第2話 ヒーローは鮮烈に極まれり
ヒーローにならないか。朝人はそう問われて、なりたいと答えた。
「まずは逃げないと」
「え、」
少女は朝人の手を引っ張っては、この秘密基地から飛び出す。
そして、けたたましい音と共に秘密基地が化け物の一振りによって容易く潰された。
「あ、」
二人で作った秘密基地。もしかしたら、春との最後の思い出なるだろう秘密基地。
その破壊を見て朝人は心が痛くなるのを感じた。
「大丈夫だよ。君の秘密基地はなんとかなるから」
それはどういう事なのか。聞こうとしたが否応もなく彼女は次に繋げた。
「今は逃げよう!」
朝人はそれに頷くしかなく、少女に手を引かれるままこの森を抜ける。
振り返るとそこには奴がいた。よくよく見れば本当に気持ち悪い様相をしている。肌は白で、姿形は人を模しているけれど森から逸脱するほどの巨躯でありその顔には無数の目が存在しぎょろぎょろと動いている。
「ほら行くよ!」
少女に手を引かれ、朝人は蛇行した坂道を下る。
化け物もそれを追う形になってはいたがその挙動は遅く追いつかれる様子はなかった。
二人は坂を下りきりなんとか化け物の目から逃れ、廃ビルの中へと入っていた。
そこは最近買収された土地で、いまだに残っているビルに対して撤去は始めておらず廃ビルと化していた。
中は何もなく、ガラスから覗く日差しは強い。
そんな中で朝人と謎の少女は向かい合って座っていた。
「あれってなんなの」
「あれはそうだね、倒すべき敵、かな」
朝人はいまいち要領を得ない。そんな朝人の様子を察した謎の少女は間髪入れずに話し始める。
「今は、その倒すべき敵って認識でいいよ。あれは複雑だから。早く倒さないと、手遅れになってしまう。今もいっぱい人を殺してるかもね」
「それってやばいんじゃ!」
咄嗟に叫びそうになった朝人の唇に少女は指を置き、その先を話させなかった。
「大丈夫。敵を倒せば因果の等式で全部元通りになる」
「いんが?」
よく分からない単語が出てきて、困惑するが少女は待ってくれない。
「大事なのは想像力だよ」
朝人の手を取り、それを自身のおでこへと待っていく。
「想像力。自分がこの世界を守るんだーって言う想像。さぁ、目を閉じて。そして想像するんだ。君の、君だけのヒーローを」
セミは鳴き、外で化け物は暴れているはずなのに、ここだけはなぜか静かだった。
静かと、朝人は感じていた。
言われた通りに、朝人は目を閉じ想像しようとする。
自分がヒーローになって人を救う、そんな想像朝人には出来なかった。
ただ漠然とした大きな波がこちらに引き寄せ、それに飲み込まれるような想像が朝人を支配する。
そんな中、一人の少年がそんな朝人の手を取っては朝人を水面へと連れて行く。
『ぷはぁっ』
彼は水面から出ると漂いながら朝人を見て笑う。
『大丈夫だった?』
漂いながら、朝人はそんな屈託なく笑う春を見て思う。
お前が、春が俺の中では一番のヒーローだったよ。
そんな春が言うのだ。
『なら、君もヒーローにならないとね』
そして、視界は晴れ、目の前には少女がいた。
「どう? 世界を救う覚悟は出来た?」
覚悟なんて、朝人には到底なかったがそんなことはお構いなしに少女は朝人の手を引いて屋上へと向かった。
そこから見える景色は、まさに地獄だった。化け物が遠くで暴れている。人間を殺しながら。その騒々しさが遠雷のように不穏な気配を醸し出しては朝人たちに届いていた。
「大事なのは、想像力だよ」
手を握っている少女は少年を見てはまた言う。
遠くの惨劇を見ながら、朝人はもう後には引けないのだと震えながら弱々しく自覚する。
目を閉じて、揺らめく水面に身を漂わせる。それは空を飛ぶ感覚にも似ていた。
「さぁ、想像ができたら、叫ぶんだ」
揺らめく水面が、突如激流たる様相を見せる。
「完全懲悪って」
春さぁ、そこは苦しかったか。どんな風に世界は見えてた。
俺といて、楽しかったか。
嫌なのに、悪夢で見たあの表情をした春が脳裏に浮かんだ。
それを吹き飛ばすように、朝人は叫ぶ。
「完全、懲悪!!!」
それしか出来ないと悟ったから。
「それが、君をヒーローたらしめる武器なんだね」
そうして朝人は自身がマントを羽織っていることに戸惑いながらも気付く。
ただマントしか羽織っていなかった。
「さぁ、行って。君はもうそれの使い方も知っているだろうし、あいつの倒し方も分かるはずだ。世界を救おう。君の、力で」
そう言って、朝人は背中を押されて、跳躍をした。
不思議だった。何故か自分は飛べると自覚していた。そして、あいつの倒し方が脳を巡る。
飛ぶ速度は尋常では無かった。一瞬で遠雷が響いていた場所まで辿り着く。
そいつは人を殺していた。血みどろになったその拳がそれを強く指し示す。
途端に朝人の体を巡る血は沸くように熱くなる。
化け物に殺された人たちの塗炭の苦しみを思うと力が湧いた。これからも殺すのだと知った瞬間に力が湧いた。
「うぉっらぁあああああ!!!!!!」
不恰好にも化け物に拳を振り上げる。
ただ、その威力はその不恰好さには分不相応なほど強力だった。
一つの拳で化け物の頭は吹き飛び、赤い鮮血が篠突く雨の如く地面のアスファルトに降り注いだ。
少し遠くの廃ビルの屋上。
「ヒーローは鮮烈に極まれり。」
その様子を見ていた少女は一人静かにそう呟いた。
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