2話目

 町の片隅の空き家。

「話が違うじゃねぇか」

 長剣の男が軽装の女戦士に詰め寄っていた。長剣の男は左手小指を擦っている。闇で回復魔法を扱う者のところに駆け込んで、既に小指を繋げてはいたが。

「散々だったぜ。なにが雑兵相手の簡単な仕事だ。手下の殆どを失ったじゃねぇか」

「いや。間違いなく、雑兵。隊長や副隊長の補佐ですらない雑草女だから」

 軽装の女戦士は言い切った。

「じゃぁ、なんで、俺の手下共は。あんな……あんな、易々と斬られたんだ」

「普段から、酒樽を相手の喧嘩ぐらいしかしていないからじゃない? やぁね。近付かないで」

 軽装の女戦士は、にじり寄ってきた長剣の男の鼻面をはたいた。長剣の男は、よろけて後退した。

「青羽は――取り戻せてないのね? とんだ見込み違いだわ」

 軽装の女戦士が唾を吐いた。

「俺は、魔法・身体強化を使ったんだぜ? それなのに、俺と互角に闘いやがった」

「互角ねぇ……」

 軽装の女戦士が鼻で笑った。

「なんだよ」

 長剣の男は舌打ちし、左手小指を擦るのをやめた。

「あなたが弱過ぎたってことかしら? 私の、大切な青羽を取り戻せもせず、おめおめと逃げ帰っちゃってさ」

「逃げ帰ってなんかねぇよ」

「じゃぁ、なに?」

「あの女、魔法を使おうとしやがった。魔法を使えるなんて話は聞いてねぇし……」

「雑草女が、魔法? あれに、魔法を使うだけの魔力なんてありゃしないわよ。寝言は寝て言えって感じ?」

「だってよう――」

 と、長剣の男は説明したが、軽装の女戦士は取り合わなかった。

「逃げるにしても、もっとましな言い訳をしなさいよ」

「ああ、もう。うるせぇよ。だから、逃げ帰ったんじゃねぇよ」

 長剣の男が昏い目をした。

「馬鹿馬鹿しくなっただけさ。なぁ、あんた。偉そうにしてるけどよぅ、あんたの実力はどんなもんなんだろうなぁ?」

 長剣の男が鼻を鳴らした。

「どういう意味?」

「いやぁ、手下を集め直す資金を、ちょいと頂けないかと思ってね」

 長剣の男が得物を――抜き放つ。

「お粗末な男。傭兵団『青羽と直刀』で団長補佐をしていた私が、あんたなんかに」

 軽装の女戦士は直刀を抜き放った。そのまま突きを繰り出す。長剣の男は、突き出された刀身を左脇に挟み込んだ。

「なっ」

 動きの止まった軽装の女戦士。長剣の男の拳が、彼女の左顔面に喰らい込む。軽装の女戦士は吹っ飛び、部屋の隅に積んであった椅子に突っ込んだ。

「まぁ、こんなことだろうと思ったぜ。あんた、団長のイロだったな? で、団長サンは、手元に置いておく為に、あんたを不相応な地位に就けていた、ってわけだ」

 長剣の男が下卑た笑いを見せる。脇の直刀を部屋の戸の方に放った。

「あんたは商品決定だ。色狂いしたジジィに売っぱらってやる」

「馬鹿を、言うな。私が、大人しく……従うとでも……」

 どうにか声を出し、立ち上がろうとした軽装の女戦士だったが。力が入らないのかうまくいかない。

「やりようは、幾らでもあるさ。どれがいいか、たっぷりと時間を掛けて試してやんよ」

 いやらしく嗤った長剣の男が、得物を鞘に収めようとした。その時、だった。

「ま、こんなところでいいか」

 と、部屋に入ってきた者が在る。髪の一房を編んで青羽を挿し、鉄革の部分鎧で纏めた女戦士――ゾマニィである。

「いいざまだな、ルミナ」

 ゾマニィが軽装の女戦士に声を掛けた。

 長剣の男は、足をもたつかせながら、慌ててゾマニィに長剣を向けた。

「うるさい、雑草女。あんた、私がたれるまで待っていたわね?」

 軽装の女戦士――ルミナがゾマニィを睨んだ。

「せっかく来てやったのに」

 ゾマニィは唇を尖らせようとして、やめた。確かに、様子を見ていたのだ。

「お前、どうしてここが分かったんだ」

 長剣の男が、得物を握り直しながら訊いた。

「一人、いい具合に捕まえられたからな。ちょいと潰して吐かせた。……本当に、ルミナだったか」

 青羽を狙う相手について、見当を付けていたゾマニィである。彼女は、ルミナに呆れた目を向けた。

「うるさい。……その青羽、返しなさいよ。それは、私のもの」

「断る。返せだの取り戻すだのと、くだらんことを」

「それは、団長が――ランウェルが挿していた羽根でしょう? だったら、恋人だった私に所有権がある筈」

「この青羽は、私が団長から受け継いだものだ。誰にも渡すつもりはない」

 と、ゾマニィが言い放つ。

 ゾマニィが挿している青羽は、死の間際のランウェルが、魔神に対峙したゾマニィに自身が挿していたそれを贈ったものである。ゾマニィは想いを託された。団の名誉を守ってくれ、生きて立っていてくれ、そして――。

