異世界転移しましたが、出会う神が皆バカすぎて困っています

ろもき

第1話 神様ってバカ?

初めに、大地の神が産まれた。

それから数百年の後、海の女神が大地の神の住まう所に現れた。

出逢うべくして出逢われた彼らは四つ子を産んだ。

上から順に山の神、川の神、星の神、空の神。

中でも末子の空の神は強き力を持ち、父母神は大神の誕生を喜んだ。

幾千年の時が流れるうち、大地神と海神の子は増えていった。

大地の神は、増え行く子供達に己の住処は狭すぎると心を痛めた。

妙案を得た海の女神は大地の神に提案する。

我らが新たな世界になれば良いと。

大地の神は了承し、こう仰った。

愛しい子らの為に眠りにつこう。そして、微睡みながら子らの生きる様を見守ろう。それこそが親としての幸せとそなたの言葉で気がついた。

かくして大いなる父母神は新たな土地となった。

残された幼き神達をまとめあげるは空を治める大神イグラ。

大神の隣に座するは、父より大地の女王に任じられた山脈の女神シス。

偉大な統治者達は初めの仕事として、御子を四柱作り出した。

長子は天候の神ハルザ。

父を補佐し空を管理する男神である。

その次に生まれたのは双子の女神であった。

眠れる父と母を照らし出す明かりとして産み落とされた彼女らこそ、太陽神アルミナスと月神イルディナである。

そして四兄妹の末子は創造の女神、カレダ。

カレダ神は優れた存在であった。

世界を彩る様々な生命を生み出す術を持っていた。

植物も動物も女神の御手から生み出されたのである。

しかし大神の末子は最後に大きな過ちを冒した。

カレダ神は神の模造品を作ろうとしたのだ。

手始めに祖父である大地神から貰った土、祖母である海神から貰った清らかな水で体を作った。

太陽神たる姉から炎を、空の管理者たる兄ハルザから叡智を手に入れ賢く生きていく術を与えた。

最後に姉である月神イルディナの精神を貰い受け魂を植え付ければその生き物は完成するはずだった。

然しイルディナ神は精神を司る女神であり、妹神の考えをお気づきになった。

神を作るなどあってはならない事であり、その禁忌を防ぐ為姉神は策を講じた。

イルディナ神の与えた不完全な精神は到底神を作るに足る材料ではなかったがカレダ神はお気づきにならなかった。

こうして争い合わずには生きていけぬ歪んだ生き物が生まれた。

それこそがヒトである。

末子の行いを知った父神イグラは胸を痛めながらも彼女に罰を与えることとした。

即ち人間の後始末である。

創造神カレダは地の底へと落とされ、屍人の裁きを永遠に続ける役目を与えられた。

こうして世界は三つに分かたれた。

空、地、黄泉である。

空に住まうは大神イグラを筆頭とした天の神達。

彼らは始まりの神の血が濃い事を誇りとし、地に足を下ろさないものがほとんどであった。

地に住まうは大地の女王であり大神の妻シスに従う地の神達。

彼らは始まりの神の身体を守る役目を誇り、手を抜くという言葉を知らぬ者がほとんどであった。

黄泉の神と呼ばれるのはカレダ神の一柱だけである。

彼女は日々増え行く屍人を正しく管理しながら、気まぐれに顔を見せる家族神の来訪を待っているという。




男は感情たっぷりに古臭い言葉で書かれた物語を読み終え、巨大な本を閉じる。

「これが君たちがこれから住む世界の創世神話だ。この世界はまだ神に捨てられていない世界だから、きちんと神話を覚えておくようにね!」

黒色なのになぜかキラキラと光る、不思議な長髪を持った彼は笑顔でそう告げた。


今の状況を簡単に説明すると、身体が突風に吹き飛ばされたと思えば急に始まった謎の長編物語読み聞かせが丁度終わったところだ。ちなみに、恐らく俺と同じような経緯でここに連れてこられたらしい哀れな人達が他に数十人ほど周りにいる。カオスだ。突然全く知らない物語を聞かされて混乱から頭痛がするが、あまりにもツッコミどころが多すぎるので痛みは忘れてそちらに対処してみようと思う。

「あの…ここはどこですかね」

男は俺に向かって笑顔を浮かべる。正直、貼り付けたような表情で気味が悪いが顔には出さないでおいた。

「良い質問だ!適切な説明をしても君らには分からないだろうから多少不適切だけど簡単な説明をするよ」

微妙に癇に障る言い方をするヤツだ。とは思ったがそれも顔には出さない。コイツが何か重要な立ち位置なのは嫌でもわかったから一先ず大人しくしておこう。

「まずは自己紹介が必要だね!私は神だ。君達の世界の他に色んな世界が存在するのは知っているかい?私はそれらの全てを視る神だ。名前は特にないからヨゾラとでも呼んでくれ。ほら、私の髪夜空っぽいだろう?ぴったりの呼称だ!」

しみじみテンション高いなコイツ。こっちは何が起こったのか微塵もわからなくて困っているというのに楽しそうで腹が立つ。でも神なのは本当らしいのでやはり逆らうのはやめておいた。だってコイツ、今何も無い所から急にリンゴ出したし。手品じゃないのは確実だ。指先からリンゴ生やしてもぎ取って齧る手品とか存在しないだろ、絶対。

「そしてここは私の家。全ての世界を視るためにどの世界にも属さない空間に住んでいるんだ!」

何となくわかったような気もするがファンタジーすぎて頭がついて行かない。整理しようと黙り込んでいると俺の隣に立っていたOL風の服装をした女が手を挙げた。

「私たちはなぜここに?」

ヨゾラはその問いにも「良い質問だ!」と返す。そのテンションをキープするの疲れそうだが大丈夫なんだろうか。

「君たちは本来の世界から放り出されてしまったんだ。死にかけていたから私が拾って連れてきた!」

つまり命の恩人というわけか。しかし、そうなるとなぜ“本来の世界”とやらから放り出されたのかが気になるところ。女はすぐに俺の抱いた問いと同じものを口にした。

「私たちが世界から放り出された理由は?」

またもや「良い質問だ!」が発せられる。他に語彙ないのか。

ヨゾラの答えはシンプルだった。

「神々の喧嘩さ」

その場に居合わせた人間は皆揃って頭に疑問符をうかべたことだろう。神がいるとして、その喧嘩がどう俺たちに関係するのだろう。それに、ついさっき俺たちの世界は神に捨てられているとか言っていなかったか。

そんな俺たちの考えを読んだように───神だから本当に読めたのかもしれないが───ヨゾラは詳しい解説を始めた。

「様々な世界があると言ったが、それぞれが薄い膜のようなものに包まれて隣り合わせに存在しているんだ。君たちの世界にはもう神は残っていないけれど、近くにあった世界にはまだ神がいるのさ。その世界の神々が喧嘩をやらかし、君たちの世界まで影響が伝わってきたという経緯だ」

やはり分からん。世界観が壮大すぎる。もっと簡潔に説明してくれないと凡人には理解不能だ。俺が顔を顰めたことに気づいたのかヨゾラはこちらに向かってウインクした。どういう意味で片目をつぶったんだコイツ。バカにしてんのか。

「分かりづらいんだけど」

制服を緩く着た不良っぽい男子が頭を掻きながらそう言うと、ヨゾラはもう少し簡単に説明をしてくれた。

「隣の世界にいる強い神が持てる力を全て発揮して争い、その結果世界同士を隔てる膜に傷がついた。君たちはその傷から転がり落ちてしまったんだよ」

「あー、分かった。あんがと」

不良青年は見た目に反してちゃんとお礼を言う真面目さを持っていた……って、気にするのはそこじゃないだろ。最初からずっと引っかかっていたことを聞かなくては。

「最初に言っていた、俺たちがこれから生まれ変わる世界ってのはどういう意味だ?俺たちは死んでないんだろう?元の世界に戻してくれ」

俺の質問を聞いたヨゾラの反応ときたら腹立たしいことこの上なかった。肩を竦めて“分かってないなぁ”とでも言いたげな苦笑いをしやがったのだ。

「ムカつくわね、アイツ」

隣の女がそう呟いた。恐らくそれは俺に対して告げられた言葉だろうと思ったので「全くだ、神じゃなかったら殴ってる」と返しておいた。

「世界を守る膜ってのは勝手に直ってしまうものなんだ。君たちが零れ落ちた膜の傷はもう綺麗に修復済み。だって隣の世界の影響をちょっと受けただけだからね。小さい傷だったんだよ。だから君たちは元の世界には戻れない」

