命は平等
司弐紘
命は平等
西暦20xx年。
あまりに増えすぎた地球の人口は食糧危機を招いた。しかし、人類は手をこまねいてその危機を待ち受けていたわけではない。
特に肉類に関しては、本物の肉と大差ないタンパク質を植物から開発することに人類は成功する。
そして――
*
その疫病によるパンデミックが始まったのはエジプトであった。
疫病の症状として最も特徴的なのは、内出血を伴い皮膚が黒くなることが挙げられるだろう。
どう考えても黒死病に思えた。
再びこの病が人類に牙を剥くかと思われたが、この時にはもう、人類には詰み重ねた知識と知恵があった。
だから封じ込めを行い、適切な治療を施せばパンデミックなど起こりようが無いはずだったのだ。
しかし、パンデミックは起こった。治療もまったく効果がなかった。
いや効果などあるはずが無いのである。
何しろ病原菌が――黒死病の原因であるペスト菌が発見できないのだから。
では他の病原菌、あるいはウイルスによるものかと考えられたが、それも発見できない。
結果として患者は何も異常が見つからないままで黒死病の症状で命を落としていく。治療が役に立たないのであるから、致死率は中世の頃と変わらない水準に跳ね上がってしまっていた。
そんな混乱の中、糸口が発見されたのは、ただ幸運の成せる技だったのだろう。
懸命にこの疫病の原因を探そうとしていた研究者の中に、極めて高い霊感の持ち主がいたのである。
その研究者の目にはペスト菌が見えていた。
しかし、他の研究者はそれが見えていなかった。
電子顕微鏡のモニターである。同じ患者を同時に検査したときに、見える自分と見えない者がいることに、研究者は恐怖した。
ペスト菌の幽体。
それが原因だったとしても、果たしてどう伝えれば良いのか。そして、どうすれば治療できるのか。
まったく見当がつかないからだ。
しかし、その研究者が発狂したために、他の研究者の中にも菌の幽体などというような途方もない話を、検証する者が現れたのである。
そして実証など出来はしなかったが、ペスト菌の目撃情報は積み重なった。
この時には人類は追い詰められていた事も大きいだろう。
人類は、この危機に対する対策を本気で練り始めた。
だが、すぐに手詰まりになる。
ペスト菌の幽体であるならば、それはそもそも人類の目で確認出来る大きさでは無い。そして何らかの方法で退治できたとしても、数が違いすぎた。
今まで人類が葬ってきたペスト菌の数は、まさに天文学的数字なのであるから。
幽体の発生条件が、死であるなら……
治療に対して手をこまねき続けた対策班は、何故こんな事が起こったのかを探り始めた。
そこである仮説が立てられた。
*
人類は食糧危機に際して、肉の代用品を開発した。
そこで、人類の一部がこう主張する。
「これで無闇に、命を奪う必要は無くなった。地球上の命は皆平等なのだから、驕っていた人類はこの機会を契機として謙虚になるべきだ」
と。
それは耳に優しい言葉であった。
多くの人類がそれに賛同した。
*
それがまさに契機であったのではないか?
――命は平等。
その認識が、ある水準に至ったとき、人類、あるいはある程度知性のあるものの幽体だけが出現するはずの、これまでの「決まり」が崩れてしまったのではないか?
つまりこの事態の原因とは、人類と他の生命体を同列に並べたこと。
だがそれは、人類が今までの行いと、これから地球の未来についての責任を放棄した事と同じなのではないか?
と。
当然、反駁された。
そんなバカな話があるか、と。
だが――
「命を平等としたとき、我々はそれに対して、こういった病原菌の命も平等だと考えただろうか? そうではないはずだ。変わらず撲滅を考えていたはずだ。それなのに命は平等などと――それがどれほど驕り高ぶった考え方であったのか」
その考え方が最も正解に近かったのかも知れない。
あるいは平等にしてしまったことで、菌に復讐の意図は無くとも自動的に、このような事態に陥ることは必然だったのか。
菌にとっては、死した後とは言え普通に生命活動を行っただけなのである。
やはり命を同列に並べるなどという愚かさが、今の事態を招いてしまったのだろう。
そして、それが原因だとしても、やり直す機会は人類に訪れそうもない。
幽体に対して封じ込めなど、そもそも不可能なのであるから。
人類は地球に拒否されたかのように、各地で満遍なく死んで行った。
人類は滅亡する。
むべなるかな。
命は平等 司弐紘 @gnoinori
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます