追放されたヤク中悪役令嬢は同時に凄腕化学者だったため幻覚剤を使ってヒロインの本性を暴いただけのお話ですわよ

白井伊詩

ドラッグデザイナーは胸が痛い


「ここは……?」


 彼は言う。


 彼の隣には女がいるがまだ眼を覚まさない。




 さて、私はこの質問に答えるか否かを思考する。




「ここは私の実験室、ラボと呼ばれているが私はアトリエと呼んでいる」




 特に隠す事も無いので回答する。ここは私の家の地下にあるアトリエ。白の大理石を基調とし、様々なガラス製の実験器具が収納棚に綺麗に収められ、テーブルにはよく使う道具と材料、そして出来上がったものを整然と並べ、几帳面なくらい清潔感のある部屋だ。




 そこに男と女を椅子に縛り付けて拘束する。椅子の手すりに両腕を丁寧に縛り、シアノアクリレートを手に塗り手すりと接着してやった。足も椅子に同様に接着しているため暴れても早々抜け出すことができない。指一本も動かせないというのもある。




 これからこの男を尋問する。私は尋問官ではないただのしがないデザイナーだ。芸術を生み出す言わば彫刻家とか絵描きとかそう言う類いの人間であると自負している。ただ、出来上がったものは白とか青とか黒茶色とかの粉末やら結晶やら液体だ。


 有り体にわかりやすく語弊無く私を言い表すなら化学者、研究者と言ったところだろう。


 私は貴族の娘、爵位は何だったかな、はっはっは、親の爵位すらどうでもいいものはないか、いやそれは親不孝か。


 どっちにしろ私はそんな貴族から追放された女だ。何を悪いことをしたのか点でわからないが追放された。




 家を追い出されたが、幸い自分の収集物も持って行けたため、私はこの国で一番大きな町の郊外にある家を拝借しそこで日々芸術作品を生み出すことに没頭している。


 これほどまでに楽しいことは無いと思っていた。追放される前は体裁と家名を守るためやたら上品で色々な国の優秀な女性とが集まる学園でマナーやら勉学やら裁縫やら料理やらを熱心に教えてくる学園だった。全寮制だったことも覚えている窮屈だったが化学実験室は誰も近寄りもせず静かだった。あそこ色々な実験をしたのは今でも良き思い出だ。




 はて? そう言えば何故追放されたのだろうか、思い出せない。




 頭に疑問が浮かんだ私は手元にあった注射器の先端を薬液の入った小瓶に差し込む。この薬液はメタンフェタミンで別段何というものではない。言うなれば朝食に出るエッグベネディクトのオランデーズソースみたいなものだ。これを1ミリ静脈注射するととても頭が冴える。




 得も言われぬ高揚感と全能感に抱かれた私はようやく追放された理由を思い出す。




 そうだ、私は彼の隣で気絶している女に騙されて追放されたのだったな。




 今の今まですっかり忘れていた。メタンフェタミンもそうだが私は私の芸術作品を生み出すことの方が大事のはずだ。だがしかし、それなのにも関わらず何だろうかこの心の引っかかりは。




「何をするんだ……?」


 彼は尋ねる。銀髪に碧眼、凜とした顔立ちだが私の目ではその彼が肖像画の顔にペンキで黒を上塗りして見えなくしたようにしか見えない。これは実に不可解な現象だ。


「尋問だよ。私の芸術作品を踏みにじっていると聞いてね」


「芸術作品? 薬ことか!」


 男はどうやら怪訝という表情をとっているようだ。


「あの薬とはどの薬なんだい?」


「ヘロインだ、この国では違法になっている代物だ。それを密造している人間がいるってな」


「それは大変だ。悪いことをするのは良くないことだね」


「何を言っている……? お前が! お前が作っているんだろ!!」


「……はっはっは、なるほど君に私はそう映るのか」


「当たり前だ。ご大層な実験設備に数々の薬品、庶民がこんなにガラス器具を集められるわけがない」


「確かに、そうだな。実行しようと思えば出来るな。だが密売は私じゃ無いな。こう見えて不法行為には手を染めていないんだ。ヘロインは所持しているがもう使っていない」


 つい最近ようやくヘロインは違法薬物として取り扱われるようになった。


「何言ってやがるさっきもお前は注射を自分に!」


「勘違いしないでくれたまえ、あれはメタンフェタミン。私がつい最近作った作品だ。違法も何もまだ世の中に出回っちゃいない代物だ。この国で違法薬物って言えば芥子から作ったアヘンとかだろう」