お前が俺たちを拾わずにすぐ帰してくれてれば良かったんじゃ、とは思ったがまだヤツの解説は終わっていないようだ。ひとまず話を聞いてやろうと思う。

「でも居場所が無くなるのは可哀想だから膜に穴が空いている他の世界に送ってあげようという話だよ。親切な神に出会えて良かったね!」

俺は恩着せがましい言い方に気を取られて一人ムカついていたが、いかにも頭脳キャラな風貌の男性は違ったらしい。

「その膜に穴が空いている世界というのはまさか」

恒例の「良い質問だ!」が飛ぶのかと思いきや、今回発せられたのは「ご明察!」だった。語彙が少ない訳では無いらしい。

「もちろん君たちがここに来る原因になった、大喧嘩をした神様たちがいる世界だ!あの世界の傷はまだ直っていないから簡単に君たちを放り込める」

質問をした男性は、礼儀正しそうな見た目に似合わず露骨に嫌そうな顔をした。まぁ俺も同じ心境だが。

「待てよ、元の世界に戻る方法は無いのか?」

という不良青年の質問に対してはいつも通りの「良い質問だ!」だった。やっぱりコイツ語彙は少ないかもしれない。

「もう一度喧嘩してもらったらいい!神々に喧嘩をさせたら災害が起きたりして大変だろうけど、膜に穴があくまで天変地異を生き延びてくれ。そうしたら私が迎えに行こう!」

つくづく無責任なヤツだなコイツは。さっきから不満そうな態度を特に見せていなかった不良青年も多少萎えたらしく眉をひそめている。しかしそんな俺たちを気にも止めず、神は笑顔で口を開く。

「説明はこのくらいで終わり!頑張って生きるんだよ君たち」

という言葉を最後に視界が真っ黒になり、異世界転生講習会は打ち切られたのだった。




「……スラム?」

意識が戻った時最初に口をついて出た言葉はそれだった。地面は舗装されておらず、建物はボロい平屋だらけ。道を行く人たちも裸足で薄っぺらい服を着ている。貧民街って奴だろう。そうであって欲しい。これがこの世界では裕福な街だとしたら萎えるどころの騒ぎじゃない。

少し驚きはしたが、マイナス思考にハマるより情報集めをした方が良いだろうと思い直し街を歩いてみる。人々の視線が痛いが、服装が現代日本のものなので仕方ないだろう。変なファッションの若者だとか思われているのだと思う。

ひとまず、優しそうな目をした女性に声をかけてみることにした。ヨゾラが言っていた“大喧嘩をした神”にもう一度喧嘩をしてもらうため、何をしなければならないのかを確認する必要がある。しかし俺は人選をミスったらしく、声をかけた次の瞬間後ろから肩に手が置かれた。振り向いてみるとやたらとガタイのいい男が立っていて、嫌な予感に冷や汗が垂れる。これはアレか?異世界転生の序盤によくあるイチャモンつけられる展開か?

「俺の妹に何の用だ、よそ者」

予想は大当たりらしい。異世界転移する前に買った宝くじでこの当たりを引き当てたかった。でも多分、こういう場合は神様から能力が与えられていてこんな相手なら簡単に勝てるんだ。きっと。さっき俺が会った神様が凄いバカっぽかったから正直クソ不安だけど。

「ちょっと質問があっただけだ。物騒な神様に心当たりが無いかと思っ……」

俺が言えたのはそこまでで、続きの言葉は掻き消える。一発殴られただけで身体が吹き飛ばされ、壁に衝突していた。多分殴られたのはみぞおち。ハッキリと断言できないのは身体中がとんでもなく痛いからだ。凄まじいダメージでもう体が動かない。ここがRPGの世界だったらステータスは瀕死になってるんじゃないだろうか。あのクソ神、やっぱり俺に能力とか与えてねぇ!忘れてるのか嫌がらせか、それともバカすぎて能力を与える必要性に気づかなかったのか。どれも有り得る。すげぇムカつく。

痛みに耐えながら心の中で悪態を着いていたのだが、急に痛みが消えた。顔を上げると、ヨゾラと会話をした空間だった。今回はさっきと違って俺とヨゾラしかいないみたいだが。

「身体能力を上げる処置を忘れていたよ!」

俺がパンチ一発でダウンした訳はやはりコイツがバカだからだった。この自称神のあまりの無能さに脱力感すら感じる。そんな理由だろうと予想はついていたけどな!

