思っていなかったぞ……)
どうやら世界の運命は彼女たちを放っておかないようだ。
見習い薬師と双子の女神 夏川冬道 @orangesodafloat
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