「ランウェルが、なんであんたなんかに」

 嫌そうにこぼしつつ、ルミナはどうにか立ち上がった。

「私が唯一の希望だったからだろう。魔神はもう、村に入っていたからな。他に駆け付けた団員がいないとなれば。団長が私に青羽を渡したこと、そして私が魔神を狩ったこと。あの村の者らが幾らでも証人になってくれるだろう」

「村の人達には、もう訊いたわよ。でも、納得出来ないのよ」

「やれやれ」

(困ったひとですね)

「全くだ。面倒くさい」

 オズティンに同意して、ゾマニィが息を吐いた。

「お、おい。あんた――お前ら。俺を無視するんじゃねーよ」

 長剣の男が吠えた。

「無視したわけじゃないが……。そうだ。これだけは言っておく。団長は、自分の女だからルミナを側に置いていたわけじゃないぞ。ちゃんと実力があったからだ。ルミナは魔法での働きが大きかったんだ。武技は、確かに残念だったが――」

「雑草女に言われたくない。あんたなんか、魔法は全然だわ、刀は並の下だわ……」

「それでも、今、私はこうしている」

 ゾマニィはルミナを見詰めた。

 多くが死傷し傭兵団が壊滅した、あの時。ゾマニィの恋人であるビントもまた命を落としていた。ビントのかたきは魔物の群れを率いる首領、魔神。その魔神を狩る為に、ゾマニィは純潔と戦の神、処女神ヒュリリと取り引きをした。子を残す能力と引き換えに、調整され身心を強化された。魔力も貸与された。

 そして。

 ゾマニィは魔神を狩った。討ち滅ぼした。

「なにを偉そうに」

 ゾマニィの気配に圧されぬよう、ルミナは声を張った。

「はいはい」

 億劫そうに声を送り、ゾマニィは首を傾けた。

「お前、俺を馬鹿にしているだろうが。さっきからよぅ。剣を握っているのは俺なんだぜ? もっと、こっちを見ろよ」

「なんだ。構って欲しいのか?」

 ゾマニィが素っ気ない視線を向けた。

「ああ、そうかよ。そんなかよ。だったら、もういい。見るんじゃねぇ。喋るんじゃねぇ。大人しく死ねや」

 長剣の男が躍り掛かる。

「あぁ……」

 ゾマニィが息を吐いた。その瞬間、長剣の男は首を落とされた。

 鮮血が噴き、長剣の男の胴体が崩れ落ちる。

「使用済み魔法の再承認は受けてなかったか――」

 魔法士組合や魔法屋、神殿などで承認されれば魔法を使うことが出来る。そして、一度使った魔法を再び使うには、再承認を受ける必要があった。自身で自由に承認再承認出来る者も確かに存在するのだが、少なくともこの長剣の男にはそんな才能はなかったようだ。

「――であれば、とっとと逃げればよかったのに」

(姐さん。戸の側に立って、それはないです。窓を破るにしても手間そうですよ)

 硝子をはめた作りの窓は、交差させた板を釘打ちしているようだった。

(それに、逃げようとしたら背に向けてでも刃を浴びせたでしょう?)

「否定はしないが。――ま、なんだ。なんだか――その。誇示や見せしめみたいになった気がしてな」

 決まり悪そうに言い、ゾマニィは直刀を拭って鞘に収めた。

「なにをぶつぶつと。――いつ、抜いて? いや、いい」

 ルミナはゾマニィの動きを追い切れなかった。驚きのなか、虚ろが混じる。

「これが、今の私だ」

「雑兵は返上していたのね。……そいつが怒るのも無理はないか」

 血だまりが広がるさまを目に映しながらの、ルミナの乾いた笑い。

「私も斬るのか? 殺すのか?」

 ルミナの声が掠れる。

「死にたいのか?」

「どうかな。……判らない」

「あんたを斬りはしない。団長に頼まれたということもあるが。個人的に……個人的にだな。傭兵団を思い出して酒を呑むやつが少なくなるのは、嫌だ」

「あの人に頼まれた? いや。そっか……」

 ルミナは大きく息を吐き、使えそうな椅子を見付けて座った。ゾマニィが挿した青羽に目をやり、

「当てつけがましい」

 と、呟いた。右手で、どっか行け、と合図する。

「生きろよ」

 言い置いて、ゾマニィは部屋を出た。空き家を後にした。


『ゾマニィ。お前に、俺の青羽を託す。団の名誉を守ってくれ、生きて立っていてくれ、そして――あいつを、ルミナを許してやってくれ。頼む。頼むぞ』

 それが、団長の最後の言葉だった。

 魔物の群れが迫るなか、『青羽と直刀』の団長ランウェルは、近くの友好的な傭兵団二つに助力を求めた。そのうちの一つ、『白王山の盾』団への使者にルミナは選ばれた。しかし、団を発ったルミナは、戻って来なかった。後に知れたが、ルミナは『白王山の盾』の野営地には行かず、行方をくらませていたのだ。

「用事は済んだかの?」

 大通りに出る手前で、ゴイングードと合流する。預けていた背負い袋を受け取った。

「ああ。……呑み直そうか。私の奢りだな」

 籠手の件は明日でもいいか、とゾマニィは笑んで見せた。

               (おわり)

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青羽 白部令士 @rei55panta

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