魔法使いと助手
早瀬史田
第1話
夢を見ていた。
魔法使いと言うからには、きっと指のひと振りで世界を自由自在に操れるのだろうと。呪文を唱えるだけで思いのままになるのだろうと。
そんなうまい話がある訳がなかったのだ。
「おい、助手、飯を作れ」
魔法使いの視線は目の前にあるフラスコから全く動かないままだったが、正確にソファに寝転がってゲームをする助手を指さした。
「今ヤバいんで自分で作ってください、先輩」
「ヤバいって何だ。ゲームしてるだろ」
「だから、ゲームがヤバいンッス。流れ来てます」
「俺も流れ来てる。ほら、ほら!」
助手がチラと目を向けると、魔法使いの視線を独り占めにしているフラスコの中ではニョロニョロと紫色の何かが蠢いていた。「うわっ気持ち悪っ」と思わず吐き捨てる。
「なーにが気持ち悪いか!これこそ究極の魔法、新生命体の創造だぞ。偉大だろうがよ。讃えろ」
「いやいやいや、完全にクリーチャーじゃねっスか。また当局から怒られますよ!」
「知ったことか。……つーか助手お前、さっさと飯作れよ。助手だろ」
「自分で作ってくださいよ。あ、てか、実食どうです? そのクリーチャー、よく見りゃタコ的では?」
「お前こんな得体の知れないもん食うのかよ」
「いや先輩が。私はカップ麺食いますよ」
「俺もカップ麺食うから!お願いします!」
やれやれと立ち上がり、やかんに水を入れて湯を沸かす。沸くまでの間にカップ麺を用意しようとして、残りがあと一つしかないことに気がついた。
「せんぱーい、カップ麺ラスイチ」
「は? マジで」
「マジでー。先輩、得意の魔法で二つに増やしてください」
「無理。材料持ってこい」
「本当に使えねぇッスよね、魔法って」
「使えるわ。お前が──人間がまだ使い方を知らないだけだから」
助手ははいはいと適当に相槌を打った。お決まりのやり取りである。
「とりあえず、買って来ますね。見てない間にうっかり死なんでくださいよー。あと、火ぃちゃんと見といて~」
財布だけ持って部屋を出る。コンビニまで歩いて三分もかからない。魔法使いの返事はなかったが、さすがにたかだか五分程度でどうにかなることもないだろうとタカを括った。
カップ麺を買って帰ってきた時、助手の目の前には、急激に成長してフラスコから飛び出た紫色の触手にまとわりつかれる魔法使いの姿があった。
「なーにやってんですかー! せんぱーい!」
助手にまで触手を伸ばしてくるので、カップ麺の入った袋を振り回して撃退する。
「何か、湿気で膨張したみたい!」
「梅雨時の先輩の髪型みたいなこと言ってんじゃねーですよ!マジで当局に怒られるじゃないですかー!」
「その前に俺の心配してくれる?」
「自業自得だっつの!」
この膨張が湿気のせいだと言うのなら、まずはやかんを火から下ろさねばならない。触手を掻い潜って台所へ走る。
火を止め、湯気たつやかんにその辺にあった皿で蓋をする。
「ねぇ、先輩、コレ、火に弱かったりしない? 一応生物なんですよね?」
「それは知らんがこの世に燃えないゴミはない!」
「アンタから焼きますよ」
机の上にバーナーが置いてあった。先日ベーコンを焼いた時に使ったものだ。のろのろとした動きだが助手を捕えんとしてくる触手に、バーナーを向ける。
火を吹きかけると、あっという間に触手は焼け焦げ、その部分だけ死んだ。
「さすが俺の助手!やれー!」
「マジで先輩から焼きますよ!」
火の力は偉大だった。数分の内に触手は減退していき、発生元であるフラスコを熱することで完全に死滅した。
「ふん!見たか俺の助手の力を!」
偉そうにふんぞりかえる魔法使いの頭を引っぱたいた。
「非常に痛い!元はと言えば、お前が水を火にかけたままで出かけるからだろ!」
「見といてくださいって言ったし、そんなの予想出来るかよ!自分でも制御し切れないものを創らんでください。この天才バカ魔法使い!」
「バカじゃねぇよバーカ!」
ほとほと呆れ果てて、不毛な言い争いになるところを口を噤むことで回避する。冷めかけのやかんを再び火にかけ、沸騰するまで待つ。
魔法使いは「フン」と子供のように拗ねる。念の為にと助手の手によって袋に密閉されて部屋の隅のガラクタ置き場に投げ込まれたフラスコを未練がましくつついていた。鬱陶しい、面倒臭い。
「ねぇ先輩、みそと豚骨とどっちがいいですか。仕方ないから選ばせてあげますよ」
「お前選ばせてくれないつもりだったの? 豚骨がいい」
「はぁ? マジないわー。……はい、豚骨」
「お前なー……先輩に対する敬意というものをだなー……ありがと」
魔法使いがソファに座り、助手は台所に寄りかかり立ったまま麺をすする。腹が減っていたせいで余計に気が立っていたらしく、食べ終わる頃にはいつもの呑気で阿呆で前向きな魔法使いに戻っていた
「今回は上手くはいかなかったが、確かに成功ではあった!次は制御可能な生命体を作るぞ!」
意気込む魔法使いを、助手は生暖かい目で見つめた。
「……ま、応援はしてますよ。応援はね」
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魔法使いと助手 早瀬史田 @gya_suke
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