第3話 クレジットカード

「ぜっんぜん駄目だよ!!」


 駄目でやわで半端者だよ!!と続け様に朝人に向かって叱咤する。

 その様子に朝人はどうすりゃいいんだと項垂れていた。


 場所は長い階段のある少し広めの神社。

 

 セミは鳴き、太陽は照り、少女は騒ぎ、少年は泣く思いをしていた。

 少年がそこで思い出すのは何故このようになったのかと言うことと、あの日、化け物を倒した時のこと。






 あの日、少女と出会い化け物と遭遇しマントを羽織っては化け物を一撃で倒した。


 それにしても、あのマントは絶対にダサいよなと朝人は一人思う。

 いや、マントがダサいと言うことではない。あの大仰にも広がるマントは俺自身に到底似合わないだろとあの日を思い出すたび朝人はそう思う。


 あのマントには見覚えがあった。朝人の見ているヒーロー漫画の主人公が羽織っていたマントだ。彼は筋骨隆々としていてその格好が様になるほどの雰囲気を纏っていたからいいものの、自分自身では残念ながら着こなすことは不可能だと知っていた。


 それでも朝人はその日からヒーローとなった。ヒーローを自ら望んだ。守るために戦った。


 そして勝った。


 殴ると化け物は粉々に散って地面をその血で紅く染めていた。


 その後の光景は端的に言うならば異様だった。

 いや、異様と言うのならば朝人のような華奢な少年が化け物を粉砕する光景も異様だがそれでもその後の様相は奇妙だった。

 

 化け物の残骸が白く発光し最後には霧散して完全に消え去ると、それは始まった。


 瓦解した建物は自然と元の形を戻していき、無惨に殺されていた人もいつのまにか本来の姿を戻していった。


 秘密基地へと戻ると、その壊されていた秘密基地も元の姿に戻っていた。

 

 この後少年は少女————エアルから様々なことを聞いた。


 Q、先のあのなにもかもが修復した現象はなんなのか。


 A、因果の等式、化け物の因果が成す精算。


 Q、そもそもあの化け物は何。


 A、倒すべき敵、世界を壊そうとするもの。


 Q、君は誰。


 A、私に名前はない。契約した人に名前をつけてもらうのが決まりだけれど私はエアルと名乗りたい。


 Q、…なぜ。


 A、なんとなく。


 Q、というかそういうことではなく、君は誰でどこから来てそしてどういう事情を抱えているのかそれを聞きたい。


 A、そんなことはどうでもいい。君はヒーローになると言った。だから私はその言葉をきいた。


 Q、…まだあんな化け物がいるのか。


 A、いると言うよりは、これから発生する。


 Q、…これから君は、エアルはどうすのか。


 A、君と共に行動し、敵が発生したら私を媒介として貴方をヒーローたらしめる。


 Q、え? ずっと俺と一緒にいるってこと?


 A、うん。


 Q、それは困る。親になんて言えばいいか分からない。


 A、それは大丈夫、私は君にしか見えないから。

 

 Q、は?


 と、クエスチョンがアンサーに追い付かなくなったあたりで朝人は質問をしても分からないし、どうせ非常識の中にいるのだからといろいろ諦め、流れに身を任せることにした。といっても、その時の戦闘を含めた全現象に対しての疲労が彼をそうさせた一つの要因なのだが。

 

 そうして確かにエアルは朝人と生活を共にしていた。学校にいるときも家にいるときも、さすがに風呂とトイレに居るときは一緒にいなかったのだが、はじめ共に入ろうとしてきたので断固として拒否し、それ以外は引っ付き虫のように付いてきた。


 そしてエアルの言った通り、彼女は朝人にしか見えてはいなかった。


 別段よく喋ることもなく、ちょっとした他愛ない会話を紡ぐばかり。


 少女はただ眺めていた。家にいるときも、学校にいる時も、家での家族とのやり取りも、学校での西崎の暴力も、淡々とエアルは静かに見ていた。


 そんな折である。


 土曜日の朝、学生にとっては至福であろうその時間帯に少女は突然叫びだす。


「強くならないと!!」

 

「…え?」


 彼女曰く、ヒーローならば強くあらねばならないらしい。

 と言うことで、次の戦いへの備え兼朝人の個人的な弱さを叩き直すための訓練ならぬ特訓を近くの廃れた神社で行うと彼女は息巻いていた。

 そこの神社であらねばならない理由は長い階段があるからそうだ。

 

 

 そして景色は冒頭のあの場面へと移り変わる。

 まず訓練は階段ダッシュが定石だとエアルは強く朝人に進言し、半ば強制的に階段ダッシュをすることになった。


 正直言ってこれまで運動をしてこなかった朝人に対しては灼熱のような太陽を浴びるだけでも酷だというのに、長い階段を走って上るというのは死にも近い所業だといえる。


 一回目で汗を顎に滴らせ、気息奄々として項垂れている。その様子をみて少女は発破のような叱咤をする。


「ぜっんぜん駄目だよ!! 駄目でやわで半端者だよ!!」


「い、いや、も、もう無理」


 朝人は仰向けになっては青い空を見上げる。

 体の重たさを感じる。

 硬い石の上に寝転がっているけれど、そのまま陥没しそうな感覚に囚われていた。


「あのさ」


 なんとか息を整えて、目の前の少女に問いかける。


「この前みたいに変身した後は強くなるんだから鍛えなくても、いいんじゃないの?」


 思い出すのはあの時の跳躍と殴った時の力。

 

