青羽

白部令士

1話目

 残青ざんしょう女戦鬼にょせんきこと、元傭兵の女戦士ゾマニィ。彼女は、共に行動しているドワーフのゴイングードと昼間から酒場で地酒を呑んでいた。八瓶空けたところで、まだ呑み足りないというゴイングードを残して酒場を出る。愛用している鉄籠手の修繕を、防具屋に依頼するつもりでいたのを思い出したのだ。


(姐さん)

 酒場を出て直ぐ、オズティンが声を掛けてきた。彼は、ゾマニィが腰帯に挟んだ銀の短刀に宿る複製人格である。

「しぃっ。解っている。私が酒場を出るのに合わせて動いたやつがいるな。十人ぐらいか……」

 ゾマニィは考え、酒場から離れ過ぎないところで立ち止まった。腰を落とし、革長靴の紐を結び直しながら窺う。

 男達がゾマニィを半包囲して足を止めた。何人かは視認出来る。堂々と視界に入っていた。

「酔っていると思って、油断し過ぎだろう。ナメているのか、素人か」

 確かにゾマニィは酔ってはいたが、町のごろつき程度が相手ならなんの問題もない具合だった。板金いたがねが外れた右の鉄籠手は、修繕する必要があるので装備は万全ではない。が、日頃から、町なかでは籠手を外して背負い袋に入れるようにしているのだ。だから、今回に限って不利ということはない。

「ゴインならば、問題なかろうが。さて」

 自分を包囲する連中の仲間が、ゴイングードをも狙っていた場合を考えたゾマニィである。

(路地にでも入って迎え撃ちますか?)

「どうかな――」

 そう口にした時、ゾマニィの背後で大きな音がした。立ち上がって振り向く。

 酒場の両開き扉が揺れている。その手前の石畳には、のびた男。自分の意思でなく、放り出されたと知れる。

「全く。なんなんじゃ」

 銀髪を掻きむしりながら、ゴイングードが別な男を引きずって出てきた。

(あぁ……)

 オズティンの溜息。この複製人格は、なかなかに人間らしい反応を示す。

「おぅ、ゾマニィ。まだおったのか」

 銀髪銀鬚のドワーフが、陽気に声を掛けてきた。

 ゾマニィは大いに笑った。

「早く戦斧を取ってこい。酒瓶と間違えるなよ?」

 言い終えたゾマニィに、包囲していた男達が得物を手に襲い掛かった。


 長剣を振るってきた男を、肩から下ろしざまの背負い袋ではたいた。

「人違い……ではないのか? 一応、訊いておくぞ」

「あんた、ゾマニィだろう? 不相応な通り名を持ってよう」

 言って、長剣の男が距離を取った。

 ゾマニィの通り名――残青の女戦鬼――は、所属する傭兵団『青羽あおば直刀ちょくとう』は壊滅したものの、魔神を見事に討ち取り、魔神が率いていた魔物の群れを潰走させ村を守ったことに由来している。

「成る程。確かに、一部の称賛は痒くてたまらないが」

 ……村を守った、ということに関しては結果的に、であったから。あれは私怨を晴らしただけのこと。ゾマニィとしては、魔神を狩れれば後はどうでもよかったのだ。傭兵だった当時は、そんなものだった。

 ゾマニィは、背負い袋を足下に落とした。

 長剣を持つ者は、今斬り掛かった一人だけ。後は、短剣や短刀を握っている。鎧は、長剣の男が革鎧を着けているのみ。残りの者はせいぜい厚手の胴衣を着ているぐらいだった。

 斬らずにあしらうか、斬ってしまうか。

「どちらも面倒だな」

 斬らなければ、しつこく付きまとうかもしれない。ただ、斬れば、この地を治める領主に睨まれる。

 ――ゾマニィは、直刀を抜き放った。そのままの流れで、踏み込んできた男二人を斬り捨てる。続こうとしていた連中が、慌てて間合いを大きく取った。

「殺しだぁ」

「喧嘩よぉっ」

「衛士はどこだぁ」

 悲鳴を上げ、周囲の通行人らが急ぎ離れていく。同時、一定の距離を置いて、人垣が出来る。通りの石畳は、見世物の舞台になった。演じる必要のない、殺し合いの舞台に――。

「やってしまった」

(いやいや。るつもりだったでしょ?)