「君たちを適当にあの世界にねじ込んだんだけどね、君だけスラムに出てしまったんだ。スラムの人間は強いから君の体を彼らと同じくらいにしておくね!」

ヤツは一方的にそんなことを言って俺を送り返したらしい。返事をする前に視界が暗くなっていく。本当に勝手なヤツだな畜生!


体感数秒後、もう一度目が覚める。身体の痛みも戻ってきたがさっきよりはマシだと思う。というか、目を開けた瞬間すぐそこに拳が迫ってたから痛みとか考えてる余裕が無い。慌てて横に転がってみたら避けられた。瞬発力と動体視力が上がっているかも。さっきと違って攻撃が見えたし、考える前に身体が動いてくれた。って、冷静に分析してる場合じゃねぇ。今の当たってたらヤバかったぞ絶対。顔面狙って来てたし。頭蓋骨くらい砕けそうな一撃だったし。実際俺が避けたパンチが建物にヒットして壁崩れ落ちてるし!そんな攻撃を人間に向かって出すなよバカヤロウ殺す気か。てか初撃を耐えた俺凄くない?身体強化されてないのに建物を砕くパンチを耐えたんだぞ?強化前の素の俺も捨てたもんじゃなかったかもしれない。

次々と繰り出される拳をひたすら避けながら、どうにか会話を試みることにした。身体能力が上がっているおかげで回避はギリギリだけど一応出来ているし、慣れてきて余裕も出てきた。でもこちらから攻撃を入れられる程の余裕は無いわけで、対話に頼るしかない。格好よく反撃してビビってるところで「俺は異世界から来た勇者だ!」とかやりたい気持ちはあるんだけど無理。ヨゾラのヤツ、もっと強い力くれればいいのにケチりやがって。

「俺に敵意は無いぞ!情報が欲しかっただけだ!頼むから話を聞いてくれ、異世界に放り込まれて困ってんだ!!」

ピタリと男は動きを止め、彼は俺の言葉を繰り返した。

「異世界?」

男が何を考えて攻撃を止めたのか分からないが、取り敢えず頷いてみた。すると、彼は仲間らしいヒョロい体つきの男を手招きして何かをコソコソと話し始める。ワケが分からん。ヒョロい男はすぐに走り去っていき、かと思えばまたすぐに戻ってきた。コイツめっちゃ足速くね?ヒョロヒョロ男はどこからか薄幸そうな美少年を連れてきていた。その少年はシャツとチェック柄のズボンという制服のような格好で、明らかに俺の故郷から来た人間だ。しかも中々の美少年。まつ毛が長く、肌が白く、目が大きくて髪の毛は青みがかった黒。長くバサバサのまつ毛が目元に影を作り、なんだか幸が薄そうな雰囲気を醸し出している。俺と違ってその美少年は攻撃をされなかったらしく、全くの無傷で立っていた。でも追い詰められたような表情をしていて、俺に気付くなり大急ぎで駆け寄ってきた。