「俺たちは芥子の畑を見ている」


「ふーむ?……ああ……それは私の畑だ。だがなあれは問題ない畑だ」


「どういうことだ……?」


「あの芥子はモルヒネを作るために植えている物だ。勿論、医療会から国王より任をもらった上で栽培している」




 私はそう言うと書類を収めている鍵付きの棚から許可書を提示する。




「見えるかい?」


「これは……この印は王家の……」


「ご理解頂けたかな?」


「……だが違法な薬物が実際に!」


「それは私の与り知らないところだ……と言いたいが、ほぼ間違い無く私が関係しているだろうな」


 何せヘロインを作ったのは何を隠そうこの私だ。褒めてくれてもいいと思う。


「悪魔に取り憑かれたようだった。それから瞳孔が開いていた。嘔吐に下痢……咳が酷かったな」


「ふうむ……それは十中八九、ヘロインだろう。あの芥子から生成される薬だな。どこかで密造しているだろうな」


「そんなことは分かっている!」


「知っているとも君は真面目だからね」




 知っているとも? おかしいな、彼とは初対面のはずだ。




 記憶違い?




 この私が?




 そんなことは無い。あってはならない!! 断じてだ! この私が記憶違いなど!




「なあ、君名前は何だね!?」


 唐突な怒鳴り声に彼は萎縮した。


「エドワードだエドワード・スカイデアだ」




 知っている。私はその名前を――




 何故今更、どうして今更――




「エド……?」


「どうして俺の愛称を?」


「そうか、そうか……ではお隣で眠っているのはシャルロットかな」


「どうして彼女を?」


「さぁね」




 思い出した。違う。私はしっかり覚えていた。ただ眼を背けた。臭いものに蓋をしていた。




 彼はエドワード・スカイデアと名乗った。かの有名な貴族スカイデアの三男にして私の元許嫁だ。




 なるほど、だからついつい私は彼に優しく接してしまったわけだ。




 そしてその隣にいるのはシャルロット御令嬢だ。私がいた学院の人気者だ。


 私は随分とこの女に嫌われているらしいがね。




 


「うぅ……」


「シャル、目覚めたかい?」


 そうか、エド……君は彼女をそう呼ぶのだね。


「エド……そして貴方は?」


 シャルロットはおぼろげな意識で私に問いかける。


「私の事ならお気になさらず。どうせ君たちにはきっと恨まれることになるのだからね」


「どういうこと……?」




 私は注射器を取り出し指で軽く弾きシリンジを押し込む。この注射器の中身は私が作った芸術の最高傑作のひとつが入っている。


「……その注射器は何だ」


 エドは私が持っている注射器を睨み付ける。


「いやいや、何もしない。要求されるまではね?」


「注射器……薬……薬!」


 シャルロットの瞳孔が見開き激しく体を揺らした。


「そんなに怖がる事無いじゃないか」


 違うな、これはこの注射器を見て手を伸ばそうとしたのだ。なぜならシャルロットの右手の親指が手すりから剥がれ、血が滴っている。いくら何でも不自然だ。




 長年の疑問が解けそうだ。




 そうと決まれば答え合わせだ。




「シャルロット、この注射器の中身を知っているのかい?」


「……い、いえ存じませんわ。ただ注射が嫌なのです」


「注射するほどの病気をしたことがあるのか?」


 エドはきょとんとしていた。そんな話は彼の記憶にないらしい。


「ち、小さいときに重い病気に……」


 シャルロットは直ぐに答える。


「そんな話は聞いたことなかったぞ」


「おや、あなたは幼少の頃から病気一つしたこと無いと豪語しておられましたものね」


 私はニヤリと笑ってやった。


「えっと、それは……見栄、そう見栄ですわ!」


 シャルロットは碧色の眼を逸らす。嘘をついているのはよく分かった。


「お前、よくそんな見栄を張ったな」


 エドはホッとしていた。




 


「嘘ですね。あなたは本当に体が丈夫な人だった」




 