 少女の反応は分かりやすかった。わざとらしくため息をつき「これだから最近の子は」と、まったくもって少女らしかぬ態度を取る。


「いい? 君があの時初めて『完全懲悪』を唱えて変身した時の力はいわばビックバンなの。初まりの力がもつ因果は何よりも激しく強大。だからあの時は君はあの力を使えたんだよ。けれどそれはそれ限り。」


 てかそもそも完全懲悪って何なんだよと思ったが朝人は静かに聞く。


「だからこそ君は成長しなくちゃいけない」


「これからも敵は発生するし、この前のよりも強いやつが出るかもしれない。その時君はその敵よりも強くらなくちゃいけないんだよ」


「一度試してみるといいよ。完全懲悪を唱えて、変身して。最初の力よりも弱いことが実感できるだろうから」


 少女はそう言って薄く微笑んだ。






 そしてその数十秒後、少女の表情はわなわなと震えていた。


「だ、だ、だめでヤワで半端ものだよ!!」


 朝人は完全懲悪を唱え、変身し、確かに最初の時よりもあふれる力を感じなかった。試しに横にある土壁をパンチしてみようとエアルが提案して、朝人は思いっきりそれをパンチしてみるとその土壁はびくともしなかった。

 それどころか殴った本人である朝人はその衝撃による痛みに拳を抱えて一人呻いていた。

 その様子にエアルは危機感を覚え、先の発言を慌ただしく言ったのだった。


「俺のまんまじゃん」


 朝人は拳をなおも抱えたまま弱々しく言う。

 変わったのはマントを羽織ったことだけで、身体能力も体の頑丈さも平生の自分の等身大ではないかと、心中で訳がわからないと悪態をついていた。


 こんなのではもし次に化け物が発生したらと、危機感が朝人とエアルの二人を包み込む。


「こ、ここまで酷いとは思わなかったよ…。」


 少年は痛がりながら、少女は肩を落としながら、銘々これからに危惧していた。

 

 そんな所に。


 二人の黒服の男が、朝人たちが訓練している上の方へと階段を上がっていた。


 彼らは明確な目的を持って、に会いに来ているのだ。


 そんなことはつゆ知らず、朝人は未だに拳を抱えたまま痛みが消えるのを待っていた。


 そしてエアルは階段を上がる音が聞こえ、人がこの場に来ることを察したのか振り返る。


 そこには二人の黒服が立っていた。


 彼らは二人のところへと近づいては、エアルを通り過ぎうずくまる朝人の前へと立っていた。


「本当にこれどうすんだよエア、へ?」


 前を向くと、突然の来訪者に朝人は戸惑う。


「君が、朝人くんだね」


 前に立っていた眉毛が濃く角刈りな黒服が尋ねる。


「そ、そうですけど」


 彼らが誰なのか、またなぜ自分の名前を知っているのか、なんの目的があって自分に会いに来たのか、疑念が目の前の黒服たちのせいで頭の中をぐるぐると回る。


「私はこう言うものだ。…とりあえず立ってみてはどうだね」


 黒服は懐から名刺を出すが朝人はなおも呆けるので黒服はそう提案すると、ゆっくりと立ち上がり「ども」と小さい声でその名刺を手に取った。


 そこには国家ヒーロー機構と書かれていた。


「単刀直入に言う。君は少女と出会い、力を貰い化け物と戦った。相違はないかな?」


「え、あ、はい」


 目の前の黒服たちは誰なんだろうか。なぜ自分があの化け物と戦ったことを知っているのだろうか。確か化け物が発生してあいつが暴れていた間の時間は因果とかなにかの力でなかったことになり記憶は誰もが消えると説明を受けていたのに。

 

 朝人はこんな風に一人で困惑する。


 エアルのほうを見ると、つまらなそうに一人少し遠くのところで石をけっていた。


「なんで、...知っているんですか?」


 誰も知らないはず。あの時の自分たち以外の記憶はあの怪物とともに消えたはずなのに。エアルから聞いていた事実のせいで警戒心も一入だ。


「なに、そんなに警戒することはない。今日は君にこれを渡しに来ただけだ。」


 そういって黒服の男が出してきたのは一つのクレジットカードだった。

 恐る恐る、朝人はそれを手に取る。


「私たちは君には過干渉しないし、縛ることもしない。因みにそれは化け物と戦うという命の危険に対する正当な国からの報酬だ。月に百万は使える。別に好きに使ってくれて構わない。命を賭すのにすこし少ないとは思うが内部でごたごたしていてね。それで勘弁してくれ」


 尚も黒服の男は堂々と続ける。


「化け物を倒せ。世界を頼むぞ、少年」


 それだけを言い残して、黒服の男たちは踵を返した。


 唖然とする朝人。


「…あれ、だれ?」


 答えを求めて朝人は近づいてきたエアルに聞く。


「…さぁ、知らない」


 エアルは目を合わせずに呟くように答えるが、その答えは朝人にとっては無意味に過ぎる。


「知らないって…」


「それよりも! そのクレジットカード百万円使えるんだよね!?」


 目を輝かせ、鼻息荒か言う。


「……そう言ってたけど」


 まさかこいつ使うつもりか? こんな意味のわからない金を。

 そう困惑し、目の前の少女に対して楽観すぎるだろと内心一人ごちる。


 突然来訪した意味のわからないクレジットカードに、朝人自身の力の無さに、更に惑わされる朝人。

 

 多難なる前途に不安を寄せながら、金を貰って喜ぶエアルに鍛錬の続きを強制され、尚も疲れ果てる朝人はその日の夜泥のように眠れた。



 


 




 


 





 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

家や学校で無能と蔑まれている俺がまさかの世界を救うヒーローにww やせうま @nakamon

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