「助けてくれ……!」

この焦りようはどう見てもただ事じゃない。俺は慌てて事態の確認をしようとした。

「大丈夫か、コイツらに何かされたのか?」

「この国……」

少年の目が潤む。まさかこの国食人文化があったりするのか?だとしたら早く逃げないとやばいじゃないか!俺は少年が言葉を続けるのをドギマギしながら待った。

「土葬なんだッ!!」

「は?」


土葬が云々と大真面目な顔で言ってきたものだから錯乱しているのかと思ったのだが、ひとまず名を聞いてみると少年はきちんと答えてくれた。

「僕はユヅル。優秀の優に美しい鳥の鶴と書いて優鶴だ」

どうにもイラッとする自己紹介だがそれはさておき、俺も名を名乗る。

「俺はマサルだ」

ユヅルは頷き呟く。

「平凡な名前だな、似合ってるぞ」

またもやイラッとしたが、ユヅルもわざわざ漢字の説明をしてきたわけだし俺もしようと思う。

「真実の真に干支の申と書く」

「猿か…うん、似合ってるぞ」

「殴られたいのか?」

思わず物騒なことを口走ってしまった。まずい、冷静にならねば。ユヅルはどうやったのかスラムの人間を懐柔しているので、今ここで俺がユヅルを殴るのはリスキーだ。ユヅルの知り合いだからという理由で攻撃が止んだのに、ユヅルの敵認定されて殺されかねない。さすがに異世界に放り込まれて三十分で死ぬのは勘弁して欲しいので大人しくしておくのが良いだろう。

深呼吸し、心を落ち着ける。よし、そろそろ土葬の話について聞いてみようと思う。この話題は深堀りしなくても良いような気もするが気になり過ぎる。

「さっきの土葬が何とかって話、ちゃんと説明してくれ。何が問題なんだ?」

単刀直入に聞いてみた。何かの聞き間違いかもしれないし。泣きそうになりながら言っていたわけだし、何か重要なことのはずだ。

「この土地は火葬が禁じられていて土葬なんだ。火葬じゃないなんて大問題だろ?何言ってるんだ」

何を言ってるんだはこっちのセリフだ。俺の聞き方が悪かったのだろうか。適切に質問しないとマトモなお返事をしてくれないらしい。俺は、昔会話を試みたが変なことしか喋らなかった壊れかけのペッパーくんを思い出した。なんでコイツは人間なのにペッパーくん感があるんだ、おかしいだろ。

「土葬の何がそんなに困るんだって聞いてんだよ俺は。ちゃんと説明しろ」

ユヅルは大きなため息をついて肩を竦めた。何をさせてもムカつくな、才能だろうか。

「だから、土葬なんて人類として相応しくないだろって話だ。埋めて腐らせるなんて人のやる事じゃないね。綺麗に燃やして美しい骨に還すべきで───」

「あ、もういい。分かったから」

聞いたのは俺だが答えが長い上に微塵も理解できん。薄々勘づいていたが、多分コイツは狂人の部類に入る人間だ。マトモに相手をしたら俺まで狂いそうなのであまり喋らせないようにしよう。人の言葉を遮るのはマナー違反だが今のは自己防衛本能が働いた結果だから許して欲しい。

頭のネジが外れている奴と話していてもらちがあかないので、現地人に話を聞いてみる事にした。火葬マニアのユヅルよりは言葉が通じそうだし、役に立つ情報も持っているはずだ。俺はユヅルの味方と認識されたようで、スラムの人間は皆俺への敵意を消失させていたから攻撃される危険もない。俺の質問にもきっと答えてくれるだろう。さっき攻撃してきた大柄な男がスラムのリーダーらしく、色々知ってそうなので質問してみた。

「この世界で暴れた事のある神様を教えてくれないか。俺達は元の世界に戻るために、その神に用があるんだ」

「アルミナス神にか?あの女神に会ったら死ぬぞ」

分かりやすくて物騒な返事だなおい。会ったら死ぬってどういう事だよ。その女神、メドゥーサか何かかよ。

正直、今の返事を聞いて凄く会いたくなくなった。とは言え、ヨゾラに言われた家に帰る方法は「もう一度神々に喧嘩をさせろ」だ。一度暴れた事がある神様を怒らせるなりして大暴れさせるのが一番手っ取り早いだろう。俺のアホな頭ではアルミナスとやらを利用する以外に手段が思いつかない。だが、ヨゾラは神が暴れると天変地異が起きるとも言っていたから、現地人にアルミナスを暴れさせるなんて言うのはよろしくない。よそ者が世界をめちゃくちゃにしようとしてたらめちゃくちゃ怒るのが普通だし。俺は姑息なので、アルミナスに会って何をするのかは伏せておく事にした。