 私はエドの安堵を掻き消してあげた。


「あなたさっきから何なの、私たちの何を知っているのよ!」


 シャルロットは私を睨み付ける。エドと同じ碧眼が私の黒い瞳を塗りつぶすように。


「それもそうか……」


 私は何年も切っていない黒髪をかき上げる。学園にいた頃はかなり短くしていたからだいぶ雰囲気を違うはずだ。




「あなた……うそ……なんで!」


「なんだいシャルロット、亡霊にでも出会ったのかい」


「どうして君が……君は家を追い出されて」


「そうとも私は、恩師アレクサンダー先生を殺した疑いだけでこんな辺鄙な楽園に追放された」




 




「ブラック・ヴェルヴェット――」




「その名前で呼ばれるのは随分久しぶりだ。ああ、エド……どうせなら昔みたいにヴェルって呼んでくれないか?」


 私がどんな表情でエドにそう言ったかは分からない。




「もう君は許嫁でも何でも無い。ただの人殺しだ」




「……もし、もしもだ。私が殺していないとしたら?」


「どういうことだヴェルヴェット……?」


 エドは訝しんでいる。


「そもそもアレクサンダー先生の死には謎が多い。少し話を聞いて貰えないだろうか?」


 私はエドに提案する。




「……良いだろう」


 エドは一瞬だけ私から目を逸らした。脱出機会を伺っているようだ。なるほど君は相変わらず素晴らしい。その勇気を称えたい程だ。


「シャルロットは聞くかい?」


「お断りよ! 人殺しと会話したくないわ!」


「良く言うよ、殺したのは君なのにね」


「酷い言いがかりね!」


「では、これから論証といこうじゃないか。反論はそこからだ。まさか論も聞かずに君は」


 シャルロットは押し黙った。




「アレクサンダー先生が亡くなった日、私は先生の死体を最初に発見した。そして次に見たのがシャルロットだ。これは合っているね?」


「貴方が血の付いたナイフを持っているところを廊下で見たわ!」


「俺もそう聞いている」


「あれは実験室の扉のところに落ちていたのを拾っただけだ」


「よくそんな嘘が言えるものね!」


「まぁ、こればかりは他に証言できる人間がいない。でもおかしいと思わなかったかい? 私が先生に一体なんの恨みがあってナイフで先生を滅多刺しにしたんだ?」


 ここで一つ嘘を私は交える。アレクサンダー先生は滅多刺しではなく首をひとつきされ出血多量で死んでいる。


「待ちなさい。先生は首をひとつきされて死んでいたのよ。私はこの目で先生の首から血が出ていたのを見たわ!」


「あれれ、おかしいねぇ……シャルロット、君は廊下で私が血の付いたナイフを持っているところを見たんだよね。なのにどうして先生の死因をハッキリと見ているんだい?」


「そ、それは……」


 シャルロットの目が泳いだ。墓穴を掘ったのは直ぐにわかった。それに表情に焦りも見えている。


「それに! アレクサンダー先生はあの時大切なことをしていた。それも誰かに盗まれた!」


「知らないわ医療会宛ての提案書なんて!」


「お間抜けさん、どうして私とアレクサンダー先生しか知らない提案書の事を知っているのかな?」


「それは……」


「シャル……どうして……」




「エド、良いだろう君に真実を教えて上げよう」


 私はテーブルからメスナイフを手にすると、シャルロットの右長袖を切り裂く。




 シャルロットの腕には無数の注射跡がある。とてもじゃないがただの治療でこれほどまでに注射を打つ病気などあるわけがない。




「シャル……ロット?」


「………………」


「あの日、シャルロットがアレクサンダー先生を殺した。そうしなければならなかった。なぜなら私が医療会に宛てた提案書の内容は新開発した幻覚剤の違法化だ」


「違法化?」


「私は先生と幻覚剤を作っては自分たちで人体実験を行い、危険性が極めて高いものはあらかじめ違法化させるようにしていたんだ。その中の一文にはアヘンを生成する芥子栽培の規制も含まれていた」


「確かに芥子栽培の違法化は最近だ……」


 エドは事実を並べる。


「もう一つ、残念なことにアレクサンダー先生が死ぬ二ヶ月ほど前から、実験室にある私の作品の量が使ってもいないのに減っていた。しかもそれは提案書の中に違法化を直ぐに進めるべきと注意書きとその毒性を記載した物だ」


