メトロノームな僕と私
48いぬ
僕と私
カッ……カッ……カッ……
秒針の動く音だ。
一秒一秒、途切れることなく動いている。
長針短針は十二時……いや〇時と言ったほうが正しいか。〇時ちょっと前くらいを指しているはず、多分。
僕の部屋には時計がない、なぜならスマホがあるから。スマホの時計には左から二と三と四と六と表示されている。
僕には好きな人がいる。
恋をすると、その事ばかりになってしまい、他のことをサボってしまい、疎かになる。サボりたくてサボっているわけではない。脳みそのキャパの多くを“恋”という感情で埋め尽くされてしまい、他事を考える余裕がなくなるのだ。人はそれを「恋の病」と言うらしい。
その言葉を知ったのは小学生の頃、あの頃は段々と自我が芽生えはじめ、自分の意見を持とうとする時期だ。そして自分の性格や容姿、人間関係を気にし始める時期でもある。
多くの人はその頃にはとっくに自分が男なのか女なのかを知っていて、それらしい行動をとるようになる。
自ら「自分は男だ」と決めるのではないと僕は思う。逆もまた然り。女も同じように自らが決めているわけではない。
もちろん現代の性教育を受けているのなら、男性器と女性器の違いを少なからず理解をし、自分の持っている“モノ”はどちらに当てはまるのか、そのようにして決める人もいると思う。
だが、人が自分の性を判断するのに大きな材料となっているのは周りだと僕は思う。知らず知らずのうちに、大人や周りの人から教えられるのだと思う。
僕もそうだった。ランドセルは黒色をプレゼントされ、自転車も青色の自転車をプレゼントされた。当時はたくさん喜んだ。プレゼントをもらって嬉しくない子供はそうそう居ないはずだ。
だが、もし今の僕が黒色のランドセルをプレゼントされていたらどう感じるのだろうか。青色の自転車をプレゼントされていたら。
僕は
なんてのは冗談。
学校から帰ると、好きな漫画を読み漁り、夕飯やお風呂といった、安定的な学生生活を送る上では当たり前な事を済ませると、自室に篭り、ベッドでスマホをいじる。
寝るのは、推しのVtuberの放送が終わる午前一時くらい。掛け布団を深く被り、その中で夜を過ごす。少し隙間をあけ、呼吸ができるようにするのがワンポイント。
*
朝、スマホから出る電波音が僕の鼓膜を震わせる。嫌いな音だ。
掛け布団の中から腕だけを伸ばし、画面をスワイプし、スマホに起きたことを知らせる。いや、起きたふりをする。腕を掛け布団にしまい込んだら当たり前のようにもう一度意識を飛ばす。途端、スマホがまた喋りだす。起きろ起きろと五分おきに設定された目覚ましの役目を果たす。
「なおき起きなよー、遅刻するぞー!」
母の声だ。
まだ出発まで一時間もあるんだし、そんな急がなくても大丈夫でしょ。毎朝、余裕をかまして支度を進める。
歯磨きを終え、鏡をのぞく。
伸びかけの鼻の下の髭を触る。なんとも厄介なやろうだ。男の体で生まれてきた以上、髭とは必ず関わりを持って生きていくことになる。なんとも憂鬱な気分にひたる。
好きな人ができてから鏡を見る時間が増えた気がする。今までなら気づかなかったであろうエラ骨にあるホクロや、整っていない前髪。男らしい顔付きを
僕……いや今日はなんだか僕の気分ではないな。僕は毎日その日その日で性自認が変わる。世の中では性的マイノリティとかカッコいい名前で呼ぶらしいが、僕は僕であって、私は私なだけである。
クローゼットには二種類の制服がかけられている。男女両種の制服。どちらを着ていくかを決めるのは簡単で、その時の気分だ。例として、今日はなんだかスカートで登校したい気分だったのでスカートを手に取る。これだけだ。
シャツのボタンをしめてリボン……いやネクタイにしよ。腰のホックを止めてブレザーを羽織る。
うん、可愛い。
今日の分の教科書、筆記用具、水筒、お弁当、財布、スマホ。よし。
「いってきまーす」
結局時間はギリギリ。もう少し早寝早起きをしていたらゆっくり支度ができるのに……間に合っているからまぁいいか。
「あっ、今日はスカートなんやねぇ」
「そー、どう? かわい?」
「かわいい!」
君はいつも玄関先で僕を待っている。
そしてどんな僕だったとしても“僕”だと思って対応を変えずに居てくれる。
そんな君が、私は好きだ。
メトロノームな僕と私 48いぬ @48inu
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