「あぁ、細かいことは言えないんだがそいつに頼るのが一番確実なんだ」

しかしスラムのリーダーは首を横に振る。

「いや、まずイルディナ様に会ってみろ。アルミナス神とは正反対のお優しい女神だ。アルミナス神に会わずとも元の世界に帰れるかもしれないぞ」

おぉっ、なんだその素敵な情報は!もっと早く言えよ。

「そのイルディナという神様はどこにいるんだ?」

ユヅルも話を聞いていたようで、急に首を挟んできてそう問いかける。男はスラム街を抜けたところにある丘を指さした。

「あの丘の向こうだ」

予想以上に近いなおい。あとなんでお優しい女神様がいる土地のすぐそばにスラムがあるんだよ。おかしいだろ色々と。

ツッコミどころの多さに呆れ返っている俺をよそに、ユヅルは楽しそうに喚いている。

「行くぞ、マサル!その女神に火葬をオススメしよう、土葬なんてやめさせるんだ」

本当にうるさい。てめぇ一人で行けよと言いたい所だが、一緒に行った方がいいんだろうな。この世界に慣れていない者同士協力しないとまずいよな……たとえ相手が狂人だとしても。

リーダーいわく、イルディナの神殿には「真っ直ぐ歩いていけば着く」らしい。実に分かりやすい。そのせいで案内役は必要ないと思われたらしく、俺はユヅルと二人きりだ。こんな狂人と二人旅なんて悪夢か?少し歩けば丘がすぐ近くに見えてきたのでそんなに長い道のりではなさそうだが、短時間だとしてもユヅルと二人きりでいるのはキツイ。同じ言葉話してるのにコイツの発言は一ミリも理解出来ないからな。この少年と会話していると、頭が情報を処理出来なくて痛みを訴えてくる。これもきっと、ある種の才能なんだろう。

そんな事をぼんやり考えていると、歩いていた土の道が急に真っ白な石畳に変わった。神殿の敷地に入ったんだろうか。何気なく顔を上げてみると、神殿はとんでもない建物だった。建物の全てが、ぼんやりとした銀色の光を発する真っ白な石を組み上げて作ってある。広さは東京ドームくらいありそうだ。もしかしたらもっと広いかもしれない。

まさかボロボロのスラム街の近くにこんな建物があるとは思わなかった。呑気に歩いて一時間もかからないのに、ここまで文明度の差があるなんて驚き桃の木山椒の木って感じだ。こんなに綺麗な家に住んでるならスラムも綺麗に整えてやればいいのに。神様なんだからそのくらい簡単に出来そうなもんだけど。よし、女神に会ったらスラムを整えるように言ってやろう。これからこの世界には迷惑をかけるだろうし、少しくらい善行をしておかないと呪われそうだ。

神殿に入って良いのか分からずバカみたいに立ち尽くしていると、神殿の中からシンプルなデザインの白いドレスを着た女の子が出てきた。巫女さん的な子だろうか。サラサラの長い茶髪でとても可愛い。

「イルディナ様への謁見ですか」

俺は慌てて頷く。女の子に案内されるまま神殿に入り、女神の間とかいう巨大な部屋に通される。いきなり会いに行っても神様に会えずに門前払いされるんじゃ、なんてちょっと心配していたんだが、俺達はあっという間に女神の前に立っていた。


女神イルディナは全体的に銀色だった。緩くウェーブした髪も、着ているドレスも、爪先までもが銀色。銀色じゃないのは白い肌とピンクの唇、それと青い瞳くらいだ。そしてとんでもなく美人。いかにも女神って感じの姿だ。

俺達が女神の間に入ると、建物と同じ白い石で作った玉座に座った女神様がこっちを見る。俺は何か挨拶をした方がいいのか迷っていたのだが、イルディナの方が先に口を開いた。

「異世界からの客は久しぶりね。月の女神イルディナに何の用かしら」

嘘だろ、正体がもうバレた。いや、別に隠してるわけでもないけど。やっぱり神って凄いんだな、よそ者に気づくくらいは簡単なのか。ひとまず俺は、この世界に来てしまった経緯と帰る方法を探していることを伝えた。イルディナは少し考え込み、穏やかな女神スマイルで答える。

「私と私の妹が力を合わせればあなた達を元の世界に帰す事が出来るはずよ」

俺とユヅルは目を輝かせる。スラムのリーダーありがとう、お前のおかげですぐ家に帰れそうだ!

