第3話 初々しさも可愛さの内
翌朝。約束の時間に、インターフォンが鳴った。
「ごめんください、
いつも通りの控えめな声。
「あー、今から行くから。待っててくれ」
と少しドキドキしながら、扉を開けた。
その瞬間、俺は目を疑った。
普段は長い髪を肩まで下ろしていた彼女。
しかし、今日はツインテールにしている。
しかも、普段は丈の長いスカートが、短い。
それに、化粧もしている気がする。
元々、可愛かったけど、活発なイメージで、ぐっと来てしまった。
「ええと。似合ってますか?」
「ああ。凄い似合ってる。昨日までのも良かったけど、今日のはもっといい」
「実は、とっておきのだったんです」
そこまでして、気合いを入れてくれたことに嬉しくなる。
「とりあえず、部屋行こうぜ」
「へ、部屋ですか?」
目をパチクリさせる久美に、説明が足りなかったことに気づく。
「リビングだと、父さんとか母さんが通るかもだろ。だから……」
「あ、ああ。そ、そうですよね。はい、わかりました」
顔が赤くなるだけじゃなくて、色々落ち着かない様子だ。
いきなり、二人っきりとかまずかったか?
「ああ、いや。リビングでも、別に……」
「い、いえ。だい、じょうぶ、です。恥ずかしいだけ、ですから」
「そっか」
「嫌じゃないですから、気を遣い過ぎないでください」
しまいには彼女の額から汗まで流れはじめている。
そこで、彼女が男性に免疫がないのを思い出した。
きっと、今は緊張の極地だろう。
俺の比じゃないくらいに。
(なんとか、久美が落ち着いて過ごせる雰囲気にしないと)
なんて考えながら、俺の部屋に招いたのだった。
「飲み物、いつもみたいにミルクでいいか?」
久美はカフェインが苦手なところがある。
だから、振る舞うのはミルクなことが多かった。
「は、はい。お願いします」
というわけで、ミルクと紅茶を手に部屋に戻った俺。
「えーと、抱きしめられたら……」
「キスを求められたら……」
とかぶつぶつ言っているのが、部屋の外から聞こえた。
(まさか、久美がここまで初心だったとは)
とにかく、俺も初彼女ではあるけど。
それ以上に、彼女は男性に免疫がないのだ。
だから、緊張を解きほぐそうと、
「なあ、久美。緊張してるか?」
「……」
「別にさ。緊張しててもいいからな?久美がそうなのは無理ないし」
俺は本当はわかってたはずだった。
「でも、二人っきりなのに、ガチガチで、申し訳なくて……」
本当、思い詰めるところは昔からなんだから。
「大丈夫。今日は触れたりしないから。安心してくれ」
「でも……」
「別に、少しずつで大丈夫だから。大切にしたいから」
本心だった。
少なくとも、新たにトラウマを増やしたくはない。
「別に、触れ合わなくても、今も幸せだから」
「はい。私も、緊張してるけど、幸せです」
その言葉に、つい、噴き出してしまった。
「なんで笑うんですか?」
「いや、緊張してるのに、幸せっていうのが、可愛くて」
「可愛い、ですか?男の人は甘えてくれた方が嬉しいと思いますけど」
「長い付き合いだろ。そんな固定観念に縛られなくても大丈夫だって」
もちろん、俺だって、触れ合いたいって欲望はある。
でも、それ以上に、大切にしたいという気持ちが大きい。
「そう、ですね。裕也さんはそういう人でした」
少し、微笑みが戻った気がした。
「そうそう。だから、お互い本でも読みながら、ゆっくり過ごそうぜ」
全然焦ることはないのだ。本当に。
「本当、裕也さんは優しいです。昔から……」
久美は少し涙声だった。
「いや、大切な彼女だし、当然だろ。ましてや、お前の場合、トラウマあるし」
「そう言ってくれるのが、優しいんです」
「嬉しいんだけど、むずがゆいな」
別に、俺としては当然の気遣いのつもりなんだけど。
「あの。手、繋いでいいですか?」
言って、久美はテーブル越しに手を差し出してきた。
「いいけど。大丈夫か?」
「はい。裕也さんは裕也さんだって思い出したから。大丈夫です」
「じゃ、じゃあ」
とそろりそろりと、手を重ね合わせる。
「凄い、恥ずかしいです」
「やめとくか?」
「いえ。もうしばらく、そのままで」
と、小一時間、無言で俺たちはお互いの手を握りあっていたのだった。
そうしている内に、歩いてきて、隣にちょこんと座った久美。
「えと。抱きしめて、欲しいです」
「いや、ほんと、大丈夫か?手繋ぐだけでも、真っ赤だったのに」
「いいんです。恥ずかしいですけど、して欲しいです」
今度は、目を見て、はっきりと言ってくれた。
というか、俺も彼女を抱きしめるとかはじめてなんだけどな。
ぎゅうっと、彼女の体温を感じながら抱きしめる。
「ああ、顔が凄い熱い、です」
「やっぱり……」
「そのままで、お願い、します。本当に、嫌じゃないので」
「ああ」
そんな、妙に落ち着かなくて、でも嬉しい一時を過ごしたのだった。
いい加減久美のキャパが限界そうなので、
「そろそろ、お開きにするか。送ってくよ」
「えーと、その。わかり、ました」
なんか、もう少し一緒にいたそうな空気を感じたけど、久美が保たないだろう。
というわけで、彼女の家まで送って、
「今日は嬉しかった。えーと、また明日な」
違う高校に通う俺たちだけど、放課後、また会える。
「その前に、ひとつ、お願いがあります」
「お願い?どうしたんだ?」
「キス、してください」
言い方が受け身ですいません、と言いながら。
「久美。本当に、無理するなって。ゆっくり行こう?」
「無理じゃないです。前に進みたいんです」
「前に、っていうのは?」
「男の人と触れるの苦手なままだと、やっぱり嫌ですし」
決意の表情を見て、
「わかった。でも、俺もキス、はじめてだからな」
久美の方がガチガチだから、余裕があるだけだ。
「大丈夫、です。私の方が下手かもですし」
ほんと、相変わらず自分に自信がないんだから。
「じゃあ……」
頬に手を添えて、ゆっくりと唇を触れ合わせる。
はー、緊張した。
「裕也さんも、顔真っ赤ですね」
「それはそうだって。俺も交際経験ないんだから」
「良かったです。私もそうでしたから」
幾分か緊張が解けた様子で、ほほ笑みを浮かべる彼女は、可愛らしくて。
抱きしめたくなったけど、我慢我慢。
「でも、今日で、自信持てた気がします。だから、遠慮、しないでくださいね?」
「わかった」
「本当に、本当に、嬉しいですから」
掛け値なしに本音なんだろう。
緊張でガチガチの表情と違って、嬉しいときの表情だった。
「それじゃ、また明日な」
「はい、それじゃ、また明日。それと……」
「ん?」
「やっぱり、裕也さんの事好きになって良かったです」
と言って、たたたっと、家の中に入って行ってしまった。
「覚悟決まると強いんだなあ……」
呆然としながら、今まで付き合ってきた彼女の知らない面を知ったのだった。
でも、これからも、彼女のことは大切にしないとな。
そんな思いを新たに、帰路についたのだった。
出来たばかりの後輩な彼女が初々し過ぎて、困るけど可愛い 久野真一 @kuno1234
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