10話.[よかったけどな]

「ごめん、遅れちゃったかな?」

「大丈夫だよ――あれ? 咲希さんは?」


 佐藤君がやって来たのに咲希さんがいない。

 こんなことは十二月を除けばありえないことだから少し驚いていた。

 もっとも、


「それが遅れちゃうみたいなんだよ――って、高橋君は?」

「それが遅れちゃうみたいなんだよね……」


 こっちも似たような感じだからあんまり言えないけど。

 佐藤君は「はははっ、こんな偶然があるんだね」と楽しそうに笑っていた。


「それなら待とうか」

「うん、佐藤君とふたりきりで行動なんてしたら咲希さんに倒されちゃうからね」

「そんなことしないよ、それに僕と行くのが嫌みたいで嫌だな」

「そ、そんなことないよ」


 またなんとも言いづらい、答えづらいことを聞いてくれる意地悪な質問だった。

 修君に後でちくちくと言葉で刺されたくないから気をつけなければならない。

 そうやって決めて動いていたんだけど、


「修君、許してよ」

「……確かに遅れた俺が悪いけど楽しそうに話しているのは違うだろ」


 それは仕方がない。

 いまでこそ咲希さんが来ているから問題なく移動できているけど先程までは違かったんだ。

 別に手を握ってくることは構わないけど力を込めることはやめてほしかった。


「いや……悪い、俺が悪いだけだ、一緒の場所にいたら話すに決まってる」

「うん、分かってくれると嬉しいな」

「ああ、悪かった、だけど……どうせなら彩音とふたりきりがよかったけどな」

「そう言わないであげて、それに咲希さんも大切な友達だから」


 今日はまたあのカラオケ屋さんに行くことになっている。

 ちなみに京子も後から参加する予定だから楽しくなりそうだった――んだけど、


「こんにちは」


 まさかのまさか、彼氏さんも連れてきてとてもじゃないけど歌えなかった。

 私はこれで三度連続歌えなかったことになる。

 ある程度のところで時間がきてそれぞれ別れることになった。

 これを言い出したのは京子だ、……これだったら確かにふたりきりでもよかったかも……?


「彩音、どうする?」

「お腹空いたからご飯食べない?」

「いいな、行くか」


 お腹を満たすとだいぶ満足できた。

 先程のままだともやもやするからこれでいい。

 食べ終えたら長居するのもあれだからと退店。


「まさか佐藤の兄貴を連れてくるとはな」

「うん……ちょっと驚いちゃった」

「俺はまた彩音の歌声を聴けなかったぞ」

「あんまり上手じゃないから」

「ここで歌ってみてくれよ」


 何度も言われても嫌だから簡単な歌を歌ってみた。

 歌っている途中に真顔の彼を見てしまいどんどんと顔が熱くなっていくけど我慢した。


「……お、終わりっ」

「ありがとな、綺麗な歌声だったぞ」

「や、やめてよー!」


 二度と歌わないと決めた。

 ただまあ、矛盾まみれ、すぐに意見を変える私だからどうなるのかは分からなかった。

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60作品目 Nora @rianora_

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