「けれど、大きな問題が一つ……私の妹アルミナスは、私に協力などしてくれないわ。なぜか私を目の敵にしていて、会う度に攻撃されてしまって……」

ありがとうって言ったの撤回。全然ダメじゃないか、ぬか喜びさせるなよ。

「あなた達がアルミナスを説得出来たら元の世界に返してあげるわ。私では無理なの」

イルディナは悲しげに呟く。俺は気づかないうちに頷いてしまった。少し考えてから答えるつもりだったのに。女神パワーか?

女神様が嬉しそうに笑ったのでまぁいいやと思うことにした。美人の笑顔万歳。俺は反省も後悔もしていない。


「どうするんだよ、結局会ったら死ぬ女神に会うことになっちゃったぞ?!しかも説得しろだなんて、僕達絶対死ぬじゃないか!」

神殿から出た俺は、ぎゃいのぎゃいのと文句を喚き散らすユヅルを無視し、切り株に座り込んでいた。座って何をしていたかと言うと、巫女の女の子から貰った地図とにらめっこをしていたのだ。この地図、読み方がてんで分からん。元の世界の地図なら古ぼけててもある程度読めるんだが、これは読めない。北も南も書いてないとかどうかしてんだろ。誰が読めるんだこんなもん。すぐにアルミナスの神殿に行きたかったんだが、十分ほど悩んでもヒントすら見つからないので諦める事にした。一度スラムに戻って地図を読んでもらおう。うん、それがいい。

「あーっ!!」

ユヅルが唐突に叫んだ。さすがに俺も反応してしまった。すぐそばで絶叫されて無視出来るほど俺の肝は据わってない。

「なっ、なんだよ」

「火葬にしろって言うの忘れた……!!」

そんな事かよ!まぁ予想はしてたけど。でも、そう言えば俺もスラムの環境改善について言うのを忘れてた。俺もユヅルも、言いたいことは今度言いに来るしか無さそうだ。夕方になると月女神の神殿は閉じられてしまうそうで、今からでは入れて貰えないし仕方ない。夕方から夜は月の時間だから、女神様は忙しいんだってさ。人の相手をしてる余裕なんてないって事らしい。

「スラムに帰ろう、ユヅル。地図の使い方を勉強しないと旅を始められなさそうだ」

それだけ言って、まだ何か文句を言っているユヅルを置いて歩き出す。すると奴も諦めて俺に着いてきた。コイツは放っておくのが一番扱いやすいのかもしれない。スラムまでの短い道を歩いているうちに、どんどん日が落ちてくる。道を半分ほど来たところですっかり薄暗くなってしまった。その上、獣系の鳴き声まで聞こえ始めて不穏だ。

「この世界、魔物とかいるのかな」

ユヅルが小声で聞いてくる。俺が知るわけないだろ。

「さぁな」

ユヅルは続けて呟いた。

「スキルとかあったら心強いのに」

それには同感だ。異世界に来たんだから何か能力があっても良くないか?昼間にこっそり色々試してみたんだが、ステータスとかも開けないし。ユヅルみたいに騒がないだけで俺も少し不安だった。

「この世界には無いのかもな、スキル」

俺が答えると、ユヅルは肩を落とした。

「僕もそんな気がする」


「あるぞ、スキル」


「本当か?!」と、そう言おうと思った。でも、言う前に気づいた。これはユヅルの声じゃない。

ユヅルも同じようなことを思ったようで、俺達は慌てて声がしたあたりから離れた。そこには髪も鎧も爪の先までもが金色の女が立っている。金色じゃないのは白い肌とピンクの唇、赤い瞳だけ。うん、あとなんだかさっき会ってきた女神様に顔が似てるな。イルディナの髪はウェーブで金ぴか女の髪はストレートだし、表情も真反対だけど顔のパーツはほぼ同じだ。鎧で隠れているけど体付きも近い。女の正体を察して冷や汗がドッと吹き出た。

「ど、どちら様で……?」

恐る恐る聞く。返ってきた答えは一番聞きたくない物だった。

「やぁよそ者、私こそはアルミナス。太陽の女神だ!」

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