誕生日ドーナツ

 共同部屋に響く声。侃々諤々かんかんがくがく。より良いの誕生日のため、よりよいサプライズを成功させるために彼らは意見を交わしていた。



 学生寮のキッチンは共有スペースだ。1フロアに1つ、だいたい8人でキッチンを共有する。夕飯時など、いちいち交代でキッチンを使っていたのではいつまでたっても食事にありつけない。

 だから彼らは当番制でみんなの食事を作る。材料費を折半してまとめて作れば節約になるし、何よりみんなで食べる食事は美味しい。きつい授業や実験で疲れた心を癒すのは美味しくて、楽しい食事の時間だった。


 したがって、彼らの生活は基本的に8人単位である。そして明日、同じフロアの一人が誕生日を迎える。基本的に仲間想いの彼らはサプライズで誕生日を祝うべく、皆が寝静まった夜中に共同部屋に集まって、どうやって祝うか議論していた。



「やっぱりAVではないか?」「いや好みの問題がある。性癖の押し付けは争いのもとだ」「じゃあ食い物か?」「ケーキは?」「ホールケーキ一つじゃ足りないだろ。」「誰か手作りとかできる?」「無理だ……」「じゃあ肉か?」「そんなのいつもの食事と大して変わらん。」「女は?」「ダッチワイフでも送るのか?」……



 わいわいがやがや。なかなか決まらない。議論が煮詰まってきたころに一つの天才的な意見が出てくる。


「――ッハ! アイツの好物のドーナツ。あれをピラミッドにするってのはどうだ? 見た目も豪華で安上がり。確か今100円セール中だろ?」


「「「「「「「それだ!!」」」」」」」


 かくして彼らは誕生日を祝うために動き出した。


 翌朝。早速ドーナツ屋に連絡を入れる。あらかじめ大量のドーナツを買いに行くと伝えておく。彼らは配慮のできる大学生だ。

 昼。講義そっちのけでドーナツを受け取る。普段の食事のために集めている共有の貯金をつぎ込んで買った。ドーナツがぱんぱんに詰まった箱をいくつも運ぶ。彼らはご満悦だ。

 しかしここからが重要だ。サプライズを成功させるためには、講義が終わって本日の主役が帰ってくるまでに用意しなければならない。ジュースを買いに行く班やクラッカーなどのパーティグッズを買いにいく班、そしてドーナツをピラミッド型にする班に分かれて迅速にタスクをこなす。


 共同部屋にて、ドーナツ班の二人がピラミッドを作っている。人が二人は寝れる大きな食卓にアルミホイルを敷いて、その上にドーナツを並べてゆく。

 今回作るのは三角ピラミッドだ。ドーナツを三角形に並べて積んでいく。だが、並べていくうちに彼らの一方は恐ろしい事に気付いてしまう。


 「量が……多い……。」


 ドーナツを三角形に並べては重ね、並べては重ねる。結局出来上がったのは7段のピラミッド。1段目は1つ、2段目は4つ……。段数の二乗に比例して増えてゆく。つまり合計で140個だ。

 事の深刻さに気付いていないもう一方が呑気のんきに言う。


「一人10個くらい片付ければいけるか……?」


 無理である。だが、もうドーナツのピラミッドはそこにあるのだ。ここまで来たらやるしかないのだ。俺達なら、きっとできる。

 最後にドーナツピラミッドの上に布を被せる。乾燥を防ぐのと、サプライズのインパクトを高めるために。



 夕方、講義が終わる時間。本日の主役が帰ってくる。

 パーン! とクラッカーを鳴らして、歓迎する。誕生日を祝う声が重なる。祝われたほうも面映おもはゆそうに応える。


「ありがとう! ところでそのでかいのはなんだ?」

「よくぞ聞いてくれた。これが俺達からの誕生日プレゼントだ!」


 一人がドーナツピラミッドの布をぎ取る。


「うおおおおおお!」「でけぇ!」「正気じゃねぇな……」「やべぇ! 頭悪そう!」「写真撮ろうぜ!!」


 彼らはみな一様にはしゃいでいる。記念撮影もして満足そうだ。事の重大さに気付いてしまった一人を除いて。



 数時間後。その部屋は地獄と化していた。机の上には半分ほど崩されたドーナツの山。


「おらっ! 食え!」「お前も食え! これ好物なんだろ!」


 互いにドーナツを押し付け合う男達。醜い争いだった。140個のドーナツを8人で食べ切るとすると、一人当たりの摂取カロリーはおよそ6500キロカロリー。成人男性が1日に摂取する3倍以上である。そもそもが負け戦。食べ切るなど土台無理な話だった。


 だが、彼らは諦めない。貧乏性な彼らはどうしても食べ切りたい。手を変え品を変え完食を試みる。


 フルーツを盛って軽くしてみたり。牛乳といっしょにミキサーにかけてペースト状にして飲んでみたり。

 酒で満腹中枢をバグらせて無理やり食べてるやつもいた。残念ながらトイレに行ったきり帰ってこなくなったが。


 そんな、永遠に終わらないかと思われるような闘いもいつかは終わる。朝までかけて、ゆっくりと食べ進めた彼らはようやく最後の一つにたどり着く。


「ようやく最後か……。」「長かったな。」「最後の一つ、そう思うと寂しいな。」「お前、食べるか?」「冗談言うなよ、1個まるまる食えるわけないだろ。」


 最後のドーナツを生き残った皆で等分する。それぞれ一口分。彼らはそれを同時に口に入れる。最後の一口は、せつない。


 楽しかったはずの誕生日。それは地獄のような苦しみと共にあったが、彼らの中には協力して事を成し遂げた者達の、奇妙な連帯感が芽生えていた。本当の誕生日プレゼントはかけがえのない戦友だったのかもしれない。

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学生寮は戦場だ ~俺たちの日常がバトル漫画みたいに熱いだって!?~ 比良 @hira_yominokuni

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