「それってまさかヘロインか」


「その通り! ようやく危険性を医療会に理解され違法薬物になったヘロインだ!」


「俺たちが追いかけていたはまさにそれだ」


「そうか……エド大変だったね」




 私は注射器をもう一度シャルロットに見せる。そして彼女の後ろに回り耳元囁くように言う。


「シャルロット、この注射器にはあの実験室で作った物とは比べものにならないくらい純度が高いヘロインが入っている」


 シャルロットは目の色変えて犬歯をむき出しにするほど口を大きく開いて呼吸を荒げる。




「寄越せ! このクソアマ! それを寄越せ!」




 必死さと言うには余りにも彼女の言動はヘロインに支配されていた。それだけの力がこれにはある。


私も何度かこれを試しているし、ヘロインと私は出会うべくして出会った生涯の伴侶にもなれるようなそんな至高にて偉大な傑作だ。




「おー、ようやく正体を現したようだね」


「ああそうよ! ヘロイン作りを邪魔しようとした! 許せない! くたばれ!」


「それだけじゃないだろう? 私の許嫁をとった理由は? 正直に話したらこれを君にプレゼントしてもいい」


「土地と金よ。男よりもヘロインを注射するほうが何百、何千、いや何百万倍も気持ちいいもの!」


 生憎私は処女な上に男遊びもしたことは無いのだが、ヘロインに勝る快感は存在しないと断言できる。この一点だけはシャルロットに大賛成だ。




「そんな……じゃあ今まで結婚生活は……」


「ヘロインの為よ。どうしてあんたみたいなのに尽くさなきゃいけないのよ。というか私のヘロインをコソコソと嗅ぎ回って気持ち悪いし死ねとしか思っていなかったわ!」


「嘘だろ……嘘だ……」


「ほら正直に話したわよ! ヘロインよヘロイン!」


 私はシャルロットから数メートル離れた場所に注射器を置いた。そして縄を解く。




「エド、よく見るといい、これがヘロインに支配された者の姿よ」




 




 


 ブチッブチッ――




 




 




 ビリッビリッ――




 




 




 皮膚が千切れる音が聞こえる。シャルロットは自分に塗られた接着剤を皮膚もろとも剥がすと一目散に注射器飛びついて行った。


 そして自分の肘の内側辺りに注射器を何のためらいも無く差し込んでヘロインを体に迎え入れた。




「そんな……」


「エド……君が追いかけていた違法薬物の出所はここじゃない」


「その……ようだな」


「縄を解くよ、それから接着剤の剥離剤を取ってくるから少し待っていて欲しい」


 エドは泣きながら頷いた。




 私は縄を解くと剥離剤を取りにアトリエを出て倉庫に向った。


 剥離剤を見つけまたアトリエに戻る。




 




 




 




 アトリエの中から聞きたくない、嫌な音が聞こえた。


 肉が裂けて骨に鋭利な金属が擦れる音だ。




 


「エド……君は……」


 私は思わず口に出した。エドは接着剤を無理矢理剥がしてメスナイフを拾いそしてシャルロットを滅多刺しにしていたのだ。


「はぁっ……はぁ……最初から俺は……君を信じていれば!!」


「もう良いんだエド……これから二人でやり直そう」




 嗚呼、そうか、私は――




「いや、もう……疲れてしまったよ」




 待ってくれエド――




「最後まで君を愛してやれなくてすまなかった」




 待ってくださいエド――




「じゃあな、ヴェル」




「待ってくれ私は君が生きていてくれればそれだけで――」




 エドは自分の喉をメスナイフで深々とそれはそれは深々と切り裂いた。




「幸せ……なんだ……」




 


 エドはもう動かなかった。




 




 




 


 それからしばらくたった頃だ。




私はメタンフェタミンを1ミリから3ミリに増やした。


 フェンタニルを追加した。


 モルヒネも追加した。


 メスカリンもだ!!




 それでも、それでも尚――。




 


 この胸の痛みは一向に取り除けない。




 もうヘロインは違法となり使え無い。だがこれだけは断言できる。




 この痛みはヘロインでも、拭うことが出来ないと。


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