「ま、気を遣ってやる義理もないからな」

 技量差はあったとしても、斬らずに無力化するのは骨が折れる。それに、斬らぬ姿勢というのは、しばしば足下を見られたり思い違いをさせてしまうものなのだ。

「ちぇっ。バッサリかよ。なぁ、あんた。もう、取り返しがつかねぇよ」

 長剣の男がわざとらしく渋い顔をした。

 他の男達が、伺うように長剣の男を見る。

「抜いたのも、斬り掛かったのもお前らが先だ」

「ほんの挨拶のつもりだったんだがな。こちらとしては、頂くもんを頂けりゃ、それでよかったんだぜ?」

「町なかで強盗か。分別を失う程、私が裕福に見えたのか?」

「俺が欲しいのは、その羽根だよ。青羽、つ〜の?」

 長剣の男が、ゾマニィの顔付近を指差した。

 ゾマニィは、髪の一房を編んで、そこに青色の羽根――青羽を挿している。長剣の男は、それを指差したのだ。

「これか? 私には大切なものだが……。お前が持っても、なんの意味もないと思うが」

 ゾマニィの右手がそっと青羽に触れる。その際、彼女の目の端には、戦斧を構えたゴイングードの影が入っていた。

「それを欲しがっているお人がいてねぇ。なんでも、そいつは雑兵が持っていていい品じゃないんだそうな」

「ほう。私は雑兵、か」

 ゾマニィが薄く笑んだ。

「どんなイカサマを使ってか、残青の女戦鬼などと呼ばれている雑兵――ん? 雑草女だったか? まぁいいや。とにかく、そのお人は、あんたから尊い青羽を取り戻して欲しいという。どうだ? 立派な依頼だろう?」

「……私を雑草女呼ばわり」

 そして、取り戻して欲しい、か――と、ゾマニィは思案顔になる。

「あんたも一応は女だ。女を斬るのは気が進まねぇ。だからよぅ、その青羽を渡しさえすりゃぁ――」

「渡しさえすれば?」

 面倒そうにゾマニィが訊いた。

「ひと息で殺してやったのになぁ」

 長剣の男は嗤う。

「ただじゃ殺さねぇぜ? 通りの真んなかで、ひん剥いて身体中に刃を当てて血染めの落書きをしてやる。それから、指の一本一本を落としてよぅ」

「衛士が駆け付けるまでに、そこまでする時間があるかな」

 ゾマニィが小さく息を吐く。

「あるさぁ」

 長剣の男が言い終えるや、再び男達が襲い掛かってきた。様子を見るつもりか、長剣の男は、更にゾマニィから距離を取った。

 ――と、男の一人が吹っ飛ぶ。ゴイングードが脇から戦斧を叩き込んだのだ。

「ドワーフだ。ドワーフもいるぞ」

 男達のうち二人が、ゴイングードに向かった。

「二人も行っていいのか?」

 ゾマニィは、突っ込んできた三人を簡単に斬り伏せた。やはり、この程度の相手なら、酔いは心地よいだけでなんの妨げにもならない。

 ゾマニィと長剣の男との間には、迷い顔の男が一人立っているのみだった。その男は縋るように両手で短刀を握っている。

 ゾマニィの脳裏に、斬らないでおく、という選択肢が浮かんだ。

 ――その時。

「魔法・身体強化」

 言い放った長剣の男が、魔法の発動に必要な型をなぞる。長剣の男の全身が、一瞬だけ淡く光る。

「これで終わりだぁっ」

 自分とゾマニィの間の男を跳び越え、剣を振るってきた。

「へぇっ」

 ゾマニィは、直刀で長剣を受け流す。長剣の攻撃は二撃三撃と続く。速い。ゾマニィは打ち、流す。その後も激しい打ち込み、斬り返しが二十余合。ゾマニィは次第に順応した。

 ゴイングードが男二人を仕留めて駆け付けてくる。長剣の男が後ろに跳んで距離を取った。

「馬鹿な。こっちは魔法を使ったんだぞ」

「そうだな。手こずっている」

 言って、ゾマニィは柄を握る左手の小指を擦った。……相手に気付かせる為に。

「ん? つぅおう」

 長剣の男は、自分の左手小指が皮一枚でぶら下がっているのに気付き怖じけた。今更のように石畳に血華が咲く。

「痛ぇ。痛ぇよう」

 顔を歪め、左手を庇った。血は止まらない。

「お、お前、何者なにもンだ。雑兵じゃなかったのかよ」

「どうだろう、見ての通りでしかないが。……魔法・身体強化」

 十分な距離が取れていた。ゾマニィが魔法の発動に必要な型をなぞる――。

「なっ。やってられるかぁ」

 長剣の男は背を向けて跳び、人垣を越えて逃げ出した。

「なんてな」

 と、ゾマニィ。魔法は発動しなかった。ハッタリだったのだ。

「さて」

 残っていた男――短刀を取り落として呆けたように立っていた――は、ゾマニィに確保された。

               (つづく)

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